「ああ、悪い。今日俺はちょっと用事があって、練習には出られない」
文化祭の準備が本格的に始まっている中での土曜。
その日の朝、朝食の時間に俺はその場にいた面々に言う。
雄英は現在全寮制なので、休日の土曜であっても普通に文化祭の準備が出来る。
そういう意味では登校時間とか下校時間とか、そういうのを気にせずに文化祭の準備が出来るというのは、大きい。
それによく言われるように、文化祭は準備している時が一番楽しいとか、そういう風にも言われるしな。
なので、今日も雄英の生徒達は文化祭の準備を頑張っているのだろう。
だというのに、そんな時に俺が用事があって練習には出られないとなると……
「えー、今日はアクセルのハーレムパートの練習をしようと思ってたのにー。ねぇ、ヤオモモ?」
「はい、残念ですわ。アクセルさんの用事というのは何ですの?」
ダンスチームではなく、バンドチームでキーボードをやるヤオモモが俺のダンスのハーレムパートで残念がるのは、何気にヤオモモも……そして照れながら耳郎もそのハーレムパートに参加する為だ。
ただ、その代わりに梅雨ちゃんと麗日はちょうどそのタイミングで演出とかの方にもちょっと手を出すので、俺のハーレムパートにはいないが。
峰田の場合は、俺とは逆にヤオモモと耳郎が入らない代わりに梅雨ちゃんと麗日が入る訳だ。
そういう意味では人数的に変わらないのだが……ヤオヨロッパイと、峰田は残念そうにしていたものの、それは即座に梅雨ちゃんの舌の一撃を食らっていた。
「悪いな。実は少しの間だけど、子供を預かる事になったんだよ」
「え? ……何でアクセル君が子供を?」
俺の言葉に透が驚いたように言う。
いやまぁ……うん。表の事情と裏の事情、どっちも知らなければ、そういう風に反応するのも分からないではない。
「色々とあるんだよ、色々と。その代わりって訳じゃないけど、子供……壊理を連れて練習を見学に行くから、そのつもりでいてくれ」
「っ!? ……分かりましたわ。A組の委員長として、私がしっかりと歓迎させて貰いますわ!」
壊理と俺が口にした瞬間、壊理について知っているヤオモモはすぐに事情を理解したらしい。
一瞬息を呑むと、そう言ってくる。
「へっへっへ。じゃあ、アクセル。オイラはしっかりとハーレムパートを練習するから」
峰田が嬉しそうな様子でそう声を掛けてくる。
自分のハーレムパートをしっかりと楽しみたいと……そんな思いが透けて見える。
とはいえ、俺にしてみればそれはそれで分かりやすいとは思う。
そんな風に話をしながら朝食を食べ終えると、俺は雄英の職員室に向かう。
「ミッドナイト先生、こっちは準備出来ましたけど」
「あら、丁度いいところに来たわね。私の方も問題ないから、そろそろ行きましょうか」
土曜日で休日だというのに、ミッドナイトを含めて職員室には結構な人がいる。
相澤も当然のようにそこにいて、俺を見て軽く頷くとまた仕事に戻る。
この辺、効率を重視する相澤らしい行動だよな。
こっちは楽でいいけど。
ともあれ、そんな訳で俺はミッドナイトと共に職員室を出る。
……ちなみに、当然ながらミッドナイトはヒーローコスチュームを着ており、いつものように成熟した女のボディラインを露わにするような外見をしている。
まぁ……うん。マブラヴ世界の戦術機に乗る時のピッチリした服よりはマシだと思うけどな。
あの服は胸の部分とか完全に透明という訳ではないが、半透明状態で……まぁ、うん。
世界によっては警察に捕まってもおかしくはないような、そんな服だったしな。
それと比べれば、ミッドナイトのコスチュームは普通、普通。
「どうしたの?」
「いや、何でもないです、……そういえば、壊理はミルコの知り合いという事にするとかなってたと思うんですが、ミルコから許可は貰ったんですか?」
「ええ、あっさりとね。……ただ、アクセルに貸しという事になったらしいけど」
「うわぁ……それはまた……」
ミルコに貸しとか言われると、一体何をされるのかと少し不安に思う。
いやまぁ、恐らく大丈夫だとは思うけど……ただ、それはそれでやっぱり色々と思うところもある訳で。
例えば模擬戦をやれとか、そんな風に言ってくる程度なら俺としてもそこまで問題はなかったりするんだが。
「頑張りなさい。壊理ちゃんの為なんでしょう?」
「……そうですね」
ミッドナイトの励まし? の言葉に、俺としてはそう答えるしかない。
そうして俺とミッドナイトは歩き……やがて雄英の敷地内でも端の方、セメントスによって壁を作られている場所に到着する。
ここまで来ると、もう喧噪も聞こえてこない。
……ちなみにだが、ゲートを設置してある場所は、特に立ち入り禁止区域とかになっている訳ではない。
