「……うん?」
影のゲートを使って転移した先……そこには、サイオンの姿があった。
それは別に構わない。
それ以外にも側近と思しき男も1人いるが、ヘルガから聞いた話によると、この男は以前俺やヘルガを襲ってきて殺された勇猛なる戦車とかいう聖刻の園の練法師がいなくなったので、新たに聖刻の園から派遣された練法師、雄弁なる審判らしい。
ヘルガが俺の側近としているし、デュマシオンの側には紅玉という名を持つアーシェラもいる。
それを思えば、サイオンもまた聖刻の園から練法師を近くに置くというのは分からないではない。
だが、それと違ってもう1人……見知らぬ男がそこにはいた。
いや、実際には見知らぬ男ではない。俺もまたその男の名前は知っていた。
デュマシオン、タイロン、サイオンと同じく黒薔薇派に所属するソーキルドだ。
デュマシオンと蜜月の日々を送っていた皇女サクヤーの従兄弟で、ヘヌート国の国主。
また、学生時代からサイオンの親友として名前が知られていた人物だ。
「貴公らは何者だ?」
いきなり部屋の中に現れた俺を見て、ソーキルドは腰にある鞘に手を伸ばす。
この様子を見ると、もしかしてソーキルドもまたサイオンと共にデュマシオンを嵌めたのか?
そう思いつつ、俺はソーキルドは無視してサイオンに視線を向け、口を開く。
「急病だと聞いたが、随分と元気そうだな。酒を飲めるくらいだし」
テーブルの上には、ワインの入ったワイングラスがある。
とてもではないが病気になった人物とは思えない。
そんな俺に対し、サイオンは不愉快そうな表情を浮かべる。
普段であれば感情を表に出すようなことは基本的にないサイオンだったが、今はいつもの様子とは違う。……あるいは、ワインで酔っているのかもしれないが。
「何の用だ? 近衛騎士の一件については、イシュカーク軍に任せた筈だが。お前のような者がここに……それも断りもなく入ってくるとは」
普段は紳士……というか、上品に取り繕っているサイオンだったが、今この時にいきなり俺がやってくるというのは、予想外だったらしい。
とはいえ、バルーザ戦役の時に影のゲートで転移するのは見せている以上……いや、違うな。サイオンは視線を向けていないものの、その意識は何度となく雄弁なる審判の方に向けられている。
……なるほど。多分だが影のゲートは練法による転移だと考え、雄弁なる審判に転移を防ぐ練法を使わせていたというところか?
ただでさえ俺の側にはヘルガという腕利きの練法師がいる以上、影のゲートによる転移は俺じゃなくてヘルガが行ったものだと考えてもおかしくはない。
であれば、サイオンが今のような状況になっているのが分からないでもなかった。
「そっちの練法師の用心が役に立たなくて残念だったな。……それより、どうやらサイオンは病気じゃなくて怪我だったらしい」
「何?」
いきなりの言葉にそう疑問を口にしたのは、サイオン……ではなく、ソーキルドだ。
目の前で行われているやり取りが一体なんなのか、全く理解出来ないのだろう。
そんな理解出来ていないソーキルドを他所に、ヘルガが俺の言葉に頷く。
「そうですわね。ですが、帝国の事を思ってサイオン閣下は怪我を押してまで……無理をしてでも、鎮圧する現場に出向いて自らが指揮を執るそうですわよ。ああ、何て立派な事でしょう」
サイオン閣下とか、立派だとか評しているヘルガだったが、その瞳にサイオンに対する好意の色は一切ない。
……ヘルガが言うには、俺の使い魔になる以前はサイオンに仕えていた筈なんだけどな。
あるいは俺の使い魔になった事によってサイオンはあっさりと切り捨てた存在という認識なのかもしれないな。
「さて、そんな訳で……どのくらいの怪我をしたんだと思う?」
「貴様……私を相手にそのような事をして、ただですむと思っているのか?」
話の流れから、自分が一体何をされるのか……それについては予想出来ているのだろう。
だからこそ、サイオンは俺を睨みながらそう言う。
「最初にデュマシオンを利用したのはお前だろう? なら、そのデュマシオンの傭兵である俺に反撃されるのは、当然だと思わないか?」
「ふざけるな! デュマシオンが帝都に帰ってきて、何をした!? 政治を私に任せ、自分は引き籠もっていただけではないか!」
