レモンから連絡があった日の翌日、俺は東京にあるゲートが設置されている倉庫にやって来ていた。
そして俺がゲートの前に到着してから数分が経過すると……
「あら、アクセル。早いわね」
ゲートから姿を現したレモンが、俺を見てそう声を掛ける。
そのレモンは1人ではなく、量産型Wが一緒にいて、旅行とかで使うようなスーツケースを持っていた。
「そうでもない。ついさっき来たところだし。……それより、そのスーツケースが?」
「ええ、アクセルの言う通り、そのスーツケースが濃霧対策用のか……いえ、システムが入ってるものよ」
か……? 明らかに何かを言いかけて途中で止めた感じだったが、一体何を言おうとしたんだ?
それが少し気になるが、それでも今は稲羽市に行くのを優先させる必要があるだろう。
「なら、俺が預かるか。このまま量産型Wを連れていっても困るだろうし」
量産型Wが1人いれば色々と便利なのだが、頭部を覆っているヘルメットがどうしても目立つ。
そんな者が天城屋旅館を出入りしていたりしたら、一体何事かと思う者は幾らでもいるだろう。
だからこそ、量産型Wを連れていくことは出来ない。
これがシャドウミラーについて知っている場所であったり、シャドウミラーの影響力が高い場所ならもう少し違ったのかもしれないが。
そう言えばコバッタを更に小型化して菜々子の護衛にするというのはどうなったんだか。
そんな風に思いつつ、俺は量産型Wからスーツケースを受け取ると空間倉庫に収納する。
量産型Wが特に抵抗する様子がないのは、製造される時に優先順位をしっかりと設定されているからだろう。
あるいは量産型Wはレモンの担当である以上、もしかしたらレモンがこっそりと何か仕込んでいる可能性はあるが、今はレモンも俺にスーツケースを渡すのを断ったりはしなかったので、その辺については問題ない。
仕込んでいるかもしれない何かも……まぁ、レモンの事だし特に気にする必要はないだろう。
レモンが俺にとって何か不利益になるような事をするとは思えないし。
「さて、じゃあ行くか。……いよいよTVの中の世界での探索だ」
「どういう場所なのかしら。……まさかTVの中の世界を探索することになるとは思っていなかったから、あの濃霧に覆われた部分がどうなっているのか非常に楽しみなのよね」
そうレモンが嬉しそうに言い、俺達は揃って影のゲートで転移をするのだった。
「さて、揃ってるな?」
そう言い、大広間にいる面々に声を掛ける。
俺の視線に頷いたのは、美鶴、ムラタ、五飛、堂島の4人。
俺と一緒に転移をしてきたレモンは当然のように俺の隣にいるし、実はそれ以外にシャドウワーカーの面々や早紀の姿もある。
シャドウワーカーの面々は心配そうな、それでいて少しの好奇心を抱きつつこっちを……より正確には美鶴を見ている。
早紀は完全の心配そうな視線を堂島に向けていた。
そもそもの話、以前は堂島をTVの中の世界に連れていくのは自分の身を守れるようになってからとうことになっていた。
だが、そういう意味では実は堂島の技量はボーダーラインに達していない。
それでも連れていくのは、堂島のやる気を買っての事だ。
ここで連れていかず、変に暴走されても困るし。
実際に堂島がシャドウとどのくらい戦えるのかというのもある。
ペルソナもなく、魔力や気を使う事も出来ず、ただ日本刀だけを頼りに生身でシャドウと戦う。
それが一体どのくらい危険なのかは……実際に自分で体験してみた方がいい。
「見ての通りレモンが来たので、これからTVの中の世界の探索を行う。ただし、今日の探索はあくまでもどの程度出来るのかという……一種の試しに近い。もし何か問題があったら、すぐに戻ってくる事になると思う」
その言葉に、ムラタが若干不満そうな表情を浮かべる。
表情には出さないが、五飛も恐らく同じような感じなんだろう。
とはいえ、TVの中の世界がどんな場所なのかは分からない以上、何も考えず突撃なんて事をするのは無謀でしかない。
ムラタにしてみれば、それくらいの事はしても当然といった感じなのかもしれないが。
けど、今のところTVの中の世界について分かっている事は殆どない。
そうである以上、今は少しでも安全策を採った方がいいだろう。
堂島を連れていくのは、そんな一面もあったりする。
