耳郎から、名前で……響香と呼んで欲しいと言われる。
まぁ、ヤオモモは愛称で呼んでいたので例外としても、三奈と透は名前で呼んでいたので、いつもの面子で名字で呼ばれているのが、響香にとっては少し寂しかったのだろう。
もっとも、いつもの面子については別に全員名前で呼んでいる訳ではない。
拳藤と瀬呂は名字で呼んでるしな。
茨の場合は……まぁ、うん。俺を信仰する者としては名前で呼んで欲しいと思うのは当然の事なのだろう。
「分かった。じゃあ、これからもよろしくな……響香」
「あ……う、うん。あはは、何かこう、アクセルに名前で呼ばれるとちょっと照れるね」
照れ臭そうな様子の響香。
もっとも、名前呼びという意味では響香は普通に俺をアクセルと、ファーストネームで呼んでるんだけどな。
そんな風に思っていると、パタパタと軽い足音が耳に入る。
その足音に、何だ? と視線を向けると、そこには壊理の姿があった。
少し離れた場所には、ミッドナイトの姿もある。
「あのね、あのね、凄かったの。こう、わあってなって、ぱってなって!」
笑みを浮かべつつ、興奮した様子で壊理が言う。
どうやらあのライブは壊理にとっても十分に楽しめるものだったらしい。
「そうか。喜んでくれたようで何よりだ。……壊理、響香の歌も良かったか?」
「ちょっ、アクセル!? 一体いきなり何を……」
まさか自分の事が話題になるとは思っていなかったのか、響香は焦った様子で壊理を見るが……
「うん。このおねえさんの歌……すごかった!」
壊理は耳郎を見て、嬉しそうに言う。
「えっと、その……ありがと」
壊理の口から出た素直な言葉に、響香は頬を薄らと赤く染め、照れた様子を見せつつそう言う。
響香にとっても、こうして素直に自分の歌を褒めて貰えるというのは慣れていないのだろう。
……とはいえ、響香が自分で音楽一家というだけあって、ハスキーボイスの響香の歌は、かなり上手いと俺には思えたので壊理の言葉は大袈裟でもないと思うんだが。
「お疲れさま、楽しいライブだったわよ。これぞ青春といった感じで」
壊理との話が一段落したと思ったのか、ミッドナイトが近付いて来てそう声を掛けてきた。
まぁ、バンドとかそういうのは青春っぽいし、ミッドナイトの好みには合ったのだろう。
「ミッドナイト先生にも喜んで貰えたようで何よりですよ」
「ふふっ、アクセルのダンスとかも見応えあったわよ。途中で女の子達に囲まれてるところなんか、他の観客達もキャーキャー言ってたもの」
ミッドナイトが何を言ってるのかは、すぐに分かった。
ダンスの中にあった、ハーレムパートの事だろう。
もっとも……
「俺の前には峰田のハーレムパートがあったと思いますけど」
「そうね。でも、多くが歓声を上げていたのは、アクセルの方だったわよ」
「あのっ、ミッドナイト先生。本当にその……観客の人達も全員が喜んでくれていましたか?」
響香がそうミッドナイトに尋ねる。
元々A組の出し物としてライブが選ばれたのは、他の科の面々がヒーロー科に対して不満やストレスを抱いているという事で、それを解消するというのが目的だった。
だからこそ、耳郎もその辺りが気になったのだろう。
舞台からは楽しんでいる人達が多いように思えたものの、それでも全員が本当にそうだったかどうかは分からない。
だからこそ、響香は実際に観客としてライブを見ていたミッドナイトに尋ねたのだろう。
しかし、ミッドナイトはそんな響香に対し、笑みを浮かべながらとある方向を指さす。
俺も響香も、そして響香の側にいた壊理もミッドナイトの指さした方に視線を向ける。
そこでは、2人の男女が緑谷に頭を下げていた。
多分だが、あの2人はライブを楽しむのではなくライブの内容に無理矢理にでもケチを付ける為に来たんだろうな。
聞こえてきた声が、ライブ前に舞台で聞こえてきた声と同じだし。
だが、そんな者達であってもA組のライブは文句も言えない程に……それどころか、自分達の態度が恥ずかしいと思えるようになったのだろう。
そういう意味では、響香が心配していた観客達がライブを楽しんだというのは、これ以上ない程に成功したという事になる。
「えっと……喜んでもいいのかな?」
戸惑ったように言う響香。
俺はあの2人がライブの粗探しの為に来たというのを分かっているし、ミッドナイトも恐らくはそれを理解していたからこそ、あの2人を指さしたのだろうが、響香はその辺りの事情が分からない。
そんな中でこうして頭を下げている光景を目にしたのだから、多少なりとも戸惑ってしまってもおかしくはない。
「あの連中はライブの粗探しの為に来たんだろうな。それが響香の歌を聴いて、自分のやってる事が恥ずかしくなって謝ってるってところだと思うぞ。……何で緑谷に謝っているのかは分からないが」
メタ的に考えれば原作主人公だからこそなのかもしれないが、緑谷はこのライブにおいては演出班に回っていた裏方だ。
