「うううううううう……」
雄英を出る俺とヤオモモ、透、砂藤、瀬呂の5人を三奈は恨めしげな様子で見送ってくる。
そんな三奈の横では、響香も黙ったままではあるが、耳から伸びているイヤホンがヒュンヒュンと動いている。
今日は、以前話していたホテルのケーキバイキングに行く日だ。
もっとも、もう数日で郊外ヒーロー活動として那歩島に行くので、必死にダイエットをしている三奈を含めた数人は結局行けなかったが。
ちなみに砂藤は趣味がお菓子作りという事で声を掛けた。
瀬呂は……まぁ、何だかんだといつものメンバーだし。
俺が関わるメンバーという事なら、他にも峰田や上鳴といった面々がいるのだが、ホテルのケーキバイキングとなると、峰田を連れていったら面倒な事になる可能性が非常に高い。
具体的には、ケーキバイキングという事で来ているのは女の客が多い訳で、峰田のナンパ……あるいはセクハラを考えると、最悪俺達も巻き添えで追い出される可能性があった。
そういう意味では上鳴は峰田程に酷くはないものの、それでも峰田を誘わないのに上鳴だけ誘ったら友情に亀裂が入るだろうという事で、声を掛けなかったのだ。
「あー……まぁ、郊外ヒーロー活動が終わって雄英に帰ってきた後でまたケーキバイキングに行くって事にしないか?」
「……絶対だからね」
三奈の言葉に頷き……俺達は目的のホテルに向かうのだった。
「これは、八百万のお嬢様。今日は私共のホテルに来ていただき、ありがとうございます」
ケーキバイキングをやっているホテルに来たのだが、ちょうどそのタイミングでカウンターの近くで何やら従業員と打ち合わせをしていた50代程の男がヤオモモを見つけ、立ち上がると急いで近付いてきて、そう挨拶をする。
どうやらこのホテルの中でもそれなりに地位のありそうな人物らしいが……
「凄いね、ヤオモモ」
透がお偉いさんだろう相手と普通にやり取りをしているのを見て、そう言ってくる。
実際、相手はそれなりに雰囲気のある人物で、砂藤と瀬呂は微妙に関わり合いになりたくないといといった様子を見せている。
そんな中でも、ヤオモモは一切臆する様子もなく、堂々と……それどころか、笑みさえ浮かべながらやり取りをしていた。
ヤオモモの実家……八百万家の影響力の高さが分かるよな。
俺が寮に入る前に住んでいたマンション……それもあの辺りでは高級マンションにも、ヤオモモと知り合いの通信会社だったか、どこだったかの社長がいたしな。
そんな風に考えていると、男との話を終えたヤオモモがこっちにやって来る。
「皆さん、今日のケーキバイキングですが、無料になりました」
『え?』
いきなりのヤオモモの言葉に、透、瀬呂、砂藤の3人がそれぞれ驚きの声を発する。
このホテルのケーキバイキングは一般的なケーキバイキングの値段と比べると、かなり高額だ。
もっとも、その値段に見合うだけの品質のケーキとかがあるので、評判は悪くないらしいが。
なので、家が金持ちのヤオモモ、金に困っていない俺ならともかく、透、瀬呂、砂藤はかなり奮発してこのホテルにやって来たのだ。
だというのに、いきなりその奮発する部分のケーキバイキングが無料になるというのは、3人にとっても予想外だったのだろう。
「いいのか?」
なので、予想外の展開で何も言えなくなっている3人に代わり、俺がそう尋ねる。
するとヤオモモは笑みを浮かべて頷く。
「ええ。あのおじさまには小さい頃から可愛がって貰っているのです。なので、私のお友達ならば……と」
そんな訳で、ある意味でヤオモモのお零れではあるが、それでも高校生にとって高額なケーキバイキングの代金を払わなくてもいいのならという事で、俺も含めて全員がヤオモモの知り合いに奢って貰える事になるのだった。
「うわ……これ美味しい……チーズケーキって今までも色々と食べてきたけど、全然違う」
透が持ってきたチーズケーキを一口食べて、驚いたように言う。
俺もまた、ショートケーキを食べつつ、その味に舌鼓を打つ。
ケーキバイキング用に用意されたケーキは、より多くの種類を食べて貰いたいというホテル側の配慮なのだろう。
かなり小さめで、それこそ男なら一口で食べられるくらいの大きさしかない。
そんなケーキのある場所に書かれてあったのだが、このホテルでケーキを作っている人物は甘味操作とかいう個性の持ち主で、それによってケーキは甘いものの、カロリー的にはかなり少なくなっているらしい。
……甘味操作で、甘みはそのままでカロリーを少なく出来るのか? と思わないでもないが、そもそも個性というのは色々な意味で理不尽なものだしな。
であれば、このケーキを作っているパティシエの個性もありなのだろう。
もっとも甘味操作で甘くしてカロリーを減らす事が出来るからといって、それでケーキの完成度が高くなる訳ではない。
甘さ以外の要素……純粋なケーキを作る技量は、個性以外で対処する必要があるだろう。
「けどよ、甘味操作なんてスキルを持ってるパティシエがいるんなら、郊外ヒーロー活動に行く為にダイエットしてる連中も一緒に来てもよかったんじゃないか?」
「あのね、瀬呂君。女の子は油断出来ないんだよ。それにカロリーが低くなるからといって、それはゼロになる訳でもないんだし」
瀬呂の言葉に透がそう注意する。
いや、これは注意か?
