「暇だな」
寮にある俺の部屋、そこのベッドの上で呟く。
今日は12月31日。
いわゆる、大晦日だ。
全寮制になった理由……ヴィラン連合、いやヴィラン全体での話か? とにかくそういう者達によって諸々の騒動が起きた為、年末年始であっても本来なら生徒達は実家に帰る事は出来ない筈だった。
だが、それだと生徒達が可哀想だという事で、教師……だけではなく、プロヒーローの護衛付きで、1泊2日での帰省が認められたのだ。
とはいえ、この帰省で一体どれだけの金が掛かったんだろうな。
ヴィランが狙うのは基本的にヒーロー科の生徒だろうが、それ以外の学科の生徒達も雄英という、日本でNo.1の高校の生徒であるのは間違いない。
他にも、他の学科でも雄英の生徒であれば人質として有用だと考え、襲撃される可能性は決して低くはない。
そう考えると、ヒーロー科以外の学科の生徒にもプロヒーローを護衛としてつける必要がある訳だ。
ましてや、1年から3年の全校生徒。
……いや、俺はこうして寮に残っているし、他にも何らかの理由で寮に残っている者達もいると考えれば、全員という訳ではない。
だが、それでも百人単位でプロヒーローに依頼をする必要が出てくる訳であり、依頼料も結構な金額になるのは間違いない。
あ、でもプロヒーローはバイトとかも可能だが一応は公務員的な性質があって、ヴィランとの戦いだったり、困ってる人を助けたりと、ヒーロー活動をする事によって給料が振り込まれる訳で……そういう意味では、生徒の護衛をしても依頼料とかそういうのは発生しないのか?
いや、これもまたバイトと考えれば、やっぱり依頼料は必要になるのか?
あるいは、分裂が可能なエクトプラズムが活躍してるのかもしれないな。
ともあれ、そんな訳で……このヒロアカ世界に実家がある訳でもない俺としては、大晦日に実家に帰省とか、そういうのはない訳だ。
そもそも俺にとっての故郷はホワイトスターな訳で、そのホワイトスターに行く為のゲートは雄英の敷地内に用意されており、それなりに頻繁に帰っているというのも大きい。
ましてや、雄英の教師達は俺について知っている以上、帰省の件で俺がどうこうされるといったような事はないんだよな。
勿論、もう少ししたらホワイトスターに戻り、全員で年越しをする予定だが……当然ながら、ホワイトスターには除夜の鐘とかそういうのもないし、やる事は他の世界のTV番組を受信して年越し番組を見ながら豪華な夕食を食べ、日付が変わる頃に年越し蕎麦を食べ……その後は姫始めを楽しむ事になる。
……あ、でも姫始め、いわゆるその年の初めにそういうことをする事を姫始めと呼ぶのだが、この場合は1月1日になってるので、それでも姫始めでいいのか?
あるいは……スマホで調べてみると、姫始めというのは基本的に1月2日以降らしいので、この場合は姫始めではなく、姫納め的な?
ともあれ、そうした夜を楽しみ、帰省していた生徒達が戻ってくる明日には、俺もまた寮に戻ってくる訳だ。
どうせなら、付き合う事になったヤオモモ、三奈、一佳の3人と初詣とかに行きたかったんだが……雄英の今の状況では、それも無理か。
そんな風に思っていると、不意に寮に誰かが入ってきた気配を感じる。
今、この寮にいるのは俺1人で、他は全員が帰省中だ。
そう考えれば、寮に入ってきたのはクラス以外の誰かとなる。
……まぁ、もしかしたら忘れ物を取りに来た誰かという可能性もあるけど。
それにここは雄英だ。
つまり、侵入者というのは考えにくい。
いやまぁ、黒霧のような奴がいれば話は別だが。
待て。もしかして本当にヴィラン連合が何らかの理由で転移してきたという可能性もないではないのか?
そう思い、ベッドから起き上がると部屋を出て1階に向かう。
……まぁ、敵意や殺意、悪意の類は感じないので、ヴィラン連合って事はないと思うんだが。
「ごめんくださーい。あれ? ねぇ、リューキュウ。本当にアクセルが残ってるの?」
「ミッドナイトから聞いた情報だから、間違いない筈よ」
「……あの女……自分だけアクセルの教師だからって……」
「ねこねこねこ。それは羨ましいよね」
階段を下りる途中に耳に入ってきた、聞き覚えのある声。
そして知った気配が3つ。
……あれ? 3つ?
