「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
荒く息を吐き、近くにある木に寄りかかりながら立ち上がる堂島。
俺はそれをゲイ・ボルクを手にじっと見ている。
模擬戦が始まってから、既に1時間近い。
人間というのは、本当の意味で全力を出せるのは5分くらいだと言われている。
そう考えると、こうして1時間近くも全力で訓練をしている堂島は称賛されるべきなのだろう。
もっとも、堂島も常に全力で行動している訳ではない。
自分では全力を出しているつもりでも、いつの間にか力が抜けていたりする。
それが悪い訳ではないし、それでも堂島を見れば分かるようにかなりの体力が消耗しているのだが。
「どうする? 訓練を始めてから1時間くらい経つし、そろそろ終わりにするか?」
「いや、まだだ。まだ俺は出来る。アクセルに一撃も与えないままで終わらせる訳にはいかない」
「……あー、うん。そうか」
堂島の言葉にそう返す。
その気概は褒めてやりたいところだが、俺を相手に一撃を与えるというのは……それこそエヴァとかそのくらいのレベルにならなければ不可能だ。
「はっはっは。志は高い方がいいと言われるが、それにしても随分と無謀な事を望むものだ。そう思わないか?」
そう言ったのは、少し前から俺と堂島の訓練を眺めていたムラタ。
ムラタだけではなく、少し離れた場所には五飛の姿もある。
ムラタが尋ねたのは、その五飛に対してだ。
「ふん」
その五飛はムラタの言葉に何を思ったのか鼻を鳴らすだけだ。
「あんた達は……一体何でここに?」
ようやく息を整えた堂島は、ムラタと五飛の姿に驚きの視線を向ける。
堂島にしてみれば、まさかこの2人が近くにいるとは思ってもいなかったのだろう。
「少し前からいたぞ。訓練を見て、面白いとは思えないが」
これが、例えば俺とエヴァの訓練とかなら、その模擬戦を見る事でムラタや五飛にとっても勉強になるだろう。
だが、俺と堂島の訓練となると、それこそ初心者用の訓練でしかない。
ムラタや五飛程の技量の持ち主が、わざわざ見てもそんなに意味はないと思う。
「そうでもない。アクセルの動きは俺達には真似出来ないものの、参考になるのは間違いない」
ムラタの言うように、俺の動きは混沌精霊であるというのを前提としている。
分かりやすいのは、生身での戦闘ではなく人型機動兵器に乗っての戦いだろう。
普通の人間なら不可能な急加速や急減速、それどころか急加速したままで唐突に方向転換をするといったように、物理法則に縛られない混沌精霊だからこそ、Gについては無視して操縦する事が出来て、それによって戦っている相手は意表を突かれる。
自分達の常識ではまず不可能なことを、普通に行うのだ。
そうして唖然とした隙を突き、今までどのくらいの敵を撃墜してきたか。
生身での戦いにおいても、普通なら足の筋を痛めるような動きをしても、俺の場合は何の問題もない。
……もっとも、そんな激しい動き、混沌精霊としての動きをするのはあくまでも強者との戦いの時で、堂島との模擬戦はそんな動きは全くしていないのだが。
なら、ムラタが言っていたように俺の動きを見て参考になるのかと疑問に思わないでもない。
まぁ、だからといって訓練を見るのを止めるように言う必要があるかと言われれば、それは否なのだが。
「好きにしろ。それで五飛も同じか?」
「そんなものだ」
少し不機嫌そうに言うのは、いつもの五飛らしいところではある。
だが同時に、堂島の訓練を五飛に任せたのに、俺がそれを横から奪うようなことをしたのが面白くなかったのかもしれないと、そんな風にも思う。
「一応言っておくけど、堂島にとってすぐに連絡出来る相手で訓練可能なのが俺だけだっただけで、別に堂島も五飛を蔑ろにしてる訳じゃないぞ?」
「それは見れば分かる。……別にその事を不満に思っている訳ではない」
本当か?
