「あー……こりゃ駄目だね。ここにある部品だけだとどうしようもないよ」
サイクスが残念そうに言う。
ナカーダ討伐軍が敗退してからある程度の時間が経った頃。
俺はアーバダーナ砦にある操兵工房……というか、俺に分かりやすいように言うのなら、格納庫的な場所でサイクスと話していた。
とはいえ、その話の内容としてはサイクスにアンノウンの様子を見て貰った結果、このまま使い続けるのは難しいという事だったのだが。
「そうなのか? 動かしてみた感じだと、そこまで問題ないように思えたんだが」
「これだから。僕が最初からずっとこの子の面倒を見ていればよかったのに……上の命令だからってさ。それに海の龍操兵だって実際に弄らせては貰えなかったし」
「それは仕方がないだろ。お前は工呪会の所属なんだから」
アーバダーナ砦は、山の奥にあってそう簡単に見つかるような場所ではない。
だが、当然ながら各種補給が必要となる。
水や食料なら山の中にあるので多少は自給自足が可能ではあるものの、それ以外の生活物資は話が別となる。他にも特に重要なのは、操兵の消耗部品とかだ。
それらを用意するのが、デュマシオンと協力関係にある……というか援助しているクレイトー商会だったり、あるいはデュマシオンが旅をしている時にリュン・クレイトーの紹介であった者達であったりする。
そうして港街まで船で諸々の補給物資を運び、そこからアーバダーナ砦までは陸路で運んできたのだが、その中に俺にとっては顔見知りのサイクスの姿があった。
このサイクスは工呪会に所属する操兵鍛冶師で、しかもとびきりの腕利きだ。
……というか、操兵オタクと表現するのが正しいか。
とはいえ、アンノウンの素体を今のように仕上げたのがサイクスであると考えれば、その技量の程は理解出来るだろう。
実際、アーバダーナ砦にいる操兵鍛冶師はただでさえそこまで人数が多い訳でもなく、しかも残っていた戦力はデュマシオンの命令に背いてナカーダ軍に攻撃を仕掛け、逆撃を食らって大きな被害を受けた。
皆を扇動したザットスとかいう貴族は、現在自主的に牢に入っているらしい。
個人的にはとっとと処分なり処理なりしてしまった方がいい思うのだが、デュマシオンはそうしない。
いつもの甘ちゃんが発揮された形だ。
今回の独断専行の責任をなあなあですませるのは、個人的にどうかと思う。
俺の中でデュマシオンの評価が下がったのは間違いない。
ともあれ、ザットスの暴走のせいでアーバダーナ砦にある操兵の結構な量が被害を受けており、アーバダーナ砦にいる数少ない操兵鍛冶師はそちらの修理で精一杯だった訳だ。
人馬操兵のアンノウンは、とてもではないが整備する余裕はないという事で放っておかれたのだが、そこにサイクスが来て早速整備をした訳だ。
……で、その結果がこれは駄目だというものだった。
部品が足りないというのも……まぁ、人馬操兵だけに、普通の操兵の部品で流用出来る物が少ないというのは理解出来る。
実際、アンノウンを作る時もサイクス……というか、工呪会が専用の部品を作った事によって、こうして完成したのだから。
「とにかく、今は問題なく動かせると思うけど、それはかなり無理をしているんだよ。部品を取り寄せるまでアンノウンの使用は禁止! もし無理に使ったりしたら、それこそ致命的になりかねないからね!」
サイクスにしては珍しく、がぁっと叫ぶ。
サイクスにしては珍しいが、操兵オタクとしてはアンノウンという非常に希少な操兵に万が一の事もあって欲しくはない訳だ。
「うーん……とはいえ、そうなるとアンノウンが直るまで、何を使うかだな。俺用のスィナーグはまだ来ないんだろう?」
奇岩島の報酬として貰った、そしてデュマシオンにこうして協力する報酬として貰った、完品のスィナーグと墓守となっていたスィナーグ。
後者の墓守のスィナーグはビームマシンガンで破壊されたから部品取り用にしか使えないが、新品のスィナーグはまだアーバダーナ砦には届いていない。
もっとも、デュマシオンはスィナーグに恐怖を抱いているっぽいのが問題なんだよな。
ナカーダ軍の追撃部隊を全滅させてアーバダーナ砦に戻ってきた後、スィナーグを使う様子はないし、逃げた傭兵達の代わりの操手を選ぶ様子もない。
