イカルガ。
それは、ラグーン国主同盟で正式採用された操兵の名称だ。
最新の素体であるセントゥリスを使用しているのだが、その特長としては個としての能力ではなく、あくまでも集団戦闘を前提としているという事だろう。
……それでいながら、中量級狩猟機でありつつも重量級狩猟機並の膂力を持ち、軽量級狩猟機並の俊敏性を持つというのは、矛盾してないか?
まぁ、原作主人公のデュマシオンが率いる戦力として考えれば、そうおかしな事ではないのかもしれないが。
あるいはデュマシオンが持つシュルティ古操兵の技術を流用したのかもしれないな。
奇岩島では龍の王に勝利した事もあり、龍の王の記憶……言ってしまえばシュルティ古操兵の技術とかそういうのは特に必要がなかったのが、バルーザの一件や帝都でのサクヤーとの別れ、そしてコラム派の反乱といった諸々があった後、デュマシオンは再び龍の王の呪縛に悩まされる事になった。
その時、もしかしたら龍の王の持つシュルティ古操兵の技術も完全にではないにしろ、手に入れたのかもしれない。
俺がそう思うのは、アマルーナにおいて採用されたガス灯だ。
この聖刻世界においては、明らかに異質な技術。
これをデュマシオンは龍の王の記憶を引き継いだ事で入手したのではないかと、そのように思ったのだ。
他にも、まだ実用化はされていないものの、マスコミの雛形のような物も考えられているらしい。
個人的にはマスコミはマスゴミになる可能性が大きいので、止めておいた方がいいと思うんだが。
ともあれ、そんな風にデュマシオンがシュルティ古操兵に関係する技術情報を持っていれば、イカルガが他の国と比べて圧倒的な性能を持つ操兵として完成した事も理解出来る。
また、そんなイカルガの性能を示すかのように、操兵闘技大会の個人戦においてイカルガが優勝した。
ちなみにこのイカルガに乗っていたのは、何とルチャ。
以前に開かれた操兵闘技大会において俺がプール三兄弟と共にイシュカークに協力した時からデュマシオンに懐いて一緒に行動していた子供だ。
その子供が成長し……まぁ、それでも公然と帝国と敵対しているイシュカーク所属という事には出来ないので、デュマシオンと協力関係にあるヒクソスの国主であるハダートに協力して貰い、ヒクソスに所属する騎士という事で出場したのだが。
……まぁ、現在の帝国の支配者たるサイオンも、聖刻の園やその下部組織である間者匠合が協力している為に、ルチャの正体については十分に理解していた筈だ。
それでも手を出せなかったのは、やはりヒクソスという国を敵に回したくなかったからだろう。
また、その操兵闘技大会が終わってから暫くして、理由は分からないが四皇家の乱と呼ばれる戦いも起こった。
この四皇家というのは、ロタール帝国全体で見ても特別な家となる。
具体的にどのくらい特別なのかといえば、それはつまりその四皇家に皇位継承権が設定されており、場合によっては次の皇帝を輩出するくらいには特別な家。
……もっとも、バルーザ戦役で皇帝が死んだ結果、今の皇帝はその息子、サクヤーの弟が継承していたが。
その辺りの詳細については俺も分からないが、とにかく帝国貴族の中でも突出した領地や財力を持つのが四皇家だ。
そんな四皇家の中の二つが反旗を翻し、サイオン率いる帝国軍と正面からぶつかった事になる。
それだけであれば、驚きはしてもそれ以上の事はないだろう。
結局は特権意識を持ちながらも能力は低い無能を相手にした場合、小物臭が漂いつつも有能なのは間違いのないサイオンが勝つと思っていた。
思っていたのだが……俺が驚いたのは、そこでいきなりガイザスが乱入してきた事だろう。
バハールを殺した一件以降は特に動きを見せなかったガイザスだったが、ここで一気に表舞台に出て来たのだ。
もっともガイザスが率いているのは盗賊や潰された貴族の家、そしてナカーダ軍の生き残り……そして最大戦力が、カン氏族のバルーザ達だ。
バルーザ戦役を見れば分かるように、工呪会製の操兵とバルーザの人馬操兵では、その能力の差は大きい。
だが……四皇家の者達はその特権からバルーザ戦役に戦力を出しておらず、人馬操兵については話で聞いたくらいしか知らなかった。
