俺の乗る人馬操兵のアンノウンが、真っ直ぐナカーダ軍に向かって進む。
一般的な工呪会製の操兵の速度は人馬操兵には及ばない。
ちなみに従兵機は、単純な膂力だけなら上位機種である狩猟機に匹敵するらしいが、機動性や運動性という点ではとてもではないが狩猟機には及ばない。
そして俺の操縦する6本足の人馬操兵であるアンノウンは、そんな狩猟機と比較しても圧倒的なまでに高い機動性を持つ。
これが6本足の特殊な人馬操兵だからここまで機動性に差があるのか、あるいは俺の魔力によって侵食されていない普通の4本足の人馬操兵であってもここまで機動性に差があるのか……その辺りは俺にも正直なところは分からない。
ともあれ、イシュカーク軍……いや、討伐軍の中で俺のアンノウンだけが突出したのは間違いない。
当然、そうなればナカーダ軍のギガースはアンノウンを待ち受けるかと思ったのだが……混乱しているな。
機体そのものはそこまで動いているようには見えないが、それでもちょっとした動きからそんな風に思える。
ナカーダ軍にアンノウンの情報は渡っていなかったという事なのだろう。
もっとも、8km程の距離を開けて両軍が向き合っていたと考えれば、向こう側からもアンノウンの姿は確認出来ていた筈だが。
何しろ人馬操兵のアンノウンは、一般的な……工呪会製の操兵よりも圧倒的に大きいのだから。
工呪会製の操兵の中で一番大きいのは重量級狩猟機だが、それだって人馬操兵と比べるとどうしても劣る。
そうして頭一つ……どころか、上半身一つ、あるいはそれ以上に大きなアンノウンの姿は離れた場所からでも十分に見えていた筈だし、ましてや銅鑼の音が鳴って戦いが始まった時、アンノウンは単独で突出した。
普通に考えれば自殺行為でしかないのだが……人馬操兵という異形の操兵を前に、ナカーダ軍は動揺した。
……それでも逃げるといった事をしなかったのは、さすがと言ってもいいのかもしれない。
ともあれ、鎚を構えたギガースの群れに向かってアンノウンは突っ込む。
ギガースの装備する鎚は、操兵の鎧の上からでも、その下の筋肉……いや、正確な名称は筋肉筒だったか? とにかく、その筋肉筒にダメージを与えられる。
操兵が使う一般的な武器である長剣の場合であっても鎧の上から攻撃すると相応のダメージを与える事は出来るのだろうが、そのダメージはそこまでではないし、ローエンのような一握りの例外を除けば装甲の上から切断するといった事は難しく、敵に致命的なダメージを与えるのなら装甲の上からではなく装甲の隙間から刃を入れるといった事をする必要がある。
だが、ギガースが使う鎚は、当たればその下にある筋肉筒に大きなダメージを与えられるので、とにかくどこにでもいいから当てればいいという武器だ。
ましてや新型の素体を使った操兵である以上、素の能力も高く……そんなギガースが集中攻撃してくるというのは、普通なら悪夢でしかないだろう。
だが……
「甘い」
その言葉と共に、俺はアンノウンを跳び上がらせる。
例えば、乗馬の競技の一つに障害物を跳び越えるといった競技がある。
それと同じように……いや、普通の人馬操兵とは違って、足が6本あるアンノウンは、その跳躍力も普通の……工呪会製の操兵とは比べものにならない。
奇岩島でマウが貰ったシュルティ古操兵の中でも軽量級狩猟機であれば、もしかしたら同じくらいにジャンプ出来るかもしれないが。
そうしてギガースの前衛……それどころか、最前列にいたギガースが倒れたらすぐに交代して自分が最前列に出られるようにしていた前衛の中でも後列のギガースの更に後ろにアンノウンは着地する。
そして素早く後ろ……俺が跳び越えたギガースの方を見ると、そこでは何機かのギガースが鎚を空振りしていた。
アンノウンが突っ込んでくるタイミングに合わせて鎚を振るったものの、跳躍した事で空振ったのだろう。
「さて」
そんな風に呟きながら、俺はアンノウンを反転させて走り出す。
……このまま真っ直ぐガイザスのいる本陣に向かうという選択肢もあるのだが、そうなると俺が狙っていたイシュカーク軍の被害を可能な限り抑えるといった事が出来なくなる。
俺がガイザスに襲い掛かったという事で主のピンチと考え、ギガースの動きが鈍くなる可能性もあったが。
