「本気か?」
俺はデュマシオンの話を聞いて、そう返す。
幸い……と言うべきか、部屋の中にいるのは俺とデュマシオン、そしてローエンとヘルガの合計4人なので、今の俺の言葉を聞いても特に問題になったりはしない。
もしこれがもっと大勢……それもかつてはオラストに従っていた者達がここにいた場合は、その言葉遣いは何だとうるさかっただろう。
だが、ローエンは操兵闘技大会の時にも一緒にいたし、その時の俺の態度も知っている。
……まぁ、プール三兄弟の面々と比べれば、俺の方がまだマシだとは思うが。
「ああ、本気だ。ガイザスからイシュカークを取り戻す為には、帝国軍の力を借りるのが一番いい」
「……本当にそう思っているのか?」
そう尋ねる俺の言葉には、自分でも分かる程の呆れがある。
帝国軍は数が多いものの、決して精鋭という訳ではない。
それどころか、どこの盗賊だと言いたいような事をする者も多い。
実際、俺も何度か揉めた事があるしな。
もっとも、その時は後で問題にならないように死体をきっちりと片付けておいたが。
ともあれ、帝国軍の戦力を当てにするのは間違っていると思う。
思うのだが……それはあくまでも俺の考えで、デュマシオンは違ったらしい。
「そう思っている。ナカーダの戦力は確かに強い。国の現状を顧みることなく軍事費に注ぎ込んできたのを思えば、それは当然だろう。それに……どこかの大国の後ろ盾もあるしな。けど、それでも数は力だ」
「ローエンの判断は?」
「殿下の言葉も間違ってはいないだろう。ナカーダの操兵は、こちらが予想していたよりも数が多い。私達だけで対処するのは不可能だ」
そうローエンが断言する。
うーん、ローエンのような腕利きと龍操兵、それにサイガ党がいれば、どうにかなりそうな気もするが。
ちなみにイシュカーク軍については、そこまで期待していない。
ヘルガが集めてきた情報によると、爵位が低く、比較的ナカーダに近いからという事で、デュマシオンがオラストの腹いせに飛ばされた砦で戦い続けた実戦経験が豊富な貴族はそれなりに役立つが、オラスト派だった騎士、あるいは派閥に入らなくてもよかった、イシュカークの中では大貴族は、精々が肉壁か生き餌程度にしか使い道がないというのが俺の印象だった。
あくまでも俺の印象なので、もしかしたら秘めたる素質の持ち主とかがいないとも限らないが。
ただ、そういう素質の持ち主がいれば、恐らくはナカーダ軍との戦いの中でその素質を開花させていたと思うんだよな。
なので、いいところ肉壁だろう。
「……まぁ、デュマシオンがそういう風に判断したのなら、帝国軍に協力を求めるのは分からないでもないが……それで俺が一緒に行くってのは、どうなんだ? 俺のアンノウンは目立つぞ? それもちょっとやそっとじゃなくて、これ以上ないくらいに」
デュマシオンの操兵であるソレイヤードも、見た感じではもの凄く豪華な操兵だ。
それでいながら純粋な性能となるとそこまで高くないのだから、敵に狙われる為にあるような存在であるのは間違いない。
だが……俺のアンノウンは、そんなソレイヤードよりも更に目立つ。
何しろ人馬操兵なだけに、一般的な操兵は勿論、重量級狩猟機と比べても明らかに大きいのだ。
ましてや帝国というのはバルーザと戦う為に戦力を纏めるというお題目で作られた国な訳で、そんな帝国の帝都に人馬操兵を持ち込めば騒動になるなという方が無理だった。
何より問題なのは、ナカーダ軍との戦いでアンノウンの各種部品の損耗はそれなりに激しくなっていることだろう。
だからこそ、騒動が起きるのが確実な帝都に持ち込むのは危険だった。
「その辺りについても考えている。こちらの方で工呪会に連絡を取り、アンノウンの消耗品については途中で用意させられるという事になっている」
デュマシオンのその言葉に、なるほどと頷く。
アーシェラ率いる間者匠合は、この西方地域においてもトップクラスの実力を持つ。
そんな者達がいれば、この砦……アーバダーナというらしいが、このアーバダーナにいながらにして、工呪会と連絡を取る事も可能なのだろう。
「それに、アクセルをこのアーバダーナに置いておきたくない理由は他にもある」
「他にも?」
「そうだ。こう言ってはなんだが、アクセルの立場は俺に雇われた傭兵だ。そういう意味ではサイガ党と同じと言ってもいいが……孤立しているだろう?」
「それは否定しない」
もっとも、この場合は孤立というか恐れ……畏怖を抱かれているといった感じだが。
