「何……だと……?」
俺の側にいる堂島が、そんな声を出す。
いやまぁ、そのように思うのも当然の話だろう。
TVの中の世界に存在するジュネス。
そこで俺達は弱いシャドウとの戦いを何度か繰り返しながらも進んでいた。
本来ならジュネスに入る前に話した通り、美鶴には1階とかにいてもらってアルテミシアを使い、バックアップをして貰う予定だったのだが……敵は雑魚で、数もそう多くない事から俺達と一緒に来た方が効率的にもいいだろうという事で、一緒に行動していた。
それはともかく、恐らく屋上に敵のボスか何かがいるだろうと俺は判断し、何人かはそんな安直なといった様子を見せつつも、他に何か候補がある訳でもないので屋上にやって来たのだが……俺達が屋上に出たタイミングで見た光景に、驚きを隠せない。
とくに堂島は。
……ただし、俺だけは何となく納得する光景だったが。
俺達の目の前に広がっている光景……それは、鳴上がTVの中の世界にいるというものだった。
いや、それだけではない。
それだけであれば、まだ十分に考えられただろう。
何しろ鳴上は堂島の甥で、足立に狙われる可能性は十分にあったのだから。
鳴上以外にもう1人男がいるのは……鳴上の友人と考えれば、巻き添えになったと思ってもいい。
また、何だか妙な着ぐるみを着た、何とも表現しにくい存在もいて、こちらは本当にどのような存在なのかは分からない。
分からないが、それでもまだ何とか無理矢理納得させる事は出来ないでもなかった。……かなり強引なのは間違いないが。
だが、決定的なのは鳴上がペルソナを使ってシャドウと思しき敵と戦っている事だ。
こちらはケンタウロス……とは大きく違うが、4本足を持っている下半身の上に人に近い上半身がある。
ただし、4本の足は……何と表現すればいいか、蛙の足のような、そんな感じの足だったが。
そもそもシャドウに通常の美意識……美意識? まぁ、普通の形態を考えるのが間違いだった。
「美鶴……鳴上はペルソナ使いじゃないという話だったと思うが?」
向こうは戦いに集中しており、俺の存在に全く気が付いていない。
真っ先に大声を出しそうな堂島は、予想外すぎる光景に唖然としているし。
無理もない。
雑魚のシャドウを相手にしても、堂島は何とか勝つので精一杯だった。
そんな雑魚のシャドウと比べると、鳴上が戦っているシャドウは明らかに格上の存在だ。
というか、多分このジュネスのボスなんだろうな。
自分でも苦戦している相手に、甥の鳴上が戦っている。
しかも美鶴が使うようなペルソナを出して。
それに驚くなという方が無理だった。
「私が見た時は間違いなくペルソナ使いではなかった。だとすれば……そうだな。考えられる可能性があるとすれば、私が初めて会った日から今までの間にペルソナ使いとして覚醒したのだろう。それにしても……眼鏡をしていたか?」
何気なく呟かれた美鶴の言葉に、うん? と思って改めて視線を向ける。
すると確かに、鳴上は眼鏡をしていた。
以前会った時は特に眼鏡はしていなかったと思うんだが。
眼鏡に関してはそこまで気にしてないので、それはそれという事で。
にしても、この短時間でペルソナ使いになったにしては、ペルソナの扱いが悪くない。
色々と甘いところはあるが、戦闘センスという点ではかなりのものだった。
それでこそ主人公といったところか。
そう、鳴上の状況から恐らく主人公ではあると予想していたものの、それでも主人公と断言出来なかったのは、鳴上がペルソナ使いではなかったからだ。
しかし、今はもうこうしてペルソナ使いである以上、鳴上がこの事件の主人公であるというのは俺の中では半ば確定的だった。
そんな風に思っていると……
「止めておけ」
堂島が鳴上を助ける為に駆け出そうとするのを、そう止める。
その言葉に堂島は足を止め、怒気の視線を向けてきた。
「何でだ!」
「お前が行ったら邪魔になるからだ。見ろ、鳴上のペルソナは何とか互角の状況で戦っている。だが、ここで堂島が……いや、堂島じゃなくても別の誰かが戦いにちょっかいを出したらどうなると思う? 間違いなく鳴上はそっちに意識を向けてしまう。今の状況でも鳴上は結構一杯一杯なのに、そんな事になったら致命的な隙を見せてもおかしくはない」
敵のシャドウは恐らくここのボスだけあって、かなりの強さを持ってる。
鳴上はペルソナを使うセンスはいいが、そのセンスだけで今は戦っている状況だ。
実際、鳴上の友人と思しき男も、着ぐるみも、鳴上の邪魔をしてはいけないと、息を呑んで戦いを見守っていた。
