「音に聞かれたドレーバの黒騎士と、その部下のモントデール黒騎士団に勢いを付けていただきたい。そしてナカーダと因縁深いイシュカークのデュマシオン公子を副将に推す。かつてナカーダと刃を交えた貴殿ならば、敵の戦いぶりにも精通しておるだろう。また、半人半馬の悪魔と呼ばれる人馬操兵を使う者もいる以上、戦力的にも十分な筈だ」
俺がデュマシオンとタイロンに連れられて軍議を行っている場所にやってくると、既に決定事項であるかのように討伐軍を率いるガウスがそう言う。
ちなみにヘルガとローエンはこの軍議に参加する事は許されなかった。
ヘルガはともかく、帝国騎士のローエンまでもが軍議に参加出来ないというのはちょっと……いや、かなり予想外ではあったが。
その割に、一介の傭兵である俺が軍議に参加出来たのは……やはり人馬操兵のアンノウンに乗っているからというのが大きいのだろう。
ともあれ、この件はガウスにしてみればデュマシオンに対する意趣返しなのだろう。
それにタイロンも巻き込まれたのは、デュマシオンと友好的な関係を築いていたからか、あるいはもっと単純にタイロンの名声が討伐軍の中でも明らかにガウスよりも上だからか。
ガウスとしては戦いの先鋒……一番被害の多い場所にイシュカーク軍とドレーバ軍を持ってきて、被害を与えようという考えなのだろう。
本来なら、この聖刻世界において一番槍は誉れであるとされているのだが、ガウスにとってはそういうのはどうでもいいらしい。
「ぷっ、くくく……ははは……はーはっはっは!」
不意にどうしようもなく……我慢する事なく、笑い声を口にする。
「お、おい、アクセル?」
いきなりの俺の行動に、ガウスを始めとした討伐軍の上層部の面々が意表を突かれた様子で黙り込んでいる中、最初に我に返ってそう俺に声を掛けてきたのはデュマシオンだった。
何だかんだと、この場にいる中では俺との付き合いが長いだけの事はある。
「ああ、悪い悪い。……いいか、デュマシオン。ガウスを始めとする討伐隊の上層部はな、自分達が無能で操手としても2流……いや、3流にも及ばない、どうしようもない程の役立たずだというのを自覚してるんだよ。だからこそ、自分達では絶対に……それこそ天地がひっくり返っても勝つ事が出来ないナカーダ軍の相手を俺達に任せようとしている訳だ」
そう言い、俺は誰から見ても分かる程の軽蔑の視線をガウスに向ける。
その辺の豚でも……いや、豚はまだ食用になるだけガウスよりマシか。
その辺の石ころでも見るかのような視線を、俺はガウスに向けていた。
最初ガウスは俺が一体何を言っているのか理解出来なかったらしい。
帝国の上級貴族と呼ばれるような奴の一員なら、誰かからそんな風に言われるような事はまずないだろうし、当然か。
しかし、それでもガウスの耳はそれなりに優秀だった為か、俺の言葉を理解するに従ってその顔が赤く染まっていく。
その赤は、怒りか屈辱か。
当然ながらそうして顔を赤くしているのはガウスだけではなく、他の軍議に参加していた者達も同様だ。
「貴様……」
そんな中、ようやくガウスがそう言葉を口にする。
そこにあるのは、怒り以外のなにものでもない。
「何だ? 何で怒るんだ? お前達がその辺の一般人よりも無能なのは、それこそ帝都を発ってからここまで来るまでの間に十分に証明されているだろう? 俺はてっきり、行軍については無能であっても、それこそ男を強姦するホモ揃いの上層部であっても、実際にナカーダと戦う時には勇猛果敢……とまではいかないが、それでもしっかりと戦えるだけの戦力があると思っていたんだが……その戦いですら自分達ではナカーダ軍に勝つ事が出来ないと、言動で示しているんだろう? 幾ら勇ましい事を口にしても、それを実行出来なければ意味はない。ほら、これでお前達が無能……いや、それだと普通の無能に悪いか。無能未満のゴミ虫であるという証明だろう?」
「貴様ぁっ! そのような事を口にして、ただですむと思っているのか!?」
