「……眼球か? いっそ脳みそでもいいぞ?」
「待て! 待ってくれ! 最後まで話を聞いてくれ!」
デュマシオンの顔……正確には眼球に向けて手を伸ばしたところで、焦ったようにデュマシオンが叫ぶ。
その言葉に一応という事で手を止めたが、それでも手を下ろさない。
デュマシオンが俺を納得させる事が出来なければ、容赦なく眼球をえぐり出すつもりだ。
……そんな俺に向かってローエンが腰の鞘に手を伸ばしているが、そんなローエンの横にはヘルガがいて、もしローエンが俺に危害を加えようものなら即座に練法で対処するつもりなのは明らかだった。
「最後まで話を? お前は今のイシュカーク軍の状況を分かっているのか? その上で、再度サイオンの道具として使われるようになったと……俺が知ってるのはそれだけだが、まだ他に何かあるのか?」
「ある! マ・トゥーク国の戦力を貸して貰い、その指揮権も俺が持つ事になったんだ!」
「……へぇ」
デュマシオンの口から出た言葉は、俺にとっても予想外だった。
以前までの……それこそバロックを助けに行った時に殿を押し付けられた時の事を思えば、てっきり今回もイシュカーク軍の戦力だけでバルーザと戦えと言われ、それを素直に受け入れたものだとばかり思っていたのだが。
「一応聞いておくか。マ・トゥーク軍の戦力を借りて、指揮権もデュマシオンが持つようになったのは、サイオンからの要望か?」
「いや、サイオン閣下は最初イシュカーク軍だけでやらせるつもりだったようだが、そこで交渉してマ・トゥーク軍の戦力を借りる事になった」
「なるほど」
デュマシオンも成長しているという事か。
もしイシュカーク軍だけでバルーザと戦えと言われて、それを唯々諾々とデュマシオンが受け入れていたのなら、あるいはここで俺もデュマシオンを切り捨てたかもしれない。
先代翡翠の頼みや原作主人公というのがあっても、そこまで馬鹿だったらさすがに付き合いきれないのだから。
だが、イシュカーク軍を消耗品として使うというのを防いだのは評価してもいいだろう。
同じ黒薔薇派という事でサイオンからの要望を断るのが難しかったのは仕方がないが、その上でマ・トゥーク軍の戦力を使えるように交渉したのは間違いなくプラスだろう。
俺の中でデュマシオンの評価が少しだけだが上がる。
「それで、デュマシオンはマ・トゥーク軍をどう使うつもりだ?」
「どう……とは?」
「ただ戦力を借りてきただけって訳じゃないだろう? 折角戦力を借りてきたんだから、その戦力を有効に使う必要がある。これは分かるな?」
「ああ」
「……ちなみに俺が聞いた話だと、サイガ党がマ・トゥークに雇われた時は一番の激戦区に放り込まれたらしいな。それを思えば、マ・トゥーク軍もイシュカーク軍って訳じゃないんだから、そういう風に使った方がいいんじゃないか?」
「いや、それは……」
俺の言葉に戸惑った様子でそう言うデュマシオン。
この様子を見る限りだと、恐らくマ・トゥーク軍を借りはするものの、その戦力は大事に使うつもりだったのか?