それを見たのだろう。
堂島は不満そうな様子を見せつつも、黙り込む。
……実際のところ、俺達が戦いに参加すればあの程度のシャドウはどうとでもなる。
それこそ、堂島以外の誰であっても。
だが、それでも俺がここで戦いにちょっかいを出さないのは、この戦いは鳴上にとって重要なものだと分かるからだろう。
恐らくはこれが鳴上の初めてのボス戦。
ジュネスの屋上に来るまでにシャドウと戦ったのかどうかは生憎と分からない。
だが、それでも雑魚シャドウとあのボスでは格が違う。
この事件において、鳴上が活躍するにはしっかりと戦って強くなる必要があり、これはその第一歩なのだと理解出来たからだ。
そうして見ている先で、数分……俺達が来る前にも戦いはあったのだろうと考えればもう少し長い間戦っていたのだろうが、鳴上のペルソナが……学生服を着ているように見えなくもない、そんなペルソナが、シャドウを倒す。
「ふぅ……」
それを見た堂島が安堵の息を吐く。
今ので敵を倒したという事が、十分に理解出来たのだろう。
だが……そんな中で、何故か鳴上の友人と思しき男が倒されたシャドウに近付いていく。
「何だ?」
その光景に、五飛が訝しげに呟く。
そのように思ったのは五飛だけではなく、俺を含めた他の面々も同じだ。
鳴上の戦いを見ている限りだと、シャドウに近付いていた男は特にこれといって戦う力があるようには思えなかった。
実際に戦いではただじっとしていただけなのだから。
だというのに、ここで一体何故出てくる?
そんな疑問を抱くも、男は倒されたシャドウに何かを言って……
「何、だと……?」
その光景に今度は俺が驚きの声を発する。
当然だろう。
何しろシャドウが男の中に入っていったかと思うと、それがペルソナとして男から出てきたのだから。
……何がどうなっている?
いや、けど考えようによってはそうおかしな話ではないのか?
元々ペルソナというのは、シャドウをコントロールしたものだ。
正確にはちょっと違うかもしれないが、大雑把にはそういう認識で間違いない。
つまり、先程まで鳴上が戦っていたシャドウはあの男のシャドウで、それを鳴上が倒した事によってペルソナになった?
ペルソナ能力という点では美鶴達とそう違いはないものの、細かい場所で大きく違うな。
これは……ニュクスの件でペルソナ能力に目覚めた美鶴達と、TVの中の世界でペルソナ能力に目覚めた者達の違いか?
そんな疑問を抱くが……
「悠!」
俺の考えは、堂島のその声で中断される。
戦闘中は俺の言葉に従って黙っていた堂島だったが、その戦闘が終わったという事で、もうこれ以上は我慢をしなくてもいいと判断したのか、唐突に叫ぶ。
ビクリ、と。
堂島の叫び……怒声を聞いた鳴上は、驚きを露わにした。
いやまぁ、それは分からないでもないが。
まさかTVの中の世界で自分の叔父と遭遇する事になるとは思ってもいなかっただろうし。
ましてや、声を掛けたタイミングから考えると、シャドウとの戦いは見られていたのは間違いないと思えたのだろうから。
また、それを抜きにしても、本来ならまだ鳴上達は学校にいる時間だ。
今が具体的に何時なのかは分からないが、昼にはまだなっていないだろう。
であれば、鳴上達は学校をサボってTVの中の世界にいるという事になる。
堂島は仮面を被っているが、それでも堂島を堂島と認識出来たのは……声もあるが、肉親のなせる事だろう。
肉親は肉親でも、会ってからまだそんなに経っていない筈だが。
「ひ……ひいいいいいいいっ!」
不意に周囲に響く悲鳴。
何だ? と疑問に思って声のした方に視線を向けると、そこにはさっきから黙り込んでいた着ぐるみがいる。
そしてこっちを……より正確には俺を指さし、悲鳴を上げていた。
「アクセル、何かしたの?」
「いや」
レモンがそう尋ねるが、俺は首を横に振る。
そもそも、あの着ぐるみに会ったのは今日が初めてだ。
だというのに、何故こんな風に叫ばれてるのかは俺にも全く分からないし理解出来ない。
「なら、何であんなにアクセルに警戒心を? どう見てもアクセルを怖がってるわよ?」
「そう言われると否定は出来ないが、実際に俺があいつに初めて会ったのは間違いない」
あんなに愉快な、それこそ一度見たら忘れられないような相手を忘れるという事は、まずないと思う。
それだけ着ぐるみは特徴的な存在だった。
とはいえ、レモンが言うように俺を見て怖がっているのは間違いない。
鳴上達と一緒にいたという事は、あの着ぐるみも鳴上の友人なのか?
