「髪の毛? えっと……うん」
マリューが櫛を手にし、壊理に言う。
壊理はそんなマリューの様子に不思議そうにしながらも、大人しく髪を梳かれる。
その後は爪も伸びているという事で爪を切り……
「で、どうだ?」
「……多分、大丈夫だと思うわ。レモンはどう思う?」
「問題ないでしょう」
再び技術班用の魔法球に戻ってきて、壊理の髪の毛や爪を分析し、そう言う。
治崎の場合は、恐らくだが純粋な科学者、あるいは研究者はいなかったし、施設も死穢八斎會という小規模な団体である以上は、しっかりとした性能の高い物は用意出来なかった。
いや、この場合は寧ろ死穢八斎會の規模で個性増強薬はともかく、個性破壊薬を作ったと言うべきか。
もっとも、どちらにせよ巻き戻しという個性を持つ壊理の血肉があっての事なのだが。
そんな死穢八斎會……というか、治崎と違ってレモンやマリューを始めとした技術班であれば、髪の毛や爪の細胞からでも個性破壊薬について研究は出来る。
ましてや、場合によっては細胞の一部を培養する事で個性因子を上手い具合に刺激して……といった事も出来る筈だった
「そうか。なら、個性破壊薬の研究をして……本当の意味で個性を消す事が出来る個性破壊薬の研究を進めてくれ。ヒロアカ世界にいるラスボスを相手にする場合、これがあったらかなり便利だろうしな」
そう言う俺の言葉に、レモンとマリューはそれぞれ真剣な表情で頷くのだった。
「は? 俺も病院に?」
「ええ、そうよ。悪いけど時間はあまりないから、急ぐわ」
死穢八斎會の一件があった翌日、俺が学校に登校する前に寮にミッドナイトがやって来ると、すぐに病院に行くので準備をするようにと言われた。
その様子を見ていた何人かが心配そうな視線をこちらに向けてくる。
昨日の一件について知らない者達にしてみれば、俺がいきなりミッドナイトに連れていかれるというのだから、それを不安に思うなという方が無理なのだろう。
「何で、と聞きたいところですけど……話は移動中に聞かせて下さい」
ミッドナイトがいつものように青春を楽しむといったような楽しそうなものや、大人の女としての余裕を持っている態度ではなく、少しでも急いで俺を病院に連れていかないといけないと言った様子を見せている。
一体何がどうなってこのような事になったのかは気になるが、その辺については移動中に聞けばいいだけだ。
なので、俺はすぐにミッドナイトの運転する車で移動する事にする。
「ヤオモモ、俺は今日は多分欠席……あるいは遅れて登校する事になるかもしれないから」
こちらを心配そうに見ている学級委員長のヤオモモにそう言う
「ええ、分かりましたわ。……何があるのかは知りませんが、お気を付けて」
そうして短く挨拶を交わすと、俺は寮の前に停めてあった車に乗ってすぐに移動するのだった。
「それで、ミッドナイト。一体何でこんなに急いで病院に行くんです? 俺は見ての通り、怪我はしてませんけど」
治崎のオーバーホールの個性は、俺にとっても厄介な個性だったと思う。
だが、緑谷の実戦経験の為に治崎との戦いは緑谷に任せたので、俺は戦闘らしい戦闘はしていない。
なので、当然ながら怪我もしていない訳だ。
……まぁ、影のゲートで緑谷の影から姿を現したころで、治崎によって殴り飛ばされたといった扱いになっていたので、何も知らなければ俺が怪我をしているかもしれないと思ってもおかしくはないが。
ただ、もし俺が本当に怪我をしていると認識したのであれば、こうしてミッドナイトが自分の車で運ぶのではなく救急車を呼ぶとかした方がいいと思う。
救急車なら、交通規則をある程度無視して移動出来るという利点もあるし。
それがないという事は、これはやっぱり俺が怪我をしたのを隠しているとか、そんな風に思った訳ではないのだろう。
だとすれば……なんだろうな?
まぁ、個人的には病院に行けるというのは悪くないのだが。
俺が怪我をしたとかそういうのではなく、俺が影のゲートを使って転移するのを見ていたミリオや、直接は見ていないが自分の影から転移してきたということでその辺りについてもある程度理解している緑谷の2人に、影のゲートについては秘密という事にしておきたいし。
「ちょっとオールマイトが呼んでるのよ」
「え? ……また、何で俺を?」
色々と考えていると、ミッドナイトが不意にそんな風に言ってくる。
その内容は、俺にとってもかなり意外なものだった。
いや、本当に何でオールマイトが俺を呼ぶ?
