近衛騎士の乱。
これが起こったのは、ある意味で当然ではあった。
何しろ征夷大将軍のデュマシオンは皇女と一緒に引き籠もっており、政治を全てサイオンに任せたのだから。
その結果として、サイオンは征夷大将軍の……デュマシオンの名の下に次々と改革を実行していった。
その改革の多くは帝国貴族の痛みを伴うもので、それを不服とする者達は当然のようにいたが、征夷大将軍の名前を使われればバルーザとの戦いの最後に龍操兵に乗って地上に降りてきたソレイヤードを見た者に逆らうという選択肢はない。
あるいはバルーザ討伐軍に参加していなかった貴族に対しての処罰が行われた結果、それを不服として反旗を翻そうとする者もいたが、バルーザ討伐軍に参加した者達にとってデュマシオンに逆らうという選択肢は存在せず、結果としてその処罰を受け入れる事になる。
また、バルーザ討伐軍に参加した者達であっても成果がなかったという理由で罰金であったり、爵位を落としたり……もっと酷い場合は家の取り潰しとなる場合もあったが。サイオンはそれでも改革という名の帝国貴族の処分――本人にすれば断捨離的な感じなのだろうが――をしていた。
そうした改革の中で、次に標的にされたのは近衛師団だった。
かつて帝国最大の権力者であったバロックの率いる近衛師団は、帝国貴族の中でも高い地位にいる者達の子息が所属しているだけにプライドが高い。
……また、バルーザ戦役の際にデュマシオンがエリダーヌ国主であるレクミラーから馬を貰ったのを理由としてサイオンから処分を食らったのだが、その時に皇帝と会う手筈を整えたのがバロックという事もあり、本来なら近衛師団に改革の手は及ばない筈だったのだが、デュマシオンが引き籠もってサイオンが表に出ている状況だ。
そんな中でサイオンがデュマシオンとの約束を無視するのは当然だろう。
そもそもサイオンはデュマシオンと和解したという事になってはいるものの、それはあくまでも表向きの話なのだから。
腹の中ではサイオンがデュマシオンをどのように思っているのかは、考えるまでもない。
結果としてデュマシオンの名前で近衛騎士の解体、あるいは特権の廃止といった事まで話が及び……それによって、近衛騎士が暴走して近衛騎士の乱が起きた訳だ。
「というか、これはデュマシオンの自業自得だろう?」
ローエンを前に、そう言う。
以前から、ローエンにはデュマシオンを無理矢理にでも引きずり出してこいと、何度もそう言った。
だが、ローエンは今は自分達がデュマシオンを支え、デュマシオンには傷を癒やして貰うと、そのように言い張っていたのだ。
本人にしてみれば自分の役割を果たそうと必死になっていたのかもしれないが、俺から見れば意地になってるようにしか見えなかった。
実際、それによって今このような状況……近衛騎士の乱を起こしているのだから、今回の一件はデュマシオンとローエンの自業自得としか思えない。
そして俺の中では、デュマシオンの評価は駄々下がりの状態でもある。
「とにかく、まずはデュマシオン様を助け出す必要がある。アクセル、協力して欲しい」
「……何で俺が? さっきも言ったが、これはデュマシオンの自業自得だ。俺がそんな奴を助ける必要があるのか? 正直なところ、もうそろそろ俺としてはデュマシオンを見捨てようかと思っていたくらいだ」
「……デュマシオン様は、いずれ立つ。だが、今はその傷を癒やすべき時なのだ」
「お前にとってはそうなんだろうな。お前の中だけでは」
ローエンがデュマシオンをどのように思っているのか、俺には分からない。
……いや、今のやり取りから考えても分からない訳ではないが、理解出来ないというのが正しいか。
だからこそ、俺がこの状況でわざわざ何かをする必要があるかと言われれば、それは微妙なところだろう。
「頼む。私にはこうして頭を下げることしか出来ないのだ」
「……いや、だから俺がデュマシオンを助けて何の意味がある? それにお前に頭を下げられてもな。それに何か価値があるのか?」
あるいはこの聖刻世界の人間であれば、帝国騎士にして操兵闘技大会の個人戦2連覇を成し遂げたローエンが頭を下げるというのには大きな意味があるかもしれない。
