UC世界の月の首都、クレイドル。
その政庁にある執務室で、セイラは書類仕事を片付けていた。
「そろそろシーマ達が戻ってくる頃合いではなくて?」
「はい、アルテイシア様。ホワイトスターで朝食後にUC世界に戻ってきて、書類を纏めてから午後に出頭すると聞いています」
ハモンの言葉にセイラは複雑な表情を浮かべる。
ホワイトスター経由で、定期的にX世界についての報告は受けている。
その報告の中には公的な報告だけではなく、私的な報告もあった。
セイラにとって、シーマ、モニク、クスコ、クリスの4人は友人でもあり、同時にアクセルという気になる相手を巡っての恋敵でもあった。
自分の立場を考えれば、まさかセイラがX世界に行く訳にはいかず、シーマ達が向かうのは止めることが出来なかったのだが……そんな中で、シーマ達からの私信に決して見逃すことが出来ない一文があり、セイラはそれを見てしまう。
つまり……シーマを含めた4人が、正式にアクセルの恋人になったと。
それを見た時、セイラがショックを受けなかったと言えば嘘になるだろう。
だがそれでも悔しいという思いがそこにはあった。
そして同時に、もし自分が立場を気にせず、無理にでもX世界に行っていたら、自分もシーマ達と同じような立場になっていたのではないか。
そうも思ってしまう。
セイラにとってアクセルは恩人ではあり、好意は持っていたものの、それは友人としての好意であって異性に対する好意ではなかった。
そもそもセイラの好みという点では、アクセルは違う。
恩人であっても、恋人が10人以上いるのだ。
潔癖症気味のセイラにしてみれば、そんなアクセルを異性として受け入れるなどとんでもない。
だが……恋というのは落ちるものだ。
その落ちる相手が自分の好みではない相手であっても、落ちる時は落ちてしまう。
セイラにとって、アクセルという男はそういう相手だった。
女癖が非常に悪いのは知っている。
それでも忙しい時間の合間を縫っては自分に会いに来て、お茶会をするのだ。
アルテイシアという名前は、愛する両親から貰った名前だ。
大事な名前なのは間違いない。
しかし……それでも、今はもうアルテイシアとして育ったよりも、セイラとして育った時間の方が長い。
ジオン・ズム・ダイクンの娘である自分を受け入れてくれた、テアボロ・マス。
血は繋がっていないものの、十分に自分を父親として愛してくれた人物。
その別れは1年戦争の時に屋敷が暴徒に襲われ、その迎撃をする為の指揮を執っていた時だったのが、今でも悲しく思っている。
そんなテアボロの娘としての名前がセイラ。
だが、今の自分はルナ・ジオンの女王アルテイシア・ソム・ダイクンだ。
皆が自分をアルテイシアと呼ぶ中で、アクセルだけが変わりなくセイラと呼ぶ。
ルナ・ジオンの上層部の中……特にアクセルをよく知らない者にとっては、アルテイシアをセイラと呼ぶアクセルは馴れ馴れしいと思う者もいる。
しかし、そもそも現在セイラが治めるこのルナ・ジオンという国を作るのにも、アクセルと……シャドウミラーの協力あってこそのものだ。
その上、国を作った理由も……言ってみれば、セイラの我が儘でしかない。
アクセルと接触した時に見たイメージ……自分の兄が小惑星を地上に落とそうとしている光景。
セイラはアクセルと接触した事で強化されたニュータイプ能力により、その光景が本物であると理解してしまった。
それを阻止する為に、ルナ・ジオンという国を作ったのだ。
その国を作る際の持ち出し……それこそ現在月の首都となっているクレイドルも、シャドウミラーが用意してくれたものだった。
そういう意味で、セイラにとってアクセルというのは大きな……それこそ返しきれない恩を持つ人物となる。
「アクセル……」
我知らずアクセルの名前を呟くセイラの様子に、ハモンは笑みを浮かべる。
ハモンにとってセイラは仕える主君であると同時に、幼い頃……それこそジオン・ズム・ダイクンが死んだ後のゴタゴタから逃がす為に必死になって奮闘した相手でもある。
そして何より、ハモンが小さい頃に憧れていたアストライアの子供でもあった。
それどころか、ハモンはまだ小さい頃に連邦軍から隠れてシャアを産むアストライアの手伝いをしたりもしている。……セイラは別だが。
