「うわぁ……マジか」
「はい。どうしますか、アクセル様。デュマシオンも現在幽閉されているとの事ですが」
「……兄貴は優秀じゃないという話は聞いていたけど、嫉妬深いところまであった訳だ」
人馬操兵……アンノウンの整備とかそういうのが完成したところで、俺はヘルガと共にイシュカークに向かっていた。
そうしてイシュカークが近くになったところでヘルガが集めてきた情報によると、既にナカーダはイシュカークに攻め込んでいるというものだった。
一度はナカーダが本気で攻めてきたのを国境の砦でデュマシオンが防いだのだが、それを知ったデュマシオンの兄が弟の名声に嫉妬して呼び戻し、無茶な理屈をつけて捕らえたとか。
……そもそも、何故デュマシオンが国境付近の砦にいたのかといえば、奇岩島での一件が終わった後でデュマシオンは国に戻り、兄……オラストとかいう名前らしいが、そのオラストが秘密にしていた国家債務についての資料を多くの貴族に見せつけたらしい。
それこそ借金を返すのに借金をするかのようなところまでいっている国家債務の書類を。
その結果としてオラストに恨まれ、ナカーダとの国境沿いの砦に行くように命じられたらしい。
話を聞く限りだと、このオラストというのはどうにもならないな。
となると……
「俺がデュマシオンを助けた方がいいか?」
「いえ、デュマシオンが大人しく捕まっているのは、意図的なものだと思われます。アクセル様も、紅玉……アーシェラをお忘れですか? 間者であるアーシェラがいる以上、その気になればデュマシオンも容易に脱出出来るかと」
「一応、オラストも現在のイシュカークを動かしている人物だろう? だとすれば、子飼いの間者はいるんじゃないか?」
「いるかもしれませんが……至高の宝珠の下部組織である黒の剣は間者組織としてはこの西方においても最高峰の技量を持ちます。辺境の小国、それも国主としてしっかりと継承したのではなく、代理という立場で使えるような間者など……」
最後まで言わず、首を横に振るヘルガ。
なるほど、言ってみれば双方の力の差は大人と子供、あるいは少年野球の選手とメジャーリーガーくらいはあるらしい。
そのような状況でデュマシオンが大人しく捕まっているとなると、これはやはり何が狙いがあるのだろう。
デュマシオンは優しいのではなく甘いのだが、操兵闘技大会でナカーダと戦った時のように自分で身体を張るといった事も出来る。
今がちょうどその時なのだろう。
「となると、ローエン辺りと合流した方がいいか?」
「デュマシオンが私達の事を教えてくれているのであれば、そうした方がいいでしょうけど……王の墓にいた者達の殆どがイシュカークにいないというのは、心配ですね」
一応、アーシェラとルチャはイシュカークにいる筈だが。
とはいえ、アーシェラはともかくルチャの言葉に説得力は……どうだろうな。
「ましてや、俺が乗ってるのは人馬操兵のアンノウンだしな」
このように目立つ……良い意味でも悪い意味でも目立つ人馬操兵に乗って向こうと合流すれば、色々と騒動が起きるのは間違いない。
何しろ、俺が乗っているのは半人半馬の悪魔と呼ばれた操兵なのだから。
……実際、アンノウンが完成してからここに来るまでの間にも、結構な数の傭兵だったり、あるいはその地を治めている領主からも絡まれた。
もっとも、傭兵は俺がアンノウンを使って倒し、その結果として俺がアンノウンの操縦に慣れたという一面もあったが。
貴族の場合は、工呪会からの証明書が強力な……これ以上ない程の威力を発揮した。
何しろ、俺に危害を加えるようなことがあればそれは工呪会を敵に回したという事になり、最悪の場合は工呪会がその貴族に……あるいはその貴族が所属する国に対しても、操兵を売らないという事になりかねないのだから。
この世の中で操兵という最強の武器を失うという事が一体どのような意味を持つのかは、誰であっても容易に想像出来る。
その為、最初は居丈高に俺にアンノウンを渡すようにと言ってきた貴族、あるいはその使者も、工呪会の書類を見せると大人しく撤退していった。
てっきり、中にはその書類は偽物だろうとか、そういう風に言って無理にでもアンノウンを奪おうとする奴がいるかもしれないと思ったのだが……幸か不幸か、そういう事はなかったらしい。
