「うーん……これはまた……神話だな」
そう呟く俺が見てるのは、アンノウンの操手漕の中にある映像モニタ代わりのガラス板に映し出されている光景だった。
そこに映し出されているのは、龍操兵……それも簡易版ではなく、唯一残っている真の龍操兵に乗ったソレイヤードが地上に降りてくるところだった。
その標的は……今回のバルーザの帝国侵略を主導的に行っていたカン族の族長であるオルが乗っている重量級狩猟機だ。
バルーザ人なのに、バルーザの代名詞とも呼ぶべき人馬操兵に乗っていないのか?
そう思う者は、オルが乗っている工呪会製の重量級狩猟機を見ればすぐに納得するだろう。
何故なら、オルが乗っている重量級狩猟機は、戦車に乗っているのだから。
この場合の戦車というのは、当然ながらフュルギアやリニアガン・タンクのような意味の戦車ではなく、古代に使われていた、馬に牽かせる馬車を装甲やら刃物で強化した、そんな戦車だ。
そしてオルの操縦する重量級狩猟機が乗っている戦車を牽くのは、当然ながらただの馬ではなく人馬操兵だ。
2機の人馬操兵と、重量級狩猟機。そして重量級狩猟機が乗っても壊れない強固な戦車。
まさに圧倒的な質量で走るその存在は、戦う方にしてみれば恐怖だろう。
もっとも、今となっては既にその戦車も動いておらず、龍操兵に乗って降下してくるソレイヤードを黙って見ているだけだったが。
そのような光景を見つつ、俺はこの状況になるまでが大変だったと、これまでの事を思い出す。
デュマシオンが皇帝と面会して征夷大将軍の地位を貰い、デュマシオンはそれを使ってバルーザとの戦いを終わらせることを決意した。
そうしてバルーザの中でもフィーンを助けたという事で内応させたハン氏族と手を組み、バルーザの領土内まで移動したのだが……実はこの移動でも色々とあったのだが、その辺については海賊王と呼ばれるドン・カフラーの協力によって船で操兵を運ぶ事で何とかなった。
そうしてバルーザの勢力圏内に密かに侵入することに成功したのだが……バルーザでも最大勢力であるカン氏族……しかもそのような者達である以上、他の氏族の多くも影響下に置いているオルを倒すには、当然ながらイシュカーク軍とハン氏族だけではどうしようもない。
……まぁ、ミロンガ改なりサラマンダーなり、あるいはニーズヘッグなりを使えば、あるいはどうとでも出来たかもしれないが、本当に最後の最後になるまで、俺はそのような手段を取るつもりはなかった。
それなりに自信を見せていたデュマシオンのお手並み拝見……といったつもりだったのだが、一体何がどうなったのか分からないものの、何と病気で寝たきりだった筈の皇帝が戦場に姿を現したのだ。
一体どこにそんな気力が? と思ったのだが、どうやら蝋燭が燃えつきる前に一瞬激しく燃えるあれだったらしい。
その結果、皇帝が戦いに出た以上は、バルーザ討伐軍の司令官という事になっているサイオンも、そんな帝国軍主体のバルーザ討伐軍と一緒には行動出来ないとしていたエリダーヌ軍も戦闘に出ない訳にはいかず、結果として帝国とバルーザが正面から全面対決するという事になった。
その後は色々あり……それこそ、オルの乗っている戦車が帝国軍を蹂躙したり、戦場の近くにある川から龍操兵……空を飛ぶのではなく水中用の龍操兵のうち、こちらもまた唯一残っていた真の龍操兵によって地面を濡らされた結果戦車もろくに動けなくなり……まぁ、そんな諸々があって、ハン氏族がイシュカーク軍と共に戦い、今このような状況になった訳だ。
そんな風にこれまでのことを思い出しながら様子を見ている中……ソレイヤードの手にした長剣が、オルの乗っている重装兵の頭部を切断するのだった。
オルが死んだ事によって戦は終わり、和平交渉に入る。
もっとも、シュルティ古操兵である人馬操兵を使っている事からも分かる通り、バルーザというのは龍の王に従っていた者達の末裔だ。