明確に立ち入り禁止にしたりすれば、それが興味を惹く可能性があるということで、この場所事態を秘密にするという事になったのだ。
なので、場合によっては雄英の生徒がこの辺りまで来ても、それはそれで別に問題になるという訳じゃないんだよな。
そんな壁にある扉を開け、中に入る。
いや、別にこっちも屋根がとかがある訳ではないので、中といった表現が正しいのかどうかは分からないけど。
ともあれ、扉の先にはゲートが設置されており、量産型Wとコバッタがそれぞれ複数いて、ゲートを守っていた。
「相変わらず、凄いわねこの光景」
ミッドナイトがゲートを……そしてゲートを守る者達を見て、そう呟く。
「今は文化祭の期間って事で、何があるのか分からないので護衛を増やしてるんですよね。……何も知らない雄英の生徒がここを見つけたら、それこそヴィランが拠点を作ってるとか、そんな風に思われても仕方がないですし」
ゲートを見てヴィランの拠点だと認識するかどうかは微妙なところではあるものの、それでもやはり俺がこのヒロアカ世界で暮らしてきた経験からすると、そういう風になってもおかしくはない。
なので、あくまでもこうして護衛を増やしているのは念の為だ。
まぁ、普通なら雄英という国内最高のヒーロー科を持ち、更には今となってはNo.1ヒーローであるオールマイトも教師としている場所に、ヴィランが拠点を作るといった事は考えられない。
だとすれば……例えば文化祭に関係する何かであるという風に認識されたりしても、今ならおかしくはないのか?
まぁ、職員室に報告をされたのであれば、俺にとっては助かる事ではあるのだが。
雄英の教師ならここにゲートがあるのは知っているので、適当に誤魔化したりするだろうし。
「向こうの方と連絡は?」
「既に準備万端整っているとの事です」
特に挨拶も何もなく尋ねるが、量産型Wは即座に、そして一切嫌そうな様子もなく返事をしてくる。
量産型Wは人造人間……人の形をした機械のようなものなので、それが当然なのだが。
「分かった。なら、すぐに転移を実行しろ」
「は!」
俺の命令に素早く返事をすると、早速ゲートでホワイトスターと連絡を取り合い、作業を実行する。
すると、次の瞬間にはゲートの側に壊理と綾子の姿があった。
「えっと……壊理が来るのは予想通りだけど何で綾子が?」
「壊理ちゃんを1人で行動させるのはちょっと不味いと思ってね。念の為だよ。もしかしたら……本当にもしかしたら、転移した瞬間にヴィランが待ち受けている可能性もあるだろ?」
「……可能性は恐ろしく低いが、それでもないとは断言出来ないのがこの世界の怖いところなんだよな」
ヒロアカ世界だけに、一体どんな個性があるのか分からない。
中には、異世界から子供が来たのを感知すると自動的にそこに転移する個性……なんて、ニッチすぎる個性があっても不思議ではないし。
いやまぁ、そういう可能性は本当に限りなく低いのだが。
「それで、綾子はどうするんだ? さすがに綾子も一緒に来るというのは、ちょっと厳しいと思うけど」
「……そう? 私もまだ結構いけると思うんだけど。だってこの前の夜だってアクセルは私に制服を着せて……」
「はいはい、その辺にしてちょうだい。貴方がアクセルとどんな夜を楽しもうと何とも思わないけど、子供の前でする話じゃないでしょ」
綾子の言葉を遮ったのは、俺……ではなくミッドナイトだった。
まぁ、うん。綾子が言うように以前制服を着せて夜を楽しんだ事があるのは事実だ。
ちょっとした夜のスパイスという奴だな。
ただ……俺が綾子とあったのは高校生の時だったが、今の綾子は高校を卒業して大学……大学? ロンドンの時計塔に凛の使い魔という事になって通っていた。
年齢としては20代、大学生くらいで凛が魔法の発動に成功し、異世界に……W世界に転移し、そこで俺と再会した形だ。
時の指輪のお陰で不老になったので今もその年齢のままだが、それでもさすがに高校の制服を着るのは……夜の行為という意味では正解なんだけどな。
ともあれ、綾子が雄英の制服を着て校内にいれば、間違いなく目立つ。
ただでさえ綾子は凜々しい系の美人で、かなりの存在感を持っているのだから。
ましてや、そんな20代の女が雄英の制服を着ていれば……それで目立つなという方が無理だった。
いやまぁ、今は文化祭の準備で雄英も非日常な状態だ。
であれば、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、その辺を誤魔化せる可能性もあるかもしれないが。
だからといって、それを試したいとは思わないが。
「安心しなよ。私が壊理ちゃんと一緒にいたのは、壊理ちゃんだけで転移区画まで移動させるのが心配だったからだ。丁度私の手が空いていたから一緒に来たんだよ」
実働班の訓練はいいのか?