そんな事を考えていると……
「ヘルガ」
「はい、何で……ああ、またですか。申し訳ありません、アクセル様」
ヘルガがすぐに俺が何について気が付いたのかを察し、申し訳なさそうに言ってくる。
「俺も出るか?」
「いえ、聖刻の園の追っ手程度、私の方でどうとでも出来ますから。アクセル様の手を患わせるまでもありません」
自信満々にヘルガが言う。
……そう、俺が気配を察したのは、聖刻の園の追っ手だった。
いやまぁ、無理もない。
ヘルガは聖刻の園において月の女王と呼ばれており、法主とかいう聖刻の園のトップに次ぐ、No.2の座にあったらしい。
そんな人物がいきなり聖刻の園を抜けて俺に従うようになったのだ。
練法という技術は……そうだな、分かりやすい認識だと、Fate世界の魔術のように、一般人には知られないようにする必要がある。
また、組織としても勝手に離脱したヘルガを許せる筈もなく、俺達が旅立ってから何度も襲撃があった。
ルーラン達といる時はまだヘルガが聖刻の園を抜けたという情報が伝わっていなかったのか、それとも裏の世界でも有名なプール三兄弟が一緒にいるので手を出さなかったのか……その辺りは俺にも分からないが、とにかく手を出してはこなかった。
だが、プール三兄弟と別行動をし、俺とヘルガだけで移動を始めてからは既に十回近く襲撃を受けている。
……もっとも、俺が至高の宝珠の先代翡翠からデュマシオンに協力して欲しいと言われた事もあり、至高の宝珠と半ば協力関係、あるいは同盟関係にある俺を相手に聖刻の園としても危害を加えるのは不味いと判断したのか、そこまで強い間者や練法師が襲ってくる事はなかったが。
だが、気配の感じからして今日は相応の強者が来たらしい。
「どうやら、聖刻の園の中でも幹部であるアルカナの中から誰かが来たようですね」
「お前と同格か」
「……アクセル様、同じアルカナに所属しているとはいえ、私は月の女王だった者です。その辺の相手と一緒にされるのは困りますわ。ましてや、今の私はアクセル様の使い魔となったお陰で、その力はそれこそ至高の宝珠の先代翡翠の最盛期よりも上回っています。その気になれば、天都を相手に戦っても負けはしないでしょう」
そう言い、艶然と笑うヘルガ。
練法師というのは基本的にそこまで感情を動かさないような者が多いらしいのだが、ヘルガの場合は俺の使い魔となった影響か、感情豊かだ。
ヘルガの言葉の全てが真実なのかどうかは分からない。
自分の力を過信している可能性もあるのだから。
だが、それでもヘルガの様子を見れば自信満々なのは間違いなく……
「分かった、それなら任せる」
そう言うと、ヘルガは嬉しそうな笑みを浮かべて一礼し、俺の前から姿を消すのだった。
「さて、そうなると……まずはどうやってローエン達と合流するのかを考える必要があるか。デュマシオンやアーシェラが俺の事をしっかりと説明してくれると嬉しいんだが」
そんな風に呟きながらアンノウンに乗り込んで、イシュカークに向かって進み始める。
ヘルガを置いていく事になるが、ヘルガであればすぐにでも合流するだろう。
そんな訳で俺はアンノウンで街道を進む。
そして実際、進み始めてから30分もしないうちにヘルガはこっちに合流してきた。
「アクセル様、これをどうぞ」
ヘルガが合流したということで一旦アンノウンで進むのを止め、操手漕から出る。
すると俺に対し、ヘルガが数枚の仮面を渡してきた。
「これは?」
「聖刻の園の練法師が使っていた仮面です、特にこちらの仮面はアルカナの1人が使っていた仮面なので、聖刻の園の中でも上位に位置する仮面かと」
「それを俺に渡していいのか? ヘルガならもっと有効活用出来ると思うんだが?」
「そうですね。私の仮面は……より正確には月の女王の仮面はそこまでの物ではありません。月の女王で必要なのは、額の下に埋め込まれた聖刻石ですから。……ただ、今となってははっきりと分かるのですが、やはり無理のある処置でした。聖刻石を額に埋め込まれてから、私の性格には異常が出ていたようですし。アクセル様の使い魔となるまでは自覚もなかったのですが」
