取りあえず、ジュネスから出る事になった。
色々と……本当に色々と聞きたい事はあるのだが、着ぐるみ……いや、クマが早くジュネスから出た方がいいと主張したのもある。
俺もジュネスがいつ崩れるのか分からない以上、その意見に反対するつもりはない。
そうしてジュネスから出たところで、早速話をする事になる。
ちなみに、堂島はまだ不機嫌なままだ。
鳴上の方も、叔父のそんな態度に少し困った様子を見せていた。
あっちは取りあえず放っておくとして、まずはこっちの方で話を進めるか。
「それで? クマだったな。何でお前がシャドウについて知っている?」
「ひぃっ!」
俺が代表して尋ねると、クマは花村の後ろに隠れる。
本来なら鳴上に隠れたかったんだろうが、向こうは今それどころではないしな。
鳴上はクマにセンセーと呼ばれていた事を考えると、それなりに親しいのだろうが。
「アクセル、ここは私が」
俺に話を任せると進まないと判断したのか、美鶴が一歩前に出る。
ムラタや五飛に話を任せてもよかったんだが、そうなると、それはそれで色々と不味そうだしな。
というか、ムラタの場合はクマを斬ったりしかねないし。
「うひょおっクマ!」
美鶴を見た瞬間、そう叫ぶクマ。
叫ぶという意味では俺の時と違わないが、見るからに怯えていた俺の時とは違い、今のクマは喜んでいる。
こんな外見をしている割には、実は女好きなのか?
美鶴もそんなクマの様子から何となく相手の様子は理解したのだろうが、特に不満そうな様子は見せない。
多分、クマが女好きだというのは分かってるが、クマの視線には欲望の色がないからだろう。
そういう意味では、花村の方も同じだったが。
ただ、花村の方は欲望の視線云々という訳ではなく、美鶴とレモンというとんでもない美人を前にして、その衝撃で何も言えなくなっているというのが正しい。
ジュネスから出てくる時からそんな感じだ。
いやまぁ、田舎の高校生として考えれば、こういう風になってもおかしくはないんだが。
「さてクマだったな。何故シャドウについて知っているのか、教えて欲しい」
クマの態度をスルーして尋ねる美鶴。
もしこれでクマがこれ以上ふざけた事を言ったりしたら、恐らくは処刑が待っていそうな気がする。
クマもそれを感じたのか、それとも話題が話題だったからか、美鶴の質問に大人しく口を開く。
「分からないクマ。クマが生まれた時、もうそういうのは知ってたクマ」
「……生まれた? もしやエルゴ研の……?」
「エルゴ研? 何それクマ?」
不思議そうな様子のクマ。
その事に美鶴が安堵した様子を見せる。
美鶴にしてみれば、エルゴ研というのは桐条グループの闇とでも呼ぶべき存在だ。
今はもうないが、それによってもたらされた被害は多い。
タカヤとかな。
……とはいえ、闇ではあってもエルゴ研のおかげでペルソナやシャドウについての研究が進んだのも事実である以上、称賛すべきところがない訳でもない。
もっとも、その研究の為に非人道的な行動を多数行っていたのも事実だが。
「いや、知らないのならいい。では、生まれたというのは?」
「この世界の事クマ」
「この世界……TVの中の世界か?」
「そうクマよ。クマ、この世界にずっと1人でいたクマ。けど、最近何人も入ってきたりして……それでちょっと困ってたクマ。特に……」
そこで美鶴との話を一旦止めると、クマの視線が俺に向けられる。
そして俺と視線が合うと、すぐに視線を逸らす。
「その……あっちの人は何だが凄い力を持ってるのが感じられるクマ。圧倒的すぎて、ちょっと怖いクマよ……」
その言葉に、何故クマが俺を怖がるのかを理解する。
俺はPPを使ってSP……つまり魔力の数値をかなり上げている。
もし俺の魔力を感じ取れる者がいたとしたら、その魔力量から俺を怖がる者が出てくるのはおかしくはない。
そしてクマはそのタイプだった訳だ。
「ふふっ、そういう事なら仕方がないわね」
美鶴とクマの話を聞いていたレモンが、面白そうに俺にそう言ってくる。
レモンも俺と同じ結論に達したのだろう。
「どうやらそうらしいな」
多少は不満ながらも、クマが俺を恐れる理由は分かった。
とはいえ、もしクマがこの世界に入ってきた奴の事を分かるのなら……
「クマ、少し前に足立という奴がTVの中の世界に入ってきた筈なんだが、それは分からないか?」
「っ!? ……その、誰かが入ってきたのは分かるけど、それが誰だかは分からないクマ。君みたいに大きい力を持っていればすぐ分かるクマが……」
俺に怯えながらも、そう言葉を返してくるクマ。
まだ俺に怯えてはいるものの、それでも意外と返事をしてくれるようだな。
これなら行けるか?
