「見えた」
操手漕にあるガラス板に、戦闘が見えてきた。
その戦闘の中には、デュマシオンの新しい乗機である王者の操兵……いや、正確にはソレイヤード2世か。デュマシオンは2世はつけずに普通にソレイヤードと呼んでいたが。
ともあれソレイヤードの姿もあり、その近くには操兵闘技大会で見たローエンの操兵を含めてそれなりの数の操兵がある。
だが、そんなデュマシオン達を襲っているのが、こちらもまた操兵闘技大会で見た、ギガースだ。
……イシュカークの操兵と違って最新の素体を使い、ナカーダで採掘された品質の高い鉄を使ったその装甲は、恐らく現時点において帝国の中でもトップクラスの性能を持つ操兵だろう。
列強の中でもエリダーヌのように重量級狩猟機を主力としている国もあるので、あくまでもギガースはトップクラスであってもトップではない。
ソレイヤードを中心に集まっている操兵の動きは決して良いものではない。
ローエンの操兵が最大戦力であるのは間違いないが……それでも背後から攻撃され、半ば包囲されつつある今の状況では、ローエン1人でどうにか出来るものではない。
これでデュマシオンが原作主人公らしく一騎当千の活躍でもすればいいのだが、生憎とデュマシオン本人は操兵を動かす才能は決して高くはない。
頭脳型……なのか?
ともあれ、俺はアンノウンを操縦し……戦いの中に突っ込む。
まず真っ先に行ったのは、デュマシオン一行を包囲しようとしているギガースに向け、槍を突き刺す事だ。
アンノウンは通常の人馬操兵と比べても高い膂力を持つらしい。
その膂力と、アンノウンの速度、そして俺の技量によって放たれた槍は、装甲の隙間を縫うようにあっさりとギガースの身体を貫く。
ざわり、と。
いきなりの奇襲に、ナカーダ軍が動揺する。
……いや、これはナカーダ軍だけではなく、デュマシオン達も動揺してるな。
普通の操兵しか知らないところに人馬操兵のアンノウンが姿を現したのだから、それに驚くな、警戒するなという方が無理だった。
ましてや、帝国において人馬操兵は半人半馬の悪魔として伝わっているのだから。
デュマシオンには一応俺が人馬操兵を持っていると事は知らせてあるものの、話で聞くのと実際に自分の目で見るのとでは大きく違う。
まさに、百聞は一見にしかずという奴だろう。
とはいえ、これでデュマシオンの仲間に攻撃されるのは避けたい。
なので伝声管を開き、口を開く。
「俺の名前はアクセル・アルマー! デュマシオン公子に雇われた傭兵だ! ナカーダ軍は俺が引き受けるから、ここは俺に任せて先に行け!」
そんな俺の叫び声が戦場に響く。
それを聞いて真っ先に我に返ったのは、デュマシオン。
この辺りの判断力はさすが原作主人公といったところか?
あるいは単純に、前もって人馬操兵について聞いていたのも大きいかもしれないが。
ともあれ、デュマシオンのソレイヤードがすぐに部下に指示を出し、動き始める。
そうなるとギガースも当然ながらそれを阻止しようとするが……
「させると思うか?」
アンノウンを竿立ちさせ……その蹄をギガースに向かって叩き付ける。
ギガースは重量級狩猟機に近い防御力を持っているものの、それでもアンノウンの前足の一撃には耐える事が出来ず、自慢の鉄の装甲も次々と降り注ぐ足の一撃によって潰されていく。
それを見て取った別のギガースが仲間を助けようと割り込んでくるものの……そのギガースもまた、アンノウンの前足によってボコボコにされる。
中には俺が1機であるのを確認して包囲して対処しようと考えたギーガスもいたようだったが、そのギガースはデュマシオンの指示によってローエンや他の者達により攻撃される。
幾ら防御力の高いギガースであっても、関節を始めとした動く上で必要な部分は当然ながら他の部位と同じように高い防御力を持つ鎧で覆うといったことは出来ない。
結果として、その部分を狙われるとどうしようもない。
……もっとも、当然ながら動いているギガースの関節部分を狙うのは言う程に簡単ではない。
実際、一撃で成功させているのはローエンだけで、他の操兵は……それこそデュマシオン本人も含めて、多くの機体が失敗していた。