「これから俺達はTVの中の世界に入る。そうなると、当然だが映像スクリーンは空中に浮かんだままだ。そんな訳で、俺達が出てくるまでは旅館の従業員が来ても中に入れないようにしてくれ」
まずはシャドウワーカーの面々にそう言う。
この世界の技術では多分まだ無理な映像スクリーンだ。
見られると一体どういう事になるのか、全く分からない。
驚かれるだけならまだしも、それで騒動になったりしたら洒落にならないだろう。
だからこそ、今回の一件において映像スクリーンを見られる訳にはいかなかった。
拠点として天城屋旅館を使うのはいいが、どこかアパートかマンションを借りて、そこでTVの中の世界に行けるようにした方がいいのかもしれないな。
もっとも、そうなったらそうなったで、色々と面倒な事になりそうな気もするが。
「じゃあ……レモン」
そう言い、空間倉庫からスーツケースを取り出す。
そのスーツケースを受け取ったレモンは、特に重さを感じさせる様子もなく受け取る。
何人かのシャドウワーカーが、そんなレモンに驚きの視線を向ける。
無理もないか。
一件すれば、レモンは決して力があるようには見えない。
そしてスーツケースは空でもそれなりに重い。
今のやり取りを見れば、その事を不思議に思ってもおかしくはなかった。
とはいえ、レモンもシャドウミラーの一員である以上はそのくらい出来てもおかしくはないのだが。
普通に魔力で身体強化とか出来るし。
視線を集めているレモンは、それに気が付いているのか、いないのか。
スーツケースを開ける。
「は?」
そのスーツケースの中身を見た俺の口からは、そんな声が上がる。
それは他の面々も同様だ。
何故なら、そこにあったのは顔の上半身を隠すかのようなマスク……仮面? そんな感じの代物だったのだから。
「えっと、レモン? 一応聞くけど、これが濃霧対策だと思っていいのか?」
「ええ、そうよ。この仮面を被ると、理論上は濃霧を無効化出来る筈だから」
そう言うレモンだったが、白く滑らかな曲線を描き、しかも両目の上の部分からは角……というのは少し大袈裟かもしれないが、少し尖っている部分があり、何となく鬼のようにも思えて、少し異様な感じがする。
これが例えば、仮装パーティに使うようなマスクとか仮面なら、まだ何となく理解は出来る。
だが、この仮面は……濃霧を無効化するという性能を持ってる為か、普通ではない何かを感じた。
「一応聞いておくけど、これ……使っても本当に大丈夫なんだよな?」
「当然でしょ。使えない物を持ってくると思う?」
「……何で角っぽいのが生えてるんだ?」
「濃霧を無効化する為の魔法的な処置に必要だからね」
あっさりとそう告げるレモンだったか、レモンの事を信じている俺ですら、この仮面に思うところがあるのも事実。
他の面々はと視線を向けると、レモンの作ってきた仮面に色々と思うところがあるのは間違いなさそうだった。
「レモン、ちょっと」
「何よ?」
大広間の隅にレモンを連れていくと、持っていた仮面を見せる。
「この仮面、一体どうやって作ったんだ?」
「エヴァに協力して貰って、アクセルが持ってきた恐獣の骨を加工して作ったわ」
「……何で恐獣?」
恐獣というのは、ダンバイン世界のバイストン・ウェルに棲息する動物……いや、モンスターの事だ。
オーラバトラーを始めとしたオーラマシンの素材にもなる。
ただ、現時点においてはゲートを使ってもダンバイン世界に行く事は出来ない。
……お陰で、恋人のマーベルとシーラとも会えなくなっていた。
マーベルとシーラの事はともかくとして、ダンバイン世界に今のところ行けない以上、当然だが恐獣の素材や死体は俺がダンバイン世界から持ってきた物しか存在していない。
ドレイクと協力関係にあった時、手当たり次第に恐獣を狩って、かなりの量があるのは間違いない。
間違いないが、それを補充する機会がない以上、気楽に消費をするのはどうかと思う。
「恐獣の素材は使ったら補充出来ないんだぞ?」
「あら、そうでもないわよ? 培養に成功したもの。もっとも、まだ確実に成功をしたという訳ではないけど」
「……そうなのか」
レモンの口から出た予想外の言葉に驚く。
とはいえ、よく考えてみればそんなにおかしな話でもない。
元々レモンには恐獣のクローンを培養出来ないかどうか試して貰っていた。