ただ……ガイザスは蛮人王とか呼ばれている割には、自分がピンチになればあっさりと逃げたり、降伏したりするんだよな。
操兵闘技大会の時にデュマシオンと決闘して負けた時の件を見れば、その辺は明らかだろう。
つまり、ここで俺がアンノウンでガイザスの乗っている操兵……聞いた話によると、ギガンティスという重量級狩猟機らしいが、それを倒そうとそちら向かった場合、ガイザスは逃げ出す可能性がある。
当然ながらガイザスの操兵であるギガンティスの周囲には最精鋭なのだろう操手の操るギガースがあるので、そう簡単にはギガンティスを倒せるとは限らない。
ただ、その護衛達を倒している間に、ガイザスに逃げられるのは避けたい。
そんな訳で、今はまだガイザスを狙うのではなく……
「はぁっ!」
ある程度の距離を走りながら、あまりに予想外な展開の為か、まだこちらに振り返っていないギガースの背後から槍を振るう。
長剣と同じく、槍も当然のようにギガースの厚い鎧の前には使いにくい武器だ。
1機か2機程度を相手にするのなら、槍を潰すつもりで振るえばその辺は全く問題がなかったりするが……生憎と、俺はこれからイシュカーク軍が来るまでの間、ナカーダ軍を相手に1人で戦う必要がある。
そんな訳で、俺が狙うのは鎧と鎧の隙間、関節部分。そして……
「食らえっ!」
人馬操兵の下半身……蹄で相手を踏みつける。
アンノウンを擬装したり整備したりしたサイクスの手柄と言うべきか、アンノウンの蹄にはしっかりと蹄鉄が付けられている。
しかも、恐らくサイクスはこういう風に戦うというのも理解した上で蹄鉄を選んだのか、それとも馬の部分だからこそ重要視するべきだと考えたのか、蹄鉄に使われている鉄はかなり高品質なものだった。
それこそ、背後からギガースの頭頂部や後頭部、あるいは背中を容易に叩き潰せる程の強固さを持つ程に高品質な鉄だった。
その一撃は、あっさりとギガースの頭部を……つまり、操兵の命たる仮面をも破壊する。
うわ、強力だとは予想していたけど、予想以上に強力だったな。
考えてみればそれも無理はないか。
操兵とかを抜きにしても、馬というのは非常に強靱な身体を持つ。
それこそ馬の世話をしている者が馬の後ろ足で蹴られて骨折……どころか、内臓が破裂したとか、そういうのは俺も聞いた事があるくらいだ。
ましてや、このアンノウンは俺の魔力によって普通の人馬操兵よりも明らかに強い訳で……
「っと!」
仲間を殺されたのを見て、近くにいたギガースが振り向きざまに鎚を振るおうとしてくるも、尻尾を動かす。
アンノウンは俺の魔力によって遺跡が侵食されて生み出された人馬操兵だ。
その為に普通の人馬操兵と違う部位も多い。
例えば、足が6本だったり、筋肉筒の密度が普通の操兵とは比べものにならないくらいに濃かったり、側頭部から2本の角が生えていたり……そして、人馬操兵であるにも関わらず、その尻尾は鞭の如き長さを持っていたりといったように。
ましてや、その鞭の如き尻尾はT-LINKシステムを使ったニーズヘッグの尻尾程ではないが、ある程度は自由に操ることが出来る訳で、しかもサイクスに頼んで尻尾の先には刃を付けて貰っている。
その為、俺の意思に従い、尻尾はこちらに鎚を振るおうとしていたギガースの頭部を、仮面を守る為の面覆い諸共に貫き、破壊する。
仮面が破壊されれば、当然ながらその操兵は死ぬ。
仮面を失って地面に倒れたギガースを、アンノウンの前足で蹴る。
操兵……それも重量級狩猟機に近い重量を持つ鉄の塊とでも呼ぶべきギガースは、当然ながら吹き飛べば、それは既に武器……いや、兵器ですらある。
この聖刻世界に銃の類はないが、それでもまぁ……うん。吹き飛んだギガースは、砲弾の如く味方にぶつかって被害を広げ……
「馬鹿がっ!」
映像モニタ代わりのガラス板では分からなかったが、アンノウンの暴れている場所から離れた場所にいたギガースの数機が、背後からアンノウンに攻撃しようと回り込んでいるのを気配で察し、後ろ足で蹴る。
その一撃は強力で、両足の蹴りで潰された2機のギガースが10m程も吹き飛ぶ。
操兵の大きさから考えれば10mというのはそこまでのものではないが、ギガースの重量を考えれば、十分なまでの威力だろう。
