アンノウンの振るうハルバードが、エリダーヌ軍の制式採用機である重量級狩猟機のドライドンの頭部を切断する。
工呪会製の操兵の中でも突出した性能を持つ重量級狩猟機だが、それでも操兵である事に違いはなく、操兵の命とも呼ぶべき部品である仮面が破壊されるなり、あるいは操兵の本体から離れるなりすると、操兵は動かなくなる。
そうして倒れ込むドライドンを見ながら……
「次っ! ……って、え? あれ?」
俺と戦っていたドライドンが、退いていく。
罠か? 援軍か? そうも思ったが、戦場を見るとエリダーヌ軍の全軍が後退しているのは間違いなく……何がどうなっているのかと、疑問に思う。
ラグーン国主同盟軍とエリダーヌ軍との最初の全面対決において、ラグーン国主同盟軍側はかなりの被害を受けた。
自分で言うのもなんだが、俺のアンノウンが恐らく一番エリダーヌ軍にダメージを与えたのではないかと思う。
ともあれ、バシバーン軍の独断専行によってなし崩し的に開かれた戦端は、ラグーン国主同盟軍側の負けとなったのだ。
当然ながら、そのバシバーン軍を率いていたグレゴリウスは他の者達から責められた結果、ラグーン国主同盟内部でのバシバーンの影響力はかなり減った。
まぁ、独断専行をするような奴の影響力が減るのは悪くないが。
ともあれ、戦いは基本的ゲリラ戦のような感じになり、そうしてエリダーヌ軍に被害を与え、補給物資の輸送隊も操兵狩人達が襲撃し、その結果としてエリダーヌ軍は遠征軍であるが故の被害を受け……向こうとしてもこのまま戦いに時間を掛けられないという事で、またこちらとしても長期の戦闘は小国であるが故に負担になるという事もあり、二度目の正面からの決戦……最終決戦となったのが今の状況だった。
だというのに、ただでさえ補給に余裕がないエリダーヌ軍がこうして撤退をするのは一体何でだ? と疑問に思うのは当然だろう。
そんな風に疑問に思っていると、ラグーン国主同盟軍からもガーン、ガーン、ガーンと撤退の合図が聞こえてくる。
あれ? これ……本当に何があったんだ?
そんな疑問を抱きつつも、向こうもこちらもそれぞれ撤退している以上は俺が戦場に残る訳にもいかず、あるいは撤退するエリダーヌ軍を追撃するのもどうかと思ったので、素直に撤退するのだった。
「え? マウが?」
操兵鍛冶師達にアンノウンを任せ……とはいえ、サイクス達程に腕が良い訳でもないので、整備くらいしか出来ないのだが。
アンノウンから下りた俺に近付いて来たヘルガが飲み物を渡すと同時に伝えてきた内容が、プール三兄弟のマウが来ているというものだった。
奇岩島で別れて以来、全く行方知れずとなっていたマウがわざわざこの戦場に来ているという事は、恐らく戦闘が中途半端なところで中断したのも、その辺が影響してると思ってもいいだろう。
もっとも、ラグーン国主同盟軍が戦闘を一時中断したのはそれが理由なのかもしれないが、エリダーヌ軍も同じように撤退した理由は分からなかったが。
「理由は聞いてないのか?」
「私はあくまでもアクセル様の部下ですから、重要な話を聞くのは難しいかと。……練法を使えばどうとでもなるかもしれませんが、至高の宝珠の紅玉もいるようですし」
そう言われると、俺もヘルガに無理をしろとは言えない。
今はなし崩し的にヘルガは俺の部下で、俺がイシュカークに協力しているという事もあってか至高の宝珠ともそれなりに仲良くやっているものの、本来ヘルガが所属していた聖刻の園は至高の宝珠から分派して出来た練法師匠合だ。
だからこそお互いに強い対抗心を持つ。
そんな中でヘルガが練法を使ったりしたら、どうなるか。
……上手くいけば何ともないが、下手をしたら騒動となってしまう可能性が高い。
ましてや、今のイシュカーク軍にはいつの間にか練法師として復帰していたアーシェラもいるのだから。
元々、アーシェラは練法師だった。
それがどんな理由か……多分デュマシオン関係だと思うのだが、練法師から間者になった。
その上で、また何があったのかは分からないが、再度練法師になった。
……ヘルガ曰く、有り得ないという事らしいが、それはつまりそれだけ信じられない事らしい。