そう思った俺は、美鶴に視線を向ける。
すると美鶴は俺の視線に頷き、口を開く。
「クマだったか。アクセルは確かに膨大な魔力を持っているので、何も知らなければ怖いかもしれない。だが、こうして会ってみて、そこまで怖くないというのは分かっただろう?」
その言葉に、クマはじっとこちらを見る。
俺と目が合うとすぐに逸らすが、それでも逸らすまでの時間が長くなってるように思えた。
「本当クマ?」
恐る恐るといった様子で尋ねてくるクマに、ふとそんな事はない。今すぐにでもお前を攻撃したいと言ったらどうなるかと、そう思ったものの……もしそんな事をしたら、クマとの仲は決定的になってしまうと思える。
このTVの中の世界で生まれたという事は、恐らくだがこのクマはこの事件の大きなキーパーソンだと思う。
もう既にこの世界の主人公だと確信した、鳴上と一緒にいるのがその証だろう。
だとすれば、花村は……ニュクスの一件を考えると伊織の立ち位置にいる奴か?
伊織は色々と空回りをする奴で、時に事態を悪化させたり、場の雰囲気を白けたものに変えたりもしたが、もし伊織と同じ立ち位置でも花村はそういう風にならないでくれると助かる。
ともあれ、クマに対する返答をしないとな。
「ああ、その通りだ。俺は無闇に攻撃をしたりはしない。勿論、こっちに攻撃をするような奴がいれば話は別だが。ジュネスで遭遇したシャドウとかな」
けど、クマはそういう事をしないんだろう?
そう尋ねると、クマは慌てて頷く。
「も、勿論クマよ! そんな事は全く考えた事はないクマ!」
その言葉の必死さに嘘がないのは間違いない。
もしかしたらさっき俺が違う答えを口にしたら云々といったことに気が付いたのか?
一瞬そう思ったが、すぐにそれは否定する。
クマの様子を見る限り、そのようなことが出来るとは思えない。
「なら、心配ない。俺がお前を攻撃したりはしないから」
「本当クマか?」
「ああ」
「やったクマ! センセー……はいるから、大センセークマね!」
「……大センセーですって」
レモンが面白そうに言ってくる。
いや、大センセーって……クマにしてみれば、恐らく褒めているのだろうとは思うが。
大センセー……大魔王よりはマシなのか?
とはいえ、どことなく間が抜けてるというか何と言うか。
「それはいいとして、結局何がどうなってああいう風になったんだ?」
「それはクマにも分からないクマ。ただ、センセー達がやって来て、色々と移動していたらあそこについたクマ。そうしたら……」
「待て」
「どうしたクマか?」
不思議そうな様子のクマをそのままに、一旦仮面を外す。
すると当然ながら周囲には濃霧があり、手を伸ばした先ですらしっかりと見る事が出来ない。
それを確認してから、再び仮面を被る。
「お前達はこの濃霧をどうしてるんだ?」
「クマ? それはクマが持ってる眼鏡の効果クマよ」
眼鏡? ああ、そう言えば鳴上も花村も眼鏡をしていたな。
花村はともかく、鳴上は以前会った時に眼鏡をしてないから不思議に思っていたんだが……なるほど、あの眼鏡によって濃霧に対処してるのか。
「眼鏡だってよ、レモン」
先程の大センセーの仕返しに、レモンにそう言う。
その言葉に、レモンは頬を引きヒクリと動かす。
無理もないか。
天才が集まってる技術班の中でも天才と呼ばれるレモンが、濃霧の解決策として用意したのが仮面。
それも顔の上半分を覆うような、そして何故か角っぽいのまで生えている、そんな仮面だ。
それに対し、クマが用意したのは眼鏡。
鳴上と花村の眼鏡を見る限り、普通に街中で売ってる眼鏡とそう違いはない。
そして効果は一緒だ。
同じ効果を持つのに、片方は仮面で片方は眼鏡。
どちらの方が優れているのかを考えれば、誰でも分かるだろう。
眼鏡よりも仮面の方が優れているのは……防御力?
