雪子と共に天城屋旅館まで戻り、入り口で別れる。
雪子は自分がこれからどうしたいかを考えたり、旅館の手伝いをしないといけないという事らしい。
そして俺は大広間に戻ってきたのだが……
「アクセル」
「美鶴?」
大広間に入ってきた俺を見て、名前を呼んだ美鶴の様子に少し疑問を抱く。
いや、美鶴だけではなく鳴上や早紀、シャドウワーカーの面々もそれは同様だった。
「何があった?」
「……これだ」
そう言い、美鶴はコンピュータのモニタに録画したのだろう映像を流す。
「これは……」
最初に映し出されたのは、雪子。
しかもモザイクとか何もやっておらず、顔もそのまま映している。
まぁ、テロップに老舗旅館の美人若女将に突撃取材を決行! とかあるし、雪子の顔を映さないという選択肢はなかったのだろう。
そして雪子の背後には見覚えのある光景。
それこそ先程まで俺が雪子と一緒にいた公園が映し出されていた。
次の瞬間、インタビューに乱入してきた俺の姿が映し出され……映像を切り貼りし、明らかに俺を悪役に仕立て上げようとする演出がされていた。
やがて映像はスタジオに戻ると、コメンテーターとして番組に呼ばれていた芸能人や人権擁護集団の代表やら、戦場カメラマンやらが俺を非難する言葉を発する。
「凄いな」
それを見た俺が口にしたのは、純粋にそんな言葉だった。
何しろ、俺が雪子を助けたのは1時間くらい前だ。
その間に映像がTV局に送られ、映像を弄り、こうしてニュースにしたのだ。
その速度は素直に凄いと言ってもいいだろう。
……だからといって、こういう風に晒し者にされて面白い訳でもないが。
「アクセル、一体何があった? こんな編集された映像では何も分からん。話を聞かせてくれ」
美鶴の言葉に、俺は特に隠す必要も感じられなかったので、事情を話す。
雪子の事情……進路に迷ってる件は話さない方がいいと思ったので、黙っていたが。
事情を話すのにそんなに時間はいらない。
数分もあれば十分だった。
そしてその数分で、いつもは冷静な美鶴が見て分かる程に怒りを露わにしていた。
「そうか。メディアに喧嘩を売ったらどうなるか……か。ならば、こちらも桐条グループを敵に回したらどうなるか、思い知らせてやる必要があるな」
「程々にな」
美鶴の様子が明らかに尋常ではないのを見て取り、そう言う。
俺もああいう風に悪意のある編集をされて、それで何も思わない訳ではない。
だが、ここでやりすぎると後々面倒な事になるのは間違いないだろうと思い、そう言っておく。
しかし、そんな俺の言葉に美鶴は真剣な表情で口を開く。
「アクセルの件は、出来る限り情報を秘匿するべきというのが桐条グループの判断だ」
「だろうな」
それは分かる。
桐条グループにとって、俺という存在はシャドウミラーとの取引をする上で最重要だ。
こう言っては何だし、桐条グループの総裁の武治にそういう考えはないと思うが、桐条グループの上層部の中には俺と美鶴が恋人同士であるというのを喜んでいる者も多いのだろう。
いわゆる、政略結婚的な意味で。
普通の政略結婚と違うのは、俺と美鶴がそれぞれ愛し合っていたり、俺の恋人が多数いたり、結婚ではなく付き合ってる状態であったりといった感じか。
ともあれ、ホワイトスターを経由して異世界間貿易を行い、桐条グループに莫大な利益をもたらすシャドウミラーとの関係を重要視するのは当然だった。
そして俺がシャドウミラーを率いる立場である以上、その俺との関係を重用するのもまた当然。
で、俺の存在が公になると困るので、秘匿するという方向に考えが向くのも、また当然だろう。
そんな中で今回の出来事だ。
美鶴としても、桐条グループとしても、そのままにしておけないのは間違いない。
「む、少し待ってくれ」
不意に美鶴の携帯が着信を知らせる。
俺に断り、美鶴は電話に出る。
「私だ。うむ、その件については知っている。それで桐条グループとしてはどのような対応を? 広告やCMの撤廃? それだけでは少し生温いと思うが。あのような悪辣な映像を作るような相手とは、桐条グループとして関わる事は止めた方がいいだろう。あのような者達を自由にさせているという時点で、モラルには期待出来ない。自浄作用もない以上、私としてはあまり関わり合いたくないな。それとコメンテーターとして出ていた者達も同様に。うむ。桐条グループが関わってる仕事には呼ばないように。では、そういう事で頼む」