疑問を抱きつつも、階段を下りきって1階の共有スペースに姿を現すと……そこには、予想通り、リューキュウ、マウントレディ、ピクシーボブの3人の姿があった。
より正確には、龍子、優、流子の3人か。
……『りゅうこ』という名前が3人中2人なのは、どうかと思うが。
「一体どうしたんだ? というか、珍しい組み合わせだな」
そう、3人に声を掛ける。
龍子と優だけであれば、そこまでおかしな組み合わせではない。
それこそいつもの組み合わせと言ってもいいのだから。
だが、そこに流子がいるというのは予想外だった。
あるいはここにマンダレイ……信乃がいれば、馴染みの組み合わせになるとは思うけど。
「ねこねこねこ。本来なら信乃も来たがっていたんだけどね。洸汰がいるから、年末年始は一緒にすごさないと駄目ということになって」
流子のその言葉には納得出来るものがあった。
信乃にとって、洸汰という子供……それこそ壊理と同じくらいの年齢の子供は、自分の守るべき相手という認識だろう。
なので、これが普通の時ならともかく、年末年始とかになると家族として一緒にいないと駄目だと、そのように思ってもおかしくはない。
「それで? 信乃の件はともかく、お前達は一体何でこの寮に来たんだ?」
「何でって……アクセルが1人で寮にいるって聞いたから」
その言葉に納得し……気を遣わせたなと思うのだった。
「うわっ、ここがホワイトスター!? 凄いわね!?」
嬉しそうに叫ぶのは、優や流子……ではなく、龍子。
普段はクールビューティと称される事のある龍子が、ホワイトスターという場所を見て、興奮していた。
……今更だけど、牧場のワイバーンを見せたりしたらどうなるんだろうな?
少しだけそんな風に思ったが、その辺りについては今は考えないようにしておこう、
そうして年末年始はホワイトスターでレモン達と龍子達の顔合わせが行われる事になる。
ちなみに優や流子がシェリルにかなりからかわれていたりしたのだが……まぁ、悪くはない日々だっただろう。
そうして新年を迎えると、俺達は再度インターンに参加する事になる。
俺は当然のように龍子の事務所で、三奈と茨、瀬呂、砂藤の4人と共にインターンとして受け入れられる。
実際には龍子の事務所だけではなく、龍子とチームアップをしている優の事務所も込みでの話だったが。
そのインターンでも色々と騒動はあったのだが、その中でも特に大きな騒動は、ヒューマライズという思想集団……もとい、テロ組織のテロの一件だろう。
その件で世界中で大きな騒ぎとなった。
もっとも、他のプロヒーローは世界中にあるヒューマライズの拠点を襲撃したりしていたのだが、龍子の事務所に割り当てられたのは日本にあるヒューマライズの支部だったので、そこまで大きく移動するといったような事もなかったのだが。
そうして冬休み中のインターンも終わり……いよいよ始業式が始まる事になる。
「うーん……」
「どうしたの、アクセル君?」
「いや……トリガーボム、ちょっと欲しかったなと思って」
「ちょっ、アクセル君!?」
新学期が始まった日の放課後の自主訓練の時間、俺の言葉を聞いた緑谷は思いきり焦った様子で叫び、周囲を確認する。
そうして誰も見ていないのを確認すると、俺に真剣な視線を向けてくる。
「アクセル君、本気で言ってるの?」
「ああ、本気だ。ヴィランと戦う時、かなり有利になるだろう?」
トリガーボム。それはヒューマライズが開発したガスというか、細菌兵器で、その効果は個性を暴走させるというものだ。
……シラタキを始めとした者達に対する武器としては、かなり有用だろう。
後は……他にも、技術班の研究素材にもいい筈だ。
個性破壊薬の件と合わせて、ヴィラン対策として使えるのは間違いない。
「駄目だよ! トリガーボムは、使われた人が死ぬかもしれないんだよ!?」
「何、何? どしたん? 何を騒いでるの?」
緑谷と俺の会話が聞こえたらしく、三奈がやってきて会話はそれで打ち切られるのだった。
「へぇ……それはまた……」
俺はレオンの口から出た言葉に、そう返す。
レオンにとっても、今回俺を呼んだ件については予想外だったのか、いつもと違って真剣な表情を浮かべる。
