「ごめんっ! 遅れた!」
そう緑谷がやって来たのは、ライブが始まる本当に数分前。
他の面々から色々と苦情を言われていたが……緑谷の様子を見て、やはり何らかの騒動に巻き込まれたのだろうというのは予想出来る。
恐らくは怪我をリカバリーガールによって治療されたのだろうが、リカバリーガールの治療というのは治療される側にも相応に体力を消耗する訳で、ライブの演出班として行動する緑谷は、出来ればそこまで体力を消耗したくはなかったのだろう。
結果として怪我は大体治療し終わっているものの、よく見れば緑谷の顔には薄らと怪我の痕跡とも呼ぶべきものがあった。
何人かもそれに気が付いているらしく、緑谷を心配そうに見ている。
特に原作ヒロインの麗日なんかは、見て分かる程に心配していた。
……それはともかくとして。
「来るのが遅いぞ。緑谷があまりに遅いから、緑谷がいない場合の演出についても話し合っていたところだ」
「えええええっ! も、もしかして僕、演出班も首!?」
俺の言葉にショックを受けた様子で叫ぶ緑谷。
最初はダンス班だった緑谷だったが、演出の方に人が足りないという事で、ダンス班から演出班に移っている。
それは緑谷にとって微妙にショックだったらしい。
……まぁ、緑谷のダンスは決して上手くなかったしな。
もっとも、ダンスの上手さだけで考えれば飯田もなんだが……あっちはあっちで、あまりに下手すぎてもう1周回ってそれはそれでありかも? と思えるような感じだし。
緑谷の場合は、残念ながらそこまで突き抜けてはいないんだよな。
なので、ダンス班を首になって演出班に引き渡された形となった訳で、それがトラウマ……という程に大袈裟なものではないが、その件について思うところがあるらしい。
「安心しろ。演出については緑谷のいる時のままでやるから」
そう、緑谷に言う。
一応緑谷がいない時の演出についても話し合いはしたものの、そちらについてはあくまでも緑谷がいない時の為のものだ。
緑谷が無事に到着したのだから、当然ながら緑谷がいる時の……今まで練習してきた演出でやった方がいい。
練習してきた事を考えれば、どちらの完成度が高いのかは考えるまでもないだろうし。
「それよりほら、アクセルも緑谷も自分の位置に並びなよ。もう開幕するから」
耳郎に促され、俺と緑谷は自分の場所に向かう。
幕の向こうからは、ざわめきが聞こえてくる。
……ただ、常人よりも遙かに鋭い俺の聴覚は、観客達の一部に楽しみに来たのではなく、不満を言う為に来たような者達の存在を察知してしまう。
こっちについては、ライブで度肝を抜けばどうにかなるだろう。
後は……お、壊理とミッドナイトの会話も聞こえてくるな。
俺と拳藤が壊理を引き取るまでは、ミッドナイトが壊理の面倒を見てくれる事になっている。
そんな訳で、俺達のライブを見る為にミッドナイトが壊理を連れてきたのだろう。
「いい? 行くわよ?」
耳郎の言葉と共に幕が上がっていき……
「行くぞごらぁあああぁあっ!」
爆豪の叫びと共に、ドラムが派手に鳴らされる。
「雄英全員……音で殺るぞぉっ!」
BOM、と。
爆豪の言葉と共に爆発音が体育館に響き渡る。
その爆発音を合図として、バンドメンバーはそれぞれ自分の楽器の演奏を始める。
……瀬呂が素人芸はどうとか言っていたが、こうして聞く限りではとてもではないが素人芸とは思えない。
それこそ、プロ……とまではいかないが、それでも素人以上の、セミプロと言ってもいいくらいにはその演奏は上手い。
耳郎によって鍛えられた成果が出たな。
耳郎以外の面々は……あ、爆豪は何だかんだと才能があるから違うか? とにかく上鳴と常闇はギターやベースの初心者くらいの腕だったのが、今ではかなりの技量となっている。
これは耳郎が必死に教えた結果だ。
ヒーローオタクの緑谷はいつも何かあればノートに書き込んでおり、耳郎はそんな緑谷にどういう風にノートに書けば分かりやすいかとか、そういうのを聞いたりもしていたくらいだ。
そうしてアドバイスをノートに書いて、上鳴と常闇に教えていた。
ヤオモモは元々がお嬢様でピアノを習っていた事もあってか、キーボードの技量は非常に高く、そこまで苦労するような事はなかったらしい。
