エリダーヌ軍は、宣言通りにラーへルキアに……ラグーン国主同盟の領土内に侵攻を開始した。
ラーへルキアと隣接するゴッツアルの間にはトーレス山という山があり、それが一種天然の防壁として扱われていた。
ラーへルキアはそのトーラス山に要塞を築いていたのだが、その要塞もあっさりと突破されてしまう。
ラーへルキア軍も大人しくトーラス山を通した訳ではなく、エリダーヌ軍に相応の被害は与えたらしいのだが……それでもエリダーヌ軍全体として見れば、受けた被害は大きくない。
何しろ、ラーへルキア軍と戦った部隊はその大半がエリダーヌ軍本隊ではなく、エリダーヌが制圧した国の騎士がメインだったのだから。
そうしてトーラス山をエリダーヌ軍が突破した翌日……いよいよ、ラグーン国主同盟軍とエリダーヌ軍との戦いが始まる。
「アグライア、俺は本当に遊撃という扱いでいいんだな?」
「ああ。構わないよ。あんたのアンノウンは、足が速い……いや、速すぎる。うちの連中と一緒に行動するとなれば、こっちに速度を合わせないといけない。……そうなれば、アンノウンの性能を思う存分発揮出来ないだろう?」
「そうだな」
アンノウンは人馬操兵という外見から見ても分かるように、機動力に特化した操兵だ。
だからこそ、他の操兵……特にアグライアが操縦するメガバンデスのような重量級狩猟機と一緒に行動するとなれば、その最大の長所である機動力を殺してしまう。
……いやまぁ、実際にはアンノウンは機動力以外にも重量級狩猟機並の力であったり、鞭の如く尻尾を使ったり、頭部の角で突き刺したりと、色々と攻撃方法はあったりするんだが。
まぁ、アグライアは普通の人馬操兵について知らない以上、この辺りの認識は仕方がないのかもしれないけど。
ともあれ、俺にしてみればアンノウンの性能を最大限に発揮出来る遊撃というのは悪くない。
「けど、気を付けるんだよ。幾らアクセルが腕利きだからといって、相手はエリダーヌ軍なんだからね」
「ああ、分かっている。アンノウンとドライドンでは、機動性が違いすぎる。向こうが攻撃をしようとしてきても、その前に逃げ出すといったことも難しくはないしな」
エリダーヌがアンノウンについてどこまでの情報を入手しているのかは、俺にも分からない。
ただ、ナカーダの後ろにエリダーヌがいたのは間違いない以上、アンノウンの情報も少なからず渡っていると思ってもいい。
そうなると、エリダーヌもこのアンノウンに対して何らかの対処法を持っている可能性は十分にあった。
そういう意味では、俺も油断は出来ない。
アンノウンはこの聖刻世界においても非常に希少な人馬操兵だ。
……いや、ただの人馬操兵というだけではなく、俺の魔力の侵食によって全く違う……本来の人馬操兵と違う特殊な存在になった。
だからこそ、このアンノウンはシャドウミラーに持ち帰る必要があり、破壊されるといったような事は絶対にごめんだった。
まぁ、それでもサイクスがいればある程度の損傷なら修理出来るとは思うが。
「くれぐれも気を付けるんだよ」
そうアグライアに念を押されるのだった。
「また、バシバーンか」
アンノウンの操縦槽に乗ってガラス板に映し出される周囲の様子を見ていたのだが、こちらに近付いてくるエリダーヌ軍に対し、バシバーンが真っ先に飛び出した。
ガイザスとの戦いの時も独断専行して大きな被害を受け、この地で行われた軍議においてもラーへルキアが弱いといったように決めつけるなど色々と問題行動を起こしていたらしいのだが、どうやらまたらしい。
……いっそ、ここはバシバーン軍をそのままエリダーヌ軍にぶつけて、少しでも消耗して貰った方がいいのでは?
ついでに、バシバーン軍を率いているグレゴリウスとかいう奴にも死んで貰った方がいいような気がする。
そう思ったが、他の面々は違ったらしく他の軍もまだ早いというのに動き出した。
バシバーン軍の暴走を起点として、他の国の軍勢もそれに釣られた形だ。
当初の作戦は完全に駄目になってしまった訳だが……最近、デュマシオンにしては珍しいな。
本来なら、その辺りも考えてきちんと予定通りに動かしていた筈なのだが。
ただでさえ、ラグーン国主同盟は多数の国の集まりである以上、上手く連携させるのは難しい。
その辺りは、それこそガイザスとの戦いの時にも分かっていた筈なのだが……だというのに、デュマシオンは何の対策もしていなかったのか?
