事務所の中に入ると、当然ながらそこでも死穢八斎會の組員とプロヒーロー、そして警察官がやり合っていた。
とにかく前に進みガサ入れを行おうとしているプロヒーローと警察官と、何としてもそれを防ぎたい死穢八斎會側。
特に事務所の中となるとかなり狭いので、人数を用意して肉壁のようにして防ぐことが出来る死穢八斎會側が有利だ。
もっとも、警察官はともかくプロヒーロー側は純粋な質という点では間違いなく上なので、肉壁を次々と倒しては前に進んでいるが。
結局のところ、死穢八斎會側は実力で負けているし、数でも警察官がいる以上は負けている。
そんな訳で、押しきられるのは時間の問題な訳だ。
そんな中を、俺は人の隙間を縫うように……あるいは戦いの中で壁が破壊されていたりした場合はそこから外に出る事によって事務所の中を進む。
ルリやラピスのハッキングのお陰で、この事務所がどういう構造になっているのかというのは、分かっている。
分かっているのだが……問題なのは、建物の配置が分かったからといって、具体的にどこに個性破壊薬のような重要な……そして貴重な物を置いているのかは分からないといった事だろう。
そんな訳で、覚えておいた屋敷の構造から怪しい場所を調べていくのだが……
ないな。
治崎はその辺についてはしっかりとしているのか、怪しそうだと目星を付けた場所にはそれらしい物は何もない。
その部屋を調べ終え、次の部屋に行こうとしたところで、ドタドタと何者かが走ってくる音が聞こえてきた。
ぶつかっても面倒だし、やりすごすか。
そう思って動きを止めていると……
「てめえ、何をしてやが……る?」
部屋に入ってきたスキンヘッドの強面の男が叫ぼうとするも、部屋の中に誰もいない……実際に俺がいるのだが、気配遮断で認識出来ないらしく、戸惑った様子を見せる。
そんな戸惑った男の横を通り抜け、部屋から出る。
「おい、誰もいねえじゃねえか! どうなっている!?」
恐らくはスマホを使って話しているのだろう声が聞こえてくる。
……なるほど。ちょっと見ただけでは分からなかったが、どうやら見えないように監視カメラが仕掛けられていたらしい。
事務所の敷地内でここまで大きな騒動が起きている以上、てっきり監視カメラで俺の姿を捉えられる事はないと思っていたのだが、残念ながら外れてしまったらしい。
「やっぱりいないぞ!」
部屋から顔を出したスキンヘッドの男は持っていたスマホにそう叫ぶ。
よく見れば、このスキンヘッドの男の顔は知ってるな。
ナイトアイからの説明にあった、死穢八斎會の中でも幹部格というか、治崎の直属の部下だ。
鉄砲玉の八斎とか言ったか? このスキンヘッドはその中でも……宝生結とかいう名前だった気がする。
能力は……ああ、思い出すまでもなく宝生が自分で見せてくれた。
身体のいたる場所から、何らかの鉱石を生やしたのだ。
……へぇ、ちょっといい個性だな。
この鉱石が一体どういう物資なのか、ちょっと興味がある。
あるいは……もしかしたら、本当にあるいはの話だが、シャドウミラーでも未発見の鉱物といった可能性もあるのだから。
となると、この宝生は倒した方がいいのだろう。
「うおおおおっ!」
俺が宝生の対処を考えていると、身体中から鉱石を生やした宝生がこちらに向かって突っ込んで来る。
ちっ、部屋を出て左右どちらかの廊下に向かうのなら、俺のいない方に向かう可能性もあったのに……そう思いつつ、俺は突っ込んで来る宝生との間合いが十分に詰まったところで、カウンターの一撃を放つ。
もっと廊下が広ければ、宝生の体当たりを回避するといった選択肢もあったのだが、残念ながらこの廊下の広さを考えると、そういう事は出来ない。
なので、さっさと倒してしまう事にする。
そうなれば、当然ながら攻撃をしたという事で気配遮断の効果が切れ……
「ぐ……ぐご……ぐごおおおぉっ!」
「は?」
今の一撃は、間違いなく相手の意識を切り取るだけの威力を持っていた。
なんなら、肋骨を数本折った感触すらあった。
だというのに、宝生は意識を失わない。
勿論、今の一撃が無傷だったという訳ではないだろう。
実際に一撃を食らった宝生はその動きを多少なりとも止めたのだから。
