「これはまた……随分と凄いな」
警察官達からの情報によって、隠し通路……いや、隠し階段の先にはかなりの広さの通路が秘密裏に作られているという事だった。
ちなみに宝生を倒して気絶させておいた件についても知らせてはあるので、恐らく今頃は何人かの警察官が宝生を確保しているだろう。
宝生の情報を話した後でこうして地下にやって来たのだが、警察官が言っていた通り……いや、言っていた以上に広大な施設が地下にはあった。
……ちょっとした地下室程度ならともかく、これだけの広さの地下施設を作るとなると、ちょっとやそっとでは出来ない。
例えば地下空間という事は、そこにある土砂もどうにかする必要があるのだから。
他にも、これだけの施設を用意する為の建築資材を運び込む必要があり、その辺をどうしたのかといった問題もあるだろう。
俺のように空間倉庫が使えれば話は別だが、そうでもなければ……何かそういう、建築に向いた類の個性を持ってる奴がいるのかもしれないな。
治崎の個性であるオーバーホールも似たような事は出来るかもしれないし。
ともあれ、俺がしくったのは間違いない。
個性破壊薬にしろ、個性強化薬にしろ、こうして広大な地下空間があるのなら、地上部分に置いておく必要はないだろう。
この広大な地下空間のどこかに倉庫として使っている部屋が用意されており、そこに個性破壊薬や個性強化薬が置かれている可能性は高い。
そういう意味では、単独で行動するよりもナイトアイ達と一緒に行動した方がよかったな。
そんな風に思いながら進んでいると、途中で幾つかの戦闘の痕跡を見つける。
どうやら、やっぱりここが当たりだったらしい。
まぁ、こうして広大な地下空間……地下施設があったのだから、ここが敵の本拠地の中でも重要な場所であるのは間違いない。
であれば、このまま真っ直ぐ進めば……いや、そうでもないか?
宝生のような幹部がまだ残っている可能性はある。
緑谷達が先を進んでいるので、そういう連中の多くは既に倒されている可能性が高いが、それも絶対ではない。
なので、いつヴィランと遭遇してもいいよう、再度気配遮断のスキルを使用する。
さて、これで俺の存在はヴィランは把握出来ない……ああ、でも監視カメラとかで確認してる奴もいるから、それも絶対じゃないか。
出来れば現在事務所にいる組員達を確保している警察官達に、監視カメラを見ている者を捕らえて欲しいんだが……どうだろうな。
当然ながらそういう部屋は、死穢八斎會にとっても重要だ。
個性破壊薬の件もあり、いずれプロヒーローや警察官によって事務所が襲撃されると知っていれば、防犯の要とまではいかないものの、それでも重要な場所については見つからないように隠しておいてもおかしくはない。
そうなると、警察官達が色々と動いてもそう簡単に見つからない可能性は十分にあった。
……まぁ、監視カメラが厄介なのは間違いないが、それでも致命的といった程ではない。
考えようによっては、宝生の時のように敵の幹部を引き寄せられるという意味では、こっちにとってはメリットすらある……と、少し無理があるものの、そう思っておくか。
そんな訳で、俺は進んでいくのだが……
「うん?」
ふと、地面が揺れたように感じる。
地面と言っても、現在俺がいるのは地下施設だ。
そんな場所が揺れたという事を考えると、それはどこかで巨大な破壊力を伴うような攻撃が起きたとか、そんな感じと認識してもいいのか?