「それは……平気なのか?」
「はい、今も言いましたが、アクセル様の魔力のお陰でその辺は何も問題ありません」
「……分かった。それでもこの仮面はヘルガが持っていた方がいいと思うんだけどな」
「いえ、これはアクセル様がこの世界の技術の1つとしてお持ち下さい」
なるほど、俺と繋がった時の影響で、その辺についても十分に理解していたという事か。
「私にはこれがありますから、既に仮面も必要とはしません」
そう言い、豊かな双丘の谷間から取り出して俺に見せたのは、ヘルガが首から提げている球体の聖刻石。
人馬操兵の遺跡にあった物だ。
「まぁ、そこまでヘルガが言うのなら、構わないか」
そう言い、ヘルガの持っていた仮面を受け取る。
実際、これはホワイトスターの技術班がかなり喜ぶ代物なのは間違いない。
であれば、素直に貰っておいた方がいいだろう。
そのように思い、再び俺達は進むと、やがて比較的大きな街に到着する。
当然のように人馬操兵のアンノウンを見た者達が騒ぐものの、操兵工房に向かうと、そこにはイザークやサイクスといった顔見知りではないが、工呪会に所属する操兵鍛冶師がいて、アンノウンを迎え入れる手筈を整えていた。
それだけではなく、この街の代官にも既に工呪会から話を通しており、そちら方面でも問題ないようになっている。
そんな訳で、工呪会が用意してくれた宿に行く前に酒場で腹ごしらえでもする事にしたのだが……
「久しぶりだね、アクセル」
ヘルガと共に注文した料理を食べていると、聞き覚えのある声がした。
微かにヘルガが動こうとするものの、それについて問題ないと視線で止め、声を掛けてきた見覚えのある人物に声を掛ける。
「久しぶりだな、アグライア。こんな場所でどうしたんだ?」
そう、そこにいたのは、操兵闘技大会で一緒に戦ったサイガ党のアグライアだった。
正直なところ、まさかこのような場所で会うとは思わなかった。
……いや、でも考えてみればそうでもないのか?
デュマシオンは旅をしている時にサイガ党と会っている。
その影響もあってか、アグライアはデュマシオンをかなり気に入っていた。
それこそ、デュマシオンを自分の息子だと思っているくらいには。
そして今、デュマシオンはイシュカークで絶体絶命の危機にある。
もっとも、アーシェラがいる以上は何かあったらすぐにでも脱出出来るのだろうから、絶体絶命とまではいかないとうな気がしないでもないが。
ただ、その辺について何も知らなければ、絶体絶命だと思ってもおかしくはない。
「それを聞く前に、あんたに話を聞きたいね。……あのろくでなし共と別れたのはいいが、今度はまた美人な子を連れてるじゃないか。傭兵として独り立ちした……といったところかい?」
ヘルガを見ながら、アグライアが聞いてくる。
そんなアグライアに対し、ヘルガは小さく頭を下げた。
俺が止めた事から敵ではないと判断したのだろう。
とはいえ、アグライアがこちらを微妙に警戒しているのは……何故俺がここにいるのか分からないからか。あるいは、アンノウンの件か。
ともあれ、ここで取りあえず敵ではないとはっきりさせておいた方がいいか。
「そんなところだ。で、今は雇い主……デュマシオンのいる場所まで向かっているところだよ」
「……そうなのかい?」
「俺が操兵闘技大会でデュマシオンに雇われていたのは、一緒に出場したアグライアも知ってるだろう? その時の繋がりからだよ」
シュルティ古操兵については、アグライアもどうやら知らなかったらしい。
であれば、今はその件について話さない方がいいだろう。
……まぁ、アンノウンを見れば、とてもではないが普通の操兵だとは思えないだろうが。
こうなると、いっそスィナーグの整備が終わるまで待った方が……いや、でも人馬操兵のアンノウンの方が、明らかに性能が高いし、何より機動力の違いは圧倒的だ。
それを思えば、やっぱりここはアンノウンを使った方がいい。
……アンノウンの擬装とかをしていたサイクスも、アンノウンが一体どういう感じに動くのかをいうのを気にしていたし。
もし俺がスィナーグに乗ると言っていれば……まぁ、うん。あの小太りの男を怒らせていたのは間違いなかっただろう。