イシュカークの公館では、1人の男が俺達を待っていた。
どうやらクレイトー商会の中でもお偉いさんらしい。
目にある野心の光を隠し切れていないのはどうかと思うが。
商人としての野心として考えれば、何かあってもこっちに被害はないと……そう思っていたのだが……
「アクセル様、ルースが面会したいと希望しています」
「俺にか?」
公館に到着し、取りあえず一段落……と与えられた部屋でゆっくりしていると、紅茶を用意したり、甘味を用意したりと俺の世話を焼いていたヘルガが、扉のノックの音に気が付いて客の対応をしたのだが、その相手がルースだったらしい。
「はい。どうしましょう?」
どうしましょうって言われても、当然ながらルースはもう扉の前にいる訳で、まさかここで面倒だから帰れとは言えないしな。
それにルース……というか、クレイトー商会はイシュカーク、いやデュマシオンにとっても大事な後援者だ。
そんな人物が訪ねてきたのに、まさか面会を断る訳にはいかない。
「入って貰え。もっとも、どういう理由で俺を訪ねてきたのかは分から……いや、アンノウンの件か?」
「はい、そうです。アクセルさんの操兵は、これ以上ない程に目立ちます。現在、帝都ではその話題で持ちきりですよ」
扉の向こうからルースの言葉が聞こえてきた。
予想はしていたものの、やはり帝都ではそんな感じになるのか。
もっとも、イシュカークを有名にするという意味では、そう悪くない事だったりするのかもしれないが。
ともあれこうして既に話をしている以上、いつまでもこのままという訳にもいかないのだろう。
ヘルガに視線を向け、ルースを中に入れるように指示を出す。
するとヘルガはすぐにルースを通した。
イシュカークの公館にある部屋とはいえ、元々が貧乏なイシュカークだ。
部屋そのものはルースによって掃除とか修繕とかされているようだったが、部屋の数そのものはどうしようもない。
まぁ、デュマシオンと一緒に来た者の数はそんなに多くないので、部屋の数に困るといった事はないが。
当然の話だが、俺とヘルガの部屋は別だ。
それでもこうしてヘルガが俺の部屋に来ているのは、単純にそうしたいからだろう。
「座ってくれ。それで用件は?」
「アクセルさんの操兵についてです。先程も話しましたが、人馬操兵というのは帝都の住人には刺激が強すぎます。場合によっては、貴族が出てくるかもしれませんが……」
どうやら忠告にきてくれたらしい。
てっきりもっと違う話かと思ったんだが。
「その辺は俺も心配していたし、アーバダーナで俺が今回一緒に来るという話が出た時もしたが、デュマシオンには何かの手段があるらしい」
「それは……やはり黒薔薇夫人?」
ルースとしてはしっかりと言葉にした訳ではなく、口の中だけで呟いたつもりだったのかもしれない。
だが、混沌精霊の俺の耳が、そんな意味ありげな言葉を聞き逃す筈もない。
「黒薔薇夫人? 誰だそれは?」
「っ!? ……いえ、その、帝国でも非常に有名な人物です。夫が死んだ後は喪服で通しており、清廉潔白……というのは少し大袈裟かもしれませんが、現在の宮廷においては一大勢力となっており、最近では政治にも積極的に関わっている人物です」
「……それが、デュマシオンと一体どういう関係があるんだ? とてもではないがデュマシオンと関係があるとは思えないが」
デュマシオンは以前の操兵闘技大会においてガ・モーキンやナカーダを倒した。特にナカーダの国主であるガイザスを一騎打ちで倒した事によって名前は売れた。
だが、だからといってルースが言う黒薔薇夫人と言われる人物がデュマシオンと繋がりを持つとは思えない。
他に考えられる可能性としては……ローエンの方か?
