バルーザ討伐軍が帝都ルーフェンに到着する。
バルーザと戦った場所から帝都ルーフェンまでの移動は、出発した時と比べると大分短縮出来た。
これはバルーザとの戦いで多くの者が死んだ為に討伐軍が身軽になったというのもあるが、それ以上にバルーザとの戦いで鍛えられたというのも大きいだろう。
……それでもバロック派の者達はその全員が死んだ訳でもないのだが、皇帝が死んだという事もあって移動途中に街に寄って馬鹿騒ぎといった事が出来なかったのも大きかった。
バロックにしてみれば、自分の権力の拠り所……後ろ盾となっていた皇帝が死んだ直後だけに、神経質になっていたというのもあるが。
バロックが帝都に戻ってきて、どのような動きに出るのかは分からない。
分からないが、それでもまた一騒動……あるいはそれ以上の騒動があるのは間違いない筈だった。
『デュマシオン、デュマシオン、デュマシオン、デュマシオン、デュマシオン、デュマシオン』
ルーフェンを城に向かって進んでいると、帝都の住人がデュマシオンの名前を歓呼する。
無理もないか。
征夷大将軍という地位を皇帝に貰い、龍操兵……龍に乗ってバルーザを率いていたオルの首――正確には本人ではなく重量級狩猟機なのだが――を切断した事は、既に王都にも広がっている。
アーシェラが指示して間者に噂を広げたのか、あるいは俺達よりも先に帝都に戻ってきた者達が噂を広めたのか……もしかしたら吟遊詩人の仕業かもしれないな。
ともあれ、そんな訳で歓呼の声を聞きながら進む。
……ちなみに俺の乗っているアンノウンも当然のように帝都の中に入ったものの、その件でそこまで騒ぎにはならなかった。
ナカーダ討伐軍の時もそうだったし、今回のバルーザ討伐軍においてイシュカーク軍の一員として行動していたからな。
だからこそ、帝都の住人もある程度は慣れたのだろう。
もっとも、それはあくまでもバルーザに勝利したからの話で、もしバルーザに負けていれば、帝都に人馬操兵がいた時点で騒動になっていただろうが。
そんな様子を眺めつつ、多分この歓迎ムードはそこまで長く続かないんだろうなと、そう予想するのだった。
「へっ、へへ……いやだな、そんな。あんたも傭兵だろ? このくらいの事は皆やってるって」
帝都に到着してから暫く……俺は目の前の男を見ながら、呆れの表情を浮かべる。
帝都に戻ってきた当初はデュマシオンもそれなりに働いていたのだが、今となっては城で皇女サクヤーと蜜月の日々を送っている。
そうなるとデュマシオンのいないイシュカーク軍は纏まりがなくなり、中にはチヤホヤされた事でいい気になり、店から用心棒代として金を奪ったり、あるいは女を強引に宿に連れ込んだり……そんな事をしている者もいた。
ちょうど、俺の前にいる男のように。
「お前、たしかスィナーグ隊の一員だったな? この件、ロシェは知ってるのか?」
そう聞きながら、小悪党染みたロシェの事を思えば、多分知っているんだろうなと思う。
あるいは、ロシェの命令によってこういう事をしているのかもしれないな。
いや、あるいはいっその事ここでロシェを片付けた方が後々面倒がないかもしれないか?
