「こりゃあ……」
堂島の驚きの声が周囲に響く。
花村が俺達に見せたい部屋があるということでジュネスの前から移動したのだが、その部屋に行く前に驚いたのは、TV局のセット……スタジオ? みたいな場所がある事だった。
いや、これが例えばジュネスがあったように、建物があってその中にスタジオがあるのなら俺も驚かない。
だが、花村……というかクマの案内に従ってTVの中の世界を歩いていると、突然スタジオがそこにはあったのだ。
こういうの、何と表現すればいいんだろうな。……シームレスにスタジオがあったと言えばいいのか?
驚きの声を上げたのは堂島だけだったが、それ以外の面々――俺も含めて――もまた、驚きの表情を浮かべている者が多い。
「えっと、やっぱりこれって変なんですか?」
「変だろう」
花村の言葉に、即座にそう返す。
実際、この光景を見て変ではないと言う奴は一体どれだけいるのやら。
野外でステージを作るといった事は、そう珍しくはない。
野外コンサートとか、普通にあるし。
シェリルもそういうのをやっているのを知ってる。
だが、それはあくまでも野外コンサート用のセットであって、こうまで立派なTVのスタジオではない。
目の前に存在する光景は、明らかに異様だった。
一体何がどうなってこんな風になったのか、それを聞きたいくらいだ。
とはいえ、それを聞くにしても一体誰に聞くのかといった問題があるが。
「やっぱり変なんですね。俺達もTVの中に入った場所はここしか知らないので」
花村の言葉に、やっぱりこの世界に入る為に使ったTVによって、入った場所は大きく変わってくるのだろうと納得する。
何しろ俺達……というか、俺の通信機の映像スクリーンから中に入った時、そこにあったのは公園だったのだから。
公園があればスタジオがあるのも……納得出来なくもないか?
かなり無理矢理なのは間違いないが。
公園なら外にあっても特におかしな事はない。
スタジオは……うん。
「そもそも、ここはTVの中の世界という特殊な場所なんだ。そんな場所で何があっても、不思議じゃない」
タルタロスは月光館学園の校舎が夜になると変形して生み出される。
ましてや、タルタロスの中では何故か現金を入手したりも出来るのだ。
もしかしたら、あの当時月光館学園では校舎の中に何らかの理由で置かれていた現金、あるいは教師や生徒が忘れていった財布とかから、いつの間にか現金が消えていたのかもしれないな。
そんなタルタロスの事を考えると、TVの中の世界はまだ常識的なのだろう。
そう考え……ふと、気になる。
「花村、このスタジオはどこに繋がってるんだ?」
「え? えっと……どこに繋がってるってのは?」
俺の言葉の意味が分からなかったのか、戸惑った様子の花村。
そんな花村に、俺は改めて口を開く。
「どこのTVからこのTVの中の世界に入った?」
「ああ、そういう。……ジュネスの家電売り場にある、大きなTVからですよ」
「何っ!?」
その言葉に真っ先に反応したのは、堂島。
花村も、まさか堂島がそんな風に反応するとは思っていなかったのか、驚いた様子を見せる。
俺と話していたところに、いきなり堂島が声を……それも怒声を上げたのだから、そんな風に反応するのは当然かもしれないが。
「本当にジュネスからこの世界に来たのか!」
「そ、そうですよ。そもそも身体が入れるくらいの大きなTVなんて、そう簡単にないですし」
そう言う花村だったが、実際にはそうでもない。
例えば天城屋旅館のロビーにもそれなりに大きなTVはあるし、稲羽署の取調室にあるTVはそこまで大きくないが、早紀が入れられそうになっていた。
まぁ、女の早紀だから小さなTVでも何とかなりそうだったのかもしれないが。
鳴上や花村のような男なら、恐らく取調室にあるTVに入れるのは無理だろう。
……骨を折ったり肉を削ったり、関節を外して放り込むとかすれば別かもしれないが。
「お前達、自分がどれだけ危険な事をしてるのか、分かってるのか!?」
叫ぶ堂島。
無理もないか。
足立は毎日のようにジュネスの中に現れては、食料やら何やらを盗んでいく。
そうして頻繁にジュネスにやって来ているという事は、つまりジュネスにあるTVから足立は現実世界とTVの中の世界を出入りしているという事を意味していた。
