ナカーダ軍のギガースを蹂躙しているところで本陣から聞こえてきた、一度退くようにと命じる銅鑼の音。
イシュカーク軍が押しているこの状況で? と思い戦場のもう一方……ドレーバの国主であるタイロンが戦っている方に視線を向ける。
あるいはタイロン達が不利になってるのではないかとも思ったのだが、そこではイシュカーク軍程に優勢という訳ではないが、それでもさすが列強と呼ばれる国と言うべきか、優勢な状況を保ってはいた。
だが……そうなると、一体何故ここで撤退を?
そう思うも、ガウスの顔を思い浮かべればすぐに納得出来た。
このまま戦闘が進めば、恐らく……いや、間違いなくイシュカーク軍とドレーバ軍だけでナカーダ軍に勝利出来る。
そうなると、討伐軍の総大将であるガウスは一体何をしていたのかというのが問題になる……いや、違うな。ガウスの性格を考えれば、それよりも俺達により多くの手柄を渡すのを嫌がり、自分の手で弱ったナカーダ軍を倒したいと思ったのだろう。
……さて、どうするか。
ガウスの命令を聞かず、このままナカーダ軍と戦ってもいいのだが……
『アクセル、何をしている。戻るぞ』
どうするべきか迷いつつ、それでもこちらに向かって攻撃してくるギガースをアンノウンの蹄や槍で倒していると、エアリエルの操縦するマイルフィーの改造機であるエウロスがアンノウンに伝声管で呼び掛けてくる。
エアリエルの言葉は少しだけ意外だ。
「いいのか? このまま押せば、恐らく勝てるぞ?」
『ディアから下がるように命令が出ている。それに……ナカーダ軍の様子が何か妙だ』
妙?
そう言われるも、俺がナカーダ軍と本格的に戦うのはこれがまだ二度目だしな。
操兵闘技大会で戦ったのは、数に入れるのはどうかと思うし。
「分かった」
今の俺は、一応……表向きということではあるが、とにかくデュマシオンに雇われている傭兵の1人だ。
それを思えば、ここはやはりデュマシオンの言うように素直に退いた方がいいだろう。
それに……エアリエルの言う妙だというのも気になるし。
これがギガースと本格的に戦うのが二度目である俺とは違い、デュマシオンはイシュカークの公子として何度もギガースと戦っているし、ギガースに対する情報も多数持っている筈だ。
アーシェラがいるのがデュマシオンにとっては大きいよな。
ともあれ、そんな訳でデュマシオンの指示に従って退く。
すると俺達が退くのと入れ替わるようにして、本陣がナカーダ軍に向かって襲い掛かった。
本陣が有する操兵の数は、狩猟機だけで1000機以上。
そういう意味では、ナカーダ軍を数で圧倒している。
……あくまでも数では、だ。
ギガースを蹂躙していた俺が言うのも何だが、戦いが始まる前から厭戦気分が充満していたのが、この討伐軍だ。
デュマシオンやタイロンはともかく、それ以外の多くは戦闘によって自分達が負ける事はなく、勝利は確実だと思い込んでいただろう。
まぁ、それでも実際に1000機もいれば数で圧倒出来てもおかしくはない。
だからこそ、数では勝ち目がないと判断したナカーダ軍が逃げ出したのを見ても、ガイザスの性格から多少の違和感はあれど、納得出来たのだが。
エアリエルのエウロスと共にデュマシオンのいる場所まで戻った時、すぐにデュマシオンがこちらに向かってくるのを見て、もしかしたら……と思う。
操手漕から下りると同時に、デュマシオンがローエンを率いてこっちにやってくる。
「アクセル、これはおかしい!」
それに対して、俺が何かを言うよりも前に、黒塗りの重量級狩猟機がこちらにやって来て、操手漕が開くとそこからタイロンが姿を現す。
「敵は明らかにこちらを誘っておるぞ」
その言葉にデュマシオンも頷き、すぐに手にしていた地図を見せる。
それを見たタイロンも地上に降りて……
「デュマシオン、俺は周囲の警戒をするから、話はそっちで纏めてくれ」
そう言う。
俺はあくまでもデュマシオンの傭兵という立場である以上、タイロンという列強の国主がやってきたのであれば、そこに一緒にいない方がいい。
もし俺がそこにいれば、後で面倒な事になってもおかしくはなかったのだから。
……そもそもの話、この状況でデュマシオンが俺に話を聞きに来るというのが疑問だ。
