イシュカークを占領していたナカーダ……その国主であるガイザスが逃げ出してから少し時間が経ち、既にイシュカーク軍の拠点はアーバダーナ砦からイシュカークの王城に戻っていた。
……なお、ガイザスに身体を売って良い生活をしていたデュマシオンの義母であるラオダメイアは、当然のように多くの者達から批判を浴びて、今ではかなり影響力も少なくなっている。
それはデュマシオンの弟のコラムの派閥――正確にはコラムの母親であるラオダメイアの派閥だが――に所属する貴族達も同様で、その影響力が落ちていた。
もっとも、影響力が落ちる以前に討伐軍との戦いの際に肉壁のように消耗品として使われたのもあって、その数を大きく減らしていのだが。
ただし、その代わりという訳ではないが、厄介な者達も増えた。
具体的には、イシュカークがナカーダに占領されていた時は王城にいなかった事もあり、自分の領地を捨てて近隣諸国に逃げ出していた者達だ。
そのような者達がデュマシオンがイシュカークを取り戻したと聞き、戻ってきたのだ。
……アーバダーナ砦に来なかったのはともかく、ナカーダ軍との決戦の場においても一切姿を現さなかった割には、こうしてデュマシオンがイシュカークを取り戻したところで姿を現すというのは、どうなんだろうな。
ましてや、自分達こそがイシュカーク貴族で、これから国を動かしていくといったような態度なのは。
中には、傭兵や竜騎士達にはとっとといなくなって欲しいと公言しているような者もいるとか。
そういう連中にしてみれば、自分達ではイシュカークを取り戻せなかったのに、俺達がそれを行った事が気に食わなかったのだろう。
もっとも、それを堂々と言えば何故ナカーダ軍との戦いに参加しなかったのかといった事になるのだが。
中には、ナカーダをイシュカークの領土にするべきだと言う奴もいる。
とはいえ、デュマシオンはナカーダを占領するつもりはないらしく、アルヴァレスに任せるらしい。
実際、アルヴァレスはナカーダ随一の名将と呼ぶに相応しく、反乱軍を率いて大きく活躍したしな。
その辺りのことを思えば、デュマシオンがナカーダを任せようと思うのは理解出来る。
ともあれ、今のイシュカークはそんな風に決して好ましい状況ではない訳だが……
「そんな中で、何で帝都に行く必要がある?」
そう聞く俺の向かいには、デュマシオンとローエンの姿がある。
いつもならここにアーシェラもいるのだが、今のところその姿はどこにもない。
あるいはデュマシオンから何らかの指示を受けて行動しているのかもしれないな。
なお、向こうはアーシェラがいないものの、こっちはいつものようにヘルガが隣にいる。
2人と2人と考えれば、これで丁度いいのかもしれないが。
「帝国の法では、ラグーン国主同盟のような同盟は禁止されている。それを何とか帝国に認めて貰う必要がある」
「……帝国に、そんな余裕があるのか?」
そう俺が口にしたのは、討伐軍がナカーダによって負けた後、どのようになっているのかを理解している為だ。
討伐軍の敗北によって、誰の目にも今の帝国の落日は明らかなものとなった。
その結果として、真っ先に動いたのはナカーダの後ろ盾となっていたエリダーヌで、隣接している国に部隊を派遣し、あっさりと占領した。
そんなエリダーヌの動きに釣られるように、他の国々も侵略戦争を起こし……今や帝国は群雄割拠といった状態になっている。
だが、肝心の帝国は沈黙を保っており、侵略戦争を起こしている国々に討伐軍を派遣していない。
……あるいはこれがエリダーヌだけであれば、もしかしたらそうしたかもしれないが、生憎と多数の国が一斉にとなった以上、それは難しいらしい。
つまり、ラグーン国主同盟の一件を帝国に知らせる必要はないのだ。
だというのに、デュマシオンは帝国に行くと言う。
「それでも、うちのような小国にとっては帝国という屋台骨は必要なんだよ」
ラグーン国主同盟を結成した以上、そこまでする必要はないと思う。
その件については俺がどうこう考える必要はないけど。
「そうする必要があるとは思えないけど、デュマシオンがそうしたいのは分かった。……で、それを改めて俺に話すという事は、何かあるのか?」
「ああ、アクセルにも来て欲しい」
「……またか?」
そう口にしたのは、討伐軍の時にも俺が帝都に向かったからだ。
あの時もそうだったが、今回も別に俺がわざわざ帝都に行く必要があるとは思わない。
「そうだ。アクセルのアンノウンがあれば……」
「駄目だな」
デュマシオンの言葉を最後まで口にさせず、そう言う。
「……何故だ?」
デュマシオンにしてみれば、まさかこうもあっさりと自分の提案が断られるとは思っていなかったのか、そう言ってくる。
「アンノウンはまだ動かせる状態じゃない。部品の問題でな」
討伐軍とナカーダ軍の戦いにおいて、アンノウンは思う存分その性能を発揮した。
だが、そうして性能を発揮した為に、結果として消耗品を交換する必要が出てきた。
アーバダーナ砦は設備がそこまで整っていない。
かといって他国に頼むというのは、部品の一部だろうとも知られる事になり、危険だという考えで頼んでいない。
結果的に、サイクス経由で工呪会が部品を手作りする事になったのだが、その部品がまだ届いていないのだ。
そもそもの話、アンノウンが使えるのならナカーダ軍との戦いにおいてもアンノウンを使って……いや、ナカーダ軍を動揺させ、ガイザスを怒らせるという目的を考えれば、ギガンティスを使っていたか?