……そうして考えると、このバンドで一番練習が必要だったのは、やっぱり上鳴と常闇だったんだろうな。
そんなバンドの派手な開幕の音楽に合わせ、俺を含めたダンス班もそれぞれに踊り始める。
後ろの方にいる為だろう。小柄な壊理では見えないと判断したミッドナイトが壊理を抱き上げていたが、その壊理が踊っている俺を見て嬉しそうにしていた。
そうして踊りを見せる中で、耳郎が叫ぶ、
「よろしくお願いしまぁすっ!」
その叫びから、本格的にライブが始まった。
セミプロ並の技量を見せつけるバンドの面々。
そこに、こう……シェリルの声とはまた違う、ハスキーボイス? が周囲に響く。
そんな演奏に併せるようにダンス班もそれぞれ踊り、演出班も緑谷が間に合った事で今まで練習していた、予定通りの演出を見せる。
俺もまた他の面々と踊りつつ、それとなく炎獣を生み出しては演出に混ぜていく。
青山を緑谷が持ち上げ、天井近くまで投げ飛ばし……空中で青山はネビルレーザーを短く区切り、周囲一帯に降らせる。
何となく……本当に何となくのイメージだが、普通のネビルレーザーがビームライフルなのに対し、今のネビルレーザーはビームマシンガン的な……いや、そんなのを考える方が無粋か。
落ちてきた青山を尾白が見事にキャッチするのを見ながら、そんな風に思いつつダンスを続ける。
他にも演出班が……特に轟の氷を上手い具合に使っては、口田に操られた鳥だったり、あるいは瀬呂のテープを使ってライトを動かす。
氷に反射する様々な色のライトは、一種幻想的な雰囲気を周囲にもたらす。
実際、観客達もその光景に完全に目を奪われていたくらいだ。
踊りながら観客を見ると、壊理がキャーキャーと楽しそうにしている。
また、何人かは不満そうな様子を見せながらも、演出に目を奪われていた。
多分この不満そうにしていたのは、こき下ろす為に来た連中だな。
そうして曲がサビに入り、一気にダンスも演出も派手になる。
峰田のハーレムパートが終わり、入れ替わるように俺の番となる。
入れ替わるのは俺と峰田だけではなく、麗日や梅雨ちゃんも演出の方に回り……その代わりという訳ではないが、キーボードをやっているヤオモモの側まで移動し、そこに歌いながら耳郎も近付いてきて、ダンスを行う。
何気に耳郎が、歌いながら、そしてギターを弾きながら、更には踊っているのだから、これは素直に凄いと思う。
踊りながら耳郎を見ると、その耳郎も俺を見ているのに気が付く。
言葉を交わす訳ではないが、まさにアイコンタクトといった感じで、目と目で耳郎と会話をする。
楽しいか?
うん、最高にロックで楽しい。
そんな耳郎の視線に笑みを浮かべ……そして、最後に耳郎が自分の中にある感情を吐き出すかのように歌うのだった。
「あー……面白かった」
ライブの後片付けをしていると、耳郎がそんな風に呟くのが聞こえてきた。
そちらに視線を向けると、耳郎が満面の笑みを浮かべている。
耳郎にとって、今日のライブはそれだけ楽しかったのだろう。
「満足したようだな」
「うん、ウチ……やっぱり音楽好きだなって思った。ねぇ、ちょっと聞いてくれる?」
「うん? まぁ、いいけど」
耳郎の表情が真剣なものだったこともあってか、俺は耳郎のその言葉に頷くと片付けるのを中止して耳郎に近付く。
「あ……その、えっと、アクセルはそのくらいの距離でお願い。ちょっと今のウチは汗臭いから」
「別にそこまで気にする必要はないと思うんだけどな。……まぁ、分かった」
個人的にはそこまで気にしなくてもいいと思うのだが、それはあくまでも俺の考えでしかない。
耳郎にしてみれば、やはり汗臭いというのは思うところがあるのだろう。
「詰め込みすぎだって」
「だよなぁ。でも色々と凄かっただろ?」
「うん、勢いで笑ってしまったし」
俺達の側をそんな風に会話をしながら歩いていく生徒達がいる。
この時間、このタイミング、この場所でとなると……多分だがB組の演劇を見た者達だろう。
物間が言っていた演劇のタイトルからして、かなり面白そうなのは間違いない。
だが、A組のライブとB組の演劇は時間が重なっていたんだよな。
なので、A組の面子でB組の劇を見ることが出来る者はいなかったし、同じようにB組の面子でA組のライブに来る事が出来た者もいなかった。
