ジュネスの中に入った俺達は、周囲の様子を確認しながら進む。
見た感じ、現実世界にあるジュネスと違いはないように思える。
あるいはちょっとした場所……壁の傷とか、置かれている物が微妙に違うとか、そういう事はあるのかもしれないが、さすがにジュネスを全て完全に把握している訳ではないので、そういう違いがあっても俺には分からない。
だが……現実世界のジュネスとの決定的な違いもある。
「いるな」
ムラタが呟くと、堂島以外の面々は俺を含めてその言葉に頷く。
気配を読むといった能力のない堂島だけが、ムラタの言葉に頷く事が出来なかった。
……堂島の護衛を任せている犬の炎獣も頷いたりしなかったが、それは炎獣だからで、この場合は数に入れなくてもいいだろう。
「さて、一体どんなシャドウがいるのか……ムラタ、五飛、言うまでもないが油断はするなよ。美鶴は援護を頼む。とはいえ、タルタロスと違ってジュネスに入ってそう経っていないのに襲撃があるとなると、美鶴だけを置いて行くのは難しいが」
「炎獣を用意して貰えれば十分なんだがな」
本気なのか、それとも言ってみただけなのか。
その辺は俺にもちょっと分からないが、美鶴のその言葉には一理ある。
ただ問題なのは、炎獣で対処出来るシャドウかどうかという事だろう。
堂島にも言ったが、炎獣はシャドウにも対処出来る力を持っている。
だが、全てのシャドウに対処出来るという訳ではない。
それこそ俺の召喚獣となった刈り取る者を相手にした場合、恐らく炎獣だけで倒すのは難しいだろう。
勿論、1匹だけではなく、10、20、30……100、200、300……1000といったように、数が多くなればいつかは物量で勝てる可能性はあるが。
何しろ無数の炎獣はMSを倒した事すらあるのだから。
「シャドウの強さによるな。……来るぞ」
そう俺が口にした瞬間、通路の曲がり角から3匹のシャドウが姿を現す。
「うわ……」
姿を現した敵を見て、思わずそう言う。
当然だろう、3匹のシャドウ全てが空中に浮かぶ円球で、体表にゼブラ模様と表現すればいいのか? そんな感じで、巨大な口があり、そこから口の大きさに相応しい舌を伸ばしている、そんな外見だったのだから。
相変わらずシャドウというのは生理的な嫌悪感を抱かせる外見をしているな。
勿論、そういう外見ではない奴もいる。
それこそタルタロスではテーブル形のシャドウとかにも遭遇したし。
「弱い! 雑魚だ!」
アルテミシアを出した美鶴が、そう叫ぶ。
その言葉には俺も反論はない、
外見こそ嫌悪感を抱きやすいが、感じられる迫力は決して強くないのだ。
それこそ、ゲームとかなら序盤に出てくるスライムとか、そんな感じか。
いきなりラスボスのダンジョンにいるような強力な雑魚が出て来なかったのは、俺にとっても嬉しい。
この辺も恐らくは原作通りの流れになっているのかもしれないな。
となると、ここが今回の事件の最初のダンジョン……という表現が相応しいかどうかは分からないが、そういう感じなのか?
どうなってるのかは分からないが、俺達にとって好都合なのは問題ない。
タルタロスでの事を考えると、このジュネスを攻略する事で新たに攻略する場所が出来るとか、そんな感じか?