ともあれ、ハモンにとってセイラは色々な意味で縁のある人物だった。
決して口には出さないが、子供代わりとも思っていた。
(あの人との子供もそろそろ欲しいのだけれど)
ハモンは自分の愛する男の顔を思い浮かべながら口を開く。
「アルテイシア様、シャドウミラーからの要望については……」
「え? 要望? 何かしら?」
「X世界で手に入れたコロニーレーザーを月の軌道上においてデータ収集や研究を行いたいという件です」
「ああ、その件ですか。それについては問題ありません。月を守る力にもなるというのでしょう?」
「そうですが、政府の中には連邦を刺激するのではないかと心配する者もいます。
「いるでしょうね。けど、それはコロニーレーザーの件より前からでしょう?」
セイラの言葉は正しい。
元々連邦のタカ派は、連邦以外の国であるルナ・ジオンや、地球に住んでいないとしてスペースノイドに敵対的な思いを抱いている者も多い。
特にルナ・ジオンは、1年戦争のドサクサ紛れに作られた国家だ。
1年戦争が半ばジオン公国の独立戦争という一面が強かった中で、ジオンの名を持つ新たな国が生まれたのだから、それを気にするなという方が無理だろう。
ましてや、月というのは連邦に大きな富をもたらしてきた存在だというのに、その月が丸々奪われてしまったので、ただでさえ1年戦争で人が多く死に、財政の問題を抱えている連邦にしてみれば、月に思うところがあるのは当然だった。
それ以外にも、唯一このUC世界において異世界と繋がっており、異世界との貿易を行えるというのも大きい。
異世界の商品が欲しいとなれば、連邦であってもルナ・ジオンに対して下手に出る必要があった。
それ以外にも、クレイドルにUC世界には存在しない未知の生き物が多数おり、異世界の技術も流れ込んできている影響により、連邦の中でも高名な科学者……もしくは有能な人材でそれに興味を持つ者達が多数月に移住している。
また、月の防諜は量産型Wやコバッタによって非常に強固に守られており、スパイも仕事をするのは難しい。
また、ペズンというルナツーのような一種の基地が地球軌道上にある。
ルナ・ジオンとしては、地球上に唯一持っている領土のハワイとの行き来で使うというのが主な目的なのだが、そこで新型MSの開発を行っているのも事実。
それ以外にも色々とルナ・ジオンに対して連邦のタカ派が思うところはあるのだが、やはり今の時点ではリーブラ、バルジ、ジェネシス、ニヴルヘイムといったように月からでも地球を狙える……それも狙った場合は致命的なダメージを与える事が可能な攻撃力を持ったそれらが月の軌道上に配備されているのが大きい。
そんな風に連邦のタカ派との間で緊張状態が続いてる中、月の軌道上にコロニーレーザーを設置するというのだ。
連邦のタカ派が一体どのように思うのかは、考えるまでもないだろう。
「これ以上下手に連邦のタカ派を刺激すると、問題が起きるかもしれませんが」
「いっそ、問題が起きるのならそれはそれで構わないのだけれど。1年戦争の時にあれだけタカ派を叩いたのに、次から次に……」
言葉の途中でセイラは大きく息を吐く。
実際、1年戦争中に連邦のタカ派は何度となくルナ・ジオンと問題を起こした。
中には何をとち狂ったか、直接月に攻撃をしようとしてきた者達もいた。
そのような者達を次から次に撃破していき、その結果として1年戦争中にはタカ派があまり存在しなくなっていたのだが……1年戦争での勝利が、連邦にいた者達を自分達は強いと認識させ、それによって増長してタカ派になった者も多い。
セイラが面倒そうな様子を見せるのも、ある意味では仕方がなかった。
倒しても倒しても、駆逐しても駆逐しても、駆除しても駆除しても……全く消えることなく出てくるその様子は、もしアクセルが知れば、BETAのようだとでも評するだろうが。
「ゴップ提督に手を回して貰いますか?」
「そうして下さい」
ルナ・ジオンにとって、連邦……正確には連邦軍の中で一番大きな伝手は、ゴップとなる。
悪意ある者からはジャブローのモグラと言われているゴップだったが、ゴップの本質はあくまでも補給の流通だ。
他の軍人のように、前線に出る必要はない。
連邦軍に所属している者の中でも、その事を分かっている者はそれなりに多い。
