異形系と呼ぶべき外見となった治崎は、不意にその手を地面に叩き付ける。
「アークエネミー! 注意して!」
「地面からの攻撃が来る!」
緑谷とミリオ、双方からの叫びと同時に地面が隆起して鋭い棘となってこちらを襲ってくる。
あ、これラッキーか。
そう判断しながら、俺はその一撃を何とか回避しようとし、完全には回避出来ず、棘に貫かれはしなかったものの、その横にぶつかって吹き飛んだように見せ掛け、その場から退避する。
同時に壁が破壊されて突っ込んだところで、気配遮断を使用する。
「アークエネミー!」
緑谷の悲痛な叫びが聞こえてくるものの、悪いがその声には対応しないでおく。
……とはいえ、緑谷の事だ。この程度で俺が本当にやられたとは思わないだろう。
何しろ、俺は今まで緑谷達の壁として常に前に立ち塞がってきた男だ。
だからこそ、今の一撃程度で俺がどうにかなるとは緑谷も思わないのだろうが……まぁ、その辺は後で誤魔化すとしよう。
そう思いつつ、俺は気配遮断を使ったまま、当初の目的である緑谷の実戦経験を積ませるのだった。
……その後、ミリオの透過の個性と、緑谷のOFAによって治崎は追い詰められるも、オーバーホールを使う事によって怪我を回復させつつ、2人とやり合う。
こうして見ると、治崎って何気に強いよな。
部下をオーバーホールで吸収して自分を強化したというのはあるが、それでも雄英のビッグ3の1人であるミリオと、OFAの後継者である緑谷と互角に戦っているのだから。
特にミリオは、オーバーホールにしてみれば天敵のような存在でもある。
何しろオーバーホールを使うには対象に触れないといけないのだが、ミリオの場合はその攻撃を透過でスルー出来る。
俺の場合は何故か……というより、考えられる可能性としては、身体が魔力で構成されている混沌精霊なので透過の効果を無視出来たのだろうと予想しているが、治崎のオーバーホールにはそんな魔力属性とでも呼ぶべきものはない。
なので、治崎がいくらオーバーホールでミリオを殺そうとしても、それは効果がないのだ。
もっとも、ミリオの透過という個性も無敵という訳ではない。
何を透過するのかといったことを常に考える必要がある。
つまり、連続して攻撃をしてミリオの処理能力が限界になれば、オーバーホールによる一撃を叩き込む事が出来るのだ。
もっとも、治崎が透過についての情報を持っている筈もないので、そこには思い当たる様子はなかったが。
また、偶然そのような形になろうとも、緑谷が治崎を攻撃する事でカバーしているし。
こうして、千日手……いや、治崎の場合は怪我をすればオーバーホールで治療出来るものの、緑谷とミリオは鍛えてはいるものの、体力は無限ではない。
そういう意味では、このままの状況でやがて緑谷達が不利になると……そう思っていたところで、不意に天井が崩れ、ドラゴンが……個性を使った龍子が姿を現す。
えっと……え? 何がどうなってそうなったんだ?
そんな疑問を抱くと同時に、拳藤と瀬呂……後は透明で見えないが、気配から葉隠、そしてねじれも姿を現す。
これならいっそ優もやって来ても……いや、さすがに龍子がいる中で優もくるのは難しいか。
ともあれ、これで一気に戦力が逆転したかと思えば、次の瞬間には治崎がまた別の部下をオーバーホールで分解して再構成する事で取り込み、どことなくドラゴンを思い浮かべるような、そんな印象を持つ姿に変身? 変形? とにかくそうなる。
あるいはドラゴンに変身した龍子を見て、今のような外見になったのかもしれないが。
緑谷達の戦力が上がったら、それに対応するかのように治崎もパワーアップし……だが、ここで治崎はミスをする。
地下という狭い場所で、しかもそこには龍子が変身したドラゴンもいたので、こちらもまたドラゴンを思わせるような姿になった治崎にとって、地下での戦いはろくに身動きが出来ずその為に自分にとっては不利になると判断したのだろう。
その為、オーバーホールを使って地面を隆起させ、地下から地上に出たのだが……そこに巨大化した優を始め、多数のプロヒーローがいた。
もっとも、遠距離攻撃の手段を持っていない者にしてみれば、オーバーホールは触れただけで即時に死ぬという、圧倒的に相性が悪いが。
ヴィラン連合のシラタキも崩壊とかいう殺意の強い個性を持ってはいるが、純粋な殺傷能力という点ではシラタキの崩壊よりも治崎のオーバーホールの方が上なんだよな。
