『戦闘開始!』
工場地帯……正確にはそれを模した体育館γに、ブラドキングの声が響き渡る。
俺の姿は既に工場地帯の中にあり、攻めてくるプロヒーロー達を待ち受けるヴィラン役といった設定だ。
ヴィラン1人に対し、プロヒーロー側が40人以上というのはちょっとやりすぎじゃないか? と思わないでもない。
あるいはAFO的なラスボス系ヴィランを相手にするというシチュエーションなのかもしれないが……実はこれ、決して間違ってはいないんだよな。
何しろ俺は大魔王とか何とか言われていたりもするし。
そういう意味では、何気にシチュエーション的に合っているのだろう。
40人……正確には心操もいるので41対1で人数的にこっちは圧倒的に不利ではあるものの、こっちにとって有利な点は幾つもある。
例えば、ある意味ジョーカー的な存在である心操の個性である洗脳は、俺に対して効果がないのが体育祭で判明している。
これが洗脳という個性そのものが効果がないのか、あるいは個性のレベルとか熟練度的なものがまだ低いから通用しないのか、その辺りは俺にも分からない。
だが、体育祭が終わってから今日までの短い時間――それでも半年くらいは経っているのだが――で俺に個性が通用する程にレベルアップするとは到底思えなかった。
……まぁ、洗脳の個性は俺に通じなくても相澤譲りの捕縛布も使えるようになっているのを考えると、決して油断は出来ないか。
「半数……いや、それよりも多いな。30人くらいか?」
工場地帯に入った生徒達が一気に動き始めたのを気配で感じる。
当然ながら、俺が現在どこにいるのかというのは向こうには分からないから、向こうにしてみればまずは俺がどこにいるのかを確認する必要があった。
そういう偵察向きの個性を持つ者はそれなりに多い。
後は……爆豪を始めとした、イケイケの連中が先手必勝とばかりに動いているのだろう。
もしくは、自分が攻撃される事によって俺がどこにいるのかを把握しようとしているのか。
その辺りは俺にもちょっと分からないが……甘い。
こっちは一撃を加えるとその時点で相手を倒したという判定になる。
ちなみに俺の場合は3度攻撃を受ければこっちの負けになる。
ともあれ、そんな訳で今の俺がやるべきなのは……
「こうだよな」
パチンと指を鳴らすと同時に、右手が白炎となり……やがて、その白炎によって炎獣が生み出されていく。
1匹、2匹……5匹、10匹、30匹、50匹、100匹、200匹、500匹。
「まぁ、このくらいでいいか」
俺の周囲に浮かぶ500匹の炎獣を見て、そう呟く。
ちなみに500匹の炎獣のうち、100匹程はユニコーンやペガサス、あるいはハーピーやグリフォン、ケルベロスといったような、ある程度の大きさを持ったモンスターの形にしてある。
それ以外の400匹は、犬や猫、鳥といったような小型の炎獣だ。
ちなみにこの炎獣は今回のルールに合わせ、どんな攻撃でも一撃を食らえば消えるようにしておいた。
数の差で俺をどうにかしようと思っている生徒達を、数の差で圧倒する。
それが今回の俺の目的だった。
「行け」
その言葉と共に、500匹の炎獣は一斉に生徒達に向かって飛んだり走ったりしながら進んでいく。
本来なら、俺はこうして炎獣を延々と生み出し、それ以外は気配遮断のスキルを使っているだけでこっちが勝利出来るんだが……壁として生徒達の前に立ち塞がる身としては、気配遮断を使って隠れているだけというのはどうかと思う。
ヒーローネームであるアークエネミー……大敵という名称に相応しい行動をする必要があるだろう。
そんな訳で、工場地帯の中でも大きな建物の屋上に立つ。
「へぇ」
襲い掛かった炎獣のうち、幾つかの反応が即座に消える。
それはつまり、炎獣が生徒達の攻撃によってやられたということを意味していた。
だが……同時にまだ元気に暴れ回っている炎獣がいるのも事実。
どうやら炎獣の中には突出してきた者達だけではなく、後衛で援護に回った生徒達に対して攻撃をした個体もそれなりにいたらしい。
難点は、炎獣の数が減るのは分かるが、炎獣の攻撃が成功して生徒達が具体的にどのくらい減っているのかが分からないという事だろうな。