子悪党だけに、何をやらかすかのか全く分からないし。
「そ、それは……」
「きちんと答えろ。これはロシェの命令だな?」
「え? いや、何で……ぎゃああああああっ!」
グシャリ、と。
男の右手の指を数本纏めて踏み砕く。
「言え、これはロシェの命令でやっているんだろう? 素直に言えばこれ以上痛い目に合わなくてすむぞ?」
「そ、それは……」
踏み砕かれた指を抱えつつ、男が何かを言おうとしたところで……
「おらあああぁっ!」
そう叫びながら誰かが……いや、話題になっていたロシェが姿を現し、スィナーグ隊の男を思い切り殴りつけた。
そうして男が吹き飛ぶと、俺に向かって土下座してくる。
……聖刻世界にも土下座ってあったんだな。
「アクセルさん、うちの者がすいません。迷惑を掛けましたぁっ!」
そう叫ぶロシェ。
さて、これはどういう茶番なんだろうな。
「部下を切り捨てて、自分だけ助かろうって事か?」
「そ……そんな事はありません。俺が全く気が付いていなかったとはいえ、部下の責任は俺の責任ですから!」
なるほど、自分は部下達の行動について何も知らなかったと……そう言いたいらしい。
「お前は部下達が何をしていたのか、知らなかったと?」
「はい。正真正銘、デュマシオン陛下に誓って!」
そう叫ぶロシェだったが……デュマシオンに誓ってときたか。
こいつがデュマシオンに忠誠を誓っているとは、到底思えないんだが。
とはいえ、それでもロシェの立場がイシュカーク軍の中ではかなりのものであるのも事実。
バルーザとの戦いにおいて、スィナーグ隊はかなりの活躍をした。
それこそ、他の……工呪会製の操兵を操る者達とは比べものにならない程に。
個で考えれば、同じようにシュルティ古操兵を使っているローエン、アグライア、エアリエルといった者達もかなりの活躍をしたし、シュルティ古操兵にプラスして俺の魔力によって変質……あるいは強化されたアンノウンもまた突出した活躍をしている。
だが、俺達の場合はあくまでも1機ずつであり、それに対してスィナーグ隊は、隊という名称がついているようにそれなりの数がある。
そう考えれば、どうしても戦果という意味でスィナーグ隊が高くなるのは当然だった。
その辺りもあって、スィナーグ隊を率いるロシェはイシュカーク軍の中でも相応の地位にいるのだが……
だからといって、俺がそこまでデュマシオンに配慮する必要もない訳で。
ここはやはり一度しっかりと思い知らせておくべきか?
そうも思うのだが、俺が口を開くよりも前にロシェが行動に移る。
「この馬鹿野郎が! お前は一体何をやってやがる! スィナーグ隊の……イシュカークの名前を汚すような事をしやがって! ほら、謝れ、謝るんだよ!」
がっ、がっ、がっ、と。
ロシェは殴り飛ばした男を引きずってくると、俺の前で土下座に近い格好をさせて、何度も男の頭を地面に叩き付ける。
「ぎゃっ、がっ、す、すいませ……ぶべっ!」
ロシェによって謝罪の言葉を強引に引き出される男だったが、何度も頭を地面に叩き付けられている中でしっかりと謝る事が出来る筈もなく、謝るに謝れない。
だが、ロシェはそんな相手の事を分かっているだろうに、何度も地面に叩き付け……やがて、限界を迎えたのだろう。謝っていた男は意識を失う。
「この通りです。こいつもここまでやったのを見ればアクセルさんも分かると思いますが、次からはこんな事はしません。なので、ここはどうか……」
「……なるほど、そいつに余計な事を言われるのは避けたかったとか、そういう感じか?」
「い、いえ……その、一体アクセルさんが何を言ってるのか、俺には分からないんですが」
そう口にするロシェだったが、じんわりとその額には冷や汗か脂汗か分からないものの、そんな汗が浮かんでいた。
「……まぁ、いい。それならスィナーグ隊をしっかりと躾けろ。次に同じような光景を見たら、責任者として……そうだな。お前の手足の一本でも貰っておくか」
ヒクリ、と、
俺の言葉を聞いたロシェはそう反応する。
俺が口にした以上、それは間違いなく行われる……そう理解している為だろう。
実際、この状況で俺が嘘を言うつもりなどなく、本当にその腕や足の1本は貰うつもりだった。
……もっとも、ロシェは別に龍の王とかそういうのとも関係のない奴である以上、どうしてもそれを欲している訳でもないが。
ああ、でもこの聖刻世界の者達は何らかの特長を持っている可能性もあるから、それを調べる意味で技術班への土産にしてもいいかもしれないな。
「わ……分かりました。スィナーグ隊の連中には厳しく言っておきます」
ロシェは真剣な表情でそう告げる。
そして有言実行と言うべきか、この日からスィナーグ隊の悪い噂は聞かなくなる。
……もっとも、スィナーグ隊以外の志願兵の連中は相変わらず評判は悪かったが。