「ふーん。……こんなに美味いのにな。砂藤、こういうケーキってやっぱり作るのが難しいのか?」
「難しい」
一切の躊躇なく、砂藤は瀬呂の言葉にそう断言する。
瀬呂にしてみれば、何気なく……本当に何気なくした質問だったのだろうが、どうやらそれは砂藤の何かに触れたらしい。
その何かが逆鱗でなかったのは、せめてもの救いといったところか。
「そ、そうなのか?」
「ああ、このケーキを作ったパティシエは、個性関係なくケーキ作りの技術だけでももの凄く高いと思う。俺なんかは足元にも及ばないくらいにはな」
そう、砂藤が断言する。
砂藤も趣味とはいえ、お菓子作りはかなり得意だ。
とてもではないが素人とは呼べない……セミプロクラスの腕は十分にあるだろう。
あるいは、プロの中でも下の方のパティシエが相手であれば、砂藤の方が勝っているかもしれないとすら思う。
そんな砂藤がこうまで言うという事は、やはりこのホテルのパティシエはかなりの腕なのだろう。
……もっとも、そういう腕の良いパティシエが作ったケーキを始めとするスィーツでなければ、食べ放題とはいえ通常のケーキ食べ放題の平均の数倍という金額には不満を抱く者も多いだろうが。
まぁ、今日はヤオモモのコネによって無料で食べられる事になったが。
「まぁ、これは……桃の季節ではありませんが、随分と甘く瑞々しいですわね」
ヤオモモは白桃を使ったケーキ……何という種類なのかは俺にも分からないが、とにかくそのケーキを味わいつつ、嬉しそうにしている。
透もまた、柿を使ったケーキに舌鼓を打っていた。
そうして色々と話しながら、ケーキの時間を楽しむ。
とはいえ、やはりずっと甘いケーキだけを食べ続けるというのは飽きてくるので、サンドイッチやパスタといった塩気のあるものもたまに口に運ぶ。
驚いたのは、そういうサンドイッチやパスタの類もランチラッシュには及ばないものの、それでも十分に一流と呼ぶに相応しい者達が作っていた事だろう。
ちなみにやっぱりケーキを始めとしたスイーツがメインなので、パスタとかサンドイッチも匂いの強い奴……例えばパスタだとペペロンチーノとか、そういうのはない。
あくまでも口直し的な感じで、場の雰囲気を壊さないように考えられているのだろう。
そんな風に食べながら話していると、自然とその話題は数日後に行く那歩島についての話題となる。
「南国の島って話だけど、観光客がかなり多い島なんだよね?」
「ええ、相澤先生から聞いた話によると、南の島という事で特に冬の今は観光客が多いそうです。観光客の方達以外にも、那歩島に住んでいる人達をお助けする事になると思いますわ」
「けどよ、相澤先生の事だからその情報は必殺技の合理的虚偽で、実はもの凄く観光客が少ないとか、もしくは住人の数が極端に多かったり少なかったりとか、そういうのじゃないよな?」
透、ヤオモモ、瀬呂のそれぞれの言葉に……特に瀬呂の合理的虚偽の件に、それは有り得るかもしれないと思ってしまう。
実際、これまで何度も合理的虚偽をしてきた実績が相澤にはあるだけに、そういう可能性があると言われても、もしかしたら? と思わないでもないのだ。
ちなみに砂藤はケーキの分析に忙しく、こっちの話を聞いてはいない。
「この冬に北海道で郊外ヒーロー活動をやるB組と比べると、俺達の方が明らかに恵まれているのは間違いないよな」
混沌精霊の俺にしてみれば、冬でも夏でもそう問題はないが、それでも雪があると歩きにくいのは間違いないので、そういう意味では俺にとっては間違いなく南国の島がいい。
「私はスキーとかスノーボードとかやるのも面白いと思うな。それに雪合戦とか!」
「スノーモービルは用意出来ますわね」