半人半馬の悪魔と呼ばれ、工呪会ですら作る事が出来ない人馬操兵を使っているのが俺だ。
これで腕が悪ければ、外見だけだとかそんな風に言われるのだろうが……ナカーダ軍との戦いで、俺はその実力を見せつけた。
一般的な中量級狩猟機と比べても、明らかに性能が上のギガース。
それを30機近く、俺だけで倒したのだ。
その上、アンノウンは部品こそ消耗したものの、無傷。
傭兵達にしてみれば、とてもではないが俺のやった事が信じられないらしい。
エアリエルやアグライアなんかは、それでも俺に普通に声を掛けてきたりはするが。
それ以外の者達は、俺が近付くと逃げる……といったような感じになっている。
なら、それ以外の者達はどうかと言えば、まず竜騎士達は強力な……強力すぎる忠誠心がデュマシオンのみに向けられている。
例えばデュマシオンが命令すれば、どんな事でも……それこそ普通なら不可能である事であってもやるだろうが、デュマシオン以外の者が何を言っても相手にしない。
ヘルガに言わせれば、龍操兵を操る竜騎士は龍の王が将来的に蘇った時に自分の力とする為に自分の死と共に消えた者達の末裔らしい。
だが、その龍の王はデュマシオンによって復活を阻止され……それでもデュマシオンが龍の王であると認識し、絶対の忠誠を誓っているらしい。
そしてイシュカークの貴族。
これはさっき肉壁くらいにしか使えないと評したが、態度的な意味でも使い物にならない。
実力もないのに無意味にプライドが高く、特権意識の高い者が多い。
特にデュマシオンと敵対していたオラストの下にいた……オラスト派と呼ばれる貴族にそういう無能は多い。
ちなみにコラムというデュマシオンの弟は、母親や自分の派閥の貴族と共に城に残ったらしい。
ガイザスに逆らうのではなく、降伏する方がいいと判断したのだろう。
なので、アーバダーナにいるイシュカーク貴族の大半は旧オラスト派となる。
一応ローエンや操兵闘技大会にも参加した三羽ガラスと呼ばれている3人の騎士がデュマシオン派としているが、その数は少ない。
後は……派閥に入っておらずともやっていける大貴族――あくまでもイシュカークという辺境の小国基準でだが――や、派閥に入れるまでもないと判断された木っ端貴族も多少はいる。
ともあれ、そんな貴族達にしてみれば傭兵というだけで唾棄すべき存在という風に認識しているのに、そこに半人半馬の悪魔がいるとなれば……どのように反応するのかは容易に想像出来るだろう。
「アクセル様、私も今回の話には乗った方がいいかと思います」
「ヘルガ?」
まさか、ヘルガからそんな言葉が出るとは思わなかった。
とはいえ、ヘルガがこんな風に言ってくるという事は、多分何かあるのだろう。
「ヘルガがそう言うのなら、俺も絶対にこのアーバダーナにいたいという訳ではないが……ただ、俺がアンノウンに乗って帝都に行けば、間違いなく面倒な事になるぞ?」
「そちらについては、工呪会の書類があればどうとでもなる」
「……だと、いいけどな」
俺としては、デュマシオン程に工呪会の発行した書類を信用は出来ない。
実際、アンノウンに乗ってイシュカークに向かっている時、何度か貴族やその貴族に仕える騎士、あるいは帝国軍と思われる相手に襲われたり、イチャモンを付けられたりといった事があったのだから。
その辺の状況を考えれば、帝都で工呪会を相手にしてでも……と思うような者がいても、おかしくはないだろう。
「帝都では工呪会と接触する。そうなると出て来るのは、恐らくイザークだ。それを思えば、アクセルのアンノウンも安心だろう?」
普通に考えれば、工呪会の中でもこの帝都における最高責任者であるイザークがいれば、その工呪会から問題ないと判断され、それを証明する書類を持っている俺が妙なちょっかいを出されるような事はないだろう。
だが、それはあくまでも普通に考えればの話だ。
帝都にいる帝国の上層部は、腐っている。
それこそ、シロアリが家を喰い荒らし……既に帝国という家は崩壊寸前といったような状態であるのは間違いない。
だからこそ、そのような者達は相手が工呪会だからといって遠慮をするかどうか。
「それこそ、例えばナカーダから国を奪い返す代償として、アンノウンを寄越せと言われたらどうするつもりだ?」
「それは……その辺りについては、こちらでどうにかする」
何だ? 妙に自信満々だな。
俺が知らない情報で、何か奥の手でもあるのか?
