「……なるほど」
鳴上達がジュネスに行った日の夜、色々と忙しかった堂島にようやく美鶴はその件について話した。
とはいえ、堂島はそれを聞いても特に怒ったりといったような事はない。
「意外だな。もう少し怒るかと思ったんだが」
「アクセルは俺をどこまで杓子定規な奴だと思ってるんだ? 勿論、今の状況でジュネスに行くのは感心出来ることではないが、だからといってわざわざ止めさせるのはどうかと思うぞ」
「だろうな」
俺の目から見ても、堂島のその言葉は決して間違っているようには思えなかった。
そもそも足立がジュネスの中を行き来してるにしても、鳴上をピンポイントで見つけられるかと言えば、それは否だ。
それ以前にジュネスの中は客に紛れる為に私服を着た警察官や刑事達がそれなりの数いる。
実際、俺がホットドッグを買ってフードコートから出る時、その1人と会ったし。
だからこそ、もし足立がジュネスの中を歩き回っていれば、警察官や刑事が足立を捕らえられる可能性は十分にあった。
勿論、足立がペルソナ使いとして覚醒していた場合、ペルソナを使って大暴れする可能性は否定出来なかったが。
「そういう訳で、悠の奴にはこれ以上何かを言うつもりはない。……ジュネスが明確に危なくなったら、また話は別なのかもしれんがな」
「そうなったら、それこそ俺達の出番だろうよ」
話は終わり……
「今回も特に何かがある訳じゃないか」
今夜もまた雨が降っていたので、マヨナカテレビを見る。
だが、いつものようにぼやけた映像だけで、特に誰かが映っている様子はない。
これはもう、マヨナカテレビというのはこういうものだと判断するしかないのか?
あるいはそれを見た者によって違うとか。
けど、マヨナカテレビを見た者達の話を聞く限り、全員がしっかりと映っている相手を見る事は出来ないって話だし。
他にも理由があるとすれば……分からないな。
山野真由美の時ははっきりと山野真由美だと、そう認識出来た男がいる。
その辺が何か大きく関係してくるんだと思うんだが……問題なのは、具体的にそれがどういう事なのかが全く分からないという事だろう。
TVの中の世界には入れるものの、その先に進めない。
レモンがあの濃霧をどうにかしてくれるまで、待つしかないのか?
それはそれで問題になるんだよな。
「ともあれ、戻るか」
一応という事で、今夜のマヨナカテレビも別の場所で見ていた。
1人で見るというのが、マヨナカテレビの正式な作法……作法? とにかくそういう決まりらしいし。
とはいえ、今日は山の中ではなく天城屋旅館の中でも空いている部屋を勝手に使わせて貰ってだが。
そんな訳で部屋に戻ろうと廊下を歩いていると……
「雪子?」
いつも俺が温泉上がりにお茶やジュースを買っている自販機の側に、雪子の姿があった。
夜中に自販機の側にある椅子に座っている和風美人……幽霊とかを苦手な奴がこの光景を見たら、悲鳴を上げてもおかしくはないと思えるような、そんな様子だった。
雪子も自分の名前を呼ばれて気が付いたのか、不意に顔を上げる。
「アクセルさん……こんな時間にどうしたんですか?」
「いや、それを言うなら俺だと思うんだが」
日付が変わったばかりだから、人によってはまだ夜中といった時間とは思わないだろう。
実際、今の俺はともかく、ホワイトスターにいる時の俺は、このくらいの時間はまだ宵の口といった印象だ。
これから朝方まで、恋人達との熱い夜を楽しむのだから。
あ、しまった。レモンのキスについて思いだしてしまった。
あれから時間が経って、ようやく落ち着いたのに。
雪子をそういう視線で見ないようにしながら言葉を続ける。
「俺はともかく、雪子は明日も学校だろう? それに……旅館の仕事の手伝いもあるし」
そう言うと、一瞬……本当に一瞬だったが、雪子は複雑そうな表情を浮かべる。
いやまぁ、普通の高校生なら朝から旅館の仕事の手伝いをやろうとは思わないか。
俺はあまり詳しくないが、旅館……それも全国的に有名な老舗旅館ともなると、朝早くから仕事があってもおかしくはない。
それが具体的に何時からなのかとか、そういうのはちょっと分からないが。
俺の中だと、夜中に仕事という訳ではなく朝早くから仕事をすると言われて思い浮かべるのは、パン屋だ。
何かのTVで見た事があるが、パン屋というのはパン生地の発酵とかそういうのもあり、朝食に出来たてのパンを食べたい客が買いに来たりするので、朝3時とかから仕事を始めるらしい。
夜の仕事をしていれば、昼夜逆転の生活になるのは珍しい話ではない。
だが昼夜逆転とまではいかずとも、中途半端に早朝の仕事をするというのは……まぁ、パン屋で仕事をするとなると、それが普通になって慣れたりするんだろう。
そう考えれば、それが普通の生活になって問題はないのかもしれないな。
「はい、ただ、ちょっと……」
口籠もる雪子。
何か悩んでるんだろうが、これは俺が聞いてもいい話なのか?