うわ……と、美鶴の言葉にそんな感想を抱いてしまった俺は決して悪くないだろう。
美鶴の出した指示は、TV局の職員1人がメディア関係者であるという事を利用して俺を貶めようとしたのを、そのTV局全てに……そして乗せられた状態で俺を責めるような言葉を口にしていたコメンテーターにも責任を負わせるというものだった。
桐条グループは、日本でもかなり大規模な企業グループだ。
それでも桐条グループが日本を支配していたり、あるいは日本で唯一の企業グループという訳でもない以上、桐条グループがそのTV局から手を引いても、即座にそのTV局が潰れるといった事はないだろう。
だが、それでもTV局に大きな被害が出るのは間違いないし、コメンテーターの方はより直接的な影響がある。
何しろコメンテーターというのは、番組に呼ばれなければ意味がない存在なのだから。
それ以外にも色々と稼ぐ方法はあるだろうが、桐条グループに干されるというだけで、大きな被害を受けるのは間違いない。
……もっとも、だからといって俺は美鶴の言葉を止めるつもりは一切ないが。
今回は俺が標的となった。
だが、ここで俺が何もせずにいれば、あの男はまた同じ事を繰り返すだろう。
それだけではない。
つい1時間ちょっとくらい前の映像が既にニュース……ワイドショー的な奴だが、そのようになって流れているのだ。
それはつまり、この手の行動に手慣れているという事を意味していた。
また、俺はいいとしても、視聴率を取る為か未成年であるにも関わらず、雪子の顔を隠したりせず、そのまま出している。
その辺を考えると、恐らくこの手の行動は今回が初めてという訳ではないのだろう。
つまり、今まであの男の標的になってきた奴が他にもいる事を意味している。
それはちょっと俺としても許容出来ない。
これから同じような目に遭う者を減らす為にも、美鶴が言うように今回の処置は必要だろう。
とはいえ、TV局全体で見た場合、所詮は職員の1人だ。
桐条グループとの関係と、職員の1人……それも有能ではなく問題を起こす相手となると、TV局の経営陣がどのように判断するのかは考えるまでもないだろう。
「程々にな」
結局俺の口からは、先程と同じような言葉が出るのだった。
なお、これは後日の話になるが、TV局側は謝罪会見を行い、映像を意図的に編集し、中には俺の声を無理矢理追加したというのを認めた。
当然ながら雪子に強引にインタビューをしていた男とカメラマンは首となり、あの番組に参加していたコメンテーターも仕事を干されて多くの者が表舞台から姿を消す事になる。
「で、映像の件はそれでいいとして、鳴上に色々と教えるという件についてはどうなった?」
「そちらの方は大体説明を終えた。とはいえ、アクセルも知ってるように鳴上や花村のペルソナは、同じペルソナという能力ではあっても現実世界では召喚出来ないなど、違いもある。その辺を考えると、私の知っている知識がどこまで通用するのかは分からないがな」
その言葉に、鳴上は微妙な表情を浮かべる。
鳴上にも当然ながら、自分にペルソナ使いとしての能力があるとは思っていなかったのだろう。
そうである以上、自分の先輩のペルソナ使いである美鶴からの説明はありがたい筈だ。
ありがたい筈だが……ペルソナ使いとして似て非なる者という事である以上、美鶴から教えて貰った事をそのまま使えないというのは大きいらしい。
「そうなると、どういう風になるのかはある程度自分達で見つけていく必要があるのか」
「はい。ただ、桐条さんから教えて貰った事が全く役に立たない訳でもないですから。それを参考にしていこうかと」
なるほど、そういう意味では恐らく原作よりもその辺が楽になっているのは間違いないと。
原作では美鶴達はいなかった……もしくはいても、その実力を考えると後からやって来るだろうから、そう考えると原作よりも恵まれているらしい。
「頑張ってくれ。今回の事件……多分、鳴上達の力も借りないといけない筈だし」
そんな俺の言葉に、鳴上は少し驚いた様子を見せる。
俺にそんな事を言われるとは、思ってもいなかったのだろう。
あるいは自分がこの事件の主人公であるという事も理解していないのかもしれないが。
