文化祭も無事に終わり、少し時間が経って11月下旬。
文化祭が終わってからもそれなりに騒動はあったが、それでもそこまで大きな騒動という訳ではなかった。
……もっとも、俺が何人もの女を名字ではなく名前で呼んでいるのに気が付いた峰田と上鳴による戦いとかはあったが。
とはいえ、上鳴ならともかく峰田にしてみればあの戦いはそこまで悪い結果ではなかっただろう。
何しろ、梅雨ちゃんとの距離が以前よりも間違いなく近付いたのだから。
具体的にどういう事があったのかは俺には分からない。
とはいえ、峰田と梅雨ちゃんの関係に進展があったのは間違いない。
以前までは梅雨ちゃんは峰田をあくまでも面倒を見る相手……それこそ弟か何かのように思っていたらしいが、今は面倒を見なければならない相手であると認識はしているものの、同時に弟ではなく1人の男として認識しているように思える。
面倒をみる男……よくある、世話好きの幼馴染み的な存在とか?
そう言われれば、そこまで間違っていないような気がしないでもない。
そんな訳で、峰田と梅雨ちゃんの関係が進展し……結果として、上鳴は親友の峰田に置いていかれた形となる。
上鳴はチャラさこそあるものの、顔立ちは間違いなく整っている。
そういう意味では、それこそ恋人の1人や2人は出来てもいいと思うんだが。
あるいはしっかりとした恋人ではなくても、ナンパすればそれなりに成功率は高いと思う。
……なのに、今はこんな感じらしい。
まさか、峰田の方に先に春が来るとは思わなかった。……実際にはもう冬に入ってるけど。
ただ、静岡なので11月下旬になってもまだそこまで寒いって訳じゃないんだよな。
雪が降ったりもしていない。
ともあれ、そんな11月の日曜日、暇な連中が寮の1階にある共用スペースで話をしていた。
「ねぇ、アクセル。これ……どう思う? 凄く美味しそうだと思わない?」
「だから、その場合にお前の個性を使う時は……ん? 何がだ?」
瀬呂と個性の使い方について話していると、三奈がそう声を掛けてくる。
手には何かの雑誌。
美味しそうという言葉に興味を惹かれて雑誌を見せて貰うと、そこにはケーキバイキングの特集があった。
まさに色とりどりといった様子で、三奈が言うようにどれも綺麗なケーキばかりだ。
個人的にはケーキはシンプルだがショートケーキが好みなんだけどな。
とはいえ、色とりどりのケーキがどれも美味そうなのは間違いない。
「うん、美味そうだと思う。どこでやってるケーキバイキングだ?」
「このホテル」
三奈の言葉にホテルの住所を見ると……へぇ、少し距離はあるが、普通に行ける距離だな。
具体的には、電車に乗って30分ちょっとといったところか。料金は、男4980円、女3980円、子供が1980円。
随分と高いな。
俺の知ってる限りだと、大体ケーキバイキングの値段というのは高くても2000円くらいという認識がある。
あ、でもこのホテルは結構格式高いホテルだし、パティシエも有名な人物らしいと考えれば、このくらいの値段になるのかもしれないな。
雑誌に載っているケーキの種類もかなりの数だし。
ちなみにケーキ以外にも紅茶がかなりの種類あったり、甘いものだけじゃなくてサンドイッチやパスタといったものもあるらしい。
まぁ、甘いケーキだけだとどうしても飽きてくるだろうし。
それに……ちょっと高いとはいえ、俺にはかなりの金がある。
今はもうホワイトスターと行き来出来るようになったので、公安からの依頼については既に完了している形になり、月100万の報酬も貰ってはいない。
いないのだが、それでも夏休みまでの間の報酬が300万か400万くらいはあるので、高校生の小遣いとして考えれば、この程度の値段はどうという事もなかった。
「結構高いけど、値段相応の価値はありそうだな」
「えーっ! アクセル、この金額出せるの!?」
予想外だったのか、三奈が驚きの声を上げる。
あれ、これ……ちょっとミスったか?