だが、この世界以外からやってきた俺にしてみれば、ローエンに頭を下げられた程度でそれが何だ? としか思わないのだ。
そのように思っていると……
「アクセル様、少しよろしいでしょうか?」
不意にヘルガがそう声を掛けてくる。
「どうした?」
「少し、お話が……」
ヘルガの様子を見ると、どうやらローエンには聞かれたくない内容らしい。
なので、取りあえずローエンには帰って貰う。
そもそも現在のローエンは近衛騎士によって占拠された城にいるデュマシオンを助ける準備をする為に忙しい。
そんな忙しい中でもこうして俺に協力を要請したのは、それだけ俺の力を借りたいからだろう。
そんな状況だけに、いつまでも俺と一緒にいる訳にもいかず……結果として、俺がヘルガの話を聞く間にローエンは別のやるべき事をやる為に部屋を出ていく。
「それで? 一体何の用件だ?」
「至高の宝珠から接触がありました」
「翡翠か? それともアーシェラか?」
「紅玉です」
微妙な表情でそう言うヘルガ。
紅玉……つまりアーシェラとは過去に色々とあった為に、今もまだ複雑な感情を抱いているのだろう。
実際、アーシェラの方もヘルガには複雑な感情を抱いており、その為に同じ勢力に所属していても、アーシェラはヘルガや俺との接触を避けているように思える。
そんなアーシェラがヘルガに接触してきたとなると……
「やっぱり今回の一件に関してか?」
「はい。もしデュマシオンを助けるのに協力をして貰えるのであれば、至高の宝珠が有する呪操兵を1機、アクセル様に譲渡すると」
「……へぇ」
ヘルガの口から出た言葉は、俺にとってもかなり……いや、もの凄く予想外だった。
何しろ、呪操兵というのは非常に古い機体が殆どだ。
例えば、ヘルガもリリス・リリエンタールという呪操兵を持っているが、このリリスはそれこそシュルティ古操兵よりも古い時代に作られた呪操兵らしい。
勿論、全ての呪操兵がシュルティ古操兵よりも古いとは限らないが、それでも呪操兵であるというだけで非常に価値が高いのは間違いない。
練法師ではない俺にとって、呪操兵というのは……うーん、どうだろうな。
魔力を使えばどうにかなったりするのか?
もっとも、非常に希少な操兵であるのは間違いないので、俺が使わずに技術班の土産として確保しておきたいと思う操兵なのは間違いなかった。
呪操兵が非常に貴重な物なのは間違いない。
至高の宝珠がそれでも呪操兵を譲ると言ってきたという事は、今のデュマシオンも至高の宝珠にとって貴重な存在という事か。
もっとも……
「アーシェラの言葉は信用出来るのか?」
これで接触してきたのがアーシェラではなく、統首である翡翠であれば呪操兵の件もすんなりと受け取る事が出来ただろう。
だが、今回の話を持ってきたのはあくまでもアーシェラなのだ。
ヘルガによれば、アーシェラは至高の宝珠の中でも龍の花嫁という特別な地位におり、その影響力は非常に大きいらしい。
しかし、それでも組織にとって貴重な呪操兵を俺に譲渡させることが出来るかとなると……微妙なところだろう。
そう思ったのだが……
「紅玉は……いえ、アーシェラがあのように言ったのであれば、間違いなく約束は果たされるかと」
まさか、ヘルガの口からこのような言葉が出るとは、思ってもいなかった。
「お前がアーシェラの肩を持つとはな」
「……別にそういう訳ではありません。ですが、あのアーシェラが私に頭を下げたのです。アーシェラがデュマシオンに抱く想いは本物かと」
「そうなのか? 練法師に戻ってから、デュマシオンは無視……って程でもないが、以前とは違う感じになったって言ってたぞ?」
「それは表向きでしょう」
あっさりとそう言うヘルガ。
どうやらアーシェラと話して色々と思うところがあったらしいな。
「分かった。なら……呪操兵だけじゃなくて、隠形機も譲渡するように言ってくれ」
隠形機というは、操兵の種類の1つだ。
分類上は狩猟機ではなく従兵機なのだが、暗殺や偵察、破壊工作なんかの特殊任務向けの操兵となる。
分かりやすい例だと、奇岩島で襲ってきた巨人の足跡が使っていた従兵機だな。
もっとも、あの時は俺とデュマシオンは墓守と戦っていたので、実際には隠形機と戦っていたのはルーラン達だったのだが。