それでも何機もが一斉に攻撃すれば、技量ではなく偶然や幸運によって狙った部位に命中する事もある。
その結果として、何機かのギガースはデュマシオン達にも意識を集中しなければならす、俺のアンノウンに向ける戦力は減る。
もっとも、アンノウンから見える限りだけだと結構な数のギガースがこちらに援軍に向かっているのは間違いなく、ここであまり時間を掛ける訳にいかなかったが。
また……当然ながら、援軍というのはナカーダ軍だけにある訳ではない。
森の中を斬り裂くかのような速度でマイルフィーが……いや、エウロスが姿を現し、ちょうどデュマシオンに向かって攻撃をしようとしていたギガースを斬り裂き、倒す。
サイガ党の中で最も素早くエウロスが姿を現したという事は、当然ながらその後から他のサイガ党の面々も追ってきている訳で、一気に戦力は拮抗した。
いや、寧ろこの状況においては俺の操縦するアンノウンのいるこちらの方が有利ではあるだろう。
もっとも、だからといってこれでナカーダ軍に本格的に反撃して、敵の大将……もしかしたらガイザスもいるのかもしれないが、その首を獲るというのは難しいだろう。
あるいはアンノウンを潰す気でやれば、もしかしたらどうにかなるかもしれないが……ただのシュルティ古操兵ではなく、人馬操兵、しかも俺の魔力によって通常の人馬操兵とは違う存在と化したこのアンノウンを、俺としてもそこまであっさりと使い潰すつもりはない。
なら、いっそニーズヘッグ、ミロンガ改、サラマンダーといった戦力を出すか。
そうも思ったが、別にどうしてもここでガイザスを討たなければならない訳ではないし、その辺については原作主人公であるデュマシオンに任せるべきだろう。
俺が介入した結果、原作の流れが変わってしまう……いやまぁ、今の時点で大きく変わっているような気もするが、とにかくそんな感じになるのは遠慮したい。
なので、今は大人しく撤退する必要がある。
問題なのは、どこに撤退するかだが……こうしてデュマシオンが撤退の準備をしているという事は、恐らくどこか撤退する場所があるのは間違いないだろう。
なので、デュマシオン達と一緒に撤退すれば……そう思ったその時、異変が起こる。
空に竜が……いや、龍と呼ぶべきか? そんな存在が姿を現したのだ。
また、その龍の側には翼竜とでも呼ぶべきなのか、小型の龍……いや、こちらは竜と呼んだ方がいいか? それが多数いる。
それを見たギガースは、完全に混乱していた。
一体何故?
一瞬そんな疑問を思ったが、この聖刻世界においては空を飛ぶという事そのものが完全に理解の範疇外なのだろう。
これはちょっと……いや、かなり俺にとっても予想外だったな。
ニーズヘッグやミロンガ改で空を飛んだら……いや、いっそサラマンダーのファイター、いわゆる戦闘機状態で空を飛んだら、一体どうなるんだろうな。
そんな風に思っていると、アグライアの重量級狩猟機がギガースを倒しながらこちらに近付いてくる。
『アクセル、ディアとも合流出来たし、今は退くよ』
伝声管を通じて聞こえてくるアグライアの言葉に、なるほどと頷く。
空を飛ぶ龍は、龍操兵……つまり、奇岩島で当時の琥珀に連れてこられた3人の男女の誰か、いや年長の男だな。あの男が乗っているのだろう。
「先に行け。龍操兵……空を飛んでいるあれだが、あの龍操兵がいるからといって、無事に逃げられるとは限らない。俺が暫くここで殿を務める」
『本気かい?』
「ああ。……言っておくが、別に俺は命懸けでここを守る……とか、そんな風には考えてないからな。お前達がいなくなったら、ある程度倒してここから撤退する。それに……アンノウンとギガースの移動速度を考えれば、俺がその気になればすぐにでも逃げられるしな」
そう言うと、アグライアは少し考え……だが、龍操兵の存在によって、いつまでナカーダ軍が動かないでいるのかは分からない為にか、すぐに返事をする。
この辺、傭兵らしいよな。
『分かった。だけど、あんたの帰りを待ってる娘もいるんだ、きちんと返ってくるんだよ』
そう言うと、アグライアの重量級狩猟機はこの場を去っていく。
それと同様に、デュマシオンのソレイヤードも他の面々と共にここを離れていく。