「まぁ、それはそうだが」
このサイオンの言葉は、決して間違っている訳ではない。
もしデュマシオンが帝都に戻ってきて引き籠もらず、積極的に動いていれば、今のような状況にはなっていなかっただろう。
そういう意味では、サイオンの言う事も決して間違ってはいない。
間違ってはいないのだが……
「だからといって、お前がデュマシオンをいいように利用し……それこそ悪意から行動していたのは間違いないだろう? もしお前がそういう事をせず、デュマシオンと本当の意味で協力した状態で今のような状況になっていたのなら、また俺の行動は違っていた筈だ。だが、そうじゃない。なら、今のこの状況も受け入れるんだな」
そう言い、サイオンに近付く。
それを見た練法師の男……雄弁なる審判が動こうとするものの、それを制するようにヘルガが動く。
この2人が以前……聖刻の園時代に具体的にどんな力関係だったのかは俺にも分からない。
だが、今となっては俺の魔力による影響で使い魔となったヘルガに雄弁なる審判が勝てる筈もなく、行動に出る事は出来ない。
そんな雄弁なる審判の代わりに俺の前に立ち塞がったのは……
「今、この者を失う訳にはいかない!」
腰の鞘からレイピアを引き抜いたソーキルドだった。
純粋な威力という点では、レイピアは武器の中でも弱い……最弱に近いだろう。
だが、速度という点では最速に近い。
そんなレイピアを手に、俺の前に立ち塞がるソーキルドだったが……
「邪魔はしない方がいいぞ?」
そう言い、俺はサイオンに向かう足を止める事はない。
「はぁっ!」
それを見たソーキルドが鋭い呼気と共に1歩踏み込んでレイピアの突きを放つ。
国主という立場ではあるものの、その突きは鋭く、素早い。
この場合、さすが黒薔薇派と言ってもいいのかもしれないな。
そんな風に思いつつ、俺は自分に向かって突き出されたレピアの刃を……それも先端部分をあっさりと掴み……力を入れると、次の瞬間にはパキンとレイピアの刀身が折れる。
「なっ!?」
ソーキルドの口から上がる、驚きの声。
まさか自分の突きがこうもあっさりと防がれる……どころか、摘まみ取られるとは思ってもいなかったのだろう。
俺にしてみれば、特に魔力や気で強化もされていない一撃など、意味もないのだが。
それこそ混沌精霊としては、防がずに命中してもダメージを受ける事はなかっただろう。
今はこうして防いだ方が有効だと思ったので、そうしたのだが。
そうして愕然としているソーキルドの顎を、軽く……骨を折らない程度に手加減をして殴り、脳震盪を起こさせる。
床に崩れ落ちるソーキルドを気にせず、こちらも立ち上がり、長剣を手にしたサイオンを見る。
どうやら俺がソーキルドと戦っている隙に立ち上がって武器を構えたらしい。
ソーキルドのレイピアに対し、長剣を手にしたサイオン。
だが、俺にしてみればレイピアが長剣となったところで、特に何かが変わる訳でもない。
特に気にした様子もなく歩き……
「はぁああぁっ!」
普段はクールはサイオンとは思えない、そんな気合いの声と共に鋭い一撃が放たれるが……そんな一撃が俺に通じる筈もない。
サイオンの一撃を回避し、そのまま横を通り抜けるような感じで擦れ違う。
……ただし、擦れ違った瞬間にサイオンの長剣を手にした右腕を肩から引き千切りながらだが。
「あ? は? な……ぎゃあああああああっ!」
最初は何が起きたのか分からなかった様子のサイオンだったが、すぐに俺が手にしてるのが長剣を持っていた自分の右腕だと理解し、その激痛に絶叫する。
もしヘルガがこの部屋を練法で防音にしていなければ、すぐに誰かが部屋の中に飛び込んできてもおかしくはない、そんな絶叫だ、
「うるさいな、もう少し静かに出来ないのか? ……ああ、ついでにこれも貰っておくよ」
そう言い、俺は右肩を押さえて絶叫しているサイオンを蹴り飛ばすと、右目を抉り取る。
「がああああああああああああああああっ!」
喉も枯れんばかりに絶叫するサイオン。
右腕と右目を失ったのだから、その痛みを我慢出来なかったのだろう。
「さて」