そしてデュマシオンが龍の王の生まれ変わりと認められたことを思えば、和平交渉はとんとん拍子に進む。
とはいえ、この場合問題なのは、バルーザが降伏したのはあくまでもデュマシオンであって、イシュカークでも……ましてや帝国でもないという事だろう。
結果として、和平交渉については当事者であるデュマシオンが必死になって駆けずり回る事になる。
その結果として、和平交渉は無事に終わったが……死ぬ寸前の最後に無茶をした皇帝が、途中で死んだのは当然の事だったのだろう。
まぁ、デュマシオンにしてみれば、自分を助ける為に皇帝が命を使った訳で、その事に思うところもあるのだろう。
あるいは、デュマシオンと噂になっている皇女であるサクヤーの父親であるというのも、この場合は影響しているのかもしれないが。
そんな訳で皇帝の件で落ち込んだデュマシオンだったが……
「は? 本気で言ってるのか? 今のラグーン国主同盟……いや、イシュカークにとって、戦力が必要なのは理解しているだろう?」
オルとの戦いもそうだが、それまでの戦いにおいてラグーン国主同盟に参加している国々はかなりの被害を受けている。
元々人馬操兵と工呪会製の操兵では性能に違いがあるし、帝国の中でも辺境扱いされるイシュカークやその周辺国は、操兵そのものも決して豊富にある訳ではない。
それこそ列強においてはとっくに現役を引退しているような……場合によっては、現役を引退どころか2世代前の操兵が未だに主力で使われていたりもする。
そんな操兵だけに、数はともかく質という点では決して高くはない。
そんな操兵で、イシュカークを占領したナカーダと戦い、それが終わると列強でも最強のエリダーヌ軍と戦い、そしてバルーザとの戦いだ。
ラグーン国主同盟に参加する国の戦力がどれだけの被害を受けたのは、考えるまでもない。
そんな中でバルーザがデュマシオンを龍の王と認めて付き従うと言ってきたのだから、その戦力を受け入れないという選択肢はないだろう。
「アクセルの言いたい事も分かる。だが……バルーザに対する恐怖は、帝国に強く残っているんだ。そんな中で全てのバルーザを従えるというのは、危険すぎる」
「そうか? バルーザの戦力があって、そこにイシュカーク軍……それにラグーン国主同盟がいれば、それこそ帝国そのものを敵に回してもどうとでも対処では出来ると思うけどな」
元々、バルーザの戦力だけで帝国そのものと互角以上に戦えていたのだ。
ましてや、バルーザは蛮族という扱いをされていた事からも分かるように、軍略の類は決して発展していない。
軍師としては上澄みと言ってもいいサライが人馬操兵を使った戦略や戦術を考えれば、帝国そのものを相手にしても互角に戦えるだろう。
「いや、俺にそんなつもりはない。それに……戦力だけではどうしようもないだろう。バルーザの全てを食べさせる事は、イシュカークは勿論、ラグーン国主同盟としても難しいだろう」
「……なるほど」
皇帝の件もあってか、最近は、妙に落ち込んだ様子を見せる事が多かったデュマシオンだったが、しっかりと考えてはいるらしい。
実際、デュマシオンの言葉には俺も納得する。
バルーザというのは、基本的には遊牧民族だ。
家畜を連れ歩いて氏族ごとに移動し、家畜の食べる餌……草がなくなったら、また別の場所に移動するといった生活が主となる。
それだけに、ラグーン国主同盟の領土内だけでは間違いなく草が足りなくなる。
……また、ラグーン国主同盟の中でも、バルーザに対する恐怖を抱いている者は多いだろう。
そのような者達が、バルーザが近くに来るのを許容出来なくてもおかしくはない。
「話は分かったが、それならどうするんだ?」
「数を絞るしかないだろう」
そう言うデュマシオンの言葉にはやはり微妙にやる気を感じられない。
いつまでもこの様子だと困るんだけどな。
アーシェラ辺りに頑張って貰う必要があるか?
