ざわり、と。
俺とミッドナイト、そして壊理が一緒に雄英の中を歩いていると、見ていた者達がざわめくのが聞こえてきた。
いやまぁ、それは当然だろうが。
俺とミッドナイトはともかく、そこに壊理のような幼女……子供もいるのだから、一体何がどうなっているのかが分からなくてもおかしくはない。
とはいえ、だからといって直接聞きに来るような者は今のところいなかったが。
「わぁ……」
壊理の口からそんな声が漏れる。
嬉しそうなその様子は、見ている者をほっこりとさせる。
……もしかしたら、俺やミッドナイトに声を掛けてくる者がいないのは、こんな壊理の様子も関係しているのかもしれないな。
「どうだ、壊理。文化祭は面白そうだろう?」
「うん、すごい」
笑みを浮かべ、そう答える壊理。
……今でこそ、こうして壊理は素直に笑みを浮かべられるようになっているものの、俺が保護してホワイトスターで暮らすようになった時は、笑みを浮かべることが出来なかった。
それこそ自分の手で頬を動かし、強引に笑みを浮かべるといったような事すらしていたのだ。
そんな壊理が今こうして素直に笑みを浮かべることが出来るようになったのは、マリューや千鶴、ミナトといった母性の強い恋人達の努力によるものというのもあるが、それ以上に姉として壊理に接したルリとラピスが頑張った成果だ。
そんなルリやラピスのお陰で、今となっては壊理も普通に……自分でも意図してではなく、自然と笑みを浮かべられるようになっていた。
あるいは壊理の個性が暴走するようなことがあっても、多くの者が即座に個性の影響範囲から避難出来るだけの身体能力を持っているというのも、壊理にとっては大きいだろう。
実際、ホワイトスターにおいて、壊理は個性を何度か暴走させているものの、人的被害は一切ない。
壊理にとって幸運だったというか、不幸中の幸いだったのは壊理の持つ巻き戻しという個性はあくまでも人に対してのみ有効であって、人以外や無機物の類については効果が及ばないという事だろう。
その為に、壊理の個性によって傷ついた者は今のところいない。
壊理にとっては、もし万が一自分が個性を暴走させたとしても、誰も傷つけない……最悪殺したりしなくてもいいというのは、一切ストレスを感じさせないという意味で非常に大きい。
「ほら、壊理ちゃん。向こうを見て。あれは屋台っていって、文化祭の時には美味しい料理を出してくれるのよ」
「やたい……りんごあめ……」
ミッドナイトが屋台を作っている者達を見てそう言うと、壊理は美味しいものということで、誰から聞いたのかリンゴ飴を想像したらしく、うっとりとした表情を浮かべる。
……にしても、まさか食べ物系をやるというのはちょっと予想外だったな。
A組でもクレープ屋を始めとして、幾つか食べ物系についてのアイディアが出た。
だが、結局食べ物系となると雄英の生徒だけでやる文化祭という事で、ランチラッシュの料理と比べられるということになり、結果として却下されたのだ。
もっとも俺の提案した駄菓子屋は、一応食べ物系ではあるものの、チープな味というのが前提なので、もしランチラッシュと比べられても特に問題はなかったりしたのだが。
ともあれ、そんな理由から駄菓子屋であれば問題はなかったのだが、ああしてしっかりと屋台を作っているという事は、しっかりとした料理を出す筈だ。
あるいは、ランチラッシュのように料理が得意な、あるいは料理に応用出来るような個性を持つ者がいるクラスなのかもしれないな。
「あ、ちょっと壊理ちゃん。1人で行っちゃ駄目よ。……念の為に、私と手を繋ぎましょう?」
壊理が屋台に向かおうとしたのに気が付いたミッドナイトが、壊理に向かってそっと手を伸ばす。
壊理は微妙に人見知りなところもあるので、見ず知らずの相手といきなり仲良くしたりは出来ない。
だが、ミッドナイトとは壊理も以前会った事があるので、壊理も素直にミッドナイトの手を握る。
この辺も、ルリやラピスが頑張った成果ではあるのだろう。
そうしてミッドナイトと壊理は屋台に行こうとしたのだが……ピタリ、と不意に壊理が足を止める。
「あら、どうしたの壊理ちゃん。屋台に興味があるんじゃないの?」
「……その……ん……」
ミッドナイトの言葉に、壊理はこちらに手を差し出してくる。
俺もそんな壊理の様子から何を求めているのかを察するくらいは出来るので、壊理に近付き、壊理の空いている方の手を握る。
壊理の右手はミッドナイトの左手が。そして壊理の左手は俺の右手が握り、3人が並んだ感じとなる。
ざわり、と。
再びそんな俺達の様子を見た生徒達がざわめく。
あー……うん。ただ一緒にいるだけならまだしも、こうして俺とミッドナイトと壊理が一緒にいれば、夫婦と娘のように見えなくもない、か?