……いや、ライブは全員が出番があったが、演劇の方は裏方とかもいた筈だから、もしかしたらA組のライブに来る奴がいてもおかしくはなかったが。
そんな風に思っていると、話があると言いつつも何故か黙っていて耳郎が口を開く。
「ウチ……本当は、雄英を受験するかどうか、迷ってたんだ」
「そうなのか?」
「うん、ウチの部屋を見たからアクセルも分かると思うけど、いわゆる音楽一家って奴で、小さい時から音楽に慣れ親しんできた。それこそ、音楽が生活の一部って言えるくらいには」
「それはまた……」
耳郎の両親が一体どういう仕事をしているのかは分からないが、この言葉からするとプロのミュージシャンとか、あるいはそこまでいかなくても何か音楽に関わっているのかもしれないな。
「だからさ、ヒーローになるか音楽の道に進むか迷って迷って迷って……結局雄英に来た。両親も応援してくれたしね。でも……やっぱりウチ、音楽も好きなんだなって。今日のライブでそう思ったんだ」
「だろうな。ライブの最中、耳郎は凄く楽しそうだったし」
「ライブの時、こう……何て言えばいいのかな。一体感? そう、三奈と……A組の人達だけじゃなくて、観客の人達とも一体感があったんだよね」
その辺の感覚そのものは俺にはあまり分からない。
ただ、シェリルからそういうのを聞いた覚えがあるので、そういう意味では理解出来ているのも事実だった。
「今日のライブがかなり盛り上がったのは間違いないしな」
「だよね。あー……またやりたいな」
「来年の文化祭でまたライブをやるのもいいかもしれないな。今年はあくまでも外部の客がいない、雄英の中だけの文化祭だけど、来年になれば外部の客とかも来られるかもしれないし。そうなれば、今日以上の盛り上がりになってもおかしくはないだろう?」
「え……そうかな? また、来年出来るかな?」
「今日のライブの楽しさを他の連中も覚えていれば、多分大丈夫だろ。……もっとも、来年は今日の緑谷のように遅刻ギリギリとか、そういうのはないといいけど」
「あはは、そうだね」
嬉しそうに笑う耳郎を見ながら、もし来年の文化祭で同じようにライブをやるにしても、多分そこに俺はいないんだろうなと思う。
基本的に雄英は1年の時にクラスが決まれば、3年間ずっと同じクラスで、小学校や中学校のようなクラス替えといったものはない。
そういう意味では来年の文化祭でもライブを出来るとは思うが……多分、本当に多分だが、その場に俺はいない。
あくまでも俺の勘というか、色々な原作のある世界に行った身としては、この世界の原作は恐らく1年で終わるような気がしている。
もっとも、実は俺の勘が外れて雄英での3年間ずっとヴィラン連合との戦いを続け……3年の卒業が近くなった時に、ヴィラン連合とタルタロスを脱獄したAFOを倒して卒業と無事に原作も終了といったような事になる可能性も十分にあるのだから。
そうなれば、多分だが来年の文化祭でライブをやる時に俺も参加出来るのだろうが。
「じゃあ、来年までにもっと腕を磨かないといけないね。……あ、それとも今度はアクセルもバンド班に入る? アクセルとバンドをやるのも面白いと思うし」
「俺は楽器とかそういうのは殆どやったことがないんだよな」
そう言いながらも、やろうと思えばそれはそれで何とかなりそうな気はするが。
何しろ俺は混沌精霊として高い身体能力を持っているので、楽器とかをやるにも……普通よりは有利だろうし。
また、いざとなったら魔法球を使って練習するという方法もある。
それに音楽に関してはシャドウミラーの中でも第一人者と呼ぶべきシェリルがいるというのも大きいだろう。
もっとも、シェリルはあくまでも歌手であって、楽器の方は……そこまででもない。
それでも俺よりは間違いなく上手く、先生役としては悪くない。
……女教師、シェリル・ノームか。何だかこう、興奮するものがあるな。
「ねぇ、アクセル。今日のライブが成功したら、アクセルに頼みがあったんだけど、聞いてくれる?」
「ん? 頼み? 何だ?」
「その……ウチの事も、名字じゃなくて他の人達と同じように名前で……響香って、呼んでくれない?」
そう、耳郎は……いや、響香は俺に言うのだった。