いや、多少はダンスも見せてはいたが……それでも他の科の奴が緑谷に謝る理由は、普通なら理解出来ない。
あるいは他の科の連中にしてみれば緑谷はA組の中心人物のように思えたのかもしれないな。
ともあれ、そうした様子を見ていると……
「ほら、アクセル! さっさと片付けるぞ! ただでさえ、芦戸達はヤオモモと一緒にミスコンの方に行っていて手が足りないんだからな!」
緑谷に謝っている男女を見ていると、不意に峰田がそんな風に注意してくる。
「ああ、悪い。すぐにやるよ」
実際他の連中が片付けをしている中で話し込んでいたのは間違いないので、すぐにそう返事をすると片付けに回る。
「あら、ごめんなさい。私達が話し掛けて邪魔をしてしまったみたいね。……アクセル、壊理ちゃんはミスコンが終わった後でそっちに合流させればいいのよね?」
ミッドナイトの言葉に頷く。
「はい。拳藤もミスコンに出るので、それが終わってからでお願いします……って、響香?」
何故か俺とミッドナイトの会話を聞いていた響香が、ジト目をこちらに向けていることに気が付き、そう尋ねる。
「何でもない。とにかく片付けるよ、アクセル」
そうして何故か微妙に不機嫌になった響香と共に、片付けを行う。
峰田が言ったように、三奈と透の2人はヤオモモの着替えやら化粧やらを手伝う為にこの場にはいない。
……耳郎や麗日、梅雨ちゃんが残っているのは……多分だが、あまりそういう化粧とかに詳しくないからなのか?
あるいは単純に、ヤオモモの方に人数が行きすぎると片付けの手が足りなくなるから、敢えてそういう感じになったのかもしれない
ともあれ、ミッドナイトは壊理を連れてこの場から立ち去ると、俺達は片付けに集中する。
いっそ、空間倉庫に全て収納してしまったら楽なんだが、まさかそんな事で空間倉庫について教える訳にもいかないしな。
そんな訳で、急いでライブの片付けを行う。
B組の方も演劇なので片付けは結構大変なのだろうがライブの方も大変なんだよな。
瀬呂の個性で大量に放たれたテープとかは、特に片付けるのが大変だった。
轟の力によって生み出された氷も今となっては既に溶けて水となっている。
その辺りも拭いたりとかする必要があるし。
そうして片付けていると、緑谷が近くにいる事に気が付く。
「緑谷」
「どうしたの、アクセル君」
「お前は結局なんで遅刻したんだ? いや、正確にはギリギリ間に合ったから遅刻じゃないかのもしれないけど」
「あ……うん。ちょっとその、あったんだよ」
ちょっとあったと言うだけで、具体的に何があったのかといったことは言わない緑谷。
この様子からすると、当初予想したようにヴィラン連合とかの関係ではないのだろう。
もしヴィラン連合が関わっているのなら、緑谷がこうして隠すとかそういう事はしないだろうし。
……寧ろ俺は、シラタキに恨まれている上に、OFAの後継者と見なされているのだから、緑谷も今回の件がヴィラン連合絡みだったら、間違いなく俺に言っていた筈だ。
「アクセルと緑谷、話してないでとっとと片付けるぞ!」
そう、峰田が叫ぶ。
普通に片付ける時の態度とは思えない……それこそ、断固たる決意といった表現が相応しい様子で叫ぶその姿からは、一体何でそこまで必死になっているんだ? と疑問に思う程だ。
そのように疑問を抱いたのは俺だけではなかったらしく……
「何だか峰田さっきからカリカリだな」
切島が、そう不思議そうに尋ねる。
実際、切島だけではなく他の面々も峰田を……そして同じように必死になって片付けをしている上鳴を見ていた。
普段は決して真面目という訳でもない2人だ。
そんな2人がここまで真面目に片付けをしているのに、疑問を抱くなという方が無理だった。
『早くしねえと、ミスコンの良い席を取られるぞ!』
峰田と上鳴が、揃って……それこそ一切のズレもなく、そう叫ぶ。
まさに一糸乱れぬ同調といったところか。
とはいえ……その理由が理由ではあったが。
峰田と上鳴らしいといえばらしいのは間違いないんだよな。
そんな2人に切島が気圧され……他の面々もヤオモモの応援に行くのに良い席の方がいいという事で、全員が今まで以上に必死になって片付けを行うのだった。
「で、どうなんだ? この席はミスコンを見る席として、良い席なのか?」
ライブの後片付けを全員で必死になって行い、それが終わったところでミスコンの会場にやって来た。
驚くべき事に……あるいは高校生としては当然なのかもしれないが、とにかく俺達が会場に来た時、既に最前列は男子生徒達が確保していた。
俺を含めたA組の面々がいるのは、観客席の中でも真ん中よりも若干前といったところか。
この席がミスコンを見る上でどのくらいの価値があるのかは分からないので、近くにいた峰田に尋ねたのだが……
「うーん……そこそこ? 点数で表せば、70点といったところか」
いや、席の場所を点数で表すってのは、一体どうなんだ?