ガイザスとの戦いの時であれば、あれが初めての本格的なラグーン国主同盟としたの戦いだった為に、分からないでもない。
だが、これは2度目だ。
俺はデュマシオンの評価を下げる。
もっとも、最近は何だか冴えない様子だったのを思えば、その辺も仕方がないのかもしれないが。
ともあれ、今の俺はがやるべきなのはここで様子を見ることではなく、アグライアから許可された時のように、遊撃として行動するべきだろう。
……人馬操兵のアンノウンについては、エリダーヌもナカーダ経由でその辺りの情報は持っているかもしれないが、それはあくまでも人伝の情報でしかない。
であれば、実際に自分の目で見た場合、動揺してもおかしくはなかった。
そんな訳で、味方の負担を少しでも減らす為に、俺はアンノウンを動かす。
……まぁ、味方の負担を減らすとはいえ、独断専行したバシバーン軍の援護になると思えば、その辺りについては色々と思うところがない訳でもないが。
ともあれ、俺はその辺りについては今は気にしない事にして、アンノウンでエリダーヌ軍に向かって進む。
今回は正面からの戦いという事もあってか、占領された国の兵士ではなくエリダーヌ軍の本隊が……つまり、重量級狩猟機のドライドンが最前線に出ていた。
ガラス板で見ても、こうして重量級狩猟機が並んでいるのは結構な迫力だな。
そんな風に思いつつ、だからといってこちらの速度を落とすようなことはせず、真っ直ぐエリダーヌ軍に向かって走り続ける。
ドライドンが持っているのは、操兵闘技大会の時にも少し見た、三つ叉の槍。
それと、重量級狩猟機であってもその身体の大半を隠せるような、巨大な盾だ。
ただでさえ重量級狩猟機というのがギガンティスの例を見れば分かるように、高い膂力があり、その膂力によって分厚い装甲も装備する事が出来る。
そんな装備をしているのに、盾を追加として持っているのだ。
これは戦っている方にしてみれば、厄介極まりないだろう。
……もっとも、それはあくまでも普通の操兵ならの話だ。
そして俺のアンノウンは、とてもではないが普通の操兵という訳ではない。
馬の下半身で走り、見る間に近付いて来るドライドンの姿。
さすがエリダーヌ軍と言うべきか、アンノウンが近付いても一切動揺した様子は見せない。
ナカーダ軍の場合は、見て分かる程に動揺したのだが。
……いや、あるいは動揺はしていても、操兵の挙動にはそれを出さないようにしているのかもしれないな。
ともあれ……アンノウンが近付くと、ドライドンは盾を構え、どこの城壁だといった様子で防御を固める。
俺がアンノウンの速度を緩めれば、持っている三つ叉の槍で突き刺すつもりなのだろうが……
「甘い」
ドン、と。
アンノウンが強く地面を蹴り、飛ぶ……いや、跳ぶ。
速度に乗った状態で跳んだのもあって、その跳躍は重量級狩猟機のドライドンの背丈をも優に超える。
いきなりの跳躍に、恐らくドライドンは一体何があったのか分からなかったのか、動きを止めた。
ナカーダ軍との戦いの時も今回と同じようにアンノウンを跳躍させたのだが、その辺りの情報は貰っていなかったのか、あるいは貰っていて中量級狩猟機のギガースはともかく、重量級狩猟機のドライドンを跳び越えるとは思っていなかったのか。
あるいは、もっと単純に人馬操兵のアンノウンの大きさを見て、まさか跳躍するとは思っていなかったのかもしれないが。
とはいえ、軽量級狩猟機であればこうして跳躍するようなことは珍しくない。
そう考えれば、アンノウンが跳躍しても珍しくはない訳で……
ドライドンの作った戦列を跳び越え、後ろに着地する。
この時、アンノウンが着地した場所の前方には他にもまだ操兵の姿が見える。
ドライドンとは違う普通の操兵……中量級狩猟機。
エリダーヌが占領した国から連れて来た戦力だろう。
とはいえ、その戦力もこちらの行動は理解出来ないといった様子で動きを止めていた。
そちらについては特に気にしない。
余裕があれば、向こうの操兵も倒してもいいのかもしれないが、ここで重要なのはエリダーヌ軍の象徴でもあるドライドンを少しでも減らすことなのだから。