「思うも何も……無能にすら届いていないゴミ虫が相手だぞ? それこそ自分達の無能さを理解した上で自分達の代わりに真っ正面から戦って欲しいと言うのであれば、その態度は何だ? 跪いて、土下座……頭を垂れるくらいの事はするべきじゃないか? まぁ、血筋だけが自慢で実際の能力がない者にしてみれば、そういう事も出来ないんだろうが。よかったな、ナカーダがこれ見よがしにどこかの街を占領して、それを奪還させるといったような事をしなくて」
そう言うと、ガウスは腰の鞘の長剣に手を伸ばす。
「ちょっ、おい、アクセル。いきなり何を!?」
そんなガウスの様子に気が付いたのか、それともここでようやく俺の言葉に反応したのか、デュマシオンが慌てたように俺に言ってくる。
「何って、事実を口にしただけだろう? デュマシオンもこの連中が血筋くらいしか自慢出来る事のない無能……いや、無能ですらないゴミ虫だというのに反論出来るか?」
「え? そ、それは……」
俺の言葉に咄嗟に反論出来ないデュマシオン。
それを見れば、デュマシオンが口では何とでも言えるが、心の中でどのように思っていたのかは、考えるまでもなく明らかだ。
実際、ガウスやその取り巻き達のデュマシオンを見る目は間違いなく厳しいものになっていた。
「あ、これはその……」
そんなガウスや周囲の視線にデュマシオンも気が付いたらしく、何かを言いかけようとするものの、何も言えない。
この状況で何かを言ったところで、それでどうにかなる訳ではないというのは十分に理解しているのだろう。
「ガウス総司令官、その辺にしておけ」
そんな中、そう口にしたのはタイロンだった。
……もっとも、そのタイロンも頬をヒクついており、恐らく笑いたくなるのを我慢している様子ではあったが。
「タイロン殿、何を言う!? この者は我等を……帝国を虚仮にしたのだぞ!? それを許せと言うのか?!」
「なら、決闘でもするか? それなら丁度いいだろう。お飾りだけで、ガイザスの前に立てば大も小も漏らして泣き喚く事しか出来ないようなゴミ虫よりは、タイロンが総大将になった方が討伐軍が勝つ……のは能力的に難しいが、それでも生き残れる人数は増える筈だ」
「む……」
少し、本当に少しだけだが、タイロンも俺の言葉に考える。
しかし、タイロンが何かを言うよりも前に……
「ふざ……ふざけるなぁっ! 貴様、好き勝手な事を……ええい、誰かこの者を斬れ! 殺せ! 帝国を侮辱したこのよう者、生かしておく必要はない! あの人馬操兵は、接収する!」
ああ、なるほど。そういう方向に話を持っていきたかった訳か。
まぁ、人馬操兵の希少さを思えば、それを欲する者がいてもおかしくはない。
とはいえ、俺の後ろ盾には工呪会がいる訳で……
「なるほど、ガウスは工呪会を敵に回したい訳か」
「ふざけるな! そのような事は一言も言っておらん!」
「アクセル、その辺にしておけ。ナカーダ軍を前に、このような事をしている余裕はないのだからな」
そうタイロンが言ってくるが……
「寧ろ本来なら、こうやっていつ戦闘になってもおかしくない状態の前に、どういう風に戦うのかというのは決めておくべきじゃないのか?」
「……仕方がなかろう。総司令官の周囲で不祥事が続発し、それどころではなかったのだから」
そう言うと、ガウスの顔は赤を通り越して青く、あるいは白くなる。
……あれ? もしかしてそれって俺のせいか?
タイロンの言う不祥事というのが、男が男を強姦する事件が続出した事なのは明らかだ。
それをやったのはヘルガで、そのしてヘルガは俺の使い魔な訳で……
もっとも、それを言うのなら暴力や権力で無理矢理女を抱こうとするのが、そもそも間違っている。
そう考えれば、やはり自業自得なのだろう。
「ともあれ、半人半馬の悪魔として知られている人馬操兵を操るとはいえ、アクセルはただの傭兵でしかないのは間違いない。そして軍隊というのは上意下達。そう考えれば討伐軍の総大将であるガウス殿に対して逆らったのは問題だろう」
「そ……そうだ、ここは軍隊である以上、貴様のやった事は明確に命令違反となる!」
ガウスは、まさかタイロンが自分の味方をしてくれると思わなかったのか、タイロンのその言葉を聞いて傘に掛かったように俺に向かって言ってくる。
いや、お前……最初はタイロンを使い捨てにしようとしていたのに、それでいいのか?