いや、けど今の俺は10代半ばの姿なので、親子というよりは姉と弟と妹といったように見られてもおかしくはないか。
とはいえ……姉弟として見られているのなら、ここまでざわめくような事はない筈だ。
となると、やっぱり夫婦的な感じで見られているのか?
ミッドナイトは18禁ヒーローとして名高いので、そういう風に認識する奴がいてもおかしくはないけど。
そんな風に思っている間にも、俺達は屋台に近付く。
屋台を作る作業をしていた面々は、自分達の方に俺達がやって来たのを見てどう反応したらいいのか分からないといった様子を見せていた。
もっとも、それも当然だろう。
これが例えばミッドナイトが来ただけであれば、教師として何か注意なりアドバイスなりをするのではないかと思ってもおかしくはないが、今は違う。
俺……はともかく、壊理も一緒にいるだけに、一体何の用件で? と疑問に思ってもおかしくはない。
「ねぇ。この屋台は何の屋台なのかしら?」
「焼きそばの屋台です」
「あら、そうなの。……だって」
ミッドナイトの言葉に生徒がそう答える。
文化祭の屋台で焼きそばというのはそうおかしな事ではない。
それは間違いないものの、それでもこう……ランチラッシュがいる中でよくもまぁ、といったように思える。
焼きそばというのは一見すればそこまで難しくない料理に思えるし、実際に普通に作ってもそこそこの味には出来る。
だが、野菜の水分が出ないように素早く強火で炒めるとか、あるいは麺を炒めるのではなく焼くという工程を踏むとか、他にも色々とやるべき事はあるのだ。
1つ1つはちょっとしたコツではあるが、そういうちょっとしたコツを積み重ねた結果、出来上がった焼きそばの完成度は大きく違ってくる。
……まぁ、これは以前ホワイトスターで超包子に寄った時、四葉からちょっと聞いた話なので、あくまでもその程度の知識でしかないのだが……ともあれ、本当に美味い焼きそばを作るのはそう簡単なことではないというのは俺にも分かった。
だというのに、この屋台を作っている者達は焼きそばを売ろうとしている訳で……まぁ、文化祭とかだとそこそこの料理でも周囲の雰囲気で美味いと感じたりするので、問題はないのかもしれないが。
「りんごあめ……じゃない……」
焼きそばの屋台と聞いた壊理が、がっかりした様子を見せる。
そんな壊理の様子に、ミッドナイトが慌てたように言う。
「壊理ちゃん、雄英の文化祭では多くの屋台があるから、リンゴ飴もきっとあるわよ。けど、そうね……もしリンゴ飴を売っている屋台がなかったら、私が作ってあげる。こう見えて、お姉ちゃんはリンゴ飴を作る事も出来るのよ?」
「ほんとう?」
ミッドナイトの言葉に壊理が期待の視線を向ける。
「う……」
壊理の純真な視線に気圧されるようなところでもあったのか、ミッドナイトは言葉に詰まる。
あれ? これ……もしかして、実はミッドナイトって料理そのものはそこまで得意じゃなかったりするのか?
いや、けど林間合宿でカレーを作った時に飯田が災害地とかで炊き出しをする為に一定程度の料理の腕はヒーローとして必要だとか何とか、そんな風に言ってなかったか?