だが、それでも倒れない……どころか、次の瞬間には身体中から生えていた鉱石が、成長する。
何も知らない者にしてみれば、鉱石ではなく武器……それも槍の穂先が伸びたとか、そんな感じに見えなくもない。
そうなれば当然ながら俺の方にもその鉱石の切っ先が伸びてくる訳で、俺は素早く後ろに跳ぶ。
そんな俺を追うようにして鉱石が伸びてくるが……
「ふっ!」
こちらに向かってくる鉱石の槍を殴る。
一般人なら、鉱石を殴って破壊するというのは難しいだろう。
だが、金属を毟り取れる力を持つ俺にしてみれば、この程度の鉱石を破壊するのは難しくはない。
難しくはないのだが……思ったより脆いな。
鉱石という事もあって、それなりの硬さを持っていると期待していたのだが、この感じからすると硬度もそこまで高くない……それこそ一般人には無理でも、ある程度身体を鍛えている者であれば容易に破壊出来るのではないかと思えるくらいには弱かった。
また、当然……というか単純に訓練不足、個性伸ばしをしていない為か、宝生の身体から伸びる鉱石は俺の方だけではなく、全てがそれぞれの方向に伸びていた。
その結果として、伸びた鉱石が周辺に刺さって身動きが取れなくなる。
「馬鹿か?」
そんな光景に、思わずそう突っ込んでしまった俺はおかしくないだろう。
あるいはここが建物の中ではなく、外なら宝生の攻撃も有効ではあったのかもしれないが。
そもそも、見た感じでは宝生は個性強化薬によって強化された個性をしっかりと使いこなせているようには思えない。
……まぁ、どのみち宝生はこのままにしておく訳にもいかないので気絶させておくか。
そう判断し、再度鳩尾に……鉱石の生えていない部位を狙い、拳を叩き込む。
先程の一撃は耐えられた様子の宝生だったが、どうやら続けての攻撃は耐える事が出来なかったらしく、そのまま気絶する。
個性強化薬は使用者を興奮させるような効果もあったと思うのだが、今の一撃はその興奮作用を上回ったらしい。
「あ……けどしくったな。どうせなら情報を聞き出せば……いや、無理か」
死穢八斎會の事務所のガサ入れが始まってからの組員達の反応を見ていると、治崎に対して強い忠誠心を抱いているように見える。
一般の組員ですら、そうなのだ。
治崎の直属の部下である宝生が治崎に抱く忠誠心を考えれば、ここで俺が情報を聞き出そうとしても、その情報を口にするとは到底思えなかった。
意識があるうちは、それこそ個性を使って攻撃してくるだろう。
……もしくは情報を口にしたとしても、その情報が正しいのかどうかは分からない。
治崎に対する忠誠心を考えれば、その情報は嘘の可能性の方が高いだろう。
そんな訳で、尋問をしても……取りあえず今この場で何かを聞くというのは難しいと思う。
連れ去って、もっとじっくりと……時間を掛けて尋問をすれば、また話は別だっただろうが。
ただ、今はそのような事をしている余裕はない。
それなら情報を聞き出すといった、無駄な事をする必要はない。
そんな訳で、せめて何かないかと考え気絶した宝生の懐を調べるが……
「何もないか。それこそ個性破壊薬はともかく、個性強化薬くらいはあるかと思ったんだけどな」
懐に何も持っていなかったことを残念に思ってそう口にする。
実際に宝生は個性強化薬を使ったっぽいんだから、持っていてもおかしくはない。
……まぁ、ナイトアイの事務所で会議をした時、個性強化薬についても話を聞いたが、死穢八斎會が流通しているのは個性を強化出来るのは短時間……それこそ十数分、人によっては数分程度しか強化されたない粗悪品らしいのだが。
ちなみにこの個性強化薬の本場? はアメリカで、アメリカ製の個性強化薬は数時間は強化が続くらしい。
もっとも、そうして長時間個性を強化するとなると、身体に対する悪影響も大きそうだが。
そういう意味では、短時間の死穢八斎會製の個性強化薬は、健康的にはいいのかもしれないな。
まぁ、薬という時点で健康に良いとは思えないが。
ともあれ、そんな個性強化薬もなかったのは間違いない。
それを残念に思いつつ、これからどうするべきかを考え……る前に、せめて宝生の身体から生えていた鉱石を回収しておくか。