オールマイトが病院にいるのは、緑谷や切島というA組の生徒が入院しているので、分からないでもない。
とはいえ……今更だが、相澤も昨日の騒動で怪我をして入院していた筈だ。そしてオールマイトまでもが病院にいるとなると、A組のHRとかどうするんだろうな。
相澤と仲の良いミッドナイトはこうして俺を送り迎えしてるとなると、プレゼント・マイク辺りが代わりにHRをするのかもしれないな。
「さぁ? 私はそう頼まれただけだから」
「……それで授業をサボってもいいんですか?」
「これもまた青春よ。……ああ、それとここにいるのは私とアクセルだけなんだから、言葉遣いは普通の……大人のアクセルでいいわ」
ミッドナイトが車を運転しながら、横目でそう言ってくる。
峰田辺りがこの横目……というか、半ば流し目に近い目で見られれば、即座に我慢の限界を超えてミッドナイトに跳び掛かりそうな感じがするな。
さすが18禁ヒーローというべきか……うん、高校生くらいの男の性癖を歪めまくってるように感じるのは、きっと俺の気のせいだけではない筈だ。
「分かった。じゃあ、ミッドナイトの言葉に甘えさせて貰うか。……ちなみにミッドナイトは昨日の件についてはどのくらい聞いているんだ?」
「大雑把に……といったところかしら。詳細についてはまだね。もっとも、私まで情報が下りてくるかどうかは分からないけど」
「だろうな」
これが、例えば普通のヴィランの集団を鎮圧したといったような事であれば、情報もしっかりと下りてくると思う。
だが、今回の一件には個性破壊薬が関係している。
このヒロアカ世界において、今まで存在しなかった――あるいは存在していても表に出るような事はなかった――薬。
このような薬があるというのを知ってるだけで、妙な考えを抱く者も出て来るだろう。
勿論、ミッドナイト達がそう簡単に情報を漏らすとは考えられないが、世の中何があるのか分からない。
であれば、そもそも最初から知らない方がいいのは間違いないという事で、ミッドナイトにその辺の情報を知らせないという可能性はあった。
……もっとも、死穢八斎會のガサ入れに関係した者達は個性破壊薬について知っているので、意味がないような気がしないでもないが。
「ミッドナイトなら、そのうち聞く事もあるかもしれないな」
ミッドナイトはその体臭で相手を眠らせるという個性を持っている。
気絶させるのではなく、眠らせる。
それはヴィランを殺さず……出来れば怪我をさせないで捕らえる事を求められるプロヒーローにとっては、これ以上ない程の個性だった。
あるいはそういう、相手を……それも大量に無力化出来る個性を持っているからこそ、ミッドナイトはヒーローコスチュームの件で法律を変えさせたとか、そういうのをやっても今もまだプロヒーローとしてやっていられるし、雄英の教師としてもやっていられるのかもしれないが。
「ふふっ、そうなるのを楽しみにしておくわ。……ちなみに、マウントレディも昨日の件には参加しているのよね?」
「そうなるな。リューキュウとチームアップしてるし」
ミッドナイトから優の話が出るというのは、少し意外だったな。
優がミッドナイトをライバル視してるのは分かるし、ミッドナイトもそれなりに優を意識してるのは分かる。
ただ、それでもやはりこの2人の場合は優の片思い的な感じであるのは間違いないのだから。
というか、優がミッドナイトをライバル視するのは分かるが、ならなんで龍子を先輩と慕ってるんだ?
考えられる可能性としては、ミッドナイトも優も女を前面に出しているからとか、そんな感じか?