つまり、このスタジオを足立も使っている可能性は十分にあるのだ。
ジュネスのようなデパートである以上、TVは複数ある。
そんな複数あるTVの中で、必ずしもここを使っているとは限らない。
だが、それはあくまでも限らないであって、実際にはここを使っている可能性は十分にあるのだ。
もしこのスタジオで足立と遭遇したらどうなるか。
聞いた話によると、鳴上がペルソナ使いとして覚醒したのは今日。
つまりペルソナ使いとしては初心者でしかない。
そうなると、それこそ足立と遭遇したらどうしようもないのは間違いない。
堂島にしてみれば、自分の甥がそのような危険な目に遭っていたのだから、それに怒るなという方が無理だった。
「すいません」
花村が取りあえずといった様子で謝る。
鳴上の方は特に何も言ってなかったが。
「……まぁ、いい」
そんな花村を見て気が抜けたのか、それともここでこれ以上言っても仕方がないと思ったのか、堂島はそう言って大きく息を吐く。
「堂島、今はまずその件は置いておけ。どのみちペルソナ使いとして目覚めた以上、この件には関わるんだ」
「ペルソナ使いとして目覚めたからといって、必ずしもこの事件に関わる必要はない筈だ」
「足立が見逃すと思うか? もしどうしてもこの事件から遠ざけるのなら、それこそ早紀の家族のようにTVの中の世界が存在しない東京とかに避難させる必要がある」
「それは……」
俺の言葉に複雑な表情を浮かべる堂島。
実際、鳴上は少し前にこの稲羽市に引っ越してきたばかりで、しかも引っ越す前は東京にいたらしい。
そう考えると、即座に出戻りといった事になるだろう。
それに早紀の話を聞く限りだと、花村もジュネスの店長の父親が稲羽市に引っ越してきた時、同じく東京からやってきたらしい。
そういう意味では花村も再び東京に戻るという事になるのかもしれないな。
本人がそれを喜ぶかどうかは別として。
実際、鳴上と花村の2人は俺の言葉を聞いて厳しい表情を浮かべている。
このままこの件が終わるというのは、自分達にとって決して許容出来ないと、そう態度で示していた。
中途半端にペルソナ使いとして覚醒したままというのも危険なのは間違いない。
荒垣の二の舞になるのはどうかと思うし。
そうなると、避難させるだけではなくてシャドウワーカーに所属する者達にペルソナ使いとして訓練をして貰うとか?
だがそうなると、その者達はシャドウワーカーの一員としてシャドウと関わる事になる可能性は高い。
あるいはペルソナの訓練だけをするが、シャドウと関わらないという選択肢もあるが……どうだろうな。
結局のところ、一度ペルソナ使いとして覚醒した以上はそれを受け入れる必要がある訳だ。
そういう意味では、ペルソナ使いとして覚醒した時点でどうしようもないのかもしれないな。
「えっと、それで……ペルソナ使いの件はいいとして、見せたい部屋はこっちです」
まだ堂島には色々と言いたい事があったようだったが、花村の言葉で止まる。
この件については、TVの中の世界から出てから話をするという事にしたのだろう。
そんな訳で花村の案内に従って進み……
「うわ、これはまた……」
スタジオの中を進んでいくと、やがてとある部屋に到着する。
その部屋には、多数のポスターや写真が貼られていた。
ただし、顔の部分は全てが切り取られたり塗り潰されているので、誰のポスターや写真なのかは理解出来ない。
また、天井からはロープが1本垂れており、その先端は輪っかになり、床には椅子が。
……端的に言って、首つり自殺するかのような場所。
総合的に見て、不気味としか言いようがない部屋だった。
「こいつは……柊みすず?」
そう言ったのは、堂島だ。
柊みすずというのは、確か俺達が来た時にニュースとかでやっていた不倫の当事者だな。
演歌界のプリンセスと呼ばれる人物で、生田目とかいう市議会議員の秘書の妻だったが、その生田目が地方局のアナウンサーの山野真由美と不倫し、離婚したという。
言ってみれば被害者的なポジションなのだが、その夫に裏切られたのが許せなかったのか、不倫の件を暴露したのは柊みすずらしい。
それが原因で生田目も市議会議員の秘書を辞める事になり、山野真由美も天城屋旅館に隠れる羽目になったとか。
そういう意味では加害者であり、被害者?