ともあれ、一般的には知られていない特殊な操兵……それが隠形機だ。
呪操兵と共に、俺にしてみれば是非とも欲しい操兵の一つとなる。
また、非常に希少で数が限られている呪操兵とは違い、隠形機は普通に製造が可能な操兵らしい。
であれば、呪操兵のついでに貰うのはいいだろう。
ヘルガも俺の言葉に異論はないらしく……
「分かりました。アクセル様の協力を得られるのであれば、アーシェラも受け入れるでしょう」
そう言うのだった。
「本当か!?」
ローエンが驚き、嬉しさ……そして疑念といった様子で俺に向かって尋ねてくる。
無理もないか。最初に協力を要請した時はあっさりと断ったのに、それが一点して引き受けると言ったのだから。
「ああ、本当にだ」
「それは嬉しい。嬉しいが……何故、急に?」
「報酬が約束されたからな」
「……報酬?」
「そうだ。至高の宝珠……お前にはアーシェラの所属している練法師匠合と言った方が分かりやすいか? そこから報酬が支払われる事になったんだよ」
「……アーシェラ殿……」
ローエンは自らの不甲斐なさを嘆くように、そう呟くのだった。
「……で、結局俺が来る必要があったのか?」
近衛騎士に占領された城の前で、俺は久しぶりに乗る、バルーザ戦役において消耗した分は全て整備され、完璧になったアンノウンの操手漕でそう呟く。
何しろ、アンノウンの周囲にはバルーザから派遣されてきた人馬操兵がいるのだ。
戦力的な意味では、これで十分だろう。
もっとも、デュマシオンがおらず、ローエンはデュマシオンを助けに城に潜入する。
となれば、こちらで指揮を執る者も必要になる訳で……まぁ、それはアスナス、ミア、ダリルといったような操兵闘技大会の時からデュマシオンに従っている3人だったり、サライだったりするのだが。
ともあれ、潜入する者達の陽動という意味では、人馬操兵を城の正面に持ってくるのは分かる。
ただし……それが正解だったかと言えば、それは微妙なところだが。
何しろバルーザの者達にとってデュマシオンはずっと待っていた龍の王なのだから。
そんな龍の王を捕らえようとしている者達は、バルーザにとって不倶戴天の敵でしかない。
ましてや、ここにいる200機の人馬操兵に乗っているのは、どれもバルーザの中で勇者と呼ばれる腕利きが乗っているだけに、一度戦端が開かれたらもの凄い事になるだろう。
ましてや、バルーザの者達は帝都に来てから決して優遇されていた訳ではない。
旧市街地……スラム街と呼ぶべき場所に、人馬操兵諸共に待機していたのだ。
ハン氏族に助けられたフィーンが一緒に行動していたので、大きな騒動にはならなかったが……それでも小さな騒動は幾つもあったらしい。
中には操兵を持ち出して襲撃してきた連中もいたが、バルーザの精鋭を相手にどうにか出来る筈もない。
もっとも、操兵を持ち出した騒動でも大きな騒動ではなかったというのが……まぁ、うん。実際バルーザの連中にしてみれば苦戦するような相手でもなかったのだろう。
デュマシオンからの命令……いや、指示だからこそ、遊牧民族である筈のバルーザが旧市街地という名のスラム街で待機していたのだが、そのデュマシオンを助ける為に行動するとなると、陽動どころか城そのものを破壊してもおかしくはない。
まぁ、個人的にはその辺はどうなってもいいと思っているが。
そんな風に考えていると……
ヘルガがアンノウンに近付いてくるのが見えた。
あの様子からすると、恐らく何かがあったのだろう。
そう思い、操手漕から出ると……
「アクセル様、面倒な事になりました」
「何があった?」
「サイオンが急病という事でこの場にはこられず、デュマシオンの救出作戦はイシュカーク軍だけでやるようにと」
「……つまり?」
「恐らくはバルーザを刺激して城に大きな被害を与え、それによってデュマシオンの監督責任を取らせるのかと」
「なるほど。それはそれで面白くないな」
正直なところ、今のデュマシオンがどうなろうと俺の知った事ではない。
だが、そのデュマシオンを嵌める為に俺をもいいように利用する……どころか俺も処罰する対象にしようというのは決して愉快な事ではなく……
「行くぞ」
そう、ヘルガに告げたのだった。