いやまぁ、実際に恐獣の骨を魔法的な処理しているこの仮面は、その辺のヘルメット以上の硬さがある。
そういう意味では、眼鏡よりも防御力は上だろう。
後は、眼鏡だとちょっと派手な動きをすれば外れやすいといった問題もある。
その点でも仮面が勝っているのは間違いない。
……あれ? そう考えると、ただ単純に探索をするのならともかく、戦闘をすると考えた場合は仮面の方が優れてるのか?
もっとも、俺の言葉を聞いたレモンは決して納得したようには見えなかったが。
「そうね。確かに同じ性能を持つのなら小型の方が高い技術力を持ってるのは間違いないわ」
あれ? 怒るのかと思ったらやけにあっさりと認めたな。
てっきり何か言われるかと思ったんだけど。
「ねぇ、クマだったわよね? もし眼鏡にまだ余裕があるのなら、私の作った同じ効果を持つ仮面と1つ交換しない?」
「クマ? それはいいクマけど」
クマの方はレモンの言葉に特に異論はないのか、あっさりと頷く。
レモンの技術力を上回るというのは、それが何であれ一種の偉業と呼ぶべき事なんだが。
そういう意味では、もしかしたらこのクマはかなり優秀なのかもしれないな。
まぁ、その辺は偶然という可能性もあるが。
「これなんかどうクマ?」
そう言ってクマがどこからともなく取り出したのは、鼻の付いた眼鏡。いわゆる鼻眼鏡とでも呼ぶのか?
漫才とか一発芸とかお笑いとか、そういうので使う奴。
「……出来れば他のにしてくれないかしら?」
レモンは笑みを浮かべつつそう言い……
「ひぃっ! 何だか今、クマの背中がぞわっとしたクマ!?」
レモンの視線に一体どんな効果があったのか、クマは焦ったように言う。
まるで俺の鬼眼みたいだなと思うのは、ちょっと大袈裟か?
「レモンの為にも普通の……鳴上や花村達に渡したような奴にしてやってくれ」
「わ、分かったクマ! えっと、これでいいクマか?」
慌てたようにクマが次の眼鏡を取り出すと、その眼鏡は確かに普通の眼鏡だった。
俺は眼鏡に詳しい訳ではないので、その眼鏡のセンスがいいのかどうか、高級な眼鏡なのかとか、そういうのは分からないが。
ただ、こうして見る限りだと普通の眼鏡のように見えるのは間違いない。
レモンもその眼鏡には満足したのか頷き、俺に視線を向けてくる。
何かを言わなくても、レモンが何を求めているのかはすぐに理解出来た。
仮面の入ったスーツケースを空間倉庫から出して欲しいという事だろう。
特に不満もないので、素直に空間倉庫からスーツケースを取り出す。
レモンはそれを受け取ると、中から仮面を1個取り出してクマに渡す。
「これは私が開発した、このTVの中の世界に広がる霧の中でも視界を確保する為の仮面よ。それなりに自信作だったけど、クマの眼鏡には負けるわね」
そう褒められると、クマは嬉しそうな様子を見せる。
「え、えへへ、褒められると嬉しいクマね」
さすがにこのTVの中の世界で生まれた存在というべきか、クマの目は着ぐるみなのに感情に合わせて色々と変わる。
普通の着ぐるみは、当然ながらこんな事は出来ない。
いやまぁ、技術班なら無駄に高性能な技術を使って、そういうギミックを搭載した着ぐるみを作ったり出来るかもしれないが。
「けど、私の方でもこの眼鏡を研究して、同じような性能を持ってもコンパクトにする事が出来るようにするわ」
「そうクマか」
クマにしてみれば、レモンがやろうとしていることを聞いても特に何も思ったりはしないのだろう。
クマは別に技術者や科学者という訳でもないのだろうし。
……けど、そう言えばあの眼鏡はどうやって作ったんだろうな? もしくはどこかで拾ったとか?
「えっと、それで……話をちょっと変えてもいいですか? 実は後でちょっと見て欲しい物……というか、部屋があるんですけど」
クマとの話が一段落したと判断したのか、花村がそう話し掛けてくる。
ちなみに鳴上から話を聞いていたのか、俺達が天城屋旅館で早紀と一緒にいるというのは既に知っていた。
悔しがるような、嬉しそうな、そんな微妙な様子だったが。
「部屋? このTVの中の世界のか?」
「そうそう、ちょっと不気味な部屋なんですよ。刑事の人達がいるのなら、あの部屋がどういう場所なのかも分かるかもしれませんし、お願い出来ませんか?」
このTVの中の世界の秘密をどうにか出来るかもしれない以上、俺が花村の言葉に否と言う筈がなかった。