……もっとも、その作る料理がカレーだったという事で、それぞれに自分の主張を口にした結果、論争が起きたりもしたが。
ともあれ、そんな訳でミッドナイトもある程度料理は出来ると思うんだが。
「だ……大丈夫。何かあったら、美味しいリンゴ飴を私が作るから。それにアクセルも協力するって言ってるしね。ねえ、そうよね?」
「え?」
急なミッドナイトの言葉に、反応が遅れる。
いや、まさかここで俺に話が回ってくるとは思わなかった為だ。
とはいえ、壊理に期待の視線を向けられては俺としても頷く事しか出来ないわけで……
「任せろ。壊理が喜ぶようなリンゴ飴を作ってみせる」
結局、そう言うしかなかった。
とはいえ、リンゴ飴そのものはそこまで難しくはない筈だ。
出来ればカットした奴じゃなくて、小さめのリンゴをそのまま使い、串に刺して水飴でコーティングすればいいだけ……だと思う。
正確な作り方を知っている訳ではないので、これが正しいのかどうかは分からないが。
まぁ、その辺はネットで調べればどうにかなると思う。
「あの……ミッドナイト先生、ちょっと聞いてもいいですか?」
「あら、どうしたの?」
屋台を作っていた生徒の1人が、恐る恐るといった様子でミッドナイトに声を掛ける。
ちなみにその生徒の視線はミッドナイトだけではなく、俺や壊理にも向けられていた。
「その、ミッドナイト先生と手を繋いでいる子供は一体? もしかして……アクセルとの間に出来た子供だったりしますか?」
ざわり、と。
生徒の言葉を聞いた他の生徒達がざわめく。
ちなみにこの生徒が俺に付いて知っていたのは……まぁ、体育祭もそうだが、ステインの件でも俺は有名になっていたので、雄英の生徒なら他の学年、他の学科であっても俺について知っていてもおかしくはない。
もっとも、だからといって今の質問はどうかと思うが。
そう思っていると……何故か、ミッドナイトは俺を見て、笑みを浮かべる。
その笑みを見た瞬間、嫌な予感を覚える。
「どう答えたらいいのかしら、パパ?」
『パパァッ!?』
ミッドナイトの口から出た『パパ』という言葉に、壊理について尋ねた生徒も、そして何より壊理について気になりはしたものの、聞く事が出来なかった他の生徒達までもが揃って声を上げる。
……いやまぁ、分からないではない。
ミッドナイトは雄英の教師の中でもその色っぽさ……もっと言えばエロさから、特殊な趣味を持たない男からは絶大な人気だし、その面倒見のよさから女からもかなりの支持を得ている。
だからこそ、そんなミッドナイトが今のような事を言うとは思わなかったのだろう。
俺もまた、今のミッドナイトの言葉は意外だった。
とはいえ、これが俺が本当の意味で生徒であれば、このようなことは言わなかったとは思う。
ミッドナイトが今のようなことを言ったのは、やはり俺がただの生徒でないからだろう。
だからといって、まさかそんな事をそのまま不思議そうに言う事は出来る筈もなく、どう言ったらいいのか迷い……
「ミッドナイトさんも、私のお母さんの1人、なの?」
俺がどう反応したらいいのか迷っていると、不意に壊理がそんな事を言う。
今の言葉は、ちょっと不味い。
そう思って周囲を見るが……幸いな事に、今の壊理の言葉の真意――という程に大袈裟なものではないが――に気が付いた者はいないようだ。
今、壊理はお母さんの1人、といった。
これはつまり、母親が1人ではなく他にも複数いる事を意味している。
実際、ホワイトスターにある俺の家では多数の恋人達と同棲しているし、他の世界にいる恋人達も含めると、20人以上の恋人がいる。
そんな面々は、俺の養子という事になった壊理を自分の子供のように可愛がっていた。
その為、壊理にしてみれば他に多くの母親がいると、そのように判断してもおかしくはないのだ。
なので、まずは今すぐにでもここから離れる必要があると判断するのは、当然の事だった。
「壊理、ちょっと他の場所も見て回るか」
「うん」
壊理は素直に俺の言葉に頷き……こうして、俺はその場にいる面々に対し、壊理はミルコから預かっている子供だというカバーストーリーを口にすることもなく、その場から立ち去るのだった。
「……ミッドナイト、お前な……」
先程の場所から離れると、思わずといった様子でそうミッドナイトに言う。
生徒としての俺ではなく、素の状態のままでそのように言ってしまったのは、この状況を思えば仕方のない事でもあるだろう。
だが、そんな俺に対し、ミッドナイトは笑みを浮かべ……
「壊理ちゃん、次はどこに行きましょうか?」
そう、壊理に尋ねるのだった。