そんな訳で、ヘルガが練法を使うのは避けた方がいいのは間違いない。
もっとも、ヘルガはヘルガで練法師でありながら俺の使い魔となった事もあって、以前と比べると圧倒的に強化されているのだが。
「ともあれ、デュマシオンに話を聞いてみるか。でないと、何も分からないしな」
「はい、それがいいかと。デュマシオンも、アクセル様に何も言わずに従え……などということは、とでもではないが出来ないでしょうし」
ヘルガの言葉に頷くと、俺はデュマシオンに会いにいくのだった。
「えっと……何だ、これ?」
戦闘が中断した件でデュマシオンに会いに来たのだが、その時に俺が見たのはエアリエルによって取り押さえられているマウの姿だった。
「ああ、アクセル。来たのか」
俺に向かってそう言うデュマシオンは、どこか助かったといったような雰囲気を発していた。
この状況を見れば、そんな風に反応してもおかしくはないのだが。
「戦闘が途中で止まったんだから、その理由を聞きに来るなという方が無理だろう? 全体的に見てこっちが不利な状況だったから、デュマシオンとしては助かったんだろうけど」
エリダーヌ軍との戦いにおいて、俺は有利に戦っていた。
だが、それはあくまでも俺だけで、全体として見た場合はラグーン国主同盟軍側が不利な状況であったのは間違いない。
もっとも、何だかんだとデュマシオンは優秀だし、軍師のサライもいる。
何か一発逆転の手があっても、おかしくはなかっただろう。
「その件だが……マウが持ってきた情報を聞いたからだ。恐らくエリダーヌ軍もこちららと同じ情報を知り、戦闘どころではないという事になったのだろう」
「……何があった?」
エリダーヌにしてみれば、ナカーダを使ってようやく帝国を群雄割拠状態にしたのだ。
であれば、まがりなりにも自分達が有利な状況で戦闘を一時的に中断するというのは避けたかった筈だ。
つまり、そうするだけの理由があった訳だが……
「バルーザだ」
「……は?」
デュマシオンの口から出た言葉に、俺は思わずといった様子でそう返す。
当然だろう。バルーザというのは俺にとっても縁のある存在だ。
実際には本物のバルーザ……遊牧民族を見た訳ではなく、バルーザの使う人馬操兵の素体を生み出す遺跡を俺が魔力によって動かし、アンノウンの素体を入手したという程度の繋がりしかないのだが。
しかし、それでも俺が本来ならバルーザの者達しか使えない人馬操兵を使っているのは事実。
もしかしたら、俺がアンノウンの素体を手に入れたのが理由で、バルーザが動いたのではないかと、そう思ってしまうのは当然だろう。
それでももしかして……と、僅かな期待を込めながら、口を開く。
「それで、バルーザが帝国に攻め込んできたのか?」
「そうだ」
「……なるほど、エリダーヌとしてもここで退かない訳にはいかないか」
国の位置的には、バルーザに近いのはイシュカークを含めたラグーン国主同盟だ。
だが、今回の問題はそれどころではない。
元々帝国というのは、対バルーザという理由で作られたものなのだ。
だからこそ、こうしてバルーザが攻め込んできたのであれば、挙国一致体制となる。
……まぁ、俺からしてみれば今更という話なので、列強最強であるエリダーヌであれば、その辺りを無視して侵略戦争を続けるくらいのことはしてもおかしくはないと思うのだが、戦闘を一時中断したという事は違ったらしい。
「その通りだ。軍議も掛けるつもりだが、恐らく停戦という事になるだろう」
終戦ではなく停戦というのは……いやまぁ、戦局を考えれば、こちらが負けなかっただけでもラッキーだったのだろう。
デュマシオンの言葉に、俺はそう納得するのだった。
「……で? 何で俺が停戦交渉の場に引っ張り出されるんだ?」
デュマシオンと共に停戦交渉の場、具体的にはラグーン国主同盟軍とエリダーヌ軍が向き合っている、ちょうどその中央付近でそう呟く。
今更か? と思わないでもないが。
「言っただろう。エリダーヌ軍のイフィクラテス将軍が直接お前に会いたいと、そう言ってきたんだ」
デュマシオンの言葉に一緒に来た面子……特にグレゴリウスが胡散臭そうな視線を俺に向けてくる。