「それとも、借りてきた戦力の安全に配慮して、その結果イシュカーク軍の被害が大きくなる方が望みか?」
そう言うと、ローエンがこちらに感謝の視線を向けてくる。
最近の諸々について思えば、ローエンと俺は決して良い関係という訳ではない。
だからといって悪い関係とまではいかないが。
そんなローエンではあったが、今の俺の言葉には思うところがあったのか、感謝の視線を向けてくる。
「それは……」
「折角借りてきた戦力なんだから、有効活用するのは当然だろう? 安心しろ、サイオンだってバルーザと戦うのにイシュカーク軍だけの力で勝利したというよりも、マ・トゥーク軍の戦力もそこにいたから勝利したという風に思う筈だ」
「そういうものか?」
「デュマシオン様、私もアクセルの意見には聞くべきところがあると思います」
そうローエンも言うと、デュマシオンはまさか側近からもそういう風に言われるとは思わなかったのか、驚き……そして何かを考え込んだ後で、しっかりと頷くのだった。
「来ないな」
「そうですわね」
バルーザ討伐軍の敷地内、その中でもイシュカーク軍の使っている場所で、俺はヘルガが用意したお茶を飲みつつ、呟く。
デュマシオンがサイオンから戦力の中心になるように言われ、それを引き受ける代わりにマ・トゥーク軍を借りるという話をしてから、既に5日が経つ。
だが、その間バルーザ軍は一切こちらに攻撃を仕掛けて来る様子はない。
勿論、少数……本当に人馬操兵1機か2機で残りは騎兵といったような少数の部隊――バルーザにそういう認識があるのかは分からないが――が動いているのは確認しているが、言ってみればそれだけだ。
バロック達がやられた時のように、大きな戦力で動くという事はない。
「やっぱり、デュマシオンの龍の王としての力によるものか?」
「だと思います。バルーザにしても、攻めてきた時に再び人馬操兵が動けなくなったりしたら、どうにも出来ないでしょうから。もっとも、私としてはそれ以外にもアクセル様の力を見て警戒しているのも大きいとは思いますが」
「……まぁ、向こうも人馬操兵が敵になるとは思っていなかっただろうしな」
ましてや、その人馬操兵は足が6本と長い尻尾、そして角という……とてもではないが普通の人馬操兵とは思えない存在だ。
普通の人馬操兵と比べて似て非なる物といった表現の方が合っているだろう。
実際、俺の魔力によって今のアンノウンは形作られているので、似て非なる物というのは決して間違いではないのだが。
そんな風に話してから数日後……
「は? 一体、何だそれは?」
数日前と同じようにヘルガとお茶を楽しんでいた俺に……正確には俺を含めたイシュカーク軍に、出陣要請があった。
いや、俺達がメインでバルーザと戦うのはデュマシオンから聞いていたから予定通りではあるものの、俺に出陣の要請をしてきた人物の口から出た言葉が予想外だったのだ。
なんでも、帝国軍の一部が見回りをしていたところ、バルーザと遭遇したらしい。
それだけなら別に問題はないものの、下手に戦力が拮抗していたのか、あるいはそれ以外の理由からか、とにかく互角に戦えたとか何とか。
帝国軍の方が数が多かったらしいので、そういう意味では特に不思議なことではないのかもしれないが。
ともあれ、そうして戦力的に互角になった影響か、双方共に……帝国軍もバルーザも、次から次に援軍を送ったらしい。
まさにこれ以上ない程の戦力の逐次投入だよな。
ともあれ、そうしてそれぞれが戦力を逐次投入した結果……まぁ、質という点では帝国軍の方が明らかに劣っているのもあって撤退をしたのだが、バルーザ側は当然のように追撃をし……そうして追撃をして来たバルーザの部隊を殲滅する為に、俺達にも出撃要請があった訳だ。
……何だか妙に上手く出来すぎているような、そんな気がしないでもないが。
「どう思う?」
「……あの男なら、それくらいの事はやるかと」
全てを説明しなくても、ヘルガは俺の言いたい事が分かったらしくそう言ってくる。
現在のバルーザ討伐軍……そのうち、エリダーヌ派が抜けた中で指揮を執っているのは、サイオンだ。
そしてサイオンは小悪党的な一面があるのも事実だが、有能であるのも事実。
であれば、バルーザの部隊の行動を読み、偵察部隊をバルーザの部隊とぶつけるようにするというのは、納得出来る。
ともあれ、サイオンがこうして準備を整えた以上はこちらとしても約定に従って動かない訳にもいかないだろう。
そんな訳で、俺はすぐにアンノウンに向かうのだった。
「なるほど。まぁ、妥当なところじゃないか?」
アンノウンの操手漕の中で、俺は隣のソレイヤードに乗っているデュマシオンにそう返す。
デュマシオンが立てた作戦は、恐らくはローエンやサライといった面々からの助言もあるのだろう。