別に俺はそこまでデュマシオンと親しい訳でもないんだけどな。
それこそ頼りになる相手ならローエンがいるだろうし。
「……分かった。周囲の警戒を頼む」
デュマシオンも、俺がここにいるのは不味いと判断したのか、すぐに俺の提案に頷いた。
そうしてデュマシオンがタイロンやローエンと話しているのを聞きながら、俺はその場を後にする。
「アクセル様、お疲れ様です」
デュマシオン達から離れたところでアンノウンから下りて一休みしていると、馬に乗ったヘルガが近付いてきてコップを渡してくる。
そこに入っているのは、冷たい水。
一体どうやってこのような冷たい水を用意したのかは分からなかったが……恐らくは練法を使ったのだろう。
人の精神を操ったり、幻を見せたり……そういうのが得意な月門の練法師であるヘルガだが、だからといって他の門の簡単な練法を使えない訳ではない。
あるいは俺の使い魔となった事もその辺は影響しているのかもしれないが。
「悪いな。……それで、どうなっている?」
「デュマシオンの考えは間違っていないかと。あの逃げようを見る限りでは、明らかにこちらを誘っていますから」
「イシュカーク軍とドレーバ軍が攻めた時に逃げ出さなかったのは何でだと思う?」
「やはり、ナカーダ軍の目的は討伐軍の本隊だからでしょう。イシュカーク軍とドレーバ軍は、あくまでも先鋒でしかありませんから。それに……ガイザスという人物の性格については私も聞いただけですので正確には分かりませんが、アクセル様やデュマシオンという因縁のある相手を前にして自分が逃げるといった事は、出来ないのでは?」
「……なるほど」
ヘルガの言葉には、間違いなく一理あった。
それこそ俺もガイザスと直接接した事は操兵闘技大会の時しかない。
イシュカークが占領されてデュマシオンが逃げ出した時に追撃してきた中にもガイザスの姿はなかったしな。
それでもガイザスの性格は分かりやすく……その時のことを思えば、俺はともかくデュマシオンを相手にして逃げるといった事が出来ないというのは理解出来た。
「予想通り、討伐軍の負けか」
そう呟く俺の言葉は、それ程時間が経たないうちに現実のものとなるのだった。
「アーバダーナ砦から? ……何でまた?」
「恐らくイシュカークを取り戻すのに自分達が参加していないというのが許せなかったのでしょう」
「まぁ、イシュカークの貴族だしな」
それはつまり、イシュカークの貴族が無能であると俺が認識している事を意味していた。
だが、それも当然だろう。
実際にアーバダーナ砦にいた時、イシュカークの貴族達は自分達こそが主役であるといったような顔をしていた者が多かった。
特にオラスト……デュマシオンの兄の派閥にいた者達にそのような者が多い。
デュマシオンの弟が王城に残ったのは、そういう意味ではラッキーだったかもしれないが。
もし弟の派閥も一緒にいれば……特に母親が一緒にいれば、アーバダーナ砦は間違いなく今よりも面倒な事になっていただろうし。
「それで、デュマシオンはアーバダーナ砦から来た戦力をどうするつもりなんだ? やっぱり助けるのか?」
デュマシオンは、アーバダーナ砦の戦力に動くなと命令をしていた筈だ。
にも関わらず、それを無視して戦場にやってくるような連中は、それこそここで捨て駒にして纏めて処理した方がいいと思う。
恐らくは次も同じように……そして何度も命令無視の独断専行をしそうな気がするし。
とはいえ、それはあくまでも俺の意見だ。
俺ならその気になればニーズヘッグ……いや、サラマンダーやミロンガ改で、数千機単位の操兵であっても倒せるだろう。
そもそも、操兵はあくまでも地上用の兵器だし、遠距離攻撃の武器も操兵が使える物となると、弓矢くらいしかない。
だからこそデュマシオンの奥の手でもある龍操兵は大きな戦力となるのだが……その龍操兵も、真の龍操兵と呼ぶべき機体は1機しかなく、それ以外は簡易版の龍操兵だしな。
ましてや、その真の龍操兵の方も既にかなりボロボロで、従来の……龍の王が使っていた時と同じだけの性能を発揮する事は出来ない。