「それで? デュマシオンはまだ皇女と一緒にいるのか?」
「……そうだ」
俺の問いに、ローエンは数秒の沈黙の後で頷く。
バルーザとの戦いが終わって帝都に戻り、既にそれなりに時間が経っている。
だが、デュマシオンはイシュカークの公館に戻ってくる事もなく城に……皇女とずっと一緒に半同棲といったような生活をしていた。
あるいはこれで、皇女との生活を楽しみながらも征夷大将軍としての仕事をしっかりとしていれば俺も不満を口にしたりはしない。
だが俺が聞いた情報によると、デュマシオンは仕事を一切しておらず、その辺りはサイオンに全て任せているらしい。
バルーザとの戦いの時、無理矢理に理由をつけてデュマシオンを処分したサイオンだったが、皇帝の行動によってデュマシオンがバルーザの最大勢力のカン族の長を倒し、美味いところを一気に持っていかれた形となる。
当然ながらサイオンはその事について怒っていたのだろうが、内心はともかく今もまだ同じ黒薔薇派という事もあって、帝都に戻る途中にデュマシオンと和解していた。
馬鹿か? とデュマシオンの行動について思わないでもなかったが、取りあえず口も手も出さない。……俺の中でデュマシオンの評価は間違いなく下がったが。
とはいえ……もしかしたら、デュマシオンは最初からそのつもりだったのかもしれないな。
帝都に戻って仕事を押し付ける為にサイオンと和解したと言われれば、今の状況は十分に理解出来る。
そして実際、現在帝都の住人の多くがサイオンこそが現在の帝国を動かしていると理解している。
帝都に戻ってきた時はデュマシオンコールが大量に響いたものの、ロシェのスィナーグ隊や志願兵による好き勝手な行動によって、現在ではイシュカークの……国主であるデュマシオンの評判も決して良くない。
いや、率直に言えば悪いだろう。
「それで、いつまでこのままでいるつもりだ? ローエンだけではなどうしようもないだろ」
そう言うと、ローエンの表情が苦しそうなものとなる。
ローエンはデュマシオンの乳兄弟にして、騎士としても一流の……いや、超一流の腕を持つ。
帝都においても操兵闘技大会の個人戦で2連覇した事があり、帝国騎士としても名前が知られている。
だが……それはあくまでも武官としての技量でしかない。
この場合必要なのは、文官……いや、政治家としての技量か。
そういう意味では、ローエンは役立たずとまでは言わないが、それでも決して優れている訳ではなかった。
だからこそ、武官のローエンにデュマシオンのいない今のイシュカーク軍を纏めるのは難しい。
この辺、イシュカークの人材の薄さだよな。
あるいはそれだけデュマシオンが突出した存在なのか。
残っている中でそのような事が出来る者となると……サライか?
そう思ったが、サライは軍師ではあっても政治となると……武官のローエンよりはマシだが、それでも畑違いだ。
なら、ルース……クレイトー商会から派遣されている人物か? となるが、こちらも商売に関する事ならまだしも、政治となると微妙に畑違いだ。
こうなると、ザットスの暴走で死んだイシュカークの大貴族……ミアの父親がいなくなったのは痛いな。
もっともミアの父親がいても、あくまでも辺境の小国の中での大貴族であって、帝都でしっかりとその手腕を発揮出来たのかどうかは微妙なところだが。
「殿下は今、傷を癒やされているのだ。そうである以上、今は臣下の私達が頑張る必要がある」
「……それは本気で言ってるのか? だとしたら、お前にデュマシオンの側近たる資格はないな」
「っ!?」
俺の言葉に、息を呑むローエン。
この様子を見ると、ローエン自身も自分の行動が正しいと思っていないのだろう。
……まぁ、実際ローエンも自分の能力が足りないというのは十分に理解しており、だからこそ以前エリダーヌがラグーン国主同盟と戦っている時にデュマシオンの側近から離れようとしたらしいが。
あの時、デュマシオンが冴えていなかったのは、その辺りが理由なんだろうな。
「今のままだと、恐らくサイオンにいいようにやられるぞ? お前もサイオンがどういう人物なのかは、これまでの経験から十分に理解しているだろう?」
ローエンはデュマシオンの側近だけに、デュマシオンがサイオンにいいように使われているのを間近で見ている。
……まぁ、デュマシオンもデュマシオンで、サイオンの手駒を肉壁として使い潰したりしてはいたが、それもまたデュマシオンにやる気があってのことだ。
今のデュマシオンはそのやる気もなく、ただ皇女との愛欲の日々に溺れているだけである以上、サイオンからの政治的な攻撃を防ぐ事は出来ない。
ローエンもそれが分かっているのか、悔しげな表情を浮かべ……そしてこの日から少しして、後の世に近衛騎士の乱と呼ばれる反乱が勃発するのだった。