「てめえ……」
キメラが俺を睨む視線の種類が変わる。
先程までは、俺を敵として認識はしていたものの、俺の強さを見て……そう、一種同類に対するようなものでもあった。
だが、キメラの誘いをあっさりと断った俺に対して向けられている今の視線には、怒りが……強い怒りしか表現しようのない色があった。
せめてもの救いは、その視線にあるのはあくまでも怒りであって、憎悪の類ではないという事か。
いや、一応それっぽい感じがしないでもないが、その憎悪は俺に向けてのものではない。
もっと別の……何か他の相手に対するものなのだろう。
もっとも、その憎悪についてはそれなりに予想出来る。
このヒロアカ世界において、都会はまだしも田舎では異形系というのは迫害される事が多いらしい。
実際、俺と同じA組の障子も雄英に来る前に住んでいた地元では異形系という事でかなりの差別を受けていたらしいしな。
他にも、世の中には異形系の個性だけは認められず、闇討ちするような組織もあるらしい。
……青き清浄なる世界の為にとか、そんな事を言ったりはしないだろうな?
ともあれ、そんな感じのキメラが1歩こちらに踏み出す。
「俺との実力差はもう分かったと思ったんだがな。それでもまだやるのか?」
「お前の実力は理解出来た。だが……だからといって、俺の実力の全てを見せた訳でもねえ。出来れば避けたかったところだが、お前は強い。なら、俺も本気を出さなきゃいけねえよなぁっ!」
最初は静かに、それでいて次第に強く……最後には叫ぶキメラ。
これがその辺のヴィランが相手であれば、ハッタリか何かだと判断するだろう。
だが、このキメラは明らかにそういうハッタリをするタイプではない。
それはつまり、本当にまだ何らかの奥の手があると……そういう事なのだろう。
であれば、どうするか。
まだ個性破壊薬は1個残っているが……いや、けどあの個性破壊薬で無効化出来る個性に異形系とかは入っていなかったと思う。
だとすれば、こいつに使うのは無駄か?
相澤の抹消もまた、異形系に対しては効果を発揮しないって事だったしな。
であれば、個性破壊薬を使わずに倒す……いや、この手の奴は倒されても起き上がる。
だとすれば、心を折る必要があるか。
そう判断しつつ、俺は相手の動きを待つ。
キメラが他にも何らかの奥の手を持っているのは分かっていた。
今なら、その奥の手を使うよりも前に倒す事も出来るだろう。
だが、俺がやるべきなのはキメラを倒す事ではない。
キメラの心を折って、その上で倒す事だ。
その為、キメラが何らかの奥の手を出すのを待つ。
……まぁ、奥の手というだけあって、もしかしたらまだそれを出さないという可能性もあるが、少し戦闘をしただけで、俺との間にある実力差は思い知った筈だし、何より本人が本気を出すとか言ってるしな。
「見せてやるよ、俺が化け物と呼ばれた理由をなぁっ!」
その叫びと共に、キメラの身体が大きくなる……いや、変身したといった方が正しいか?