俺にしてみればこのくらいの値段はちょっと頑張ればどうにか出来るといったような値段だったんだが、三奈にしてみればちょっと違ったらしい。
「あー、ほら。俺は色々とチャレンジメニューとかに参加して賞金を貰っていたりするから」
取りあえず、そう誤魔化す。
とはいえ、これは決して全てが嘘という訳ではない。
実際、俺はこのヒロアカ世界においてもそれなりにチャレンジメニューに挑戦し、失敗した事は今まで一度もないのだから。
勿論、チャレンジメニューについては食べきったら無料というのが大半で、賞金が出るような店というのはそう多くはない。
それでも多数挑戦すればそれだけ賞金のある店も多くなる訳だ。
それらの金がそこそこ貯まっているのは間違いないので、ちょっと高めのケーキバイキングに行く金くらいはそれなりに余裕がある。
「ああ、そういえばアクセルってチャレンジメニューが得意だったね。そうなると、ケーキバイキングとかも得意だったりする?」
得意という表現は、この場合相応しくないんじゃないか?
そう思ったが、実際に得意か不得意かということになれば、得意なのは間違いない。
「そうだな。得意だな」
「羨ましいなぁ……もっとも、ケーキバイキングは凄く楽しそうだけど、翌日から地獄なんだよね」
三奈が自分の腹を服の上から撫でる。
当然ながらケーキはカロリーが高い。
そんなケーキをバイキングという事で多く食べるような事になれば、当然ながら翌日からその分しっかりと運動をする必要がある。
これがヤオモモであれば、カロリーを消費して創造の個性を使えるのでダイエットとかそういうのは必要ないのだが、三奈の場合は違う。
……三奈の場合も、個性の酸を出す時にカロリーを消費する形式だったら良かったんだけどな。
ちなみに俺の場合は食べたものは全て分解され、魔力として身体に吸収されるので、ダイエットとかそういうのは一切必要なかったりする。
もっとも、三奈にそういうのを言えば恨まれそうなので、その辺について説明するつもりはなかったが。
「それでも、ケーキバイキングには行きたいんだろう?」
「うん」
「なら、今度の休日にでも、いつもの面子で行くか? 勿論、他に行きたい奴がいたら一緒に行ってもいいけど」
「いいの?」
「俺は構わない。……ただ、値段が値段だ。中には今月はちょっと厳しいと思うような奴もいるだろうから、前もって聞いておいた方がいいと思うけど」
そう言うと三奈は笑みを浮かべて頷き、早速スマホでLINのグループに書き込んでいく。
そんなやり取りをしていると……寮の扉が開く音がした。
何だ? 誰か来たのか?
もしかしたら、一佳か茨でも?
そう思って開いた扉に視線を向けると……
「え? プッシーキャッツ?」
扉から入ってきた面々……見覚えのある4人を見て、自分でも気が付かないうちにそんな声が出る。
そんな俺を見て、入ってきた4人のうち2人……ピクシーボブとマンダレイが、してやったりといった表情を浮かべる。
今はヒーローコスチュームを着ていない私服なのでヒーローネームで呼ぶのはどうかと思ったが、本名は知らないしな。
いや、聞けば教えてくれるとは思うんだが。
ただし、ふと気が付くと驚いているのは俺だけで他の面々は特に驚いている様子はない。
あれ? これ、もしかして……俺だけが今日プッシーキャッツが来るって知らなかった感じか?