そう思いながら、口を開く。
「具体的には?」
「……人馬操兵50機、人員は200人という事で考えている」
「少なすぎる」
デュマシオンの考えを即座にそう否定する。
「バルーザがいるというだけで大きな騒ぎになりかねないんだ。それなら、人数を少なくするしかないだろう」
「デュマシオンの言いたい事は分かる。だが、それでも……人馬操兵200機、人員500人というところでどうだ?」
「多すぎる。……自分で言うのはどうかと思うが、今の俺はかなり目立っている。戦場にいた者達ならあるいは納得してくれるかもしれない。だが、それを知らない者達にしてみれば、バルーザというのは人伝で聞いたようなものでしかないんだ。それを考えれば、人馬操兵200機というのは多すぎる。それに……それだけの人馬操兵を揃えるとなると、整備だけでも多くの人手が必要となる」
「あー……それはあったか」
バルーザの有する操兵関係の技術というのは、決して高くはない。
人馬操兵が軽騎兵的な感じになっているのも、それがバルーザの戦術に合っているというのもあるが、それと同時に……あるいはそれ以上に、重装甲を作るだけの技術がない、あるいはあっても持ってる者が少ないというのがあるのだろう。
実際バルーザ戦役と呼ばれるようになった戦いにおいて、小破はともかく中破程度の被害を受けてた人馬操兵は、持ち帰って修理するのではなく、その場に捨てる……それどころか、筋肉筒を食べるといった事すらしていたらしいし。
ちなみに操兵の筋肉筒は普通に肉なので、食べようと思えば食べられるらしい。
ただし、操兵の筋肉筒を食べるのはタブー視されており、実際に何らかの理由で食べた者は、その件で出世が出来なくなったどころか、多くの者に避けられるようになったらしい。
だが、そんなタブー視はバルーザにはないらしく、普通に肉として食べていたんだとか。
人馬操兵だけに、やっぱり馬肉の味なのか、それとも……人肉の味なのか。
ちょっと気になるところではあるが、だからといって自分でそれを食べて確認したいとは思わなかった。
ともあれ、そんな訳でバルーザには操兵関係の技術がなく、だからこそイシュカークで人馬操兵を運用するとなると、操兵鍛冶師も多数必要となる。
俺のアンノウンの場合は工呪会が全面的にバックアップしているという事もあって、その辺の心配はないが……200機もの人馬操兵を整備出来る操兵鍛冶師となると、とてもではないが用意出来ない。
あるいは俺のアンノウンと同じように工呪会に頼むのは……当然ながら、そう簡単な話ではない。
それこそ相応の報酬を支払うか、もしくは人馬操兵を渡すといった取引をする必要があるだろう。
「なら、100機だ。そのくらいなら何とかなるんじゃないか?」
「……アクセルは、何故そんなに人馬操兵の数を揃えたがるんだ?」
「戦力だからに決まっているだろう」
バルーザ戦役は終わった。
それは間違いない。
だが、そのバルーザ戦役によって皇帝は死に、これから帝国は今まで以上により一層混乱するのは間違いなかった。
そうなれば列強最強であるエリダーヌは当然のように動くだろうし、味方……というよりも、デュマシオンをいいように使っていたサイオンもまた、バルーザ戦役の最後の最後で良いところを全てデュマシオンに持っていかれた事にとって、道具にすぎないデュマシオンが自分を裏切ったという事で、恨んでいてもおかしくはない。
「バルーザ戦役が終わったからといって、これで全てが丸く収まった訳じゃない。まだこれから帝国内で騒動が起きるのは確実だ。その時、今の戦力では心許ない。……違うか?」
「少し考えさせてくれ」
そう言うデュマシオンに、仕方がないかと俺はその場を立ち去るのだった。
「首尾はどうだ?」
デュマシオンとの面倒が終わった後、こちらに近付いて来たヘルガに向かって尋ねる。
ヘルガはそんな俺の言葉に笑みを浮かべ、口を開く。
「問題なく。討伐軍の中において、サイオンの評判はかなり下がっています」
俺がヘルガに命じたのは、サイオンがデュマシオンに対して嫉妬しているとか、あるいはイシュカークの戦力のお陰でバルーザを倒せたのに、サイオンはデュマシオンを見捨てようとしたとか、レクミラーから馬を貰ったのを理由に無理矢理更迭しようとしたとか、そういう噂を広める事だ。
レクミラーの方もどうにかしたかったんだが、向こうは付け入る隙がなかったんだよな。
だが、サイオンには付け入る隙はあり……その為の行動だった。
それでもサイオンには聖刻の園が協力しているので、マ・トゥーク以外の国にいる者達に対し、月の練法……精神を操る練法を使って、噂を広げさせた。
……さて、これでサイオンは動きにくくなる筈だが、どうなるんだろうな。