そうなると、俺がスィナーグを使うのにも思うところがある可能性はある。
……もっとも、同じシュルティ古操兵であるソレイヤードはそのまま使っている様子だし、そう考えると俺がスィナーグに乗っても問題ないのかもしれないが。
とはいえ、アーバダーナ砦におけるデュマシオンの地位について考えると、それはそれでやはり不味いとは思う。
なら、マイルフィーは……奇岩島のでの一件以降アンノウンに乗っているので、墓守との戦いであったり、ビームマシンガンを無理に使った反動によって壊れたのをそのままで、直してないんだよな。
マイルフィーなら普通に工呪会製の操兵なので、操兵鍛冶師達に直して貰う事も出来るんだが、今アーバダーナ砦にいる操兵鍛冶師は他の操兵の修理でそれどころじゃないし。
サイクスに頼むという方法もあるが……サイクスの性格からすると、素直にこっちの要望については受け入れてくれたりはしないような気がするんだよな。
これが、それこそスィナーグのようなシュルティ古操兵であれば話は別だが。
実際、人馬操兵について修理が難しいと見るや否や、龍操兵に興味が向いているようだし。
つまり……具体的にいつになるのかは分からないが、ナカーダ軍と起こる戦闘の時、俺には使う操兵がない訳だ。
勿論、アーバダーナ砦に余っている操兵……はないにしろ、操縦技術が下手な奴の操兵を使うとか、最後の手段としてはデュマシオンが何を言おうとも俺がスィナーグを引っ張り出してくるとか、色々と方法はあるが……ここは1つ、俺らしい解決方法を選ぶとしよう。
ましてや、丁度いい具合の狙いもあるし。
「なら、サイクス。ちょっとした賭けをしないか?」
「え? 賭け? 一体何を?」
俺が一体何を言うのかと、そんな疑問を口にするサイクス。
俺はサイクスに向かい、賭けの内容を口にする。
「ナカーダの国主であるガイザスが使っている、重量級狩猟機……ギガンティスがあるだろう? あれは実は複数機あるって知ってるか?」
これはヘルガから聞いた情報でもあるが、ヘルガしか知らない情報という訳でもない。
ファンタジー世界であるこの聖刻世界においては、国主が戦場に出るというのは珍しくない。
そうする事によって味方の士気が上がり、戦局を優位に進めることが可能になるのだから。
だからこそ、敵にしてみれば国主を……敵の総大将を討つ機会がある。
その対策として、国主専用の操兵というのは、影武者用だったり、あるいは予備であったりで複数あるのも当然だった。
それはガイザスの専用機であるギガンティスも同様だ。
……もっとも、そのギガンティスの1号機――という表現が正しいのかどうかは微妙だが――は、操兵闘技大会においてデュマシオンのソレイヤードに破壊されている。
なので、今ガイザスが乗っているのはギガンティスの2号機で、恐らくは今の予備として3号機もある可能性は高い。
「まぁ予備機ってのは必要だろうね。それで? 賭けの内容は? もしかして、アクセルがそのギガンティスを奪ってくるとでも言うのかな?」
そう尋ねるサイクスだったが、その口調には実際にはそのようなことをしたりはしないだろうと、そのように思っているのが十分に理解出来た。
まぁ、普通に考えれば……操兵オタクであるサイクスであっても、まさかそんな事を俺がするとは思ってはいないのだろうが……
「その通りだ」
そう、断言する。
「……え?」
そしてサイクスは、まさか俺がそのようなことを提案してくるとは思っておらず、間の抜けた声を上げる。
しかし、それでもすぐ我に返ると、俺に向かって改めて聞いてくる。
「えっと、アクセル。それ……本気で言ってるの? 国主専用機だよ? 予備機がある可能性は高いと思うけど、それでも警備は厳しいと思うけど」
「そうかもしれないな。だが、俺は自分ならそれが出来るという確信がある。それに、ナカーダ軍の戦力は、減らせば減らしただけこっちにとっては悪くないだろう?」
そう言うものの、国主専用機である以上、向こうの戦力として数えるのはどうかと思うが。
俺が奪ってこようとしているのは、あくまでもギガンティスの予備機だ。
