「じゃあ、お願いします」
「分かった」
花村の言葉に堂島が頷く。
TVの中の世界から出て、山の中から大広間に戻ってきてのやり取り。
結局花村の両親はジュネスの事があるので稲羽市から離れるのは難しいという事になった。
これがマクロス世界とかなら、通信環境とかがもの凄く発達してるので、東京にいても稲羽市のジュネスの仕事を出来たりもしたんだろうが。
もっとも、稲羽市という地方都市……それも住人の数も少ない場所だ。
何かあったら店長が直接出て話をしたりする必要があるのは間違いない。
そういう点では、通信環境が発達していてもどうしようもないのは間違いないだろう。
結局当初話していたように、稲羽署から護衛を数人つける事になった。
稲羽署は決して警察官の人数が多い訳ではない。
だが、今回の件に関しては元々足立が頻繁にジュネスに現れているという事もあり、日中から私服警官や刑事がジュネスの中を見回っている。
そういう意味では、ジュネスの店長をしている花村の父親や専業主婦の母親を警備する人員に困るという事はないだろう。
そして……
「もし足立を見つけても、お前が捕まえようとはするなよ」
堂島のその言葉に、花村は頷く。
「分かってます。現実世界ではペルソナを召喚出来ないんですし、無理はしませんよ」
そう、当初は天城屋旅館に泊まる筈だった花村だったが、家族が心配だという理由から家に戻る事になったのだ。
これには堂島や美鶴、シャドウワーカーの面々も反対したのだが、最終的には花村が自分の意見を押し通す形となった。
自分の進路がどうとか悩んでいた花村だったが、それでもやはり家族は大事らしい。
いや、あるいはその悩みを解決した一面があるので、余計に家族を大事にするつもりになったのかもしれないが。
ともあれ、そういう事になったからこそ堂島は心配そうだったのだろう。
「では、送るのは……」
「俺が行く。まずは稲羽署によって護衛の人員を用意して貰う必要がある。そうなると、やはり刑事の俺が送っていくのが最善だろう」
堂島が立候補すると、それに反対する者はいない。
「花ちゃん、気を付けてね。今、この街では一体何があるか分からないんだから」
「小西先輩……はい、分かりました」
心配する早紀に、花村は嬉しそうな様子を見せる。
花村にしてみれば、今回の一件が大変なのはともかく、自分の好きな早紀にこうして心配して貰えるのは嬉しいのだろう。
「じゃあ、行くぞ」
「あ、はい」
早紀と話している花村に、堂島が声を掛ける。
あれ? これってもしかして嫉妬だったりするのか?
いや、堂島の性格を思えば、そんな風にするとは思えない。
だとすれば、単純に少しでも急いで稲羽署に行って護衛についての話を通す必要があるのかもしれないな。
……ただ、問題なのは稲羽署や警視庁がこの件をどう考えるのかが問題だろう。
美鶴は当然ながら、有里達は桐条グループの庇護を得ているので、下手なちょっかいを出す事は出来ない。
だが、鳴上や花村は今のところ桐条グループの庇護を動けている訳ではない以上、もしかしたら……
そう思わないでもないが、それでも今この時は鳴上も花村も、桐条グループが……より正確にはシャドウワーカーの保護下にある以上、乱暴な真似は出来ないだろう。
堂島から一応ペルソナについての説明もされているし、何より桐条グループを敵に回すというのが、そもそも普通に考えて悪手でしかない。
これが警視庁とか……あるいはもっと上ならともかく、地方にある警察署が対抗出来るような存在ではないのだから。
だとすれば、考えられるのは権力や暴力で強引に何とかしようとするのではなく、友好的に接するとか。
もしくはバイト代を支払って検査をさせて貰うという可能性も否定は出来ない。
そのくらいなら、本人が納得していれば別に構わないが。
「じゃあ、取りあえず上層部の説得を頑張ってくれ」
「頑張るもなにも、シャドウワーカーからの要望だと言えば、そのくらいはあっさりと許可が下りると思うぞ」
自信満々といった様子の堂島。
これは口だけではなく、本当にそう思っているように見える。
勿論、どう考えても理不尽な内容……例えば稲羽署に保管されている銃火器を寄越せとか、そういうのは向こうも決して許容しないだろう。
だが客観的に見て問題ない、必要と十分に理解出来るような事であれば、シャドウワーカー……より正確には桐条グループの力もあって、その辺はどうとでも出来るという事なのだろう。