何しろ崩壊は触れた部位から徐々に黒い塵か何かになるような感じで崩壊していくのに対し、オーバーホールが触れた瞬間には分解されて死んでいるのだから。
崩壊の場合はまだ黒い塵になっていない部位を切断すれば助かるが、オーバーホールは触れた瞬間に死ぬのだから。
なので、特に巨大化した優は、触れる場所が多いという事で、迂闊に近寄れず……俺達が中で戦っている間にも行われていた外での戦いで壊れた屋敷や壁の一部を投擲するといった手段で攻撃していた。
その後……最終的にはボロボロの相澤が姿を現し、個性を使えないようにする抹消を使い、最終的に治崎は倒れるのだった。
俺はしっかりとその光景を見ていたが、地面に倒れ込んだ治崎の懐から小さなケースか何かが落ちたのを見る。
幸い、治崎の暴れっぷりと、オーバーホールの凶悪さに誰もそのケースには気が付いておらず……なので、俺は気配遮断を使うのを止め、皆に合流したところでスライムを使い、そのケースを回収するのだった。
「……これは、個性破壊薬ね。それもアクセルが回収してきた一般の個性破壊薬よりも効果が長続きするわ」
死穢八斎會の一件が終わったその日の夜、俺の姿はホワイトスターにあった。
さすがに日中にあそこまでの大きな戦いをした事もあり……特にインターンで来ている雄英の生徒達の中には結構な重傷を負っている者もいた為に、生徒達はすぐに帰されたのだ。
……幸いなことに、緑谷とミリオは俺の影のゲートについて何も言ったりはしなかった。
あれが俺にとっても隠しておきたいものだと、そのように判断したのか……それとも、誰かに話すにしろ、まずは俺としっかりと話してからにしたいと思ったのか。
その辺りは俺にも分からないが、とにかく俺にとってラッキーだったのは間違いない。
出来れば、このまま有耶無耶に出来ればいいんだが。
ともあれ、そんな訳で雄英に帰ってからは食事をし、風呂に入ってから寝るという事にして、現在はこうしてホワイトスターにやって来たのだ。
で、そうなれば当然ながら壊理を可愛がっているルリやラピスが死穢八斎會の件がどうなっているのかという風に聞きたそうにしていても、まさか壊理がいる中でそんな事を聞ける筈もなく……レモンとマリューを引っ張って技術班用の魔法球の中にやってきた訳だ。
「効果が長続きするというと……具体的にはどのくらいだ?」
「うーん……マリューはどう思う?」
「私もレモンと同じく、あまり個性についての研究は進んでいないから何とも言えないけど……そうね、あくまでも予想だけど、10日前後といったところかしら」
「それはまた、随分と強化されたんだな」
天喰が使われた個性破壊薬の入った弾丸では、一晩で個性が使えるようになったらしい。
だが、治崎が持っていた個性破壊薬は、10日前後か。
薬の効果を伸ばすというのは、そう簡単な事ではない。
……つまり、それだけ壊理を傷つけ、薬の素材にしてきたという事を意味しているのだろ。
軽く深呼吸をする。
正直なところ、俺は治崎にしっかりと落とし前を付けるつもりでいた。
だが……警察が治崎を輸送中にヴィラン連合の襲撃を受けて、その結果として治崎は両腕を失ったらしい。
治崎の個性であるオーバーホールは、相手に触れる事によって発動する個性だ。
そして触れるのは、あくまでも両腕でなければならない。
ヒロアカ世界において回復系の個性を持っている者は少ないし、その数少ない回復系の個性であっても怪我の治療とかは出来るだろうが、失った手足の再生は出来ない。
いやまぁ、それはあくまでも俺が知らないだけで、もしかしたら世界のどこかにはそういう桁外れの回復系の個性の持ち主はいるかもしれないが。
ともあれ、そんな訳で治崎はこの先もう二度と個性を使う事は出来なくなった訳だ。
あるいは、手だけではなく足で触れた相手にオーバーホールを使えるようになったりする可能性もあるが……難しいところだろうな。
ともあれ、そんな訳で治崎は個性を使えず、それによって深く絶望し、精神的に壊れてしまったらしい。
こうなってしまうと、落とし前がどうこうというのは意味がなくなる。
俺はシラタキに感謝すればいいのか、怒ればいいのか、ちょっと分からないんだよな。
ちなみにだが、死穢八斎會の事務所にはヴィラン連合の者達がいたらしく、治崎との戦いの時にドラゴンとなった龍子が地下に突入してきたのは、ヴィラン連合のトガとかいう変身の個性を持つ奴が緑谷に変身して龍子達を呼んだらしい。
死穢八斎會とヴィラン連合、一体どういう関係なんだろうな?