国主専用機である以上、ガイザスとしてはギガンティスの予備機を他人に使わせるといった事はまずない筈だ。
つまり、元々戦場に出る予定のない国主専用機だけに、それを奪ってもそこまでナカーダ軍にとっての打撃ではない。
勿論、今ガイザスが乗っているギガンティスが撃破……あるいは大破や中破といった被害を受けたりした場合、予備機のギガンティスがなければギガースに乗り換える事になり、結果として重量級狩猟機が1機減るとというのは大きいかもしれないが。
「……そんな事が出来ると思ってるの?」
「俺なら出来ると思う。とはいえ、ギガンティスを奪ってきても、まさかそのまま使ったりは出来ないだろう?」
いやまぁ、ガイザスを……あるいはナカーダ軍を挑発するという意味では、ギガンティスをそのまま使うというのも悪くない方法であるとは思う。
思うのだが、そうなると混戦の中で味方に間違って攻撃される可能性もある。
1発だけなら誤射……なんて言葉で誤魔化せるようなものじゃないしな。
あるいは30分以上も延々と狙われているのに、実は間違いだったかもしれないとか、そんな言い訳を受け入れるつもりもない。
これが例えばもっと科学技術が発展しており、敵味方識別信号とかそういうのがあれば、外見は同じであっても……まぁ、それでも万が一があったりする可能性もあるのだが。
ともあれ、ギガンティスを奪ってきてもそのままというのは問題なので、装甲を変えたりする必要がある。
あるいはギガンティスの設計に無理があった場合……もしくはまだ性能を上げられる場合は、その辺の調整もして欲しい。
そうなると、当然ながら腕の立つ操兵鍛冶師にやって貰いたい訳で、そういう意味でもサイクスは最適な人材な訳だ。
「どうだ? もし俺がギガンティスを奪ってくる事が出来たら、サイクスはそのギガンティスを俺が使うのに相応しいように改修するって事で」
「……もしアクセルがギガンティスを奪ってこれず、賭けに負けたらどうするのさ?」
「そうだな、奇岩島から持ってきたスィナーグは2機分が俺の割り当てだ。完品の方はさすがにやれないが、壊れている方のスィナーグはお前にやろう」
そう言うと、サイクスの目が強い光を宿す。
サイクスはシュルティ古操兵に強い興味を持つ。
もっとも、人馬操兵や龍操兵のように純粋な人型ではない操兵の方により強い興味を抱いている様子ではあったが。
だが……それでも半壊状態とはいえ、シュルティ古操兵の1機を正式に譲渡すると言えば、サイクスであっても目の色を変えるのは当然だった。
「言っておくけど、後で実は無理でしたとか言うのは駄目だよ?」
「分かっている。それで、どうする?」
「……その賭けに乗った」
そう、サイクスは言うのだった。
「嘘……だろ……」
翌日、アーバダーナ砦にあるギガンティスを見て、サイクスがそんな声を漏らす。
このギガンティス、奪ったのはいいが、空間倉庫についてはまだあまり知られたくないので、アーバダーナ砦のある山の麓から乗ってきたのだ。
恐らくアーバダーナ砦の周辺にはアーシェラの部下である陰共が配置されている筈であり、それを思えば麓から歩いてくる必要があった。
当然ながら、最初アーバダーナ砦では大きな騒ぎとなる。
宿敵であるナカーダの国主ガイザスの専用機が単独でアーバダーナ砦までやって来たという事を考えれば、そうなるのは当然だろうが。
それこそ緊急の戦闘態勢になろうとしたところで、伝声管を使って俺が呼び掛け、ヘルガからも情報を回され、今は何とかアーバダーナ砦の中にギガンティスはあった。
サイクスはそんなギガンティスを見て驚きの声を上げているし、それ以外の面々……操兵鍛冶師どろか、傭兵や騎士、それどころか竜騎士の一族までもが見学に来た辺り、それだけアーバダーナ砦の面々の中では大きな騒動となったのだろう。
当然ながら国主専用機であるギガンティスを奪ってくるという事をした俺はイシュカークの貴族達にこれでナカーダが本気になったらどうするのかと責められたりもしたが……デュマシオンからの伝言によって、無罪放免となる。
まぁ、デュマシオンとしては色々と言いたい事はあるんだろうが、前翡翠の遺言もあるからというのが大きかったのだろう。