「平民の志願兵が……これは予想外だったな」
「はい。アクセル様であればまだしも、一体何故スィナーグを平民の志願兵が……」
エリダーヌとの戦いが終わり、予想通り帝国軍は一致団結してバルーザと戦う事になった。
ナカーダの一件から群雄割拠状態で、それこそ帝国政府が何をどうしても侵略戦争が止まらなかったのだが、バルーザの襲来という事で全ての国が侵略戦争を止めたというのは驚いた。
帝国の従属国は戦力を揃えて帝都に集まる事になったのだが……イシュカークでは、その戦力を集めることに四苦八苦していた。
当然だろう。元々イシュカークは貧乏国家として知られていた。
そんな国が、ナカーダの侵略に続けてエリダーヌとの戦いもあったのだから、操兵の被害も大きい。
ローエンを始めとする腕利き達が乗っている操兵は無事だったが、それでも連戦に次ぐ連戦、激戦に次ぐ激戦で操兵の損耗度はかなりのものとなってしまう。
そんな中でデュマシオンが決めたのが、シュルティ古操兵の運用だった。
ナカーダとの戦いの中で暴走した件もあってか、デュマシオンはシュルティ古操兵に忌避感を持っていた。
だが、今回はやむを得ない……というか、俺が乗っている人馬操兵もシュルティ古操兵であると知っており、その性能を何度も間近で見てきただけに、デュマシオンはシュルティ古操兵を使う事にしたらしい。
奇岩島にあった中でも一番数の多いスィナーグは、性能こそ高いものの乗りこなすのは非常に難しい……と思っていたところで、平民の志願兵を乗せたら何故か問題ない具合に動かせたらしい。
また、王の間にあった重量級狩猟機、中量級狩猟機、軽量級狩猟機のそれぞれ特別な操兵……プール三兄弟に渡したそれらと対になる操兵を、重量級狩猟機はアグライアに、中量級狩猟機はローエンに、軽量級狩猟機はエアリエルに渡す事になったらしい。
ただ、ヘルガにしてみればローエン達はともかく、平民の志願兵が俺も持っている操兵であるスィナーグを動かせたのが面白くなかったらしい。
「シュルティ古操兵として考えれば、かなり珍しい事態ではあるけどな」
「はい。それと……スィナーグ隊を率いる事になったロシェという人物については、気を付けた方がいいかと」
「ああ、あの男か。……見るからに小物って感じだったぞ?」
そう口にすると、ヘルガもそれに同意するように頷くが……そこには微妙な表情がある。
俺の言葉に納得はしているものの、それでもまだ何かがあると……そんな感じだ。
「どうした? 何かあるのか?」
「いえ、その……これは何かの確証がある訳ではなく、あくまでも私の勘でしかありませんが、あのロシェという男……今のままだと、アクセル様に何らかの迷惑を掛けるような気がするのです」
「あいつが?」
ロシェとは直接会った事があるし、俺の立場が特殊――傭兵ではあるが、サイガ党と違ってデュマシオンに雇われているのではなく、協力者的な立ち位置だったり、人馬操兵のアンノウンを使っていたり――という事もあってか、低姿勢だった。
ただ、その目には強い嫉妬の色があったし、自分は成り上がってやるといった気配を消す事は出来ていなかったが。
「はい。女の勘……あるいは練法師の勘でしょうか。私としては、早いところ処分した方がいいかと思います」
「そう言われてもな」
そこまでか?