そう思いながら、こっちを伺うようにしているシャドウを見つつ口を開く。
「丁度3匹だし、ムラタ、五飛、堂島でそれぞれ1匹ずつ倒してみせろ。恐らくこのシャドウはTVの中の世界にいるシャドウの中でも最弱級だから、堂島は気張れよ」
そう指示を出す。
その後は、一応周囲から別のシャドウが襲ってこないかとレモンと共に警戒する。
「これが、シャドウ? ……最弱だというのなら、この先に期待だな」
瞬動を使い、一瞬にしてシャドウに近付いたムラタが一撃でシャドウを殺し、不満そうな様子で言う。
「ふん」
そんなムラタから少し遅れ、五飛も青竜刀でシャドウを斬り捨て、つまらなさそうに鼻を鳴らす。
あっという間に2匹のシャドウを倒す2人。
いやまぁ、2人の実力を考えればこの辺は当然かもしれないが。
そうなると、残るのは1人だが……
「はぁ、はぁ、はぁ……」
その堂島は、日本刀を手に息を荒くしている。
シャドウにも堂島の様子は理解出来るのだろう。
円球の中にある口が、笑みを……もっと正確にいうのなら、嘲笑を浮かべているように見える。
空中を動き回るシャドウに、堂島は日本刀を振るう。
しかし、その一撃はシャドウがいた場所を斬り裂くだけだ。
堂島の実力を思えば、本来ならこの程度の相手は容易に倒せる。
相手が動く速度に合わせて一撃を放つのも難しくはない。
だが……それでも戦いがまだ続いており、何より短い時間しか戦っていないのにこうして息が荒くなっているのは、堂島にとってこれが実戦だからだろう。
もしこれが命の危険も何もない試合であれば、堂島は恐らくもっと自分の実力を発揮出来ていた筈だ。
それが出来ないのは、これが実戦だからだろう。
……実戦とはいえ、堂島はいざとなったら犬の炎獣が守るので、その辺は気にしなくてもいいのだが。
とはいえ、それでも堂島にとってはこれが初めての実戦だ。
一応刑事として犯罪者を捕らえるとかはしていたのだろうが、それでも命懸けといった事には基本的にならない。
いやまぁ、ナイフとか……場合によっては拳銃とかを出してくる可能性は否定出来ないが。
そういう意味では、このシャドウの攻撃力はそこまで気にする事はないんだけどな。
今のところ、あのシャドウの攻撃方法は噛みつきか、体当たりか、舌を鞭のように使って叩き付けてくるかだ。
普通に考えれば、ナイフや拳銃とは比べものにならないくらいに攻撃力は低い。
それでも堂島がこうして苦戦してるのは、TVの中の世界という非現実的な場所での戦いに加えて、戦ってる相手が人ではない、シャドウだというのが大きい。
また、これが初の実戦という事もあり、緊張と興奮が混ざっていつも通りの動きが出来ていないというのも大きかった。
「未熟者が」
五飛が不満そうな様子で呟く。
五飛にしてみれば、弟子というのは少し大袈裟かもしれないが、それでも自分が訓練をしてやった相手が、この程度のシャドウを相手にして苦戦してるのが我慢出来ないのだろう。
「堂島にとってはこれが初めての戦いなんだ。そうである以上、こういう風になっても仕方がないんじゃないか? 訓練をしたとはいえ、それは数日だし」
「……ふん」
俺の言葉に納得出来たのか、それともこれ以上自分が何かを言えば、それがみっともないと思ったのか。
五飛はそれ以上何を言うでもなく、じっと堂島の戦いを眺める。
他の面々は、ムラタは既に戦いに興味を失ったかのように周囲の様子を見ており、レモンはシャドウを興味深そうに見ていた。
美鶴がアルテミシアを召喚し、シャドウの解析を行っている。
「うおおおおっ!」
堂島の雄叫びと共に放たれた一撃。
それは今までのシャドウとの戦いで放ってきた一撃とは違う。
戦っているうちに、緊張が解れてきたのだろう。
いつも通り……まだかなり甘い一撃ではあったが、堂島本来の実力が発揮された一撃だったのは間違いない。
本人にとっても、今の一撃は予想外だったのか、シャドウを斬り裂いた後で唖然とした様子を見せている。
「堂島、まだ敵は死んでないぞ!」
堂島の一撃は強力だった。
実際、シャドウに大きなダメージを与えたのは間違いないだろう。
だが……それでも、シャドウはまだ死んだ訳ではなかった。
シャドウは最後の一撃といった様子で、堂島に体当たりの一撃を放つ。
「うおっ!」
その一撃を咄嗟に回避する堂島。
シャドウは堂島に回避され、その先にあったジュネスの壁にぶつかり……やがて、そのまま黒い塵となって消えていくのだった。
気が付けば、ムラタと五飛が倒したシャドウの死体も消えている。
「……倒した、のか?」
恐る恐るといった様子で呟く堂島。
自分で倒したのは間違いないものの、それでも今の状況ではそれを完全に信じる事が出来なかったのだろう。
堂島にしてみれば、まさかここまで手こずるとは思わなかったといったところか。