なお、こちらの交渉団と言ってもいいのかは分からないが、とにかくその面子はデュマシオンを含めてラグーン国主同盟に参加している国からやって来た軍の指揮官と、デュマシオンの護衛兼名前が売れている人物という事でローエン、そして俺とヘルガとなる。
ヘルガが来る件についてはグレゴリウスが特に不満を口にしたのだが、独断専行によってラグーン国主同盟に被害を与えた一件もあって影響力が落ちており、特に問題はなかった。
それぞれの国の代表以外は、俺も含めてイシュカークの所属という事を考えれば、ラグーン国主同盟後から関係がよく分かる。
勿論、人だけではなく双方共に操兵も引き連れている。
……もっとも、ドライドンという1機種、それも重量級狩猟機を揃えているのと違い、こちらは操兵の種類もそれぞれ違うので、纏まりがないが。
とはいえ、この聖刻世界においてはラグーン国主同盟軍の方が普通だ。
寧ろエリダーヌのように、機種を統一するというのが珍しい。
そういう意味では、エリダーヌの後ろ盾があったナカーダがギガースという機種で統一したのは珍しい例と言うべきか。
そんな風に思っていると、やがてエリダーヌ側からも交渉団の面々が姿を現す。
エリダーヌの代表は、イフィクラテスという人物と、軍師サルディス。
なお、このサルディスという軍師はナカーダからの情報で、ガイザスに対してエリダーヌが派遣してきたお目付役兼軍師という事だった。
ガイザス……というか、ナカーダの作戦の成功した殆どにこのサルディスが関わっているという話なので、優秀な人物なのは間違いないだろう。
だが……交渉の場に入ってきたサルディスは、俺……ではなくヘルガを見て驚愕の表情を浮かべる。
とはいえ、さすが軍師を任されているらしく、すぐにその驚愕の表情を消したが。
だが、それでも驚愕の表情を浮かべたというのは間違いなく、だからこそこちら側でも何人かがそんなサルディスの様子に気が付いた。
しかし、それで特に何が変わるという訳ではなく……交渉が始まる。
当然ながら、その交渉のメインはデュマシオンとイフィクラテスだ。
色々とやり取りをしていたが……イフィクラテスにしてみれば、出来れば停戦ではなくこちらが降伏をしたといった形に持っていきたかったのだろうが、それを牽制するように真の龍操兵が姿を現す。
翼竜と呼ぶべき簡易型の龍操兵とは違い、真の龍操兵は相手に与える衝撃もまた強烈だ。
実際、真の龍操兵を見たイフィクラテスは、無事に停戦を受け入れたのだから。
そうして停戦が無事に結ばれると……ここでイフィクラテスが改めて俺に視線を向けてくる。
「貴公が人馬操兵の操手か。……バルーザの出身という訳ではないのだな?」
まさかエリダーヌの将軍という立場にある者が傭兵という事になっている俺に対し、貴公などと呼び掛けてくるのはちょっと……いや、大分予想外だった。
「ああ、バルーザの出身ではない」
そう言うと、随員としてやって来たイフィクラテスの部下の騎士達が若干気色ばむ。
一介の傭兵がエリダーヌという列強最強の国の将軍を相手にそんな口を利くのが面白くなかったのだろう。
とはいえ、だからといってそれで俺は口調を変えるつもりはなかったが。
イフィクラテスもまた、そんな俺の態度を気にした様子もなく口を開く。
「では、どこであの人馬操兵を手に入れたのか……聞いてもいいか?」
なるほど、マウからの情報通りバルーザが攻めてきた時、俺のように人馬操兵に乗っているのを見られれば、色々と思うところもあるのだろう。
とはいえ、だからといってこっちの手札を見せる必要もなく……
「そうだな、道端に置いていたのを拾ったんだよ」
そう言う。
その言葉に騎士達が再び激昂しそうになるが、イフィクラテスは特に気にした様子もなく、そうかと頷く。
……まぁ、遺跡を俺の魔力によって強制的に起動させ、その結果生み出された素体を俺が使っているのだから、拾ったという表現もあながち間違いではないだろう。
「では、こちらも同じように拾いたいものだ。あれだけの性能を持つと知れば、余計にな。そうは思わんか、サルディス?」
「……はい、イフィクラテス将軍の仰る通りかと」
サルディスは俺の背後に控えるヘルガに注意を向けつつ、そう返すのだった。