そんな訳で着地した状態から振り返ると、俺はアンノウンをドライドン目掛けて突っ込ませる。
重量級狩猟機だけあって高い防御力を持つドライドンだが、正面に比べればどうしても背後は防御が弱くなる。
また、重量級狩猟機だけに動きも鈍く……同時に跳躍したアンノウンという存在を全く理解出来ず、まだ動いていない。
そんなドライドンに対し、十分に近付いたところでアンノウンを竿立ちにし……前足と中足の合計4本の蹄を振り下ろす。
ゴシャリ、と。
重装甲というよりは濡れた新聞紙のように――というのは少し大袈裟かもしれないが――装甲を破壊する。
同時に蹄を振り下ろしドライドンのすぐ隣にいた別のドライドンに向け、槍を振るう。
アンノウンの……それこそ重量級狩猟機と同等か、あるいはそれ以上の膂力によって振るわれたハルバードは、その斧の部分で容易にドライドンの頭部を砕く。
幾ら性能の高い重量級狩猟機であっても、操兵は操兵だ。
当然のことだが、頭部を……より正確にはその頭部にある仮面を破壊されてしまえば、操兵としてはもう終わりだ。
ハルバードの返す刃でもう1機……蹄を振り下ろしたドライドンのうち、頭部を切断されたのと反対側にいた別のドライドンの頭部も同様に切断し……そこでようやく他のドライドンが動き出す。
三つ叉の槍の一撃が放たれるも、それを回避してハルバードで攻撃をしてきたドライドンの頭部を切断し……そのまま距離を取る。
騎兵に対し槍が有効であるように、人馬操兵に対しても三つ叉の槍が有効なのは間違いない。
なので素早く距離を取りつつ、人馬操兵の高さを利用して戦場の様子を確認する。
……なるほど、さすがエリダーヌ。
俺が突っ込んだ場所はともかく、他の場所ではドライドンがその能力を存分に発揮して、ラグーン国主同盟軍を攻撃していた。
それもある程度攻撃をしたら他の操兵に戦う場所を譲るという……いわゆる、車がかりの陣という奴だな。
本来であれば人が戦う時に使っていた陣形だったが、それを操兵の戦闘に応用したらしい。
もっとも、これは操兵が空を飛ばず、地上兵器……それこそ歩兵を単純に大きくしたような存在であるが故に、有効な手段ではあったのだろうが。
そんな風に思いながら、俺はアンノウンを動かしながらドライドンを倒していったが……
「そろそろ限界か」
三つ叉の槍をハルバードは弾き、頭部を切断しながらそう呟く。
元々、ドライドンの後方の通常の操兵達のいる空間は、そこまで広さがある訳ではなかった。
そんな空間でアンノウンを動かして戦うことが出来ていたのは、ドライドンの動きが鈍いからというのもあるが、通常の操兵が動いていなかった為だ。
アンノウンの存在に気圧されたのか、それとも動かないように命令されていたのか。
その辺りは俺にも分からなかったが……それでも、動かなかったのは間違いない。
だが、こうしてアンノウンが好き放題に暴れているのは、向こうにとっても許容出来ないのだろう。
命令が下されたらしく、エリダーヌの従属国の操兵がこちらに歩を進め始めていた。
……それでもその速度が決して速いものではないのは、それだけ人馬操兵という未知の存在に畏怖しているのだろう。
とはいえ、それでも進んでいるのは間違いないらしく、であれば俺もわざわざこの場にいるというのは自殺行為だろう。
……ナカーダ軍との戦いの時のように、無理をすればまた消耗品の交換で部品が足りなくなるという可能性もあるし。
そんな訳で、俺はその場から走り去る。
とはいえ、それでもエリダーヌ軍の内部に入り込んでいる状態なので、まずはここから脱出する必要があるのだが、その辺は問題ない。
こうして十分に走った後であれば、速度も乗っており……ドン、と。
先程と同様に跳躍し、ドライドンの頭上を通ってエリダーヌ軍の本陣から抜け出す。
すると、ちょうどそのタイミングでラグーン国主同盟軍が撤退を始めているのが見えた。
であれば、俺もいつまでもここに残る必要はないので、人馬操兵の特長である機動力を使って素早く戦場から走り去るのだった。