透とヤオモモがそれぞれに言う。
そういう雪のレジャーも楽しそうではあるんだけどな。
とはいえ、もし峰田がここにいれば絶対に南国の島一択となるだろう。
何しろ南国の島なら女子の水着姿を楽しめるが、北海道だと防寒用に分厚い……スキーウェアとか、そういうのを着る事になるだろうし。
峰田がどっちを喜ぶのかというのは、考えるまでもないだろう。
いやまぁ、峰田に限らず高校生の男であれば多くの者達が南の島の方がいいと主張しそうな気がするが。
「それでもやっぱり、寒いよりは暖かい方がいいな」
そう瀬呂が言う。
瀬呂も別にそこまで極端に寒さに弱いという訳ではないのだろうが、それでもやはり冬の今は南の島に意識が向いているのだろう。
「……その為に、今三奈ちゃん達は頑張ってるんだけどね」
透が遠い目をして言う。
いや、透明なので実際に遠い目をしているのかどうかは分からないが。
何となくそんな雰囲気を発しているというのは理解出来た感じだ。
「アクセル」
「うん? どうした? ケーキの方はもういいのか?」
俺達が話している間もケーキに夢中になっていた砂藤が、不意に顔を上げる。
「ケーキに夢中になってたのは間違いないけど、話もそれとなく聞いていたんだよ。それでちょっと質問なんだが、那歩島ってサトウキビとかそういうのはあるのか?」
「……さぁ? それを俺に聞かれても、残念ながらその辺りの情報について詳しい訳ではないからな」
影のゲートを使って那歩島まで移動して見てくる……といった事はやろうと思えば出来ると思う。
だが、だからといってそれをやるかと言われれば、別にそのような事をやるつもりはなかったが。
どうせなら、那歩島に行って初めてその景色を見て驚いたりしたいと思うのは、当然の事だろう。
なので、その辺については今ここで俺がどうこう言うつもりはなかった。
「そっかぁ……もしサトウキビがあるのなら、本場のサトウキビを食べて何か作ってもいいと思ったんだけどな」
そう砂藤が言うと、不意に透がスマホを取り出して何かを調べ始め……
「うん、サトウキビ畑もあるみたいだよ。そこまで大規模な農場って訳じゃないと思うけど」
どうやら那歩島にサトウキビがあるかどうかを調べたらしい。
……まぁ、砂藤がたまに作るスィーツの類は、A組女子に……場合によっては男子にも人気だしな。
プロには及ばないものの、明らかに素人以上の、セミプロ級の腕を持つ砂藤の作ったスィーツを思うと、透にしてみればサトウキビについて調べるのは即座にやらなければならなかったらしい。
サトウキビから作られるのは、黒糖だったよな?
それを使った黒糖のスィーツとなると……沖縄のサーターアンダギーとかいう、ドーナツみたいな奴とか?
いや、サーターアンダギーに黒糖が使われているのかどうかは、生憎と俺には分からないが。
ともあれ、サトウキビを使ったスィーツが作られるのを、俺は楽しみにしておこう。
「砂藤が作る、サトウキビを使ったスィーツかぁ……楽しみだな。アクセルもそう思うだろ?」
「そうだな。砂藤の腕は間違いなく素人離れしたものだし。そういう意味では、俺にとっても楽しみだ」
「えー……そうやって期待されるのは嬉しいけど、期待のしすぎは止めてくれよ。俺は別に専門に習ったとかそういう訳でもないんだからさ」
それはつまり、砂藤は独学で今のようなパティシエとしての技術を手に入れたということを意味しており、それはそれで素直に凄いと思う。
まぁ、砂藤の個性は甘い物を食べると身体能力が強化されるというものなんだから、その関連でスィーツ作りの技量が上がったとしてもおかしくはない。
そうして、俺達はケーキバイキングを楽しむのだった。