そんな動きをしながら、再び槍を突く。
アンノウンの上半身……人型の部分は、俺の思い通りに動く。
アンノウンの操手漕は、マイルフィーとかと違って鞍型だ。
下半身の馬の部分は普通に馬に乗るようにすれば問題なく動くが、人型の上半身部分はきちんとした操縦の装置があるのではなく、考えて動かすといった方法に近い。
……それでも、サイクスが必要な計器類だったり、伝声管だったり、そういうのはしっかりと備え付けてくれたのだが。
ともあれ、アンノウンはもし普通の、工呪会製の操兵しか乗った事がないような者であれば、操縦するのは難しいだろう。
だが、幸い俺の場合はT-LINKシステムを使ったニーズヘッグの操縦経験がある。
T-LINKシステムと全く同じという訳でもないが、それでもT-LINKシステムの操縦を応用する事が可能だった。
その為、普通の工呪会製の操兵が槍で放つ突きよりも、鋭く、素早く、そして柔らかく……縦横無尽に槍を振るい、その鋭い突きは全てがギガースの鎧に覆われていない関節部分だったり、あるいは頭部を貫く。
そうしてナカーダ軍の中央――という表現がこの場合正しいのかどうかは微妙だが――で暴れること、十数分。
既に20機近いギガースを倒し、手傷を負わせたという意味ではそれよりも更に多くのギガースに被害を与えたところで、イシュカーク軍が戦場に到達する。
これが、ナカーダ軍にとっては致命的だった。
本来なら、イシュカーク軍を迎え撃つ筈だった前衛の最前列にいたギガースも、跳ぶといった常識外れの行動をしたアンノウンに対処するべく、こちらに向かって攻撃しようとしたところで、その背後からイシュカーク軍が襲い掛かって来たのだから。
ましてや、エアリエルの操縦するマイルフィーの改造機であるエウロスと、操兵狩人のフィーンが、とんでもない勢いでギガースに襲い掛かっていた。
それこそ、一体何がどうなってそうなったのか、分からないというのが、それを見た俺の正直な気持ちだ。
万夫不当とまではいかないが、一騎当千くらいの活躍はしているのではないかと思う。
そうして2人……1機と1騎? とにかくギガースの背後から襲ってきたエアリエルとフィーンの攻撃によって、次々とギガースは倒されていく。
もっとも、幾ら腕の立つ操兵狩人とはいえ、結局のところ騎兵でしかない。
そうなると、やはり操兵を使っているエアリエルの方が有利だったが。
アンノウンの馬の部分の上半身を上げる……いわゆる竿立ちと呼ばれる状態になりながら、ギガースの振るう一撃を回避し、そのまま蹄を振り下ろしてギガースの頭部を仮面諸共に砕きながら、イシュカーク軍の様子を窺う。
エアリエルとフィーンの開けた穴に、イシュカーク軍が突入していく。
特にローエンの操兵の活躍は、さすがと言うべきだろう。
そんな様子を見つつ、アンノウンの背後は危険だと判断したギガース2機が、横に回り込もうとする。
その判断そのものは、決して間違ってはいない。
馬の足は構造上、前と後ろに対しては向けられるものの、真横となると……出来ない訳ではないが、それでも決して得意という訳ではない。
だが、それはあくまでも普通の馬の場合であり、それが人馬操兵……それもアンノウンとなると、話は違う。
アンノウンの持つ尻尾を鋭く動かし、ギガースの頭部の仮面を、面覆い諸共に破壊する。
もう1機に対しては上半身の人型の部分が持っている槍で頭部を仮面諸共に貫く。
操兵の最重要部品である仮面が破壊され、その操兵は文字通りの意味で死ぬ。
……操手漕の中にいる操手はまだ生きているだろうが……こうした乱戦の中で、地面に倒れている操兵の操手漕にいる操手がどうなるのかは、考えるまでもないだろう。
余程の幸運がなければ、敵味方関係なく踏み潰されて死ぬ筈だった。
そうしてギガースを倒してると、エアリエルのエウロスが真っ先にギガースの群れを斬り裂くようにして俺のいる場所に到着し、それに少し遅れてフィーンも馬に乗って到着する。
さて、これで一気にナカーダ軍のギガースを……と、そう思ったところで、ガァーン、ガァーン、ガァーン、ガァーンと、短く4回の銅鑼の音が周囲に響く。
短い周期で鳴る4度の銅鑼の音……それは、本陣から一度退くようにと命じる為のものだった。