そしてレモンの能力を考えれば、それが成功していてもおかしくはない。
俺にまだ報告がなかったのは、レモンが言うように確実に成功した訳ではないというのが大きいのだろう。
……確実に成功していないというのが、具体的にどういう意味かは分からないが。
「ええ、それで失敗したのを処分しようとしてたら、アクセルから今回の話が来たのよ」
「……だからって、何でその失敗作を使おうとするんだ?」
濃霧と恐獣の失敗作というのを、何故一緒にしようと思ったのか。
あるいはこれこそが天才故の閃きなのかもしれないが。
「エヴァと一緒に濃霧について魔法的な処理について話していた時、失敗作の骨が丁度いいと分かったのよ」
「……それは、また……」
この場合、何と言えばいいんだろうな。
何と言ってもどう表現すればいいのか分からない。
分からないが……
「恐獣の素材、つまり骨か?」
「ええ。骨の仮面よ」
何だかゲームとかで蛮族とかが使ってそうな仮面だな。
角っぽいのとかが特に。
「それは分かったけど、何でこんな形になってるんだ?」
骨を使ったのは理解したが、それでも何故こういう……そこまで強烈ではなくても、微妙な威圧感のある仮面にしたのか。
レモンの趣味とはちょっと違うと思うし。
あ、でもヴァイサーガとかトリニティゲインの外見を考えると、そうでもないのか?
「魔法的な処理の影響ね。なくてもいいけど、あった方がより効率的に濃霧を無効化出来る……筈よ」
筈というのは、まだしっかりと確認した訳ではないからだろう。
一応、この前来た時に濃霧のサンプルを持っていったが、その量はそこまで多い訳ではないだろうし。
「実際に試してみないと分からない、か。……分かった。ちなみにだが、この仮面は使う時に魔力とかが必要だったりするか?」
もし魔力、あるいは気が必要だった場合、俺達はともかく堂島がどうしようもない。
そうなった時の事を考えれば、この件については聞いておく必要があった。
しかし、レモンは俺の言葉を聞いてすぐに首を横に振る。
「魔力とか気とか、そういうのは別に必要ないわ。さっきも言ったと思うけど、この仮面にはエヴァと一緒に魔法的な処置をしてるの。ただ被れば普通に効果を発揮するわ」
「……最後に聞いておくけど、この仮面を被っていたら、実は外せなくなるとか、そういう事はないよな?」
レモンの作った仮面は見るからに何らかの迫力がある。
それこそもし何も知らないで被ったら、呪われて外せなくなると言われてもおかしくはないと思える程に。
「そんな事はないわよ。幾ら何でもそういうのを作るにはもっと時間が掛かるでしょうし」
そういうのを出来るのは否定しないんだな。
そう思ったが、取りあえずレモンの様子を見る限りでは問題ないだろうと判断する。
「分かった。じゃあ、使わさせて貰う。……けど、何で全部同じ形なんだ?」
「効率を求めるとそういう事になったのよ。少しでも早くと要望したのはアクセルでしょう?」
そう言われると俺もその言葉に反論は出来ない。
実際に少しでも早くと頼んだのは俺なのだから。
「そうだったな」
そう言い、俺はレモンと共に皆の場所に戻る。
「悪い、待たせたな。……ちょっとレモンと色々と話しておく必要があったんだ。じゃあ、早速だけど行くぞ」
そう俺が言うと、何人かは疑問の表情を浮かべながらも俺の側にやって来る。
ちなみに映像スクリーンの中に入るには魔力か気が必要で堂島はそのどちらも使えないのだが……その堂島は五飛が連れていくらしい。
堂島は五飛の弟子のようなものだし、そのくらいはしてもおかしくないのだろう。
五飛は性格に多少問題があるものの、面倒見はいいし。
「仮面については、TVの中の世界に入ってから渡す」
その言葉に誰も不満はない。
ここで仮面を被った場合、こっちに残る者達にも見せてしまう。
見るからに怪しいこの仮面を被っている姿は、出来れば他人に見せたくないと思うのは俺の正直な気持ちだった。
それは他の者達も同様で……レモンは若干不満そうだったが、それでも特に何かを言うようなことはない。
そんな面々を見ながら、俺は通信機の映像スクリーンを起動させるのだった。
今回の話で出てくる仮面は「うたわれるもの」の1作目の主人公ハクオロの仮面をイメージして貰えば分かりやすいと思います。