いや、それでも俺を怖がる理由はない筈だ。
この事件が起きてから俺がペルソナ世界で誰かを怖がらせるような事は……東京で月光館学園の不良と喧嘩――という表現も大袈裟だが――したくらいだ。
まさか、あの着ぐるみの中身があの時の不良だったとか、そういう事はないと思う。
「悠! 答えろ! お前は一体ここで何をやってるんだ!」
着ぐるみをどうすればいいのかを考えている中で、そんな声が聞こえてくる。
さっき叫んだ堂島が、鳴上の側まで行って叱っているのだ。
あるい叱っているのではなく、情報を集めているのかもしれないが。
その理由はともあれ、鳴上は困った様子でいる。
友人と思しき男は何とか堂島に話をしているものの、それが受け入れられる様子はない。
「あの着ぐるみの件はともかく、まずは堂島達の方を何とかする必要があるな。……いつまでもTVの中の世界のジュネスにいる訳にもいかないし」
今は全く問題ないが、今まで色々な経験をしてきた身としては、こういう場所でそこを攻略したら崩壊するというのは十分に有り得る。
実はあのシャドウがここのボスではなく、更に追加のボスがいたりしたら、少し話は違うかもしれないが。
ただ、ジュネスの屋上に……いや、待て。ジュネスか。何でジュネス?
このジュネスを初めて見た時は、稲羽市で目立つ建物だからジュネスがTVの中の世界にあるのかもしれないと思ったが、屋上で戦っていたという事は、恐らくあの男はジュネスに何か関係のある人物の可能性が高い。
そして俺は、鳴上の友人でジュネスに関係の深い人物……ジュネスの店長の息子がいるのを知っている。
早紀曰く、花ちゃん。
正確には花村陽介だったか。
恐らくだが、あの男がその花村とやらなのだろう。
「センセー、センセー、いつまでもここにいると、あの怖い人がこっちに来そうクマ。早くここを出た方がいいクマよ?」
俺が堂島達の方に足を踏み出したところで、鳴上に向かって着ぐるみがそう言う。
にしても……クマ? また妙な語尾だな。
というか、その語尾から考えると、もしかしてあの着ぐるみってクマ……熊の着ぐるみだったりするのか?
とてもではないがそのようには見えないが。
いやまぁ、デフォルメしたと考えれば、可能性はあるか。
そんな風に考えつつ、堂島達の方に向かう。
今の今まで鳴上を叱っていた堂島は、着ぐるみの存在に意表を突かれたような表情を浮かべている。
実際には仮面を被っているので、顔の上半分を確認する事は出来なかったが。
それでも堂島の雰囲気から、多分そうだろうと予想するのは難しい話ではない。
叱っている時でも……いや、真剣に叱っている時に、いきなりあんな着ぐるみが声を掛けてくれば、そういう風に驚いてもおかしくはないのかもしれないが。
「取りあえず、お互いに色々と事情を説明する必要はある筈だ。いつまでもここにいるのはどうかと思うし、ジュネスを出ないか?」
「ひぃっ!」
俺の言葉に着ぐるみは鳴上の後ろに隠れる。
いや、何でそんなに俺を怖がる?
事情を聞いた時、その辺についても色々と聞いておいた方がいいのかもしれないな。
「えっと、その……あんた達は誰っすか? そっちの人が悠の叔父さんだってのは分かったんだけど」
「こういう件に慣れている協力者だ」
男……花村の言葉にそう返す。
実際にはその協力者であるシャドウワーカーなのは美鶴だけで、堂島は刑事、それ以外はシャドウミラーに所属する者なのだが。
そういう意味では、これは適当に誤魔化す事になってるのか。
「こういう件って……シャドウ?」
「……どうしてその名前を知っている?」
花村の口から出たシャドウという単語を聞き、そう尋ねる。
シャドウという単語は、俺達なら知っていてもおかしくはないが、それについて全く何の情報も持っていない花村達がシャドウという単語を知ってるのは、明らかにおかしかった。
「いや、だって……そこのクマがシャドウって言ってたし」
俺の言葉に驚いた様子の花村は、鳴上の後ろに隠れている着ぐるみに視線を向けるのだった。