デュマシオンの性格からすれば、ハッタリでこういう風に言ってきたりといった事はまずしない。
それはつまり、デュマシオンにはもし帝都にいるお偉いさんが俺にちょっかいを出しても、どうにか出来る自信があるという事だ。
それが具体的に何なのかは分からないが……
「分かった。デュマシオンがそこまで言うのなら、同行しよう。だが……今までにも何度か言ってきたが、俺がお前に協力しているのは先代翡翠からの要望だからだ。そしてその要望にも強制力はない」
ぶっちゃけると、デュマシオンがこの世界の原作主人公であり、だからこそデュマシオンと行動を共にすれば俺にとっても悪くない……具体的にはシュルティ古操兵を始めとした、この世界においても未知の技術を入手出来るからというのが大きい。
だが、それも限度がある。
アンノウンという、恐らくこの聖刻世界においても非常に希少な……というか、俺の魔力が干渉して生み出されたという意味では唯一無二と言ってもいいだろう人馬操兵を奪おうとする相手がいた場合、当然ながら反発する。
ただし問題なのは、イシュカークの貴族の中でも特にオラスト派に多かったが、特権意識の強い者……自分の言葉に従って当然といったように思っている者が多い事だ。
帝都の貴族でも、そういう風に思っている者が多いのはほぼ間違いないだろう。
デュマシオンの持つ奥の手は、果たしてそういう連中にも有効なのか。
「分かっている。アクセルの操兵については、何があっても守ってみせるつもりだ」
そこまで言うのなら……という事で、俺はデュマシオンの言葉に頷くのだった。
「うわぁ……まぁ、こうなるよなやっぱり」
アーバダーナを出て帝都に到着すると、そう呟く。
帝都に到着するまで、何の問題もなく到着した……という訳ではない。
例えばイシュカークから出る時に裏の人間が使う、森の中にこっそりと作られた道――操兵も通れるような道だが――を通る際、休憩所で操兵鍛冶師に機体の整備をして貰った時に表の世界の数倍……それこそ店の後ろに流れている川の水ですらかなり高額の料金を取られ、三羽ガラスの中で唯一今回デュマシオンに同道したミアという女騎士が激昂して騒動になりかけてそこにエアリエルが乱入して喧嘩沙汰になりそうになったり、あるいは小麦を安値――あくまでも現在の状況でだが――で売っている商人を邪魔に思った大きな商会の商人がどういうコネを使ったのか帝都にいる近衛騎士を呼んでその商人を殺そうとしたところでローエンが操兵で介入したり……といった具合に。
他にも人馬操兵のアンノウンを見た者の中には半人半馬の悪魔の伝承を思い出したのか、攻撃しようとしたり、あるいは逃げようとしたり……場合によっては奪おうを考える者もいた。
もっとも、帝都に向かうまでに泊まった街の操兵工房にはサイクスではないが工呪会直属の操兵鍛冶師もいて、しっかりと整備してくれたので今のアンノウンは万全の状態だったが。
勿論、整備をした時に色々なデータ……その部品がどれだけ消耗しているのかとか、そういう情報は向こうも当然のように入手したりしてはいたのだろうが。
ともあれ、そんな諸々があって帝都に入ったのだが……予想通りというか、予想以上に帝都の住人達は混乱していた。
帝都は帝国の中心であり、だからこそ帝国が作られた理由である人馬操兵に恐怖したのだろう。
せめてもの救いは、ローエンとその操兵は操兵闘技大会の個人戦で2度優勝したという事で広く知られており、そのお陰で混乱も何とか鎮まり、イシュカークの公館に到着するのだった。