足は鋭い鉤爪を持った鳥の足で、手……というよりも、腕か? 腕には翼が生み出される。
その上で基本的な身体も大きくなっているのが見て取れた。
へぇ……なるほど、キメラと呼ぶに相応しい外見だな。
てっきりあの狼男といった様子がキメラの姿だったと思ったが……なるほど、キメラという名称はそこからつけられたヴィランネームなのかもしれないな。
そんな風に思っていると、キメラは大きく息を吸い……何となくその行動からキメラがやろうとしている事を理解し……次の瞬間、まるでドラゴンが放つようなブレスかと思えるような、ファイアブレスが俺に向かって放たれる。
このヒロアカ世界で炎系の個性となるとエンデヴァーが第一人者ではあるものの、キメラの今のファイアブレスはそのエンデヴァーの炎に匹敵するのではないかと思う。
……実際、ファイアブレスの通った場所が一瞬にして燃やしつくされたのを見れば、その威力は明らかだろう。
だが……そのファイアブレスは、俺が掌に生み出した白炎によってあっさりと止められる。
「っ!?」
ファイアブレスを放ってる事もあってか驚きの声を口には出せず、表情で驚きを示すことしか出来なかったものの、キメラにしてみれば今の自分の攻撃には強い自信があったのだろう。
だが……それがあっさりと白炎に受け止められるとは、キメラにとっても予想外だったらしい。
しかし、その驚きの表情はまだ早いし、足りない。
「まだだぞ」
そう俺が言うと同時に、ファイアブレスを受け止めていた白炎が動く。
キメラの口から出ているファイアブレスを辿るようにして、接触している部分から侵食していったのだ。
……もっとも、実際にはこれは侵食ではない。
キメラのファイアブレスそのものを、白炎が燃やしながら発生源まで向かったのだ。
それを見たキメラは、咄嗟にだろう。
ファイアブレスを放つのを止め……次の瞬間、キメラの顔のすぐ側まで白炎によって燃やされ、それで白炎が消える。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……てめえ……一体何を……」
キメラの信じられないといった声。
キメラにしてみれば、今の自分の姿……本性とも呼ぶべきものは、まさに奥の手だったのだろう。
だというのに、その奥の手の中でも恐らく最強クラスの攻撃力を持つファイアブレスが、あっさりと俺の白炎によって負けてしまった。
かなり動揺しているのは間違いなく、そういう意味では後1歩だな。
……そうだな、キメラが自分の奥の手を見せたんだから、その上をいってやれば心も折れるだろう。
「お前の個性については理解した」
「あ? 一体何をいきなり……」
いきなりの俺の言葉に戸惑った様子で返すキメラ。
そんなキメラに対し、俺は落ち着かせるように口を開く。
「取りあえず黙って聞け。さっきの攻撃でそれなりに消耗してるんだろう? なら、俺の話を聞いている間、少しでも体力を回復した方がいいだろ」
「……」
俺の言葉に一理あると思ったのか、キメラはそれ以上何も言わず、体力の回復に専念する。
もっとも、まさかこの状況で自分に有利な事を俺がするのがおかしいというのは理解しているのだろう。
体力の回復はしているようだったが、それでも俺が何か怪しい行動をしたら即座に対処出来るよう、鋭い視線を俺に向けている。
とはいえ、俺はそんなキメラの様子を気にせず、言葉を続ける。
「お前はそれなりに俺についての知識があったみたいだが、俺の個性が具体的にどのようなものなのかは知ってるか?」
そう聞くも、キメラは訝しげな表情を浮かべるだけだ。
……狼の顔でも訝しげだとか、そういうのがはっきりと分かるというのは凄いよな。
「分からないか。お前が知ってるかどうかは分からないが、俺の個性には複数の能力がある。だが、それは全て混沌精霊という個性による能力だ。例えば、現在No.1ヒーローとなったエンデヴァーの息子が俺の同級生にいるんだが、その個性は半冷半燃という個性で、氷と炎という一見すると相反する個性を同時に使える訳だ」
「お前の個性もそうだと?」
「そうなるな」
いや、実際には個性じゃないのを個性という事にしてあるだけなのだが。
その件はともかく、今はキメラの心を折る方を優先しよう。
「そして俺の個性の名称は、混沌精霊」
「混沌……精霊?」
初めて聞く名前の個性だったからだろう、キメラは戸惑ったように呟く。
「そうだ。混沌精霊だ。……それで、そんな混沌精霊という個性の中にはお前の個性と似たようなものもある」
「……何だと?」
「いいか、見逃すなよ? 気をしっかりと持て。場合によっては、見ただけで意識を失ってもおかしくはないからな」
「っ!?」
俺の言葉を真実と思ったのか、あるいは嘘の可能性が高いものの、それでも万が一を考えれば動かなければならないと判断したのか、その辺りについては俺も分からない。
だが、キメラが動こうとした瞬間、俺は手を一振りする。