どうせなら名前は言わなくても、何人がリタイアしたとか放送で知らせてくれてもいいと思うんだが。
そう思っていると……
「お? これってもしかして……」
敵の後衛を襲っていた炎獣がその場から動き出した。
それもちょっとやそっとの数ではなく、後衛に回っていた100匹程の炎獣のうち、まだ生き残っていた50匹の炎獣全てがだ。
この時点で、既に炎獣の数は200匹程にまで減っている。
一撃を当てれば炎獣は消えるので、そういう意味では広範囲を攻撃出来る者が頑張ったのかもしれないな。
ともあれ、炎獣の動きから見ると恐らく後衛に回っていた生徒達は全滅したと見ていいだろう。
また、前衛として動いていた気配も、何気にかなり動かなくなっていたりする。
……問題なのは、この動かないのが炎獣にやられたと判定されて動いていないのか、それとも炎獣に襲われないように隠れているだけなのか、
その辺りは生憎と俺には分からない。
だが、そんな中でもこっちに向かってきている者達がいるのは間違いなく……
BOMB、と。そんな音と共に爆豪が空中に吹き飛んだのが見えた。
まだかなりの距離があるのだが、混沌精霊である俺の目にはしっかりと爆豪が見えた。
同時に、爆豪の放つ爆発によって鳥型の炎獣が倒される光景も。
やっぱりと言うべきか、最初に姿を見せたのは爆豪か。
緑谷や轟が来るかもしれないと思ったのだが、どうやらそちらの予想は外れたらしい。
……いや、遠くの巨大な氷の塊が生み出されたのを見ると、轟もしっかりと頑張ってはいるらしい。
B組の他の面子もどうなっているのかちょっと気になったが……
こちらに把握されないようにして近付いてくるのを見て、B組も大丈夫らしいと思う。
それは、取蔭の個性によって分割された身体の一部。
他にも角も同じように動いてこちらに向かって来ていた。
……あ、巨大な蔦の網が広がったかと思ったら、10匹近い炎獣が一気に消えたな。
蔦による攻撃である以上、あれが茨によるものであるのは間違いない。
これについては、素直に凄いと思う。
戦闘訓練が始まる前には俺と戦いたくないと言っていた茨だったが、こうして実際に戦闘訓練が始まれば、しっかりとその実力を発揮している訳だ。
その事に驚きつつ……信仰している俺に実力を見せろと言われたのだから、それを見せるのも当然か。
茨の行動に感心しながら、白炎を放つ。
次の瞬間、建物に隠れながらこちらを狙っていた取蔭の一部が白炎によって燃やされる。
……ちなみに取蔭の身体の部位は再生可能なので、今のように燃やされても取蔭の命に問題はない。
さすがに燃やされたらそれまでとなっていれば、こうも無造作に燃やしたりは出来ない。
それは取蔭の身体の一部と同じように近付いて来ていた角も同様で、B組の留学生……いや、普通に国籍は日本だったか? ともあれ、その女の生み出した角だが、こちらも同様に白炎で対処する。
てっきり爆豪が最初に俺のいる場所まで来るかと思ったのだが、まさか取蔭と角の女とはな。ちょっと意外だった。
「まぁ……それでもしっかりと身体全体で俺のいる場所に到着したのは、お前だった訳だが。そういう意味では、予想通りの展開だったな」
俺のいる建物の屋上にある柵に黒鞭が巻き付き、それによって一気に俺に向かって近付いて来た緑谷を見て、俺は笑みと共にそう言うのだった。
「ああああああああっ! クソがぁっ!」
寮の共用スペースに爆豪の苛立ち混じりの声が響く。
「ふふふっ、最初にアクセルのいる場所に到着したのは取蔭。これはつまりB組の勝利と言ってもいいだろうね」
「んだとごらぁっ!」
苛立ちMAXといった様子の爆豪に対し、物間が煽るように言う。
すると当然ながら爆豪は爆発し、まさにヴィランといった表情で物間に迫っていた。
「切島ぁ! お前はもっと鍛える必要があるだろうがっ!」
「くっ、漢として鉄哲の言葉には何も反論出来ねぇ!」
また、少し離れた場所では同じような個性を持つ切島と鉄哲がなにやらやり取りをしている。
ここはA組の寮なのだが、戦闘訓練の反省会だったり、交流会的な感じでB組の面々がやって来ている。
勿論これは任意なので、B組の全員がやって来ている訳ではない。