そう思ったが、峰田の様子を見る限りでは決してふざけている様子はなく、それこそ真剣な表情で答えているのは明らかだ。
つまり、やはりこの場所は峰田的には70点という……それなりに良い席であるのは間違いないだろう。
「あ、ねぇ、アクセル。あっち。ほら」
隣に座っている響香の言葉に視線を向けると、響香がとある方向を指さす。
するとそこにはB組の姿があった。
俺達と同じく演劇の片付けを急いで行ってきたのだろう。
……その中でも当然のように物間が俺達を指さして何か騒いでいた。
いや、聞こうと思えば恐らく何を言ってるのか聞こえるのだろうが、どうせ物間の事だからA組への対抗心から出た言葉を口にしているのは間違いないだろう。
そんな俺の予想を裏付けるかのように、茨の髪の毛が物間を拘束し、そのまま強烈に締め付けていた。
多分だが、物間はA組について何かを言った時、俺に対しても何かを言ったんだろうな。
で、それが茨の逆鱗に触れたと。
元々信心深い茨だ。
その信仰の対象が俺なのは正直なところ今でも理解出来ないものの、ともあれ茨が俺を信仰しているのは間違いない。
そんな中で俺に対する悪口雑言の類を口にすればどうなるか……それは、今の物間を見れば、茨の髪の毛で抗束され、強烈に締め付けられて手足がピクピクと動いているのを見れば明らかだった。
実際、それはB組の方でも同様だったらしく、慌てて何人かが茨に何かを言い、物間から茨の髪の毛をどうにかしようとして頑張っていたくらいだ。
「うわぁ……」
俺と同じ光景を見た響香が、思わずといった様子でそんな声を上げる。
当然ながらそのような事をすれば目立つのは当然で、観客席にいた他の生徒達もB組の様子を見ては、それぞれ驚きの声を上げたりしていたくらいだ。
「うーん、それにしても……この会場で間に合うのか? 観客が入りきらなかったりしないか?」
B組から視線を逸らし、少し離れた場所で心配そうに周囲を見ながら呟いている飯田に視線を向ける。
生真面目な性格らしく、観客が全員会場に入れるかどうかを心配しているらしい。
ミスコンを開催した者達も、その辺りはしっかりと考えていると思うんだが。
特に今年の文化祭は雄英だけでやるので、外からの観客については考える必要もないし。
そんな訳で、飯田の心配はそこまで気にする必要はないと思う。
「結構広いし、ミスコンを見に来ない奴もいるだろうから、そういう意味では心配はいらないだろ」
「ふむ、そういうものか」
男なら多くの者達が来るだろうし、女も参加者の知り合いは来るだろうが、特に知り合いが参加していない女達は、ミスコンを見に来る奴も少ないと思う。
発目とか、その典型だろう。
また、男でもミスコンには興味がないという奴や、自分のクラスの出し物がミスコンの時にまだやってるとか、そういうのもあるだろうし。
そんな諸々について考えていれば、取りあえず問題はないだろうと思うのは当然だろう。
そうして少し時間が経過し……会場に観客の姿が多くなったところで、いよいよミスコンが始まるのだった。