1年戦争の時、ゴップの手腕によって補給は行われていたのだから。
また、ルナ・ジオンにしてみればゴップと同等のパイプだったレビルが1年戦争で死んでしまった以上、ゴップには出来るだけ長い間連邦軍にいて欲しいという思いがある。
レビルの派閥は、そのレビルが死んでしまった以上、かなり弱体化している。
中にはレビルの派閥の後を継いで独自の派閥を作っている者もいるが、その派閥はどうしても小さく、レビルの派閥には遠く及ばない。
もっとも、レビルの派閥という事であればゴップも一応そうだったのだが、ゴップの立場は正確にはレビルの派閥というよりも、レビルの同盟者……という表現は少し大袈裟かもしれないが、相談役というか、アドバイザーというか、仲間というか……とにかくレビルに協力はしていたものの、レビルの部下という訳ではなかった。
今の連邦軍において、ゴップの権力はかなりのものだ。
そしてシャドウミラー……いや、アクセルとの関係により、ゴップとルナ・ジオンの関係も決して悪くはない。
セイラとしては、それこそゴップが軍人を止めた場合、ルナ・ジオンに招きたいと思えるくらいには有能なのは間違いなかった。
純粋な軍人……前線で戦う軍人としては無能とまでいかずとも、そこそこの能力しかないのかもしれないが、ルナ・ジオンの場合そちらの人材は豊富だ。……いや、豊富すぎると言ってもいい。
これはルナ・ジオンを建国する際に、アクセルやセイラが最初に接触したのがラル達だったというのが影響してるだろう。
その後も軍人……有能な軍人は多くを引き込んだものの、政治家という点では人材不足なのは間違いない。
それもワルキューレに所属していた政治家達を引き込んだ事である程度は解消したものの、その手の者達は多ければ多い程にいい。
……もっとも、数が多くなっても無能がそこに入っていれば意味はないのだが。
「それと、ゴップ提督以外にも繋がりは作っておいた方がいいですね」
「分かりました。こちらにとって有益な相手がいないかどうか確認します」
この場合、少尉、中尉、大尉といった尉官の類は候補から外れる。
最低でも少佐くらいの階級からが、繋がりを作る為の候補だった。
「お願いね。じゃあ、書類を……」
ひとまず話を終えたセイラは、再び書類仕事に戻るのだった。
「失礼します。アルテイシア様、X世界の件の報告に参りました」
午前の仕事を終え、昼を挟み午後の仕事が始まってから少し経過したところで、ハモンから聞いていたようにシーマ、モニク、クスコ、クリスの4人が執務室に姿を現す。
そんな4人に対し、セイラは一瞬複雑な表情を浮かべるも、すぐにその表情は笑みに変わる。
「よく来てくれたわ。では、早速報告を聞きましょう」
一応ある程度の情報については、報告書が送られてきており、それを確認している。
だが、それでも細かい情報についてはしっかりと話を聞く必要があった。
そうして少しの間、報告を聞き……
「なるほど。やはりX世界の方がMSの技術は上のようね」
「そうなります。SFSもなしで多くのMSが空を飛んでいましたから。その時点でこちらよりも上でしょう」
UC世界においても、MSが空を飛ぶというのはグフ・フライトタイプを始めとした数機種で実現している。
だがそれは、あくまでも一定の時間空を飛べるというだけで、ずっと空を飛び続けられる訳ではない。
「宇宙での戦闘はともかく、地上で戦う際に制空権を握れるかどうかは非常に大きいと聞くわ。ディアナでも、空を飛べるMSの研究に力を入れるべきだと思う?」
セイラの問いに、シーマを含めた全員が頷く。
地上を歩いて移動するのと、空を自由に飛べるMS。機動力という点では比べものにならない。
一応、ルナ・ジオンにもホバー移動の技術はある。
その技術を廃れさせるつもりはないが、それでも空を飛ぶ技術の方が大きな意味を持つのは間違いなかった。
「ええ、そう思います。後は……Gファルコンというのがありましたね。ガンダム系のMSに合体する事でその性能を強化するというものです」
「その辺も研究は必要かしら」
そうして少しの間、MSについての話をし、一段落したところでセイラが口を開く。
「それで、次……というか、最大の用件なんだけど。……アクセルとの関係について」
そう告げるセイラに、シーマ達はいよいよかと思うのだった。