俺は上機嫌でサイオンの右腕と右目を空間倉庫に収納する。
それをヘルガと牽制しあいながらも雄弁なる審判は見ており、いきなり俺が手にしていたサイオンの右腕と眼球が消えたことに驚いた様子を見せるものの、ヘルガの存在によって動く事は出来ずにいた。
ちなみにサイオンから右腕と眼球を奪ったのは、報復……というのもあるが、それ以上に龍の器である人物の身体の一部を欲してというのも大きい。
デュマシオンは眼球を渡すのを拒否したので、どこかで龍の器と呼ばれる者達の身体の一部が欲しかったんだよな。
……勿論、本命はあくまでも龍の王の生まれ変わりにして原作主人公であるデュマシオンの身体の一部なのだが、サイオンも外れではあるものの、それでもないよりはマシだろうし。
「ほら、いつまでも騒いでないで行くぞ。お前がいないと話にならないんだからな。……ヘルガ」
「はい」
俺が声を掛けると、ヘルガは即座に俺の側までやってくる。
雄弁なる審判と牽制しあっていたのは、一体何だったのかと言いたくなるような、そんな感じで。
実際、雄弁なる審判はヘルガのいきなりの行動に反応出来ず……そして俺とヘルガを相手に自分ではどうしようもないと判断したのか、それ以上は手を出してくることはなかったのだった。
「見ろ! 本来なら近衛騎士の乱についてはその負傷からイシュカークに任せようとしたサイオンだったが、その怪我を押して駆けつけてくれたぞ! サイオンがこれからの戦いについての責任を持つから、存分にやってくれとの事だ!」
現場に戻った俺がそう叫ぶと、サイオンは自分の存在を示すように残っている左手を振るう。
右肩の怪我は出血が酷かったので、俺が白炎で焼いて血を止めた。
右の眼球からは右目を失って血が流れているものの、こちらは右腕と比べると元々出血が少なかった。
そんなサイオンが残っている左手を大きく振るのだから、それを見た者は素直に驚く。
……ちなみに、当然の話だが今のサイオンは普通ではない。
ヘルガの練法によって意識を奪われ、いいように操られている形だ。
本来であれば、龍の器と呼ばれる者達には高位練法師並の練法に対する防御力があるのだが、ヘルガはただの練法師ではなく俺の使い魔だ。
そんな龍の器の防御力を無視して、今のように操る事も……簡単ではないらしいが、出来ない事もないらしい。
そんな訳で、今こうしてサイオンは怪我を押して城の前までやって来ている訳だ。
もっとも、サイオンが一体どこで怪我をしたのかといったような事を疑問に思っている者もいるだろうが。
ちなみにそこは反乱を起こした近衛騎士達に被って貰う事にした。
……そうしてサイオンが出て来たのが、城を占拠した近衛騎士達には我慢できなかったらしい。
自分達の実力でイシュカーク軍やバルーザの人馬操兵に敵う筈がないというのは分かっているものの、城の向こうから操兵用の長剣をサイオンに向かって投げつけ……それは幸運にも――というか、多分ヘルガの力によってだが――外れたものの、それが契機となり、人馬操兵は城の中に突入し、なし崩し的に戦闘は始まるのだった。
そうして戦闘が始まってしまえば、貴族のボンボンが集まっている近衛騎士達が人馬操兵に勝てる筈もなく、次々と操兵は撃破され、乗っていた近衛騎士達は引きずり出され、殺されている。
「これは……」
城に潜入したローエンやアーシェラによって助けられたデュマシオンと、皇女のサクヤー。
そんな2人は、目の前に広がっている光景……城で起きた戦闘の光景を見て、呆然としている。
既に戦闘は終了し、反乱を起こした近衛騎士は少数の幸運だった者達以外は全て殺されている。
そんな光景が、デュマシオンとサクヤーにとってはショックだったのだろう。
ましてや、今まで幾つもの戦闘を潜り抜けてきたデュマシオンと違い、サクヤーは文字通りの意味でのお姫様だ。
それだけに、この光景は耐えられないものがあり……それでもデュマシオンという愛する者の前だからか、必死に吐くのは我慢していた。
「これがお前の行動の結果だ。お前が帝都に戻ってきて引き籠もっていなければ、こういう光景はなかっただろう。つまり……これはお前が引き起こした光景なんだよ」
俺はそうデュマシオンに言うのだった。