ヘルガの言葉にそう思うものの、実際にロシェはこれまでもそれなりに手柄を挙げている。
スィナーグ隊の隊長という扱いになったのも、これまでの手柄があっての事だ。
ローエン達のようにイシュカーク軍に絶対に必要な存在という訳ではないものの、それでもこれからの事を思えば、イシュカークに人材は多ければ多い程にいいのも事実。
また、念動力が警戒していないというのも大きい。
あるいはこれで俺の念動力がロシェが危険だと示すようなら、ヘルガに言われるまでもなくロシェを殺していただろうが、念動力は危険を知らせていない。
それを言うのならエリダーヌとの停戦の時に遭遇したサルディスもそうなのだが。
ちなみにこのサルディス、ヘルガから聞いた話によるとこの大陸西部ではなく大陸東部にある教会という組織に所属する練法師らしい。
西と東では同じ練法師であっても色々と違うらしいが……俺の魔力によって使い魔となったヘルガにしてみれば、その辺りを見破るのも問題はないらしい。
そんな訳で、俺の知らない場所でサルディスと接触し、軽く情報交換をしたとか。
ともあれ、サルディスは東からやって来た練法師を率いる立場にあり、その実力も一番高い。
だが、そんなサルディスを見ても念動力は反応がなかった。
……そんな念動力が、ロシェに反応する筈もない。
「ヘルガの話は分かった。俺の方でもロシェにはちょっと注意しておく。それで何か問題を起こすようなら処分する」
誰にも悟らせないように人を殺すのは、俺にとって難しい事ではない。
あるいはそれがローエンとかアグライアとか、そういう連中であればあるいは殺そうとした時に何らかの理由で察知出来たりする可能性もあるが……相手はロシェだしな。
「分かりました」
俺の言葉に完全には納得していない様子だったが、それでもヘルガが頷くのだった。
帝都ルーフェンにそれぞれの国の戦力が集まり、バルーザに対する皇帝の親征が始まる。
とはいえ、帝国に所属する国は多く、その中でイシュカークは決して大国ではない。
これがラグーン国主同盟となれば話は違ってくるのだが。
また、デュマシオンは黒薔薇派に所属しており、現在帝都で最も影響力を持つバロックという人物とは敵対関係にある。
その為、今回の一件についても細かい嫌がらせを受けていたのだが……まぁ、それはともかく。
それでも皇帝の率いる――本人は病弱でベッドに眠ったまま操兵に神輿として運ばれていたが――バルーザ討伐軍は、ゆっくりとだが確実に進み続ける。
そんな中で、デュマシオンはサイオンという人物と行動する事が多かった。
このサイオンという人物はデュマシオンと同じく黒薔薇派で、列強の1つであるマ・トゥークという国の国主だ。
元々マ・トゥークは列強ではなかったのだが、サイオンという人物が国主になってから、一気に列強となったらしい。
そういう意味では優秀な人物ではあるのだが……
「何だか意図的にこっちを無視してないか? 人馬操兵の件か?」
そう、疑問に思う。
今回俺が乗っているのは、当然のように人馬操兵のアンノウンだ。
だが、今回討伐軍が戦う相手はバルーザで、そのバルーザは人馬操兵を使っている。
そうなると、当然のように俺は一体誰なのか、アンノウンをどこで入手したのかといったような疑問を抱く者も多い。
ただ、アンノウンについては工呪会からの保証があるので、そこまで露骨に攻撃をされたりとか、そういう事は今のところなかったが。
それでも怪しいのは間違いなく、だからこそサイオンも俺やヘルガを無視してるのかと思ったのだが。
……ちなみにサイオンの側近と思しき男の騎士は、憎悪すら感じられる視線でこちらを睨み付けていたりしたが。
「いえ、恐らく私がアクセル様の側にいるからでしょう。あの男は外見だけなら貴公子に見えますが、内心は酷く嫉妬深い男です。自分を見捨てた私には意識を向ける事すら好まないのでしょう」
「ああ、そういえばそういう事を言っていたな」
サイオンがマ・トゥークの国主になったのは、聖刻の園がサイオンこそが龍の王の生まれ変わりであると、そう判断したからだと。
だが……奇岩島において、デュマシオンと違い王墓の中に入るどころか、墓守と戦うことすら出来なかった。
文字通りの意味で門前払いとなったと。
「そうなると、同じ黒薔薇派でもヘルガが協力しているデュマシオンと上手くやるのは無理じゃないか?」
「……アクセル様、アクセル様の言葉を訂正するのはどうかと思いますが、それでも言わせて下さい。私が従っているのはあくまでもアクセル様であり、デュマシオンではありません。私はアクセル様がデュマシオンに協力しているので、間接的にデュマシオンの為に働いているのですわ」