触った感じではそこまで強度もないが、それでもこの鉱石を研究した結果、何か大きな利点があれば、その鉱石を延々と生み出せる宝生の価値は大きくなる。
そうなったら……以前オールマイトの治療をする時に約束した、ヴィランの引き渡しで宝生を貰ってもいいかもしれないな。
とはいえ、あの件はあくまでもタルタロスの囚人って事だった気がする。
ヴィランは別に全員が一律にタルタロスに収監される訳ではない。
タルタロスはあくまでも重罪のヴィラン達が収監される場所なのだから。
つまり、宝生の身柄をこちらで受け取るのは難しい……可能性もある。
まぁ、その辺りについては宝生が個性で生み出す鉱石を調べてからの話だけどな。
ともあれ鉱石をある程度空間倉庫に収納してから、再び気配遮断のスキルを使う。
……もっとも監視カメラで俺の存在を宝生に知らせた奴がいる事から考えても、恐らく死穢八斎會の中で俺の情報は伝わっているだろうが。
アークエネミーとしてのヒーローコスチュームは、マスクはともかくマントや肩当ての部分があからさまに目立つ。
そして死穢八斎會にしてみれば、アークエネミーというヒーローの存在を既に把握していてもおかしくはない。
何しろ体育祭で優勝したし、ステインを倒したりもしたしな。
また、死穢八斎會はヴィラン連合と協力関係にあったのは間違いないので、林間合宿の時の一件についての情報を持っていてもおかしくはない。
せめてもの幸運は、神野区ではアークエネミーや雄英の生徒のアクセル・アルマーとして行動した訳ではなく、シャドウミラーのアクセル・アルマーとして、20代の姿で行動した事から、そっちの話は知られていないといったところか。
ともあれ、そんな訳で俺の存在は死穢八斎會に知られていてもおかしくはない。
壊理を保護した周辺で死穢八斎會の連中が姿を現しているという情報をヤオモモから聞いているので、もしかしたらその辺から俺について詳しく知っていてもおかしくはないが。
そんな風に思いながら、俺は死穢八斎會の事務所の中を探索する。
幾つかの部屋を回ってみるものの、倉庫であったり、金庫の類はない。
あるいは、隠し倉庫や隠し金庫の類があったりするのか? とも思うが……十分にありそうだな。
治崎はかなりの用心深さを持つ。
ましてや、個性強化薬はともかく、個性破壊薬などというものを売り捌いていたのだから、いつかは必ずプロヒーロー達が死穢八斎會に辿り着くと思ってもおかしくはない。
であれば、見て分かるように倉庫や金庫の類を用意はしていないだろうし、用意していてもそれはダミーだろう。
であれば……いっそ、スライムを使って探索するか?
そうも思ったが、スライムは銀色でかなり目立つ。
混沌精霊としての能力という事にすれば……うーん、それでもちょっと無理があるか?
うん、やっぱりスライムを使うのは難しいな。
あるいは細くして探索をするといった方法もあるが、それはそれで時間が掛かる。
そうなると……やっぱり治崎と接触した方がいいか。
そうして事務所の中を進んでいくと……
ん? 警察官か?
捕らえた組員達を外に運びだそうとしている警察官の姿を見つける。
それ事態はとくに驚くような事ではない。
実際、他の者達も同じように組員に手錠をし、外に連れていく光景を見てはいるのだから。
だが、見るからに隠し通路っぽい感じの場所から警察官が出てくるのを見ると、これは何かがあると、そのように思ってしまうのは当然の事だった。
なので、俺は気配遮断を使うのを止め、その上でいきなり警察官達に気が付かれるのではなく、廊下を歩いてきたように見せる。
そうなれば、当然のように警察官達は俺の姿に気が付く。
とはいえ、アークエネミーという存在はそれなりに知られている事もあってか、警察官達が俺を見ても特に警戒する様子はなく、組員達の拘束と運搬を行っている。
「途中で死穢八斎會の組員と遭遇してナイトアイ達とはぐれたんだが、ナイトアイ達はこの先に向かったのか?」
そう、警察官達に尋ねる。
……今の俺はアークエネミーではあるものの、同時にまだ学生でもある。
それを知っている警察官達のうち何人かは俺の言葉遣いに不愉快そうな表情を浮かべたものの……それでも、俺の問いに頷くのだった。