そう突っ込みたくなったが、もし実際にそんな風に言った場合、五飛は機嫌を損ねそうな気がする。
なら、その件についてはこれ以上突っ込んだりはしなくてもいいだろう。
「そうか。ともあれ五飛がやって来たんだし、もし堂島がこのまま訓練を続けるのなら、五飛がやるか?」
「……そこまで疲れ切っている状態で訓練をしても、意味はないだろう。寧ろこれ以上の訓練は害にしかならん。もう少し身体が出来てからなら、話は別だがな」
どうやら五飛の判断ではそういう事らしい。
相手を鍛えるのは俺もそんなにやった事はない。
全くない訳ではないが、本当の意味で素人――気や魔力も使えないという意味で――を鍛えるとなると、俺より五飛の方が経験は上だろう。
であれば、五飛がそのように言うのなら止めておいた方がいいか。
「そんな訳で、訓練はここで一旦終わりだ。後は天城屋旅館に戻って、温泉に入って汗を流してこい」
こうして温泉に入れるという意味で、堂島は本当に幸運だよな。
……いざとなったら、山の中で温泉の湧いている場所の近くで訓練をして、それで訓練が終わったら温泉に入るといった事も、やろうと思えば出来るのだが。
「分かった」
完全に納得した様子ではなかったものの、堂島もこれ以上訓練を続けてもあまり意味がないと判断したのだろう。
不承不承といった様子だったが、俺の言葉に頷く。
ここでこれ以上無理をして、怪我でもしたら意味はないしな。
……まぁ、ここまで追い込んだ訓練をした俺が言うべき事じゃないいが。
それに怪我をしても、最悪ホワイトスターに連れていって治療も出来るし。
勿論、そうなるとシャドウミラーの事について話す必要もあるが。
いや、もしくは気絶させてその間に勝手に治療をした方がいいか?
最善なのは、そういう状況にしない事なのだが。
「じゃあ、戻るぞ。ムラタと五飛はどうする? 影のゲートで一緒に行くか?」
この山は天城屋旅館からそう離れていない。
ムラタや五飛であれば、瞬動とかを使えばあっという間に天城屋旅館に戻れるだろう。
それを面倒臭いと、もしくは瞬動を使っている光景を誰かに見られたくないと考え、影のゲートで転移をするのなら、それは構わない。
魔力の消耗的にそう違いはないし。
そう思って聞くと、2人は面倒だから俺と一緒に帰るという事だった。
「では、温泉を楽しませて貰うとしよう」
そう言い、ムラタは温泉に向かう。
五飛と堂島の2人もそんなムラタを追うように温泉に向かった。
そんな3人を見送ると、俺は大広間に向かう。
ムラタと五飛はかなり前から訓練をしていたし、堂島は俺との訓練で限界近くまで体力を消耗し、全身に汗を掻いていた。
だが、俺はゲイ・ボルクを使って堂島と訓練をしていたが、特に汗らしい汗は掻いていない。
疲れも全くなく、訓練をしていたのは山の中だったが、地面には草の生えている場所だったので土埃とかも殆どない。
……そもそも、俺が堂島との訓練で殆ど移動する事はなかったし。
その辺、堂島が気が付いていたのかどうかは分からないが。
ムラタや五飛は少し離れた場所で俺と堂島の訓練を見ていたので、気が付いてたのかもしれないな。
「そう言えば……」
大広間に向かいながら、温泉という言葉でレモンが温泉に入っていた事を思い出す。
別に風呂場でムラタとかと会うというのを心配してる訳ではなく、そろそろ温泉から上がったのではないかと思ったのだ。
俺と堂島の訓練はそれなりに長かったし、普通なら温泉から上がっていても不思議ではない。
もっとも、世の中には温泉とかに一時間どころか二時間、三時間といったくらいの時間、入っていられるような者もいるので、絶対とは言わないが。
脱水症状とかどうなってるんだろうな。
あるいは温泉に入りながらだから、お盆の上に酒……は余計に水分が出るとか聞いた事があるので、水とかスポーツドリンクとか飲んでるとか?
ただ、温泉で水とかスポーツドリンクを飲んでるのはちょっと風情がないような。
そう思いつつ大広間の中に入ると、そこにはもうレモンが戻ってきていた。
どうやら俺が心配したように、温泉にずっと入っているということはなかったらしい。
「あら、アクセル。もういいの?」
「いや、それは俺の台詞だと思うんだが。……温泉から上がったという事は、もう戻ってもいいのか?」
「ええ。……じゃあね、がんばりなさい」
「は、はい! ありがとうございます、先生!」
レモンの言葉にそう言ったのは、早紀だ。
……先生?
レモンは科学者としては万能の天才なので、そういう意味では先生と呼ばれるのは間違ってないかもしれない。
だが、早紀がレモンを見る目にはそういうのとはまた違った……そう、尊敬の色がある。
しかも何故か早紀の頬が赤く染まっている。
もしかしてレモンと何かあったのか?