そんな訳で、ただでさえサイオンを相手にしてもどうしようもない状態の四皇家側にとって、ガイザス達までもが敵に回ったとなればどうしようもなく……結果として、サイオンの勝利で四皇家の乱は終わった。
……そうして、この帝国における戦力は群雄割拠の状況から幾つかの勢力に集束していく。
1つめ、エリダーヌ。
2つめ、ラグーン国主同盟。
3つめ、ロタール帝国。
4つめ、ガイザス軍。
といった具合に。
言ってみれば、レクミラー、デュマシオン、サイオン、ガイザスの4人だな。
ちなみに最初にデュマシオンの率いるラグーン国主同盟ではなくエリダーヌが来たのは、単純にこの4つの勢力の中ではエリダーヌが飛び抜けた国力を持っている為だ。
ナカーダのイシュカーク侵攻から始まった戦乱の時に、幾つもの国を占領しているというのも大きい。
それに続くのが、デュマシオン率いるラグーン国主同盟。
領土や国力、財力といったもので考えれば、本来ならここに入るのはラグーン国主同盟ではなく、ロタール帝国だろう。
だが、マ・トゥークという国を数年で列強にのし上げたサイオンであっても、ロタール帝国全土――ラグーン国主同盟やエリダーヌを除く――を治めるには能力が足りていない。
また、腐敗した貴族や商人といった者達も多数いて……改革をしようしているらしいが、それは既に半ば失敗に終わりそうになっているらしい。
そんなロタール帝国と比べると、ラグーン国主同盟はハダート率いるヒクソスやその周辺国、そして海洋国家ラグールと同盟――実質的には従属――している。
国としての規模はともかく、健全性や将来性を考えると、ラグーン国主同盟がロタール帝国よりも上に来る。
そして最後が、国というものを持たない盗賊団……良く言えば傭兵団か? そんなガイザスな訳だ。
とはいえ、総合的に見てロタール帝国がラグーン国主同盟に負けてはいるものの、だからこそガイザスはサイオンと手を組む筈だ。
ガイザスはデュマシオンに対して……そしてデュマシオンには及ばないかもしれないが、それでも何度も煮え湯を飲まされた俺に対して強い憎悪を抱いているのだから。
そういう意味では、サイオンもまた俺によって片腕と片目を奪われているだけに……あれ? これってもしかして、デュマシオンじゃなくて俺の方が憎まれているのか?
ともあれ、俺もまたラグーン国主同盟に身を寄せている以上、俺とデュマシオンのどちらが狙われているにしろ、攻撃されるのは間違いない訳で……
「それで、先制攻撃って訳か?」
「……別にそういう訳じゃない」
俺の言葉にデュマシオンは微妙に不満そうな様子で、そう言ってくる。
現在この部屋にいるのは、俺、ヘルガ、デュマシオン、サライ、ルーファスの5人だ。
以前ならローエンやアーシェラがここにいたりもしたのだが……最近ではアーシェラがデュマシオンの前に顔を出すようなことはせず、代わりに翡翠が練法師としてデュマシオンに仕えている。
だが、この翡翠はアーシェラ程にはデュマシオンに対して強い思いを抱いていない……いや、この場合は龍の花嫁という地位にいるアーシェラが特別だったのだろう。
そんな訳で翡翠はここにはおらず、ローエンにいたっては言うまでもないだろう。
「違うのか? てっきり、ガイザスもいる事だし、先制攻撃をして倒してしまった方がいいと思ったんだがな」
ガイザスはラグーン国主同盟以外で唯一人馬操兵を有している勢力だ。
それだけに高い機動力を持っており……それがバハールが死んだ一件にも繋がっている。
なので、その機動力を活かせないようにする必要があり、そうなると受け身でいるのではなく先制攻撃をした方がいいと……そのように考えたのではないかと思ったのだが。
「そのような考えがないとも言えない。だが、それ以上に……ハダート殿から帝国を継げと、そう言われてな」
「あー……まぁ、うん。分からないでもないけど」
四皇家の乱によって2つの皇家が既に潰され、サクヤーの実家以外のもう1つの家は一応四皇家に入ってはいるものの、戦力や財力、影響力という点では他の四皇家には到底及ばない没落寸前の家らしい。
つまり、現在の帝国を継げる人物で残っているのは、サクヤーだけだ。