するとその動きに合わせるように、俺とキメラを遮るような形で白炎の壁が生み出され、それを見たキメラは白炎の危険性を本能的に察したのか、咄嗟に足を止め……それが、致命的だった
キメラが足を止めた瞬間、俺の身体は全体が白炎に包まれる。
同時に背は20代のものとなり、側頭部と額からそれぞれ天を突くかのような角が伸び、背中には竜翼があり、ドラゴンの尻尾が腰から伸びる。
俺の……混沌精霊としての、俺の本当の姿がそこにはあった。
「あ……ああ……あ……」
俺を見たキメラの口からは、そんな声が出る。
どうやら本能的に俺との間にある圧倒的なまでの力の差について理解してしまったらしい。
この辺もキメラといった個性による勘の鋭さからきたものか。
「ふぅ……何だかんだと、この姿になるのも久しぶりだな」
身体を動かしながら、そう呟く。
本当にこの姿になるのは久しぶりだ。
……まぁ、キメラを捕らえれば俺のこの姿の情報も警察に、そして公安に知られる事になるだろうが、その辺りについては俺がどうこうと考えたりはしなくてもいいだろう。
この姿を見せると決めた時、公安に知られても構わないと判断したのだから。
「ちなみにこの姿になると……お前のブレスともちょっと違うが、こういう事も出来るぞ?」
そう言い、口を開くとそこからブレス……に見せ掛けた、永久石化光線を放つ。
キメラのすぐ側を通り、背後にある木に……キメラの背後にあったから、先程のファイアブレスでも無事だった木に命中し、一瞬にしてその木は石化する。
ファイアブレスと違って派手さという意味ではそこまででもないが、それでもキメラは今の俺の放った永久石化光線に違和感を……いや、明確に恐怖か? とにかくそういうのを感じたらしい。
「他にも色々とあるが……どうする? まだやるか?」
そう聞くも、答えは分かっていた。
キメラの目にあるのは、絶望だけなのだから。
とはいえ、ここで俺から退く訳にはいかない。
ここは徹底的に心を……
「ん?」
キメラの心を折った方がいい。
そう思っていると、ふと視線の先に巨大な竜巻のようなものが見える。
「あれは……ナイン……そうか、そうだよな。俺達の理想郷……エデンの為に……こんなところで負けちゃいられねえ……いられねえよなぁっ!」
俺の視線を追ったキメラが竜巻を見ると、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
そして呟きの後半になると、キメラの目では数秒前まであった絶望は既になく、強い意志のみがそこにはあった。
えっと……あれ? 何でキメラがいきなり復活してるんだ? あの竜巻を見てから、そしてナインってのは……多分だが、緑谷と爆豪を倒した複数の個性を使うヴィランの事だとは思うが。
仲間の頑張りを見て、ピンチの状況から復活する。
それだけを見れば、それこそ俺よりもキメラの方が主役のように思えるな。
……実際にはこいつらは、子供を誘拐しにきたヴィランなんだが。
「あのな、そういうのはヴィランじゃなくてヒーロー側の対応だろう?」
「……うるせえっ! 俺はナインに賭けたんだ! そのナインがこうして頑張ってる以上、俺が怖じ気づく訳にはいかねえんだよぉっ!」
叫ぶと同時に、キメラの身体が再び大きくなる。
変身をした時と比べれば、そこまで大きくなった訳ではない。
だが、それでも今こうして俺の前にいるキメラが大きくなったのは明らかだ。
もしかして、キメラの気分で大きくなったりとか出来るのか?
そう思うものの、まさかこのキメラを相手にそうなのか? と聞いても素直に答えてくれるとは思えない。
であれば、今のこの状況で俺がやるべきなのは……
「分かった。なら、掛かってこい。お前がヴィランとして俺の前に立ち塞がるというのなら、俺も雄英の生徒としてしっかりとやるべき事をやるだけだしな」
「へっ、雄英の生徒……か。お前のような奴が雄英の生徒って、一体何の冗談だ?」
それは俺もそう思う。
そう答えそうになるが、今のこの状況を思えばここでは何も言わない方がいいだろう。
まさか俺が異世界から来た存在だとか、そういうのを話す訳にもいかないし。
キメラには、大人しくここで負けて貰おう。
そう考え……
「お前達は運が悪かったんだよ」
これは事実だ。
もし俺達が那歩島に来ていなければ……あるいはこいつらが狙っている子供が那歩島ではなくどこか別の場所にいたら。
そのように考えれば、やはりキメラ達の運が悪かったのだろう。
……もっともメタ的に考えれば原作の流れとしてこの騒動があった訳で、そういう意味では俺達が那歩島にいたから、このような騒動が起きたとも考えられるのだが。
「そうかもな。だが……俺は、そしてナインは、そんな運の悪さも乗り越えてみせる!」
叫びつつ、ファイアブレスは俺には効果がないと判断したのか、近接戦闘に勝機を見出したキメラが俺との間合いを詰めてくるのだった。