操兵闘技大会の個人戦2連覇という事で、帝国においては寧ろデュマシオンよりもローエンの方が有名であってもおかしくはない。
もっとも、俺もローエンとはそれなりに話してはいるものの、ローエンがそういう人物と繋がりを持つとは考えにくい。
「私にも分かりません。ですが、殿下はそちらを頼ってみるとの事でした」
「……なるほど」
ルースの言葉がどこまで真実なのかは、俺にも分からない。
だが、もし本当にデュマシオンが黒薔薇夫人と繋がりがあるのなら……そしてルースが言うように政治にも積極的に関与しているのなら、余計なちょっかいはどうにか出来るかもしれないな。
「ともあれ、そちらの件は殿下に任せるしかないのが私としては悲しいところです」
「そのくらいの事はきちんとやって貰わないと困るけどな」
「人馬操兵のような存在を実際に自分の目で見れば、それを欲する者が出てくるのも当然でしょう。それを抑えて貰うのですから、殿下には頭が下がります。……ですが、黒薔薇夫人であっても、人馬操兵を欲する者全てを完全に抑えるのは難しいでしょう。出来れば、人馬操兵をこちらに味方する人に配る事が出来れば、こちらとしても色々と助かるのですが……」
「それが本題か」
色々と本題が始まるまでに時間が掛かったが、どうやらようやく本題に入ったらしい。
「はい。アクセルさんはどうやら前置きが長いのは好みではない様子。なので率直にお聞きしますが、アクセルさんはどこであのような人馬操兵を入手したのでしょうか? 殿下がシュルティ古操兵を入手したという、奇岩島でしょうか?」
「いや、違う」
ルースの言葉に首を横に振りつつも、シュルティ古操兵はともかく、奇岩島について知っている事に少し驚く。
ここで俺がどうこうと言ったところであまり意味はないだろうから、詳しく追及したりはしないが。
もしどうしても気になるのなら、ヘルガにやらせてもいいんだが。
ヘルガは精神とかそういうのの扱いを得意とする月の門の練法師だ。
ましてや、聖刻の園においてはトップクラスの実力を持つ訳で……尋問とかそういうのをするには、これ以上ない人材であるのは間違いない。
まぁ、今回は必要ないのだが。
「では、一体どこで?」
「教えてもいいが、もう人馬操兵を……正確には、その素体を入手するの不可能だぞ」
「何故でしょう?」
「簡単に言えば、素体を作る機械が壊れたからだ。……寧ろ普通の、4本足の人馬操兵を作ろうとしたところで、生産機械が壊れた事によって何らかの異常が発し、ああいう風になった……そんな可能性もある」
実際にはまだ十分に動くシステムだった筈が、俺の魔力を流された事で本来とは違う動きとなり、アンノウンの素体が完成した……というのが正しいと思う。
ただ、それについてはさすがに話す訳にもいかないので、今のように誤魔化したのだが。
「それでも、その壊れた機械から何かが分かるかもしれません。どこにあったのか、教えて貰えますか?」
そう視線を向けてくるルース。
さて、どうするか。
教えるだけであれば、別に教えてもいい。
だが……何となくルースは心の底から信じるといった事は出来ないように思えるんだよな。
その目に宿る野心が不安になる。
例えばこれでその野心……というか、俺に挑んで来るような事であれば、それこそどうとでも出来る。
万が一、億が一にもどうにかしてあの遺跡を再起動させるような事が出来て、人馬操兵を量産する……そんな事が出来ても、俺ならどうとでも出来る。
アンノウンは普通の……言い伝えにある人馬操兵と比べても明らかにイレギュラーで強力だし、もしアンノウンが使えなくなっても、それこそ最悪ニーズヘッグを使えばどうとでもなるだろう。
しかし……この場合、問題なのはルースの野心の向く先が、俺ではなくデュマシオンだった場合だ。
そうなると、もし人馬操兵を量産するような事になった場合、デュマシオンはどうしようも出来ずに死ぬ……そんな最悪の可能性もあるのだ。
だからこそ、俺としてはそんな事態は避けたい。
「分かった。場所を教えよう」
そう言い、俺は実際に遺跡があったのとは別の場所を教える。
……まぁ、それでもバルーザの領土の近くなので、そういう意味では俺も知らないような人馬操兵を生み出す遺跡がある可能性は否定出来ない。
もっともアンノウンの素体が生み出されたのも、俺の魔力による影響があってのものだ。
そうなると、ルースが遺跡を見つけてもどうしようもないだろう。