そんな中で、ニーズヘッグを始めとして俺が操縦する機動兵器が空からビーム砲やら重力波砲やら、あるいはミサイルやら……それこそフレイヤとかを放ったら、どうなるのか。
操兵が数千機……いや、数万、数十万、数百万、それ以上の数がいたところで、どうしようもないだろう。
もっとも、その辺についてはデュマシオンも知らない以上、命令を聞く事が出来ずに暴走した連中を切り捨てて処理するのではなく、助けようとするのも分からないではない。
そんな俺の予想が正しいように、ヘルガは頷く。
「はい、どうやらそのようです。……正直なところ、私から見ても一体何を考えてそのようなことをしているのかが、全く分かりませんが」
ヘルガも俺の使い魔になった事で、この世界の常識が変わったんだろうな。
いや、あるいは俺の使い魔云々とは関係なく、練法師だからなのかもしれないが。
「まぁ、デュマシオンがどういう風に考えるのか分からないが……ともあれ、デュマシオンが死なないようにする必要はあるだろうな」
原作主人公だけに、そう簡単にデュマシオンが死ぬとは思えない。
だが、それでも……俺が介入した影響で、その辺が変わっている可能性は十分にある訳で、その辺も考えるとデュマシオンが死なないようにする必要があった。
「これはまた……うん。さすがシュルティ古操兵と言うべきだな」
取りあえずデュマシオンを助ける必要があるという事で、デュマシオンと一緒に行動していたのだが、目の前の光景に思わずそんな声を出す。
ちなみにナカーダに引き込まれた討伐軍は予想通り全滅……とまではいかないが、壊滅的な被害を受けた。
一般的な世界においては、戦力の3割か4割が失われると全滅といったように認識されるのだが、今回の場合はイシュカーク軍とドレーバ軍を抜きにしても8割程が倒されている為に、文字通りの意味で全滅した。
いやまぁ、それでも生き残りは多少いたので全滅という風に表現するのはどうかと思うが。
ちなみに総大将のガウスは後方にいた為か何とか生き残り……側近と自分を守る戦力だけを引き連れて、とっとと逃げ出した。
その流れで殿を行うような事になったのが、イシュカーク軍とドレーバ軍で、敵の数を少しでも減らす為に2手に分かれた訳だ。
もっとも、イシュカーク軍はアーバダーナ砦に、ドレーバ軍は帝都に向かうといった感じだが。
しかし……当然と言えば当然だったが、追撃の大半はドレーバ軍ではなくイシュカーク軍を追ってきた。
ナカーダとイシュカークの関係を思えば、これはある意味で当然だろう。
ガイザスにしてみれば、タイロンよりもデュマシオンの方が恨み骨髄……ついでにそこには、戦いにおいてギガースを多数撃破した俺のアンノウンもいた訳で、そう考えるとやはりこれは当然の事ではあったのだろう。
せめてもの幸運は、アーバダーナ砦から命令無視をして出撃した部隊と合流出来た事だろう。
まぁ、命令無視をした部隊と合流したところで、肉壁以外に役に立つかどうかは微妙だが。
で、その追撃部隊が近付いたところで俺がどうにかしようと思ったのだが、それよりも前に動いたのがデュマシオン……というよりも、ソレイヤードだった
正式名称は王者の操兵、ルーヴェン・ブロイ・アイネスか。
ソレイヤードの側にいた傭兵が乗っていた、スィナーグ。
それが勝手に動き出したのだ。
最初、そのスィナーグに乗っていたのは、帝都で雇われた操兵を持っていないが腕はそれなりに立つ傭兵達だったのだが、スィナーグはかなり操縦しにくいということで、ソレイヤードの護衛に回っていた。
だが、こうして殿をする事になり……傭兵らしく、逃げようとした。
しかしその瞬間、スィナーグは動かなくなり……傭兵達は生身のまま逃げ出す事になり、そこに追撃部隊が来たところで、いきなりスィナーグが無人で動き始めた。
奇岩島で墓守が戦っていたような、そんな感じだな。
その結果として、スィナーグによって追撃部隊は全滅した訳だ。
この辺もシュルティ古操兵としての力ではあるのだろうが……まぁ、今回の戦いでかなり消耗したアンノウンにこれ以上無理をさせなくてもよかったのは、せめてもの幸運だったな。
そう思いながら、俺はデュマシオン達と一緒にアーバダーナ砦に向かうのだった。