ソレイヤードの顔が何度かこちらに向けられたが……俺を心配してのものなのか、あるいは龍の器としてシュルティ古操兵の人馬操兵が気になっているのか、その辺は俺にも分からなかったが。
ともあれ、龍操兵が龍としてナカーダ軍の度肝を抜いているのなら、俺のアンノウンもまた半人半馬の悪魔として帝国で伝説……とまではいかないが、伝承になっている存在だ。
そういう意味では、龍と半人半馬の悪魔で二重の衝撃をナカーダ軍に与えられる事を意味していた。
また、これからデュマシオンが反撃して国を取り返すにしろ、ナカーダ軍の戦力は少なければ少ない方がいいしな。
そんな風に考え……今もまだ空を見て動く様子がないギガースに向かい、俺はアンノウンを操って襲い掛かるのだった。
「まぁ……こんなところか」
周囲にはギガースが倒れ、あるいはその部品がそこかしこに散らばっている。
その光景を眺め……何気なく空を見ると、既にそこに龍操兵の姿はない。
俺が戦っている途中で、デュマシオンが既に安全な場所まで逃げたというのを確認したのか、既に龍操兵の姿はなかったのだ。
もっとも、翼竜ではなく龍操兵の方は最後の最後までこの場に残って俺の戦いを見ていたようだったが。
「ギガースを持っていきたいところだけど……止めておくか」
周囲に転がっているギガースは、30機以上ある。
それだけの数のギガースを俺1人で倒したのだが……遠くには土煙が見えた。
恐らくは戻ってこないデュマシオン追撃部隊の様子を見に来た、あるいは戦闘が行われているというのを知って、援軍に来たというところだろう。
俺個人の体調であれば、そのくらいは全く問題なくまだ戦闘は出来る。
だが……アンノウンは激しく動いたこともあって冷却水がもう切れかかっているし、アンノウンに乗ってからこれが初めての大規模な戦闘だけに、どこか調子がおかしいところがないかどうかを確認する必要もある。
工呪会の中でも間違いなく屈指の腕利きである操兵鍛冶師のサイクスが全力を出して整備し、擬装したのがこのアンノウンだ。
また、俺も出来るだけ機体に疲労が蓄積しないようにと手加減をして操縦してもいた。
だが……それでも、やはり一度しっかりと見て貰う必要があるのは間違いない。
ただし、問題なのはやはりこのアンノウンが人馬操兵であるという事だろう。
普通の操兵鍛冶師には、とてもではないがこのアンノウンを整備する事が出来ない……いや、上半身の人の部分ならどうにか出来るかもしれないがそれ以外の馬の部分となると難しい。
だからこそ、サイクスがこっちに合流するまで加減をして乗る必要がある。
そんな駅で、ここにいた戦力は全滅させたのでこれ以上ここには用事はないという事で、ギガースの残骸の回収も諦めて、この場から退避する事にしたのだった。
「へぇ、あれが……」
アンノウンの操手漕のガラス板……映像モニタを見ながら、感心したように呟く。
そこに映し出されていたのは、砦だった。
それも見た感じだと真新しい砦に見える。
とはいえ、辺境の貧乏な小国……ましてや第二公子でしかなかったデュマシオンに、このような砦を1から作るといった事は不可能だろう。
……まぁ、サイガ党に報酬を支払っている、帝国においても有数の規模であるクレイトー商会がデュマシオンのスポンサーとして働いているのを考えれば、1から砦を築く事も可能だろうが、そうなると今度は金はあっても時間がないという事になる。
砦というのは、それこそ1から作るとなると年単位の時間が必要な訳で、そうなればやっぱり1から作った訳ではなく、元からあった砦を修復したといったところだろう。
ましてや、この砦があるのは山の奥だ。
非常に見つかりにくい場所にあるのはいいが、資材を運ぶのにも一苦労するだろう。
そんな風に思いながら進むと、城門の前ではデュマシオンが立っていた。
勿論、デュマシオンだけではなく、ローエンを始め、操兵闘技大会の時にいた3人の騎士であったり、あるいは見覚えのない面々も俺を……というか、人馬操兵という存在を待ち受けていた。
「よく来てくれた、アクセル。私がこのアーバダーナ砦に到着出来たのも、お前のお陰だ」
周囲の面々を気にしてだろう、デュマシオンは大仰な言葉遣いで俺に声を掛けるのだった。