そう思ったが、綾子の性格からして実働班の訓練をサボるとは思えない。
だとすれば、実際に今こうして暇な時間ではあるのだろう。
「そうか、分かった。助かったよ」
「いいよ、別に。……とはいえ、正直なところ私もこの世界を見て回りたいとは思うんだけどね。ただ、それが無理なのは私も分かってるから、帰るけど」
「今度……文化祭が終わったら、一緒に見て回るよ。俺もこの世界にはそれなりに慣れてきたし」
何より、雄英の有望なヒーロー科の生徒として、俺の名前はかなり知られている。
体育祭でもそうだし、ステインもそうだ。
後は……死穢八斎會の件もあったが、あっちはそこまで大々的にニュースで流れたりはしなかったから、死穢八斎會の件については知る人ぞ知るといったところではあったが。
「楽しみにしてるよ」
そう言うと、綾子はあっさりホワイトスターに戻っていった。
……もしこれで綾子じゃなくて、美砂やミナトといった面々だったら、間違いなく観光をしていただろうな。
「アクセルさん」
綾子を見送っていると、壊理がそう声を掛けてくる。
「よく来たな、壊理。こっちはミッドナイト。……以前会った時があったよな?」
「うん。リンゴジュース、飲ませて貰った」
「ふふっ、また今日もリンゴジュース飲む? 前は行けなかった自販機を回っても面白いわね」
壊理の言葉に、ミッドナイトは笑みを浮かべてそう言う。
……こういうミッドナイトを見ると女というか母性が前に出ているように思えるよな。
まぁ、ミッドナイトにしてみれば、その辺についてどう思っているのかとか、そういうのは分からないが。
「リンゴジュース!」
ミッドナイトの言葉に目を輝かせる壊理。
「リンゴジュースもいいけど、まずは色々と見て回らないか? 壊理にとっても、以前とは違うだろうし」
以前壊理が雄英に来た時……それは俺が壊理を保護した時だ。
あの時はまだ夏休みだったし、まだ全寮制でもなかったので、雄英に生徒は殆どいなかったしな。
……今にして考えてみれば、あの時壊理を保護して、そのまま追ってきた治崎を倒してしまっていれば、死穢八斎會のガサ入れの時のような面倒な事にはならなかっただろうな。
もっとも、もしそうなっていればトップの治崎を失った死穢八斎會の面々は暴走して、俺が経験した以上の騒動になっていた可能性もあるけど。
そう考えれば、俺の行動はそう悪いものではなかったと……そう思いたいところだ。
「ちがう?」
「ああ。文化祭……そうだな、祭りのようなものがあるんだけど、その準備中なんだよ」
「お祭り……」
祭りという言葉に、壊理の顔が少しだけ嬉しそうなものになる。
この前ホワイトスターに戻った時に見たアニメで、祭りをやっていたしな。
恐らくはそれを思い出しているのだろう。
というか、一応壊理にも文化祭がどうとか、そんな話をしたと思うんだが。
あ、でもしっかりと教え込んだ訳でもなかったから、すっかり忘れていたのかもしれないな。
「ああ、祭りの準備だ。壊理も色々と見てみたいだろ?」
「うん」
壊理は俺の言葉に頷く。
「ってことなんで、ミッドナイト先生。そろそろ行きましょうか」
「そうね。壊理ちゃん、今日は楽しい日にするからね」
ミッドナイトの言葉に、再度壊理は頷くのだった。