龍子もその美貌から人気があるが、それでも人気の大半はやはりドラゴンに変身出来るという個性からのものだし。
また、面倒見が良い……いや、面倒見という点ではミッドナイトも同様か。
やっぱり相性的なものもあるんだろうな。
「ふーん。……結構強かったでしょう?」
「ああ」
ミッドナイトの言葉にそう返すが、今の質問はちょっと意外だったな。
まさか、ミッドナイトの口から優を褒めるような言葉が出るとは思わなかった。
優を前にすると挑発するような言葉を口にするミッドナイトだったが、内心ではライバルということで認めているのかもしれないな。
「ちなみに、アクセルは……ああ、これは聞いてもいいかどうか分からないんだけど、死穢八斎會の一件では活躍したの?」
「今回はそこまでじゃなかったな」
正直なところ、壊理の件もあるので治崎をボコボコにしてやりたいとは思っていたのだが、緑谷の実戦経験の為に残念ながら諦めた形だ。
なので、純粋な俺自身の活躍となると、殆どない。
治崎が持っていた個性破壊薬を確保はしたものの、それはこっちで研究する為に報告はしていないしな。
だからこそ、俺の活躍となると……
「一応、死穢八斎會の幹部の1人である宝生という奴は倒したけどな」
ちなみに、宝生が身体から生やしていた各種鉱石だったが……まぁ、うん。
個性破壊薬を調べて貰った後でついでにあの鉱石も調べて貰ったのだが、特に価値らしい価値はなかったらしい。
どうせなら、出来ればもっとこう……何か特殊な性質を持ってるとか、そういうのであって欲しかったんだが、残念ながら違っていた。
もし何らかの特殊な性質があれば、何とかして宝生を確保しようと思っていたんだが……そんな俺の予想が外れたのは、幸運だったのか不運だったのか。
「そうなの? 凄いわね。……もっとも、アクセルならそのくらいは出来てもおかしくはないと思うけど」
「ミッドナイトにそう言って貰えると、俺としても嬉しいけどな」
「あら、私が褒めただけで嬉しいの? それはちょっと意外ね」
「そうか? 俺にとっては普通に嬉しいけど」
「……アクセルの事だから、誰にでもそういう風に言ってるんでしょう?」
車を運転しながら、呆れたようにミッドナイトが視線をこちらに向けてくる。
先程の流し目とは違う、そんな視線だ。
もっとも、そういう視線を向けてきても、さすが18禁ヒーローと言ってしまえば、それまでではあるのだが。
それはそうと、何だかミッドナイトに妙な誤解をされてるようなので、その辺については説明しておくか。
「別に俺は、誰にでもそういう風に言ってるとか、そういう事はないぞ」
「あら、そう? A組の女子だけでも結構な事になってるし、B組は……1学期は毎朝一緒に登校してきた子もいたでしょう? それに、こう言うのは何だけどアクセルを崇めている子もいるし」
「……随分と詳しいな」
A組の面々については、それなりに俺も親しくしているのでそのように言われるのも分からないではない。
茨の件についても……まぁ、うん。別に隠すでもなく、大っぴらに俺を崇めるというか信仰しているのを思えば、ミッドナイトが知っていてもおかしくはない。
だが、1学期の登校時に拳藤と一緒だったという件を知ってるのはどうなんだ? と思わないでもない。
まぁ、こういう噂というのはすぐに広がる。
であれば、その辺りについてミッドナイトが知っていてもおかしくはないのだろう。
「あら、女の噂話というのは凄いのよ?」
「……そうだな」
そこで何が凄いんだ? と聞きたいところではあったが、実際にそれを聞いたりした場合は、それはそれで面倒な事になりそうだったので、その辺りについては黙っておく。
そうこうしているうちに、車は病院に到着するのだった。
「それで、えっと……何でナイトアイが?」
病院に到着した俺は、そこで待っていたオールマイトに連れられてとある個室に入る。
そこにいたのは、結構な重傷を負ってはいるものの、それでも取りあえず命に別状はない……そんなナイトアイの姿だった。
病院に到着したら即座にここに連れてこられたという事は、それはつまり俺に用事があるのはナイトアイという事になるのだろう。
だが、周囲にはオールマイト、相澤、ミッドナイトの3人の姿がある。
この状況からちょっとした世間話を……という訳ではないのは明らかだろう。
だが、そうなるとそれはそれで、俺はそこまで接点がある訳でもないナイトアイに呼ばれた理由が分からない。
そう疑問を抱いていると、ナイトアイは上半身を起こし、俺を見る。
「昨日の今日で来て貰ってすまないね。だが……私はどうしても君に聞いておきたいことがあって、こうして無理をして呼んで貰った」
「聞きたい事?」
「ああ。……君は一体何者だ?」
そう、ナイトアイは俺に尋ねるのだった。