「そうか。なら心配はいらないな。俺にとっても、今回の件はそれなりに重要だし、よろしく頼む」
そう言うと堂島は任せろと頷き、花村と共に大広間を出る。
これから稲羽署に向かうんだろうが……あの2人、車の中でどういう会話をするんだろうな。
ちょっと気になる。
早紀に片思いをしている花村。
早紀に片思いされている堂島。
あるいはこれで花村と堂島が同年代……とまではいかなくても、数歳くらいの違いであったら、色々と話す事もあるだろうが、倍近く年齢が離れているしな。
一体どういう話をするのか、ちょっと気になる。
「取りあえず修羅場にはならないといいんだが」
「うん? どうした、アクセル?」
「あ、いや。何でもない」
自分でも気が付かないうちに言葉に出していた事に気が付き、俺は美鶴に何でもないと首を横に振る。
「それで、これからどうする?」
「ふむ。個人的には鳴上を鍛えたいところだが」
美鶴の視線が鳴上に向けられている。
その声が聞こえたか、あるいは視線を感じたのだろう。
鳴上は物珍しげに周囲を見回していたが、美鶴に視線を向ける。
物珍しげなのは、鳴上が大広間に来るのは食事をする時だけだからだろう。
当然ながら、シャドウワーカーの面々は食事をする時に重要な書類を見られたりしないようにしている。
シャドウワーカーにしてみれば、その辺をしっかりしないと最悪美鶴の処刑が待ってるのだから、慎重になるのは当然だろう。
そんな訳で、鳴上がこうして仕事モードになっている大広間を見るのは初めてなのだ。
普段と違うという事を気にしても、おかしくはない。
「えっと? 鍛えるってペルソナをですか?」
恐る恐るといった様子で尋ねる鳴上。
鳴上にしてみれば、美鶴は自分よりも格上のペルソナ使いで、この若さでシャドウワーカーを運営し、桐条グループの総帥の娘で、本人も高いカリスマ性を持つ。
この事件の主人公であっても、自然と自分よりも格上の存在として扱うのは当然だろう。
……夜は甘え上手なんだけどな。
日中の凛とした様子とは裏腹に。……これがいわゆるギャップ萌えって奴か?
そんな風に考えていると、美鶴がこちらを一瞥してくる。
しまった、もしかして考えが読まれたのか?
一瞬そう思ったが、結局美鶴はそれ以上特に俺に何かを言う様子もない。
セーフ……か?
そう思った瞬間、素早く美鶴の手が延ばされ俺の脇腹に一撃を与えていく。
「ぐ……」
痛みに呻く。
しかも今の一撃は、魔力によって身体強化され、周囲にいる者達は今何があったのか全く理解出来なかっただろう。
今のはそれだけの一撃だったのだ。
しかも魔力が使われているという事は、俺にもしっかりとダメージを与えられるという事を意味している。
うーん……これは。
とはいえ、痛いのは間違いなかったが、それはあくまでも痛いと思える程度の一撃でしかなく、美鶴が本気で放った一撃という訳でもない。
「鳴上にアドバイスをするから、アクセルは外に出ていろ」
「俺が外に出る必要があるのか?」
「いても別に構わないが、アクセルにとっては退屈な内容になるだけだと思うぞ?」
そう言われると、なるほどと納得する。
美鶴の説明がどういうものなのかは、生憎と俺には分からない。
だが、美鶴がこうして暇になるのだと言ってるのなら、多分そうなのだろう。
「分かった。時間も時間だし、ちょっと商店街にでも行ってくるよ」
時間を確認すると、午後3時を回っている。
高校も放課後になってるだろうし、マヨナカテレビとかの新しい噂を知る事が出来るかもしれない。
そう思いつつ、俺は大広間を出るのだった。
「とはいえ、そう簡単にはいかないか。やっぱりジュネスに行くべきだったか?」
天城屋旅館を出て俺がやって来たのは、商店街。
ジュネス程ではないにしろ、それなりに高校生の姿がある。
ジュネスは今日の午前中に行ってたし、何よりもしかしたら足立が俺を見て逃げ出す可能性があった。
何しろ一時的にとはいえ、足立が捕まったのは俺の手によるものだ。
そうである以上、足立が俺を危険視している可能性は十分にある。
ましてや、今日は午前中にTVの中の世界で鳴上と花村がペルソナ使いとして覚醒もしている以上、足立が何らかの手段でそれを知り、警戒心を最大限に働かせていてもおかしくはない。
だからこそ、今はジュネスに行くのを止めて商店街に来ていたのだが、特に何も新しい情報は存在しない。
もっと他の場所に行くべきか?