その内容としては、簡単に言えばバルーザの攻撃を直接受ける第一陣にマ・トゥーク軍から借りた戦力とスィナーグ隊を置くというものだった。
……これでマ・トゥーク軍だけを肉壁として使うとなればサイオンから不満も言われるかもしれないが、そこにスィナーグ隊が入っているとなれば、不満も言えないだろう。
スィナーグはシュルティ古操兵としてはそこまで性能が高くないものの、それでも工呪会製の操兵と比べると高性能だ。
だからこそ、マ・トゥーク軍と一緒に前線に出すというデュマシオンの考えは分からないでもない。
この状況を、サイオンがどのように思っているのかは、生憎と俺にも分からない。
いやまぁ、サイオンとしては本来ならデュマシオンの持つ戦力を使い潰すつもりだったのが、自分の戦力を使い潰す事になった訳で……とてもではないが、面白いとは思っていないだろうが。
「さて、俺もそろそろ動くか」
呟き、アンノウンを進ませる。
肉壁によって動きを止めたバルーザの人馬操兵に対し、その肉壁を迂回するようにしてイシュカーク軍や……他の帝国軍も動き出す。
見事なまでの包囲陣形で、バルーザは一ヶ所に纏められていく。
アンノウンは若干違うが、人馬操兵で一番怖いのはその機動力だ。
特に全速力で走ってきてからの突撃は、バルーザの真骨頂と言えるだろう。
だが、それはつまり動きを止められる……機動力をなくせば、人馬操兵は一気に弱体化するという事を意味してもいた。
勿論、動きが止まってもそれはそれで人馬操兵だけに騎兵が動きを止めたようなもので、決して侮れる相手ではないが……バルーザの技術力不足か、あるいは機動性を重視している為か、その鎧は決して厚いものではなく、軽騎兵と呼ぶべき存在だ。
スィナーグ隊が、そうして動きを止めた人馬操兵を次々に倒していく。
……スィナーグ隊を率いるロシェは小物であるのは間違いないが、それでも無能という訳ではない。
自分達だけで人馬操兵の突撃を防ぐのではなく、マ・トゥーク軍の戦力を上手い具合に前面に出して、人馬操兵の突撃を止める肉壁としていた。
言うなれば、前衛は元々肉壁としての役割を期待されていた者達だったのだが、その中でロシェは上手い具合にマ・トゥーク軍を肉壁の肉壁といった感じにしていたらしい。
人馬操兵の突撃をまともに正面から受ける形になったマ・トゥーク軍の戦力は、見て分かる程急激に消耗していく。
ただし、それによって最前線の人馬操兵は動きを止めなければならなくなり、その後ろからやって来た人馬操兵も自然と前が詰まっているので動けなくなる。
そうしたところに、包囲した戦力が一気に襲い掛かった形だ。
バルーザの包囲がほぼ終わり、バルーザの戦力は急激に減っていく。
俺もまた、アンノウンにハルバードを振るわせ、人馬操兵の頭部を切断していくが……
「何だ?」
イシュカーク軍のいる場所ではなく、帝国軍で形成されている包囲陣が不意に崩れる。
どうやら、バルーザの援軍が来て、包囲陣を背後から襲ったのだろう。
包囲陣というのは、包囲した相手……内部の敵に対しては非常に強力だが、外の敵に対しては背中を見せているという事もあり、どうしても弱くなる。
援軍に来たバルーザは、そこを突いたのだろう。
……それそのものは、別にそこまで驚くような事ではない。
帝国軍が数だけで能力的にはかなり低いというのは、これまでの戦いから十分に理解している。
だが……そうして帝国軍の包囲を破って中に突入してきたのが、8本足の人馬操兵ともなれば、話は違ってくる。
「何だ、あれは?」
8本足の人馬操兵を見て、思わずそう呟く。
俺のアンノウンも6本足で普通の人馬操兵とは違うが、それが8本足となると……もしかして、あの人馬操兵、いや足の数もそうだが、純粋な身体の大きさでも明らかに普通の人馬操兵よりも上だ。
だとすれば、中量級狩猟機に対して重量級狩猟機があるように、あの8本足の人馬操兵は人馬操兵であっても、人馬重操兵とでも呼ぶべき存在なのかもしれないな。
……そうなると、6本足の俺のアンノウンは一体どうなるんだ?
そんな疑問を抱いたのと同時に、包囲網を破ったバルーザの先頭にいた人馬重操兵の頭部が間違いなくこちらを……アンノウンを見た。
そうして、この状況……包囲網を破って味方を助け出す為にやって来た以上、少しでも早く破った包囲網から脱出する必要があるというのに、何故か人馬重操兵は動きを止め、アンノウンの方を見ていた。
もっとも、それでもいつまでも動きを止めるといったことは出来ず、すぐに踵を返し、包囲網から逃げ出していったが。
……この時の戦いでは包囲したバルーザを殲滅させることは出来なかったものの、エリダーヌが独自に動いて倒したのと同じくらいの戦果を挙げることに成功する。
だが……この時の戦いで、操兵狩人のフィーンが行方不明となるのだった。