とはいえ、このような状況で、はいさよならという訳にはいかないだろう。
「俺でよかったら話を聞くぞ? こう言うのもなんだが、悩みというのは里中のような親友よりも、あまり関わりがない俺の方が話しやすいだろうし」
親友だからこそ、話せないという事もある。
そういう時に、俺のようにあまり親しくない相手になら話しやすいだろう。
「そういうものですか?」
「人の考え方はそれぞれだ。俺はそう思うが、雪子がどう思うのかは……生憎とちょっと分からないな。俺も無理に話を聞き出そうとは思わないし。雪子が話してもいいと思ったら、話してみたらどうだ? 話したくないのなら、俺も無理に話を聞こうとは思わないから」
しっかりと、これから話を聞くぞといったように勢い込むよりは、こうして軽い感じで話した方が話しやすいだろう。
「……」
そんな俺の言葉が効いたのか、たっぷりと数分沈黙した後でやがて雪子が口を開く。
「アクセルさんはその、警察のお手伝いをしてるんですよね?」
雪子の口から出たのは、俺にとっても予想外の言葉。
まさかそのような疑問が出るとは思ってなかっただけに、少し驚きつつも頷く。
「ああ、そうだ」
実際には違う。
俺の所属はあくまでもシャドウミラーで、美鶴が率いるシャドウワーカーの仕事は桐条グループが……つまり、シャドウミラーの友好組織が行っているので、それに協力をしているというのが正しい。
とはいえ、まさか雪子に俺が異世界の存在であるなどという事を知らせる訳にはいかないし。
……あ、でも雪子は見るからに原作でも主要メンバーになってそうだ。
そうなると、もしかしたら将来的に俺がどういう存在なのかを知らせる事になるかもしれないな。
「アクセルさんは、何でそんな仕事をしようと思ったんですか? 自分で決めた仕事なんですか?」
「そう……だな。誰かに強制された訳ではなく、俺は俺の意思でこうした仕事をしているのは間違いない」
雪子が聞きたいのはシャドウワーカーとしての仕事だろうが、俺はシャドウミラーを率いる件について話す。
シャドウミラーとして、正直なところ今のままでも十分に繁栄しているのは間違いない。
だが、それでも俺はゲートを使って未知の世界と接触していく。
それは俺が不老であるというのも影響しているのだろう。
何もせずに不老を体験すると、いずれ何も感じないようになって惰性で生きていく……といったような事になったりしてもおかしくはない。
「じゃあ、アクセルさんは人から……親から自分の進路を強制されるというのは、馬鹿らしい事に思えますか?」
ああ、なるほど。
今の言葉で雪子が悩んでいる理由が予想出来た。
恐らく自分の進路について思うところがあるのだろう。
雪子の家……俺が泊まっているここは、老舗の温泉旅館だ。
そして雪子以外に子供がいない以上、雪子の母親……天城屋旅館の女将としては、当然のように雪子に後を継いで欲しいだろう。
だが、雪子はそんな母親の意見を素直に聞きたいとは思わないといったところか。
ある意味高校生としては……もしくは思春期としては、自分の進路を親に決められたくないと思うのはおかしくないのだろう。
「その辺は人によるだろうな。親の決めた進路を進むのを好まない奴もいれば、それで満足出来るという奴もいるだろうし」
「アクセルさんは、どう思います?」
「だから、人に……」
そこまで言ったものの、一度言葉を止める。
雪子が言いたいのは、そして聞きたいのはもっと別の事なのだろうと。
「俺に聞くよりも前に1つ聞かせてくれ。今までの話から、雪子が天城屋旅館の女将を継ぐのを嫌がって……」
そこまで考え、雪子の今までの態度を考える。
あくまでも俺が見た限りだが、雪子は旅館の仕事を決して嫌々手伝っているようには思えなかった。
勿論喜んで仕事をしていたとは思わなかったが、それでも雪子の表情には満足感のようなものがあるのは理解出来る。
そう考えると、雪子は決して旅館の後を継ぐのを嫌っている訳ではない。