まぁ、ナカーダ軍はともかく、ガイザスはそこまで怒らせる事は出来なかったのだが。
「……そうか」
俺の意思という訳ではなく、アンノウンの部品の問題という事で、デュマシオンも納得したらしい。
実際には部品の問題であれば、無理をせず帝都ルーフェンに行った方が工呪会とは接触しやすいのだが。
まぁ、その辺りにデュマシオンが気が付いていないとも思えないし、無理に言っても俺がデュマシオンの要望を聞くとは思えないと、そう判断したのだろう。
先代翡翠からデュマシオンに協力して欲しいと言われてそれを引き受けはしたものの、別に常に俺がデュマシオンと一緒にいる必要もない。
護衛という意味では、それこそローエンがいるし、あるいはアーシェラの部下の陰共もいる。
であれば、俺が無理に行く必要はない。
そんな訳で、俺はイシュカークに残るのだった。
帝都に行ったデュマシオンは予想通り、特に何の問題もなくイシュカークに帰ってきた。
まぁ、政治的に色々とあったのだろうが、その辺は俺が気にするような事ではない。
貧乏国家のイシュカークにしては莫大な金を払ってデュマシオンの国主就任が認められ、ラグーン国主同盟の件であったり、新たにナカーダの国主となったアルヴァレスの件も無事に認められたのを思えば、デュマシオンも成果があったのだろう。
そうして落ち着いたところで、すぐにまた事態が動く。
エリダーヌがラグーン国主同盟の中の1つ、ラーへルキアに向かって進軍したのだ。
列強と呼ばれる国の中でも最も国力が高いエリダーヌとラーへルキアの間には幾つかの国があったが、それらの国は全て占領されてしまった。
正確にはその中にはゴッツアルという傭兵を出荷している特殊な国もあったのだが、そのゴッツアルは降伏はしなかったが、国を自由に通る許可を出した……つまり、表向きはともかく実際には降伏したも同然といった状態になったらしい。
そんな訳で、エリダーヌが攻めてきた為にラグーン国主同盟はその盟約に従って迎撃する事になり……
「やっぱりアンノウンの方が動かしやすいな」
そうして移動している最中、俺はアンノウンの操手漕でそう呟く
「工呪会の用意した部品が何とか間に合ったようで何よりですね。やはりアクセル様が最も実力を発揮出来るのは、この操兵のようですし」
操手漕にいるヘルガが、そう呟く。
そう、ようやく工呪会が作ったアンノウンの……人馬操兵の予備部品が届き、その整備も無事に終わったのだ。
幸いなことに、工呪会から運び込まれた予備部品はかなりの数になっており、これでアンノウンの運用に困る事は……暫くはない。
当初、ギガンティスとアンノウンのどちらを使うのかを迷ったんだが、重量級狩猟機はどうしても移動速度が遅いんだよな。
なので、こうしてアンノウンで移動している訳だ。
……もの凄く目立ってるけど。
イシュカーク軍はともあれ、それ以外の国の者達にとっては人馬操兵というのは生まれて初めて見るのだから仕方がない。
そんな訳で、どうしてもアンノウンは人目を集める。
途中でナカーダから派遣された部隊とも合流する。
ちなみにナカーダから派遣された軍を率いるのは、アルヴァレスではない。
何しろアルヴァレスは現在ナカーダの暫定的な国主という扱いだ。
実際にはデュマシオンが帝都に行った時に色々と根回しをした結果、イシュカークの自治区域といったような扱いになっているらしいが。
そうなると、アルヴァレスは国主というよりも代官といった表現の方か相応しいのかもしれないな。