正確には現在皇帝をしているサクヤーの弟もいるが……この人物は完全にサイオンの傀儡となっているらしく、ここ暫くの間は一切表に出るような事はないらしい。
だからこそ、ハダートとしてもサクヤーの夫であるデュマシオンに帝国を継げと言ったのだろうが……
「けど、今の帝国を継ぐ必要があるのか? 帝国の腐りっぷりは、それこそ俺よりもデュマシオンの方がよく分かっていると思うんだが」
「そうだな。だが……それでも帝国の庇護が必要な国はある。かつてのイシュカークのように。そのような者達を見捨てる事は、俺には出来ない」
「商業的に考えても、私は帝国を併合……いえ、継承するのは賛成です。今のラグーン国主同盟はかなりの好景気ですし、多くの人が集まってきています。ですが、それでもやはりロタール帝国全体で見れば、その商業規模は小さい。それにデュマシオン様が帝国を継げば、商人達に対して横暴な事は出来なくなる筈ですから」
ルーファスが俺のデュマシオンの言葉に割り込み、そう言ってくる。
それに対し、ヘルガが一瞬不愉快そうな視線を向けるが……すぐに落ち着く。
ヘルガにしてみれば、俺とデュマシオンの会話に割り込んだのが不満だったのだろう。
もっとも、ルーファスはラグーン国主同盟の中でも商人として非常に大きな影響力を持っている。
それにデュマシオンが頭角を現す前からクレイトー商会の援助がされており、それがなければデュマシオンは今こうしてここにいなかっただろう。
だからこそ、そのクレイトー商会を率いているルーファスのラグーン国主同盟における影響力は強い。
ちなみに以前俺がクレイトー商会を知った時、それを率いていたのはリュン・クレイトーだったのだが、いつの間にか代替わりをして、このルーファスが現在ではクレイトー商会を率いていた。
そんなルーファスだからこそ、商売をもっと繁盛させようとしており、だからこそデュマシオンが帝国を継ぐ事を期待しているといったところか。
「それで?」
「それで……とは?」
「ルーファスがデュマシオンの意見に賛成しているのは分かった。だが、俺がその戦いに参加する必要があるか?」
「……何をお求めで?」
この辺り、ルーファスの判断は早いよな。
ルーファスにとって俺は傭兵なんだから、報酬を要望するというのは分からないでもないが。
とはいえ、俺にとってもこの流れは非常に嬉しい。
何しろ少し前にヘルガから聞いた件を確認出来るし、それが成功したら……これ以上ない程に利益となるしな。
「イシュカロンにある城が欲しい」
「……何?」
そう言葉を口にしたのは、デュマシオン。
てっきり、もっと違う物を……例えばイカルガとか、そういうのを欲していると思ったのだろう。
そんな俺が、まさかイシュカークの旧首都であるイシュカロンの城が欲しいというのは、予想外だったらしい。
「イシュカロンにある城だ。正確にはあそこにある物全てが欲しい」
「……俺が言うのもなんだが、あの城にはもう何も金目の物は残っていないぞ?」
「そうだな。聞いた話だと、他に残っているのは運ぶ事が出来なかったような大きな物だけだって話だし。なんなら、それも持っていってもいい」
イシュカークは歴史だけはある国なので、中には持ち出せなかったものの、重要文化財的な存在もあるだろう。
城の中にそういうのがあるのなら、持っていっても構わない。
「……だとすれば、本当にあの城が欲しいだけか? 俺が言うのも何だが、イシュカロンにある城は歴史こそあれど、そこまでして欲するような価値はないと思うぞ?」
「デュマシオンにとってはそうなんだろうな。だが……物の価値というのは、人によって違う。そして俺にとっては、あの城はそれだけの価値を持つ」
そんな俺の言葉に疑問を抱きつつも……デュマシオンはやがて頷く。
「分かった。帝国との戦いに参加してくれたら……いや、勝ったのなら、イシュカロンの城はアクセルに引き渡そう」
そう、言うのだった。
「アクセル様、やりましたわね」
デュマシオン達が帰り、周囲に陰共の類もいないのを確認した上で、ヘルガがそう言ってくる。
「ああ、最近は戦いらしい戦いがないから、イシュカロンの城を貰うのは難しいと思っていたが……これ以上ないタイミングだったな」
俺もまた、ヘルガの言葉に笑みを浮かべてそう返すのだった。