龍子を呼んで治崎に不利な状況を作り、その上で警察に捕まった治崎の両腕を切断した事から、決して友好的な関係ではないだろう。
だが、緑谷から聞いた話によると、死穢八斎會の幹部と協力していた節もあったという、
となると……ヴィラン連合が死穢八斎會を利用し、用事が終わったので使い捨てたとか、そんな感じなのか?
まぁ、どちらにしろ死穢八斎會が壊滅したのは事実で、それによって治崎に対する落とし前もどうしようもなくなったのは間違いないが。
「アクセル、聞いてる?」
「ん? ああ、悪い。今日の一件について考えていた。それで?」
「だから、多分だけど……死穢八斎會の治崎だったかしら。その男は、この個性破壊薬を本当の意味で個性を消すという……それこそ一時的なものじゃなくて、二度と使えなくするという効果を目指していたと思うのよ」
「それは、また……」
ヒロアカ世界において、個性というのは根幹をなす存在だ。
10人に1人という無個性の者達がどのような扱いを受けているのかを考えれば、個性の有無というのは非常に大きな意味を持つ。
だが、この個性破壊薬の到達点としては、その名称通り個性を破壊する事にある。
それはつまり、ヒロアカ世界そのものを破壊するかのような、そんな目的であると言ってもいいだろう。
そういえば、治崎はプロヒーローを見て病気がどうとか言っていたな。
あの辺りの言葉の真意は分からないが、もしかしたら治崎にとってはこの個性破壊薬が病気に対する治療薬だった可能性もあるな。
「つまり、この個性破壊薬はまだ未完成という事になる訳ね」
マリューのその言葉、俺は個性破壊薬の入っていたケースを見る。
小さなケースである以上、そこに入っている個性破壊薬は決して多くはない。
多くはないが、それでもこれからヒロアカ世界で何かが起きるという事を考えれば、この個性破壊薬については切り札ともなりえる。
特に現在タルタロスにいる、AFO。
俺の予想では、いずれ脱獄するなり何なりして、再びAFOは暴れるだろう。
その時、AFOと戦うのは恐らく……いや、間違いなく原作主人公の緑谷だ。
あ、でもそうなるとシラタキがどうなるのかというのもあるな。
いや、この世界においてはシラタキは緑谷よりも俺を……OFAの後継者だと思っている俺を憎んでいるから、緑谷がシラタキに目を付けられる可能性はないと思うが。
ともあれ、AFOと戦う時に本当の意味での個性破壊薬を使う事が出来れば、それは非常に大きな意味を持つ。
何しろ、この世界において個性というのは絶対の力だ。
ましてや、AFOは多数の個性を持っており、その個性を使う事で圧倒的な力を誇っている。
そんな中で不意に個性が使えなくなったら、どうなるか。
……ちょっとそういう光景を見てみたいよな。
そんな風に思いつつ、俺は話を続ける。
「そうなると、この個性破壊薬を本当の意味で完成させる事は出来るか?」
「本気で言ってるの? そうなると、壊理の協力が必要になるわよ?」
レモンのその言葉には、俺を責める色がある。
当然だろう。治崎がこの個性破壊薬を作るまで、一体どれだけ壊理が酷い目に遭ってきたのかを考えれば、ルリやラピス程に壊理を可愛がっている訳ではないにしろ、レモンが不満を抱くのは当然だった。
ましてや……俺の恋人の中では千鶴には及ばないものの、強い母性を持つマリューにしてみれば、壊理を個性破壊薬に関わらせたくないと思うのは当然だろう。
「別に俺も治崎のように、壊理を酷い目に遭わせようとは思っていない。……こう言ってはなんだが、治崎の場合は能力も高くないし、設備も決して高性能のものではなかった筈だ。だが、シャドウミラーの技術班なら?」
設備はこれ以上ないし、能力も十分。
それなら何とかなるのではないかというのが、俺の予想だった。