そう思っていると……
「止めて下さい」
「そう言わないで、少しだけだから。天城屋旅館は老舗旅館なんだけど、最近運営が厳しいって聞くよ? 美人若女将として君が表に出れば、お客さんも多くなると思うんだけどね」
聞こえてきた声。
後ろの方はともかく、最初の方の声には聞き覚えがあった。
雪子?
そう、それは間違いなく俺にとってはそれなりに聞き覚えのある雪子の声。
しかも決して好ましい相手と話しているのではなく、嫌がっているように思える。
一瞬、天城越えか?
そうも思ったが、聞こえてくる声は雪子に言い寄っているのではなく、何かもっと別の様子に思える。
これは俺が手を出してもいい事なのか。
そう迷ったのだが……
「ですから、止めて下さいと」
そうして改めて相手に断っている声を聞けば、助けないという選択肢はない。
向かったのは、商店街にある公園。
そこではTVカメラを持った男ともう1人の男がいて、嫌がる雪子に言い寄っていた。
TV? 山野真由美の事件でインタビューに来たのか?
いや、でもさっき聞こえてきたのを聞く限り、山野真由美の事件ではなくワイドショー的な感じで雪子にインタビューをしようとしてるように思えた。
実際、雪子はかなりの美人なのは間違いなく、その雪子が若女将をやっていると大々的に放映されれば、天城屋旅館に来る客が倍増する……とまではいかないが、増えるのは間違いないと思う。
もっとも、それはあくまでも雪子がそれを望めばの話だ。
あの様子を見る限り、雪子がそれを望んでいるようには思えない。
そんな訳で、俺は嫌がる雪子にインタビューをしようとしている相手に近付いていく。
「おい」
その声に、雪子にインタビューをしようとしていた男がピタリと……もしくはギクリといった様子で動きを止める。
だが、振り返って俺の姿を見ると、その強張った顔が元に戻る。
恐らくだが、今の『おい』という呼び掛けから、俺が警察か何かかと思ったのだろう。
「何だね、君は。私は仕事中なんだ。君のような相手に構っている暇はない。さっさと消えてくれ」
横柄に言ってくるその様子は、なるほど。自分がメディアの人間だから、何をしてもいいと勘違いしている……いわゆる、マスゴミと呼ばれる人種か。
「嫌がってる相手に無理矢理インタビューをするのが許されてると思うのか?」
「ふんっ、私は皆の知る権利の代弁者だ。それを邪魔をするという事は、どうなってもしらないけど、いいのかい? メディアの人間を敵に回すという事が、何を意味しているのか……分からない訳ではあるまい?」
そう脅してくる男。
もし俺が、正義感の強い一般人なら……あるいは、雪子という女の前でいい格好をしたいだけなら、その男の言葉に怯んだかもしれない。
「それがどうした? 虎の威を借る狐という言葉を知ってるか? 自分の力じゃなくて、他人の力を借りて威張るというのは、みっともないことだぞ? 自分では理解出来ていないかもしれないけどな」
「何だと!?」
余程の図星だったのだろう。
先程の口調とは一変し、顔を赤くしながら睨み付けてくる。
この程度の挑発に乗るのはどうかと思うぞ?
そう思いつつ、軽く――あくまでも俺の認識だが――殺気を叩き付ける。
「ひぃっ!」
一瞬前の態度は何だったのかと言いたくなるような、そんな態度。
だが、カメラマンや雪子は、男が何故いきなりそんな態度になってるのかが全く分からない。
そうである以上、戸惑った様子を見せるのは当然だろう。
殺気を叩き付ける相手をきちんと目の前の男だけに限定しているからこその現象だった。
「どうした?」
そう声を掛け、1歩前に踏み出ると……
「ひいいいいいぃっ!」
男はそんな叫び声……いや、悲鳴を上げながら、俺の前から走り去る。
カメラマンも何が起きたのかは分かっていなかった様子だったが、それでも男を追い掛けていくのだった。