いや、実際のところその辺りがどうなっているのかは、俺にも分からない。
分からないが、それでもこうして地面が揺れたと考えると、何かあったと考えるべきだろう。
……いやまぁ、既にガサ入れが始まっているこの状況で、何かがあったとか、そういう事を考えても意味はないだろうが。
それこそどこで何がおきてもおかしくはないと、そのように思えてしまうのも事実なのだから。
だとすれば、一体何があったのか……その辺りについては、それこそもっとしっかりと考えた上で調べる必要があるな。
とはいえ、そんな状況であっても何となくそういうのは予想出来るが。
OFAを継承した緑谷がいるのを思えば……多分だが、緑谷の一撃が、それも恐らくは蹴りが放たれたのだろう。
緑谷がそこまでの攻撃をしたとなると、恐らく……本当に恐らくだが、それを放ったのは治崎の筈だ。
つまり、俺が地上で行動している間に緑谷達は次々と進んでいったのだろう。
となると、俺も少し急いだ方がいいな。
気配遮断よりも影のゲートで移動した方が手っ取り早い筈だ。
そんな風に考え……取りあえずのこの周辺にだけスライムで隠されている監視カメラがないかどうかを確認していく。
あくまでもこの範囲だけなので、それならスライムが見つかる心配もないだろう。
それでも見つかったら、その時はその時で何とか混沌精霊としての能力だと誤魔化そう。
それでも無理なようなら、それこそ公安に頑張って貰えばそれでいい。
ナイトアイであろうとも、公安に逆らうといった事は出来ないのだから。
……もっとも、先代の公安委員長のせいで、今もまだ公安は完全に信じられている訳ではない。
中には公安というだけで未だに嫌悪感を持っている者もいるらしい。
とはいえ、それでもプロヒーローである以上は公安の指揮下にある訳で、そうなるとどうしようもなかったりするのだが。
嫌でも、公安の指揮下にある以上はその指示を聞かないといけない。
そして公安がこれ以上俺に対する追及をするなと言えば……まぁ、それはそれで色々と問題になったりしかねないが。
そうなれば、俺もナイトアイとかに怪しまれる可能性があったりするのか?
まぁ、そうなったらその時はどうとでも対処出来るか。
そんな事を考えている間にもスライムを使って周囲の探索を終える。
幸いなことに、この辺りには監視カメラの類はない。
偶然この辺り一帯に監視カメラの類がない……のではなく、多分倉庫とかそういう重要な場所には監視カメラはあるが、通路には監視カメラはないといったところか?
俺にとってはやりやすいので、そっちの方が助かるのも事実だが。
ともあれ、そうして周囲の様子を確認すると、影のゲートを展開する。
そして身体を影に沈めていき……そして、影から出た時に俺が見たのは、緑谷の手から出ている黒い……何だ? 布? 布? いや……鞭と表現した方がいいのか?
とにかくその黒い鞭によって、治崎が拘束されているところだった。
治崎の近くには2人、治崎の部下と思しき者が2人倒れており、こちらは意識を失って気絶していた。
他にも緑谷の側にはミリオの姿もあるが、何か戸惑った様子を見せている。
ぱっと見、一体何に対して戸惑っているのかは、緑谷の手から伸びている黒い鞭だろう。
そもそも、あの黒い鞭は何だ?
一瞬、緑谷のヒーローコスチュームについているサポートアイテムなのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
直接緑谷の手から黒い鞭が伸びている。
そうなると、あれは緑谷の個性であるOFAの関係か?
OFAには色々な秘密があり、実際に緑谷は浮遊の個性を使う事も出来るようになっていた。
オールマイトに言わせれば、それはオールマイトの前の継承者の個性だったらしい。
だとすれば、あの黒い鞭もまた、過去のOFAの継承者の個性なのかもしれないな。
それが具体的にどういう個性なのかというのは、生憎と俺にも分からないが。
ともあれ、緑谷は初めて……多分初めてだよな? 以前から使えたら、その辺の情報がA組内部に、あるいはオールマイト経由で俺が知っていてもおかしくはないし。
それを考えると、つまり治崎を拘束している黒い鞭は今この場で使えるようになったという事だろう。
その割にはしっかりと使いこなしているのは素直に凄いとは思うけど。
そんな風に思いながら、俺は影から出る。
……治崎はともかく、緑谷やミリオに影から出る俺の姿を見られるのは……いや、それならいっそ、緑谷やミリオではなく、この空間のどこか別の場所にある影から姿を現せばよかったのか。
もっとも、その辺については今更の話だが。
そんな風に思うも、こうして姿を現してしまった以上、もう遅いが。
「アークエネミー!?」
緑谷の影から姿を現した俺の姿に真っ先に気が付いたのは、ミリオだった。
緑谷は気配を察するとか、そういう事は出来ない。
なので、特に音もなく自分の影から俺が姿を現した事には気が付かなかったのだろう。
「アクセル君!? 何で……くっ!」
ミリオの言葉で、そこで初めて俺の存在に気が付いたらしい。
驚きに声を上げるものの、すぐにまた治崎に……というか、治崎を拘束している黒い鞭の制御に集中していた。
あれ、これ……俺はてっきり最初から黒い鞭をしっかりと使いこなしているのかと思っていたのだが、決してそういう訳でもないらしい。
一応暴走しないように黒い鞭を何とか使ってはいるものの、見た感じだとこれは結構ギリギリってところなのか?