とはいえ、客観的に見た場合、柊みすずが被害者ポジションなのは間違いないんだよな。
その辺は色々と人によって考え方も変わるんだろう。
「柊みすずに恨みを持っていたと考えると……山野真由美か?」
「つまり、これは山野真由美がやったと?」
堂島の呟きにそう返す。
今のこの状況を考えると、その考えは間違っていないように思える。
足立にTVの中に入れられた山野真由美は、恐らくこの部屋にいたのだろう。
……ポスターや写真、椅子、ロープといった物をどこから入手したのかは、生憎と分からなかったが。
それでもこの部屋の様子を見ると、その予想はそんなに間違っていないように思える。
そしてこの部屋か、もしくはこの部屋から出たところでシャドウに襲撃され殺された、と。
シャドウの中では恐らく最弱なのだろうゼブラ模様の空中に浮かんでいる奴ですら、多少なりとも訓練した堂島は苦戦をしたのだ。
戦闘訓練など全くした事がないアナウンサーであれば、そんな相手に抵抗出来る筈もない。
死体を現実世界のアンテナにぶら下げるような事をしたのは、シャドウなのか、足立なのか、あるいはこの世界で死ねば自動的に死体は現実世界に戻るのか、その辺はまだ分からないが。
「分からん。分からんが……このポスターは見覚えがある。山野真由美が死んだ件で調べている時に見た」
刑事の堂島がそう言うのなら、その言葉は間違っていないのだろう。
「やっぱり、ここは……」
鳴上が俺と堂島の会話を聞き、そう言う。
花村やクマもまた、言葉には出さないが驚いていた。
ん? でもクマは別に山野真由美については知らない筈だよな?
このTVの中の世界で生まれたって話だし。
つまり、こうして驚いた様子を見せているのは、周囲の空気に合わせているとかそんな感じか?
これまで接してきた感じからして、クマにそういう能力があったのは少し驚きだが。
「色々と調べたいところではあるが、TVの中の世界ともなると、詳細に調べる事も出来ないんだよな。……取りあえずこういう部屋があるのは理解出来た。また今度来て調べるとしよう。それで、そろそろ現実世界に戻ろうと思うんだが?」
どうやら堂島は俺に聞いているらしい。
一応天城屋旅館側から入った者達は俺が率いているという形になってるから、俺に聞くのはおかしくないのだが。
「そうね。私もそろそろ現実世界に戻りたいわ。クマから貰った眼鏡についても研究したいし」
「クマ?」
レモンの口から自分の名前が出た事に気が付き、首を傾げるクマ。
だが、今回は別に自分の事を呼ばれた訳ではないと判断したのか、特に気にした様子もなく鳴上と話していた。
「えっと、じゃあ……どうします? ここで別れますか?」
「いや、出来ればジュネスの方から出るというのを試しておきたい」
聞いてくる花村にそう返す。
入った場所からでないと出られないのかどうか、それを試しておきたい。
もしそれが可能なら、万が一……本当に万が一、何らかの理由で俺の通信機の映像スクリーンから入って、そこから出られなくなった時、他の場所から出る事も可能になる。
問題なのは、その場所から実際に出ないと、どこと繋がっているのか分からないという事だろう。
そういう意味で、ジュネスの家電売り場のTVに繋がっているとはっきりしているスタジオは非常にありがたい。
「そうなんですか? まぁ、俺達は構いませんけど。……じゃあ、行きましょうか」
そうして俺達は部屋を……山野真由美がいただろう、柊みすずに対する強烈な恨みを感じさせる部屋を出る。
山野真由美にしてみたら、柊みすずには恨み骨髄といった感じなのだろう。
そんな部屋から出たのだから、皆がどこかしら安堵した様子を見せている。
ムラタですら微妙に安心した様子を見せているのだから、あの部屋に残っていた恨みは相当なものなのだろう。
そうして部屋から出ると、すぐにスタジオに戻ってくる。
「それで、ここからはどうやって出るんだ?」
「クマに任せるクマ! 大センセーも含めて、全員あっちの世界に送り返してやるクマよ!」
俺の言葉に、クマは自信満々といった様子で叫ぶのだった。