そう言うヘルガの言葉に、俺は謝るのだった。
帝都ルーフェンを出発し、それなりに時間が経ち……もうそろそろバルーザと接触してもおかしくはないという頃……
「アクセル様、申し訳ありません」
「気にするな。お前は反撃しただけだろう?」
ヘルガに向かってそう言う。
ヘルガの足下には、男の死体がある。
仮面を被っている事から練法師であるのは間違いないし、その仮面を脱がせると……
「やっぱりな」
そこにいたのは、サイオンの側近という事になっている騎士だった。
聖刻の園の練法師であった以上、ヘルガは俺の使い魔となった事によって練法師ですらなくなり、聖刻の園から狙われていた。
実際、今までにも何度か間者や……場合によっては練法師による攻撃はあったのだが、それはことごとく返り討ちにしてきたのだから。
あるいは俺が知らないところで、ヘルガだけでいるところを襲撃し、撃破したりとか、そういう事もあったとは思うし。
ただ、そういう襲撃も最近は少なくなってきていたんだが。
練法師は勿論、間者もまたアーシェラが率いる黒き剣といった匠合に所属する一流どころともなれば、育てるのにも莫大な金と時間が必要となる。
そんな存在を次から次に殺されていったのだから、聖刻の園やその下部組織である間者匠合も、莫大な被害を許容出来なくなったのだろう。
ましてや、この練法師のように聖刻の園でも上位に位置する練法師ともなれば……その価値は計り知れない。
「さて、問題なのはこの練法師が自分の判断で、あるいは聖刻の園の判断で俺を襲ったのか、それともサイオンに命令されたのか……どちらだと思う?」
「……どちらも有り得るかと。サイオンの性格を考えれば、あの男を捨てた私の存在を許せるとは思えませんし」
「なら、ちょっと話を聞きに行くか。幸い、今の時間ならサイオンも1人だろうし」
そう言い、俺とヘルガ、そして練法師の死体諸共に影のゲートを使用し、影に沈んでいくのだった。
「何者かな」
影から出ると、そのテントではサイオンがワインを飲んでいた。
それこそ、まるで俺達が来るのを待っていたかのような、そんな感じで。
「俺はアクセル・アルマーだ。ヘルガの飼い主と言えば、お前にも分かりやすいか?」
「……ああ、勿論。それで、イシュカーク軍の傭兵がマ・トゥーク国の国主である私に一体何の用かな?」
へぇ、てっきりもっと狼狽えるかと思ったんだが、どうやらそうでもないようだな。
とはいえ、国主に就任して数年で自国を列強と呼ばれるまでに育て上げた人物だ。
能力という意味では、デュマシオン以上のものがあってもおかしくはないが。
それに、ヘルガの件については特に何を言うでもなく、自分が国主で俺がデュマシオンの雇っている傭兵と、そう口にした。
それはつまり、龍の王関係とか、練法師とか、そういうのを関係なく……傭兵と国主として俺と接しようとしているのだろう。
あるいは龍の王関係について話せば、サイオンがトラウマ……というのは少し大袈裟かもしれないが、屈辱と思っている奇岩島での一件を思い出すからか。
まぁ、サイオンがどのように考えようとも、俺には関係ないが。
「その国主の側近が俺達を襲ってきたんでな。返り討ちにした訳だが……お前の指示か?」
そう言い、仮面を取った練法師の男の顔が天幕の中の明かりでも分かるように、サイオンの方を向けさせる。
「……いや、そのような男は知らないな」
1秒にも満たない数瞬沈黙するサイオンだったが、すぐにそのように言ってくる。
てっきり自分の側近を殺したとか、そういう感じで俺を責めてくるのかと思ったが……予想が外れたな。
「そうか。なら、今回の襲撃はお前とは関係ない……お前を捨てたヘルガが俺に忠誠を誓っていても問題ないと、そういう事だな」
「捨てただと?」
今の言葉の中でも『捨てた』というのがどうやらサイオンを刺激したらしい。
憎悪の視線を向けてくる。
もっとも、その憎悪も数秒で不思議な程に綺麗に消えたが。
「お久しぶりです、サイオン閣下」
「……貴様など、知らん」
ヘルガの言葉に、今度は感情を表に出さず、そう言ってくる。
だが、さっきの一瞬だけだが見せた憎悪の視線から考えると、表に出していないだけでヘルガをどのように思っているのかは、容易に想像出来た。
「お前がヘルガを知らないというのなら、それもいい。だが……妙な真似はするなよ? 俺がその気になれば、お前はいつでも殺せる。そういう意味では、お前は俺に生かして貰っているというのを忘れない事だ」
そう言い、俺は練法師の死体をその場に残し、ついでに仮面は奪い……ヘルガと共に影のゲートに身体を沈めるのだった。