「どうしますか? 私としては、ここでシャドウミラーの存在を大々的に知らせるというのも悪くないとは思うのですが」
「レオンの言うようにしたら、間違いなくこれ以上ない程にシャドウミラーを印象づけられるのは間違いないだろうが……公安としては、俺達の存在をあまり公にしたくないといった方向じゃなかったか?」
「はい、その予定だったのは間違いないでしょう。ですが、今回の件を思えば、そうも言ってられなくなったのかと。今の公安にしてみれば、頼れる戦力……それも、シャドウミラーという、極めて強力な戦力は是非とも欲しかったのでしょう」
「公安からの情報を考えれば、そうだろうな」
レオンが公安を通して聞いてきた話は、それだけの説得力があった。
神野区から逃げ出したヴィラン連合だったが、何がどうなったのか、今となっては分からない。
だが、ヴィラン連合……いや、名称も既に超常解放戦線とかいう名称に変わったらしいが、とにかくその超常解放戦線……面倒だから解放戦線でいいか。その解放戦線の有する戦力は10万。
ましてや、その全てがしっかりと個性を使うという事の為に鍛えてきた者達となれば、公安がシャドウミラーという戦力を頼りにしたのも分かる。
ちなみにもし俺達がいなかった場合は、本格的に学徒動員を行っていたらしい。
東の雄英、西の士傑とされた2つの名門。
それ以外にも、ヒーロー科を持つ高校の中でも優秀な学生を運用して。
だが……幸いな事に、今このヒロアカ世界にはシャドウミラーという存在がいる。
それも具体的にどのくらいの実力を持っているのかは、それこそ公安ですら認識出来ないような……それでいて、圧倒的な力を持つ組織が。
「受けろ。その代わり、報酬は……」
そう俺は言い、報酬について指示する。……この日から、事態は急速に……それでいて静かに進んでいくことになるのだった。
「本当にアクセルさんだけでいいのですか?」
「今更だろ、それは。俺個人の戦力を思えば、問題ない筈だ。それに……これから行動を起こすというこの時に、もし俺がやっぱり駄目だとか言ったら、それはそれでどうするんだって話になるんじゃないか?」
「それは……」
解放戦線との戦い当日に、実は俺が駄目だとか言ったら、それこそ作戦は失敗するだろう。
とはいえ、目良が心配そうにするのは分からないでもない。
敵の中枢……AFOの協力者にして、脳無を生み出した者というのは、解放戦線とは別の意味で危険なのは間違いないのだから。
また、エンデヴァーと戦ったような脳無……知能が高く、話すら出来るような脳無がいる可能性も高い。
そんな相手に俺1人でとなると、目良としても心配だろう。
もっとも、そういう事が出来るというのを実力でしっかりと見せる為に、ホークス以外のトップ10プロヒーローと戦い圧倒し、実力を見せつける事で問題ないと証明したのだが。
「手数の面でも心配するな。俺には炎獣があるからな」
「……炎獣、あそこまで数を出せるとは思ってませんでしたよ」
「だろう? そっちは、入院患者の避難とか、そういうのに集中してくれればいい」
そう言うと、目良は大きく息を吐く。
「アクセルさんに……そしてシャドウミラーに賭けさせて貰います」
「賭けの結果は総取りになるだろうから、安心しろ。……その代わり、報酬については忘れるなよ」
目良に対して念を押す。
だが、目良はそんな俺の言葉を聞いて、微妙な表情を浮かべる。
「報酬については理解しましたが……ですが、その、本気ですか?」
正気ですか? と聞こうとするのを何とか我慢した様子で、そう聞いてくる。
目良にしてみれば、今回の一件で要求した報酬はそれだけ信じられないものだったのだろう。
「そうだ。そもそもオールマイトの治療をした時にも、その辺については根津と話してはいたんだけどな。駄目元ではあったから仕方がないけど。ただ、公安なら約束を破らないだろう? きちんと契約を結んだ上で、それでも敵になったら……その時はどうなるか、覚えておけ」
「……分かってますよ。ですが、AFOの身柄だなんて……一体何に使うんです?」
「色々とあるんだよ、色々と。……さて、時間だな」
スマホで時間を確認すると、俺は目的地……蛇腔総合病院に侵入する為に、影のゲートに身体を沈めるのだった。