そして雪子が俺に聞いたのは、親の決めた進路に従ってもいいのかどうかという事。
つまり、雪子としては自分の進路は親に決められるのではなく、自分で決めたいという事なのだろう。
本人の様子を見る限り、天城屋旅館の後継者になるのを決して嫌がっているようには思えない。
雪子の母親……天城屋旅館の女将にしてみれば、全く何の問題もないように仕事を教えて、スムーズに後継者として後を継がせようと思っていたのかもしれないが、それが悪い方向に出た形だ。
「うん。途中で言葉を止めて悪かった。雪子は親に自分の進路を決められるのが嫌なんだろう? なら、まずはそれを抜きにして……雪子の考えとして、この天城屋旅館を継ぎたいとか、そういう風には思ってないのか?」
「それは……」
こうして言葉に詰まる時点で、雪子もこの天城屋旅館を大事に思っているのは間違いないと思う。
本人の自覚の有無とかは分からないが。
もしかしたら、嫌わないといけないと思い込んでいる可能性も否定は出来なかった。
「分かりません」
「だろうな」
心というのは、それが自分の心であるからこそ自分で分かりにくい事もある。
例えば……
「こういう話がある。自分の好みの相手じゃなく、寧ろ嫌いなタイプの相手の筈なのに、何故か好きになってしまうとか」
「……え?」
俺の言葉の意味が分からないといった様子の雪子。
いやまぁ、自分で言ってもそれが正しいのかどうかはちょっと分からないしな。
自分がそうでないといけないと思い込んでいても、実際にはそれは決してそういう事ではない……といったような感じで。
「ちょっと分かりにくかったかもしれないな。……つまり、自分がそうだろうと思っている事であっても、実際にはそれは違ったりするといった感じだな」
「そういう事もあるんですか?」
「本人に自覚がなくてもな」
「……もしアクセルさんが私の立場だったら、どうします?」
「難しいな」
雪子の問いは、素直に答えられるものではない。
もし雪子が天城屋旅館を継がないと言えば、全国的に有名な老舗旅館であろうとも潰れるし、従業員達も仕事をなくすだろう。
もっとも、もし本当に雪子が天城屋旅館の後を継がないと言えば、女将もそのまま潰すといった真似はせず、親戚なりなんなり、もしくは現在の従業員を後継者にするだろう。
それが単純に女将の座、社長の座、経営者の座を渡すといった形になるのかは、それとも養子といったような形にしてから後を継がせるのかは分からないが。
「もし俺の場合、何かを犠牲にしてでも本当にやりたい事があったら、その時は旅館を捨ててでもそっちに向かうと思う。けど、それは本当にやりたい事があったらだな。何もない場合は、旅館の後を継ぐかもしれない」
よく大学に行ってやりたい事を見つけるという話を聞くが、実際に大学に行ってやりたい事を見つける奴はどのくらいいるんだろうな。
何となく大学に行って、何となく卒業して、何となく適当な場所に就職する……もしくは就職出来ずにフリーターになる。
そんな結果になる奴はかなり多いと思う。
勿論、全員が全員そんな風になるとは思わないが。
中には将来の目的の為に大学で勉強をしたり、大学生活をしているうちに自分のやりたい事を見つけたりする者も相応にいるだろう。
そう考えると、大学は別に悪いところって訳じゃない。
それに大学の授業はかなり自由度が高く、自分を厳しく……もしくは相応に律する事が出来ないと、留年とか中退とかになりそうだし。
いや、これは今はあまり関係ないか。
「何をしてもやりたい事……」
呟く雪子だったが、その言葉に力はない。
親の決めた進路に進むのは気が進まないものの、旅館の後を継ぐのもそこまでやる気にはなれないのだろう。
まぁ、今はやりたい事がなくても、将来的に何かやりたいことが出来たりした時、旅館の女将となってればそれも出来ないだろうし。
「自分の将来の事なんだ。ゆっくりと考えればいい」
そう言い、後は自分で考えた方がいいだろうと判断し、雪子を残してその場を立ち去るのだった。