まぁ、夜の件を考えればレモンにとって女同士でもそういう行為をしたりするのは忌避感がないのは分かるが……ただ、もし俺の予想が正しかった場合、先生ではなくお姉様とか呼ぶだろうし。
そもそも早紀は堂島を好きな訳で……ああ、なるほど。何となく理解出来た。
先生というのはつまり、恋愛関係での先生という意味か。
とはいえ、レモンの恋愛経験が早紀に通じるのかと言えば、それは微妙なところだろう。
レモンの恋人である俺が言うのも何だが、俺やレモンの恋愛観というのは決して一般的ではない。
色々な意味で特殊なのは間違いない。
それこそ俺の現在の状況はハーレムと呼ばれてもおかしくはないが、それでも普通のハーレムにおいて一緒に夜を楽しむ相手は1人だけだが、俺の場合は全員一緒にだし。
それにゲートで未知の世界に行くと、いきなり恋人を連れて現れる事もあったりする。
うん、普通に考えればとてもではないが普通じゃないな。
もっとも、それでも早紀にしてみればレモンからのアドバイスは助かったのだろう。
これが例えば、早紀の好きな相手が同級生……もしくは年上であっても1つか2つ年上、あるいは1つか2つ年下とか、年齢が近ければ、早紀も友人に恋愛の駆け引きやアプローチの仕方を聞いたり出来るのだろう。
だが、年齢……しかも自分の倍近い年齢の相手を好きになった早紀にしてみれば、どうすればいいのかというのは聞けない、
そもそもの話、早紀は現在学校を休学してるから友人と連絡を取り合うのも……、あいや。でも菜々子を送って小学校まで行ったのを考えると、知り合いと顔を合わせたりしてもおかしくはないのか?
だとすれば、そこから妙な噂が広がる可能性もあるな。
何しろ早紀の家のコニシ酒店は現在臨時休業中で、早紀以外は他の家族も東京に避難してるのだから。
だからこそ、レモンに頼ったのだろう。
……別にレモンじゃなくても、美鶴であったりシャドウワーカーの中にも何人か女がいるので、そっちに頼ってもいいと思うんだが。
とはいえ、生真面目そうな美鶴に、シャドウワーカーの面々も決して恋愛が得意そうには見えない。
だとすれば、そういうのが得意そうに見えるレモンに相談をしてもおかしくはないのか。
「あまり妙な道に引っ張り込むなよ?」
「あら、酷い言いようね。私をそんな女にしたのは一体誰なのかしら?」
レモンのその言葉に何と言えばいいのか詰まる。
レモンが今のような性格になったのは、少なからず俺が影響してるのは間違いなかったのだから。
もっともそれだけではなく、元々の性格……レモンの本質も影響しているとは思うが。
「まぁ、そうだな。堂島も若い女に迫られるのは、決して悪い気分じゃないだろうし」
早紀が美人なのは間違いない。
足立が欲情するだけの外見を持ってるのは間違いないのだから。……早紀にすれば、足立が堂島の元コンビであっても、堂島と足立を一緒にするなと言うだろうが。
ともあれ、堂島も早紀に恋心を抱かれているというのは知ってる以上、受け入れるにしろ、断るにしろ、いずれ覚悟を決めるだろう。
「ふふっ、どうなるのかしらね。少し楽しみにしておくわ。今日はもうこれで帰るけど、濃霧をどうにかする方法を思いついたら、その時は早紀から面白い話を聞けるかもしれないわね」
「……そうだな」
レモンの言葉にそう返す。
堂島にとっては若干……本当に若干災難かもしれないが、それを目当てにレモンがやる気を見せるのなら、TVの中の世界をしっかりと探索出来るという事を意味しているのだから堂島にとっても悪い話ではない。
堂島には悪いが、そう納得しておく。
「じゃあ、レモンも満足したようだし、俺はレモンを送ってくる」
そう美鶴に言うと、美鶴は少し困った様子で笑みを浮かべて頷く。
早紀との件については、美鶴も聞いていたからこその困ったような笑みなのだろう。
とはいえ、レモンが来たからこそ濃霧についての対処が出来そうな訳で……この辺は引き換えのようなものだったのだろう。
「うむ。アクセルには言うまでもない事だが、気を付けてな」
美鶴にそう言われ、俺はレモンと大広間を後にするのだった。