「俺の事はいいから、今は治崎を拘束することに集中しろ。どうやら見た感じだと、まだ諦めた訳ではないようだし」
そう言い、改めて治崎の顔を見る。
黒い鞭によって顔の半分程が隠されているものの、それでも映像とか写真ではなく、俺はこうして初めて直接治崎の顔を見たのだ。
ギリリッ、と。
治崎の顔を見た瞬間、自分でも気が付かないうちに奥歯を噛み締め、拳を握り締めていた事に気が付いた。
その治崎の方は、突然現れた俺に視線を向けてはいるものの、そこまで動揺した様子はない。
これは……まだ俺について、殆ど知らないのか、そんな感じか?
壊理の話を聞いたり、それからナイトアイ事務所での会議の件を考えても、あの時……俺、拳藤、ヤオモモが壊理を保護した時、壊理を追っていたのは多分この治崎だ。
そして壊理の手掛かりを求めて死穢八斎會の組員が壊理を保護した辺りに出没し、近くの店の店員に接触しているという話を聞いた以上、俺について知っていてもおかしくはないと思ったのだが……まだ、俺に手が届いていなかったのか?
「その……名前で……俺を、呼ぶんじゃ、ねぇえぇっ!」
黒い鞭に拘束されていた治崎だったが、次の瞬間には不意に黒い鞭が粉々になる。
「は?」
そんな光景に驚きの声を上げたものの、治崎の個性であるオーバーホールによるものなのだろう。
壊理の巻き戻しは、人にしか効果はない。
その辺に石とかそういうのには効果がないのだが、オーバーホールという個性は人以外に、それこそ緑谷の個性である黒い鞭にも効果はあったらしい。
手で触れたものにしか効果がないという意味で、ヴィラン連合のシラタキと同じような感じらしいが。
ともあれ、そうして緑谷の黒い鞭を消し去った治崎は、緑谷やミリオ、そして何故か俺を思いきり睨み付ける。
……何で俺?
さっきの様子からすると、俺が壊理を助けたという件についてはまだ治崎も分かっていなかったようだ。
だがしかし、それでも治崎は今こうして俺を睨み付けている。
これは一体何がどうなってそうなった?
そう疑問に思ったが、その理由は次の瞬間には理解する。
「俺を……治崎と呼ぶんじゃねえっ! その名前は捨てた。今の俺は、オーバーホールだ!」
その叫びには、治崎の決意が込められていた。
とはいえ、だからといって俺は治崎の部下でも仲間でも何でもない。
それどころか、治崎という名前で呼べば向こうが俺に注意を向けるのは間違いなく……いや、これはある意味で悪くないか?
影のゲートを使って転移してきた為に、当初予定していた緑谷に実戦経験を積ませる為に、俺は戦闘に関与せず様子見するという計画――という程に大袈裟なものではないが――は既に破綻している。
だからこそ、治崎を挑発して俺は一度この場から離れる必要があった。
「お前が何と言おうと、お前は治崎だ。こっちではそう判断している」
そう言いながら、俺は緑谷とミリオにそれとなく視線を向ける。
治崎の意識をこちらに引き付けるから、その間にお前達は治崎の隙を突いて攻撃するようにと。
そう思っていたのだが……
「てめえもか。てめえもやっぱり病気だな、アークエネミー……」
「病気?」
何故かいきなり病気という単語が出たのを疑問に思う。
とはいえ、緑谷やミリオはそんな俺の戸惑いに気が付いたらしい。
「アークエネミー、気にしないで! 治崎の言葉は聞き流して!」
緑谷の叫び。
だが……その次の瞬間、自由を取り戻した治崎は、近くに倒れていた自分の部下に手を伸ばし……分解。
「な!?」
あまりと言えばあまりの治崎の行動に、緑谷がそう声を上げ……だが、次の瞬間には分解されてた治崎の部下の身体が治崎に吸収? され……ふと気が付けば、治崎は両肩から新たに2本の手、それも凶悪そうな爪を持つ手を伸ばすという、異形系かと思うような姿になっていたのだった。