そう思うも、ガウスにしてみれば下手をしたら俺と決闘をしなければならない事になっていたかもしれない以上、今はタイロンに頼るしかないのだろう。
「であれば、こうすればどうだろう。ナカーダとの戦いにおいて、儂やデュマシオン公子はそちらの要望通り、一番槍として動こう。そしてアクセルがその戦いで幾ら手柄を挙げても、それは今回の総司令官に対する行動と相殺するという事で」
そう言うタイロンの言葉に、ガウスは苦々しげな表情を浮かべつつ……それでも、渋々といった様子で頷くのだった。
「アクセル様、やはりあの愚物には思い知らせる必要があるのでは?」
アンノウンの操手漕の中で、ヘルガが許せないといった様子で言ってくる。
もし俺が好きにしろと言えば、恐らく……いや、恐らくではない。ほぼ間違いなく確実にガウスやその取り巻きを殺しに行くだろう。
それも相手の精神を操るのを得意としているヘルガだけに、一体ガウスやその取り巻きがどのような最期を迎えるのか、想像も出来ない。
「落ち着け、別に手柄がどうとか、そういうのは関係ないだろ」
俺がデュマシオンに協力しているのは、至高の宝珠の先代翡翠の頼みであると同時に、デュマシオンがこの世界の原作主人公であるからだ。
そうである以上、この戦いで手柄を挙げたところで、大して意味はない。
一応傭兵という事になっているので、その辺りの理由もあってそれなりに働く必要はあるだろうが、別にデュマシオンから……ましてや、帝国から報酬を貰おうとか、そういう風には思っていない。
なので、タイロンが口にした今回の戦いで手柄を挙げても意味がないというのは、俺にしてみれば結局特に何もないまま、ガウスに対する暴言を許されたのと同じ事を意味している。
「それはそうですが……あの者共の、アクセル様に対する態度は許せません」
私、不満ですといったように、ヘルガは頬を膨らませる。
仕事の出来る女といった様子のヘルガがこういう態度を取るのは予想外だったが、だからこそ珍しいとも思う。
「何度も言うが、落ち着け。どうせこの戦いは討伐軍の敗北だ。そうなれば……ガウスが一体どうなるか、考えるまでもないだろう?」
以前帝国で起きたとされる反乱で、ガウスは総司令官だったものの、ガウスはその鎮圧に失敗している。
餌として用意された街の略奪に集中していた時に攻撃され、敗北したのだ。
結局帝国はその反乱を起こした国とかなり屈辱的な和平を結び、その国は再び帝国の属国に戻り、それを半ば強引に帝国軍は自軍の勝利として喧伝し、常勝無敗の看板を守ったらしい。
その失態を挽回する為に大量に金を使ってガウスは討伐軍の総大将になったが、今回も負けたら、ガウスの名声は完全に地に落ちる。
いや、地に落ちるどころか、地中深く沈んでしまうだろう。
そうなれば、ガウスの家は没落する筈だ。
惨めな生活を送る……いや、それ以前にガウスの性格を考えると、生活を送るどころか、その前に誰かに殺されてしまってもおかしくはない。
「それはそうですが……」
「ガウスの件はともかく、こうして多くの者達がいるところでアンノウンの性能を思う存分発揮出来るんだ。それを見た者のうちの何人が無事に生き残れるのかは分からないが、アンノウンの力を見せつける機会が来たと考えれば、そう悪い話じゃないだろ」
「……分かりました」
不承不承といった様子ではあったが、ヘルガは納得した様子を見せる。
「納得したのなら、そろそろ操手漕から下りろ。もういつ戦いが始まってもおかしくないしな」
そう言うと、今度は素直にヘルガが操手漕から下りていく。
すると……まるでそのタイミングを待っていたかのように、ガァーン、ガァーン、ガァーン、と、後方の総大将がいる本陣から銅鑼の音が周囲に響く。
それを聞いた瞬間、先鋒を任されたイシュカーク軍とモントデール黒騎士団が動き始める。
俺も1人になった操手漕で、アンノウンを動かす。
もっとも、操兵……中量級狩猟機が大半だったが、それらの全速と比べても、アンノウンの全速は比べものにならない程に速い。
他の者達に速度を合わせるか? と思ったが、すぐにその考えを改めた。
タイロンの軍はともかく、イシュカークの軍は決して精鋭という訳ではない。
いや、サイガ党や操兵狩人、ローエンといったように精鋭はいるものの、それ以外の者達は決して精鋭という訳ではない。
なら、これからの事を考えるとイシュカーク軍の戦力の損耗は可能な限り減らした方がいいのは間違いないと判断し、俺はアンノウンを全力で前方に……ナカーダ軍に向かって走らせるのだった。