ともあれ、そんな訳で俺達は進み……やがて、エリダーヌ軍との戦場になる場所まで向かうのだった。
一応、途中でラーへルキアの王都に寄ったりもしたが、当然ながら軍勢が王都の中に入る訳にもいかず、王都の外での野営となり、ラーへルキア軍と既に到着していたダルクス軍と合流し、すぐに出発した形だ。
もっともバシバーンとマルケアの軍勢は遅れていたので、置いていく形となったが。
その中でもバシバーンはガイザスとの戦いで大きな被害が出ていたので軍備を整えるのが遅れたのは分かるものの、マルケアの場合は……まぁ、うん。
ガイザスが逃げ出した時も、目の前を通ったのに一切攻撃する様子もなく、黙って見ていただけだった事からも、軍事行動に消極的であるのは間違いない。
ラグーン国主同盟に参加したのは何でだ? と思わないでもなかったが、その辺りは多分自国が他国に攻撃された時には助けて貰おうと思ったのだろう。
……もっとも、他国を助けるのに消極的なのに、自国を助けて貰う時だけ本気で戦って貰おうと考えるのは虫が良すぎると思うが。
ともあれ、それでもエリダーヌ軍と戦う場所に到着して少ししたところで、マルケアもしっかりと戦力を送ってきた。
決して精鋭部隊というようには思えない者達だったが。
「それにしても、こうして堂々と攻めてくる日付とかを指定してくるのは……余裕があるからか、それとも何かもっと別の理由があるのか、どっちだと思う?」
「余裕があるからに決まってるでしょ、エリダーヌにしてみれば、ラグーン国主同盟なんてあっさりと踏み潰せるような相手よ?」
夜、首脳陣が集まって軍議をしている中、俺はイシュカーク軍の面々と焚き火にあたりながら話をしていた。
もっとも、イシュカーク軍とはいえ、いるのはサイガ党と操兵狩人の面々だけだが。
龍操兵は今回来ていないし、イシュカーク軍本隊は……慎重派のフィンデンはともかく、猪突猛進のザットスがいるのがちょっとな。
しかも、討伐軍とナカーダ軍の戦いで独断専行し、その結果イシュカーク軍に大きな被害を与えたザットスですら、イシュカーク軍の中では上澄みというのが、もう……
デュマシオンが国内で味方を捜すのではなく、国外に味方を求めた理由が分かるというものだ。
もし俺がデュマシオンと同じ立場でも、同様にイシュカークの人材を見切っていただろう。
いや、ローエンとか有能な人材はいる事はいるんだが。
ただし、大半が無能……あるいは無能とまではいかなくても、能力の足りない者達だ。
「実際、エリダーヌが向けている部隊も第3軍で、より上位の1軍と2軍はいないらしいな。……もっとも、エリダーヌのような大国だ。第3軍とはいえ、精鋭揃いなのは間違いない。特にドライドンは……厄介だぞ」
エアリエルがそう呟く。
サイガ党として、エリダーヌと戦った事もあるのだろう。
とはいえ、実際サイクスからちょっと聞いた話だと、エリダーヌ軍はかなりの強敵らしい。
ドライドンというのはエリダーヌ軍の制式採用機なのだが、驚くべきはそれが重量級狩猟機だという事だろう。
他国でも重量級狩猟機は使っているところもある。
例えば、俺が奪ってきた国主専用機であるギガンティスもまた、重量級狩猟機だ。
それにドレーバのタイロンが使っていた操兵も、重量級狩猟機だった。
だが……それは国主であったり、あるいは腕の立つ精鋭に使わせる程度の話で、制式採用機として重量級狩猟機を使うというのは……この辺は、さすが列強の筆頭と呼ぶべきか。
それを相手にするのだから、ラグーン国主同盟であっても苦戦が必至なのは間違いなかった。