実際には堂島が本当の実力を出していれば、そんなに苦労せずに倒せた相手だったんだが……いやまぁ、これが初めての戦いだと思えば、仕方がないのか。
「ああ、倒した。けど、初陣として考えてもちょっと残念な戦いだったな」
「ぐ……」
厳しい意見を口にすると、堂島は反論出来ずに黙り込む。
本来なら、ここで多少はフォローをしてやってもいい。
しかし、そのような事をすれば次の戦いでも同じように苦戦する事になりかねない。
……最悪、足手纏いになるのでTVの中の世界に連れてこないという選択肢もあるのだが。
だが、それだと足立を捕らえるのが目的の堂島は納得しないだろうしな。
「次は……次こそはしっかりと戦う!」
そう宣言する堂島。
その言葉は間違ってもいないだろう。
今のシャドウとの戦いの中で堂島が苦戦をしたのは、今回の戦いが初めての命懸け――負けそうになれば炎獣が助けていたが――の戦いだったからだろう。
実際に戦いの最後の方では慣れていたように見えたし。
だとすれば、もう初めての戦いという緊張は存在しない。
次からは今の戦いの最後のように、しっかりと戦えるだろう。
もっとも、最後にシャドウに大きなダメージを与えたものの、それでも初めて攻撃を当てたと思ったのか、それとも倒したと判断したのか、それは分からないが油断したのは事実。
「一応、初めての戦いは無事に終えたんだし、もう少しチャンスを上げてもいいんじゃない?」
レモンのその言葉に、それもそうかと思う。
もっとも、別に今の戦いの結果でもう戦わせないといった事は考えていなかったが。
敵がシャドウであると認識した上で、色々と問題はあったがしっかりと戦ったのは事実だ。
……人によっては、命懸けの戦いとなった事で混乱し、恐怖し、まともな戦闘をすることが出来ない者も多い。
そういう意味では、堂島はそれなりによくやった方だと思う。
相手がシャドウだったのもよかったのだろうが。
もしこれで相手が明確な人なら、それを殺してしまったことで、『俺が……殺した……』とか、そういう嘆く時間が必要になったかもしれないし。
戦いに慣れていない者にしてみれば、そういう風になってしまうのかもしれないが……正直、その辺のやり取りはもう飽きている。
もし堂島がそういう事をしていたら、それこそとっととTVの外に出して、もうこっちに連れてくることはなかっただろう。
「そうだな。堂島はまだ余裕があるか?」
「やる」
即座に返事をする堂島だったが、初めての命懸けの戦いという事で、かなり消耗してるのは間違いない。
体力的には問題がなくても、精神的に。
これは犬の炎獣と一緒に戦わせてみるか?
とはいえ、毎回犬の炎獣を出す訳にもいかない。
いや、炎獣を出すだけなら俺の魔力的に問題はないんだが。
しかし、それでは堂島が弱いままになってしまう。
であれば、やはり護衛の炎獣を出すのは少なくした方がいい。
本人もこうしてやる気だし。
「分かった。じゃあ、先に進むぞ。この先で一体何があるのかは、それこそ実際に試してみないと何とも言えない」
その言葉に真剣な様子で堂島が頷く。
他の面々は……ムラタは少し気が抜けた様子を見せているな。
強敵だろうと考えていたシャドウが、実はこの程度の相手だったのだ。
だが、それで出て来たのがさっきのシャドウだ。
外見は嫌悪感を抱かせるに十分だったものの、その強さは……うん。正直なところ、あそこまで弱いとは思ってもいなかった。
とはいえ、これが原作的に自然な流れだとすると、この先……事態が進めば進む程に敵は強くなってくるだろう。
そういう意味では、敵を倒すのは相応に苦労するようになってくると思っても間違いではなかった。
「ムラタ、今はシャドウも弱いが、そのうち強くなってくる筈だ」
「……だといいんだがな」
言葉は納得した様子がなかったものの、それでも多少はやる気を取り戻したらしい。
目の中にはそれなりに期待の色がある。
もっとも、ムラタを含めて……いや、堂島以外と表現するべきか?
とにかく俺達は、何度も激戦を繰り広げ、それに勝利し、生き残り続けてきたのだ。
つまり強くてニューゲーム状態な訳なのだから、序盤に出てくるシャドウを相手にして苦戦するなどという事は有り得ない。
寧ろこの事件のラスボスのいる場所まで行って、それでようやく手強い相手が出て来るといったような事になってもおかしくはない。
「俺は多分そうなると思ってる。……そんな訳で先に進むぞ」
「そうは言うけど、これってどこに向かえばいいのかしら?」
レモンのその言葉に、確かにと納得する。
店長のいる部屋に向かえばいいのか?
いや、こういう場合は……
「屋上のフードコートだな」
敵というのは一番高い場所にいる事が多いという予想から、そう告げるのだった。