「煌めく眼でロックオン!」
「猫の手、手助けやって来る!」
「どこからともなくやって来る」
「キュートにキャットにスティンガー!」
『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!』
プッシーキャッツの面々がそれぞれに登場ポーズを決める。
……ヒーローコスチュームを着ている状態でなら見たことがあったが、私服でこうしてやられると、ちょっと違和感があるな。
それに虎が何かの箱を持ってるのもちょっと違和感がある。
「プッシーキャッツの皆さん、お久しぶりですわ」
ポーズを決めたプッシーキャッツに対し、ヤオモモがA組の学級委員長として声を掛ける。
「元気そうねキティ達」
そんなヤオモモに対し……というか、俺を含めた生徒達に対して、ピクシーボブがそう声を掛けてきた。
そうして挨拶が終わると話をする事になるのだが……
マンダレイが扉の外に隠れていた子供……洸汰だったか、その子供を連れてきて、緑谷と会わせているし、虎が持ってきた箱……肉級饅頭というらしいが、それを三奈や透、麗日が嬉しそうに見せていた。
「あの肉きゅう饅頭って、もしかして……」
「ふふっ、当たり。私達のグッズ……グッズ? まぁ、グッズと言ってもいいのかどうか分からないけど、とにかくグッズよ」
俺に近付いてきたピクシーボブが笑みを浮かべてそう言ってくる。
既に神野区での一件についての怪我の治療とかそういうのは問題ないらしいな。
「美味そうだから、後で食べさせて貰うよ」
「あら、どうせなら私が食べさせてあげましょうか? 私達のグッズなんだから、私が一番美味しく食べる方法を知ってるし」
「いや、饅頭なんだろう? それならどう食べたって違いはないように思えるんだが」
「甘いわね。私が食べさせる事で、肉級饅頭の真の美味しさを味わえるのよ」
一体どうやって食べさせるのやら。
ピクシーボブの言葉に呆れつつ、俺は気になっていた事を尋ねる。
「それよりも、見た感じだと俺以外の面々は今日ピクシーボブが来るって知っていたようだけど、何で俺には知らされていなかったんだ?」
「あららん? 今のアクセルは雄英の生徒でしょう?」
「ぐ……」
ピクシーボブの突っ込み……突っ込み? とにかくその言葉に反論出来ずに黙り込む。
いきなりのプッシーキャッツの登場だったし、プッシーキャッツの面々は俺の事情を知っている……あ、でも雄英で俺の事情の詳細について説明した時はラグドールがヴィラン連合に連れ去られていなかったんだよな。
まぁ、プッシーキャッツというチームである以上、その辺の情報は共有してるだろうが。
「じゃあ、何でプッシーキャッツが来るのを俺だけに内緒にしてたんです? いやまぁ、ここには俺以外にもいない面子がいるから、もしかしたら俺以外にも知らない奴がいて、ここにいないという可能性はありますけど」
「それは……」
「サプライズよ。ピクシーボブ……流子がアクセルを驚かせようとして、そうしたの。私はこのサプライズは反対だったんだけどね」
「あ、ちょっと信乃。何だかんだとあんただって最終的には賛成したじゃない」
なるほど、ピクシーボブが流子で、マンダレイが信乃か。
流子……呼び方は違うが、リューキュウの方の龍子と読み方が一緒なのはちょっと分かりにくいな。
まぁ、龍子と流子が一緒にいるような場面は……うん。俺と関係のあるプロヒーロー、それも炎獣のように土で疑似生命体を作れたりする流子と、ドラゴンに変身出来る龍子。
どちらもプロヒーローとしては高い実力を持っているのを考えると、何かあった時一緒にいてもおかしくはないな。
まぁ、その時は本名じゃなくてヒーローネームで呼べば問題はないか。
「マンダレイはもう緑谷達の方はいいんですか?」
さっきまで緑谷と洸汰を会わせていたのだが、こっちに来てそう声を掛けてきたので、尋ねてみる。
すると信乃は笑みを浮かべ、頷く。
「ええ、洸汰も緑谷君と色々と話したそうだったから。そこに私がいたら、それこそ洸汰も素直に話せたりしないだろうから、こっちに来たの。……アクセルと話したかったしね」
「あ、ちょっ、このキティ……アクセルには私が最初に唾を付けたんだからね!」
「ふふ」
流子と信乃のそんなやり取りにどう反応していいのか分からず、共用スペースを見回す。
するとそこでは、ラグドールや虎が他の面々と話をしていた。
……ラグドールと虎が多数の生徒を相手にしているのに、俺だけが流子と信乃の2人を相手にしているってのは……ああ、ほら、やっぱり。
いつの間にか姿を現していた峰田が、いつもの如く血の涙を流しながら恨めしげな視線を俺に向けている。
それこそ峰田の個性は呪術とかじゃなかったよな? と思ってしまうくらいには恨めしげな視線だ。
うん、まぁ……峰田にしてみれば流子も信乃もどちらも年上の美人なお姉さんといった感じの相手だしな。
峰田にしてみれば、心の底から羨ましいのだろう。
もっとも、峰田の隣に梅雨ちゃんが姿を現すと峰田は挙動不審になり、梅雨ちゃんに引っ張られて虎の方に向かったが。
峰田の事を思えば、せめてラグドールの方に行ければよかったのにな。
梅雨ちゃんもそれを理解したからこそ虎の方に連れていったのかもしれないが。
「それより、アクセル、サプライズには驚いてくれた?」
流子が期待を込めた目で俺を見てくる。
そんな流子の姿にどう反応するべきか迷い……結局、素直に頷くのだった。