「にしても……まさか、アクセル1人を相手に一矢報いることも出来なかったってのは、悔しいよな」
「そうですわね。私なんか創造の個性で対処が間に合わず、炎獣にやられてしまいましたわ」
「私も四方八方から攻められるとちょっとね。そういう意味では茨は上手い具合に実力を見せたんじゃないか?」
「アクセルさんに実力を見せることが出来たのであれば、私は満足です」
「私も酸を身に纏って炎獣の対処は出来ていたんだけど、数が多くて手が回らなかったなぁ……」
「それを言うなら私もだよ。透明なのに、あの炎獣は一体どうやって私の場所を見つけたのかな」
「私は音で対処出来たけど、物量に圧倒された」
一佳を含めた女達が纏まって話しているのが聞こえてくる。
どうやら炎獣を相手にかなり苦戦したらしい。
とはいえ、物量で攻めてくる相手への対処方法というのは、覚えておいた方がいい。
ヴィラン連合にも確かそういう物量を得意にしている奴がいた筈だったし。
……ちなみに、これまでの話を聞けば分かるように、俺対41人の模擬戦は俺の勝利で終わっている。
勿論、最初にやったA組対B組のクラス対抗戦でそれなりに疲れていた者が多かったというのも、この場合は影響しているのだろう。
だが、それでも41人で俺と戦い、手も足も出ず完敗というのは……ちょっとやりすぎたか? と思わないでもない。
ただ、こうして見ているとそこまで露骨に落ち込んでいる奴はいないから、大丈夫だとは思うけど。
あ、でもB組でこの懇親会に来ていない奴とかは、あるいは……?
A組の面々は何だかんだと俺との付き合いも長い。
入学した時から同じクラスだったんだから、それは当然だと思うけど。
そんな訳で俺という壁の高さについては十分に理解しているものの、B組は違う。
体育祭を始めとして、俺について全く知らないという訳ではないだろう。
だが、同時にそれでも俺とそこまで親しかったりする訳ではない以上、今日の戦闘訓練では露骨に実力差を見せつけられて、落ち込んでいてもおかしくはない。
とはいえ、だからといってそれで俺がどうこう出来る訳ではないが。
寧ろ俺という強者を学生の時に知る事が出来たというのは、B組の生徒にとっても間違いなくメリットだと思う。
もしプロヒーローになってから俺のような……あるいは俺程ではなくても、AFOのような奴と遭遇したりしたら、それが初めての経験という事で何も出来ずに負ける……つまり、死ぬという事になってもおかしくはないのだから。
それどころか、女のプロヒーローであればヴィランの欲望の対象になってもおかしくはない訳で、そういう意味でも今回の一件はB組にとって悪くなかったと思う。
……そうしてちょっとやりすぎたせいで、俺の周囲には誰もいなかったりするのだが。
そんな風に思っていると、B組の……野獣系の異形系の男が近付いて来た。
「アクセル氏、今日は凄かったですな」
「えっと……宍田、だったか? 何度か自主練にも来てたよな?」
この特徴的な外見から、以前一佳だったか、茨だったか、ともかく聞いた名前を思い出す。
一応自主練で一緒になった事があるので、見覚えがあったというのも大きいだろう。
「うむ、そうですな。自主訓練の時もアクセル氏の力には驚かされてましたが、今日はそれよりも更に驚きました」
宍田の口調はかなり丁寧だ。
外見はまさに野獣といった異形系なのに、高い知性を感じさせる話し方だ。
あるいはその丁寧な言葉遣いからすると、ヤオモモ程ではないにしろ育ちが良いのかもしれないな。
「体育祭の選手宣誓の時にも言ったと思うが、俺は他の連中の壁として存在しているからな。俺という壁を破壊するなり、乗り越えるなり、あるいは回避するなり……やり方は色々とあると思うが、頑張ってくれ」
「何故、そこまで?」
「さて、なんでだろうな」
宍田には俺が何故そのような事をするのか分からないらしい。
最初は公安からの依頼があったからというのが大きいのだが、その依頼も既に終わっている。
とはいえそれは言えないし、AFO対策に強くなって欲しいというのも言える筈がない。
そうなると……
「趣味、というのとはちょっと違うかもしれないが、そんな感じだと思ってもいいかもしれないな」
そう、適当に誤魔化すのだった。