であれば、あるいは俺が見つけた遺跡について教えてもよかったのかもしれないが……まぁ、それでも万が一があるだろうし、やっぱり言わない方がいいか。
「ありがとうございます。早速教えて貰った遺跡に人を向かわせて、調べたいと思います」
「そうしてくれ。ただ……俺のアンノウンの素体が出来た時に壊れた可能性が高いってのはさっきも言ったと思うが、駄目元くらいの気持ちで遺跡に行った方がいいと思うぞ」
「ありがとうざいます。そのようにさせて貰いますね」
そう言い、一礼するとルースは部屋を出ていく。
「よろしかったのですか?」
そうヘルガが聞いてくるが、それは俺がルースをそれなりに警戒しているというのを理解した為だろう。
「デュマシオンにとっては、必要な人材だろうしな」
そう、言うのだった。
帝都ルーフェンについて数日、ルースが言っていたように、デュマシオンはナカーダに対抗する為の討伐軍に無事イシュカーク軍を入れる事に成功していた。
何でも、操兵闘技大会の時に少しだけ関わったバロックとかいう近衛騎士団の団長……より正確には、皇帝の権威を後ろ盾に帝国をここまで決定的に腐らせた元凶らしいが、その人物が邪魔をしてイシュカークを討伐軍に入れないようにしていたらしいが、ルースが言っていた黒薔薇夫人とやらが動いて、無事にイシュカークが討伐軍に入る事になったらしい。
そんな訳で入れるようにはなったものの、問題なのは戦力だ。
他の者の意表を突く、あるいは圧倒させるという意味では俺と人馬操兵であるアンノウンがいれば問題ないものの、イシュカーク……まさにナカーダに占領された国を取り返す為の討伐軍に参加するとなると、相応の形式は整える必要がある。
そんな中で活躍したのが、サイガ党のエアリエルだ。
傭兵の界隈だけに、アグライア程ではないにしろ顔が利き、そのお陰で腕利きの傭兵を集める事に成功した。
……ただし、そうして集めた傭兵は腕利きではあるが操兵を持っていない、あるいは前の仕事で操兵を壊したという連中で、だからこそ今このような時……討伐軍が結成されるという時でも、まだ残っていた訳だ。
だが、当然ながらそのような状況だけに、操兵はどこでも高値で取引される。
需要と供給……以前の問題で、そもそも需要が全く追いついておらず、引退寸前のボロい従兵機ですら、普段なら狩猟機を買える値段で売っているらしい。
エアリエルが……ましてや、忠義一筋のローエンまでもがそのような従兵機でもいいから購入しようと揉めているのを、俺は特に何をするでもなく眺めていた。
「よろしいのですか、アクセル様? アクセル様なら操兵を用意出来るのでは?」
俺の側に控えているヘルガが、そう尋ねてくる。
とはいえ、それはやろうと思えば出来るだろうが、だからといってそこまでしようとも思わない。
それこそ、俺がその気になればナカーダに、あるいは占領されたイシュカークに行って、ナカーダ軍の正式採用狩猟機であるギガースを数十機単位で盗んでくる事も可能だろう。
だが、今の状況でそのような事をやろとは思えない。
もし本当にどうしても……というのであれば、もしかしたら考えないでもなかったかもしれないが、デュマシオンが特に慌てている様子はない。
それはつまり、何らかの手段があるのだろう。
であれば、まずはお手並み拝見といったところだ。
原作主人公であろうとも、このくらいはやってくれないと俺としても素直に信頼は出来ない。
これでデュマシオンが俺と相性の良い性格であれば、あるいは俺から声を掛けるといったようなことをしたかもしれないが、生憎と人を殺すという覚悟がない……訳ではないにしろ、それでも殺すべき相手を殺さない……いや、殺せない今のデュマシオンは、どうかと思う。
実際、操兵闘技大会においてガイザスを殺していれば、今のようにイシュカークが占領されるといった事はなかった。
言ってみれば、現在ナカーダによる占領で苦しんでいる者達はデュマシオンのせいという事になる。
これでイシュカークとナカーダが友好的……とまではいかずとも、敵対していなければ、俺もここまでは言わなかった。
だが、明確に敵対していると、いずれイシュカークに攻めてくるというのを予想していたにも関わらず、デュマシオンはヘタレてガイザスを殺せなかったのだ。
今は先代翡翠からの頼みや、この世界の原作主人公であろうという事でデュマシオンに協力はしているものの、積極的にデュマシオンの為に何かしてやりたいとは到底思えない。
そんな風に思っていると……やがて、奇岩島で入手したシュルティ古操兵の第1陣10機が届いたと、そう報告がくるのだった。