「分かりました。どういう手伝いをする事になるのか分かりませんけど、頑張ってみます。……その代わり、叔父さんの説得をお願い出来ますか?」
「ちゃっかりしてるな」
堂島の説得というのは、かなり難易度が高い。
堂島が頑固な性格をしているのは十分に分かるし、だからこそ説得して……例えば鳴上をTVの中の世界での探索に協力するようにしてはどうかと言っても、恐らくは絶対に許容しないだろう。
姉に頼まれた自分の甥だから……という理由もあるのだろうが、それ以上に高校生の鳴上が命懸けの戦いになるTVの中の世界の探索に協力するのを認めるとは思っていなかった。
「あはは。でも、実際に叔父さんが反対をしたら、協力するのも難しいだろうし」
「だろうな。なら、言うだけ言ってみるよ」
それこそ堂島がどうしても反対をするのなら、桐条グループや警視庁の影響力を使って堂島を排除する必要が出てくるかもしれない。
鳴上がこの事件の主人公なのだとすれば、それこそこの先は鳴上でなければどうにもならない事が起こる可能性は十分にあるのだから。
そしていざそういう事になった時、そこに鳴上がいないせいでどうしようもなくなり、いわゆる詰みの状態になるのだけは絶対に避けたい。
そういう意味でも、堂島としては絶対に反対だろうが、鳴上をこっち側に引きずり込んでおきたいのは間違いなかった。
問題なのは、どうやって堂島を説得するかだよな。
実際にTVの中の世界でだったり、こっちに戻ってきてからも鳴上や花村は堂島を説得していたのは間違いない。
……無理もないか。
普通の高校生にしてみれば、ペルソナなんて能力はそれこそファンタジーでしかない。
それを自分が身に付けたのだから、実際に使って何かをしたいと思うのは当然だった。
あるいはペルソナを現実世界でも使えたのなら、無理にTVの中の世界に行くとかは言わなかったかもしれないが。
「ともあれ、説得の方はこっちでやっておく。けど、堂島が許可をするまではTVの中の世界には行くなよ」
そんな俺の言葉に鳴上は頷くが、多分だけど鳴上よりも調子に乗りやすいのって花村の方だろうな。
俺は花村とはあまり親しくないが、ちょっと話しただけでも結構お調子者といった雰囲気を感じる。
もしかしたら表向きの態度はともかく、裏の顔があって、そっちでは慎重な性格をしているといった可能性もない訳ではないが……うん、自分で考えておいてなんだが、やっぱりないよな。
「早紀、ちょっといいか?」
「はい? 何ですか?」
シャドウワーカーの書類の整理を手伝っていた早紀は、俺の声に反応してこっちにやって来る。
「早紀は確か花村と親しかったよな?」
「え? ええ。はい。まぁ……そうですね。アクセルさんは知ってると思いますけど、私には弟がいるんですよ。それで親しかったというのはあります」
そう言う早紀だったが、若干そこには後ろめたい感情があるように思える。
それが具体的になんなのかは分からないが、ここは触れない方がいいだろう。
ともあれ、早紀にとって花村は男ではなく弟に近い認識だったのだろう。
花村にとっては残念な事に。
この場合の男というのは、恋愛対象としての男という事だ。
また、早紀の弟は花村と年齢が近い。
その辺も花村を恋愛対象ではなく、弟と認識した影響なのだろう。
最初は弟のように見られていても、早紀と接するうちに弟ではなく1人の男として認識されたりする可能性もある。
あるのだが、それはあくまでもその時まで早紀に特定の相手や、恋心を抱く相手がいない場合だ。
そして今の早紀は自分にとって白馬の王子様とでも呼ぶべき存在の堂島に恋をしている。
その辺の状況を考えれば……うん。客観的に見た場合、花村はタイミングが悪かったといったところか。
「そうか。花村も早紀を慕っていたようだし、弟のように思えるのなら関係は良好でもおかしくはないか。……で、その花村だが、知っての通りペルソナ能力に覚醒したんだが、それによって有頂天になったりすると思うか?」
早紀を呼んだのは、これについて聞きたかったからだ。
もしそうなら、念を押しておく必要がある。
あるいは、一度心を折る必要も出てくるかもしれない。
そう思ったのだが……
「花ちゃんが? うーん、花ちゃんの性格を考えると、多分そういうのはないと思います」
そう告げる早紀の言葉に、鳴上が安堵した様子が印象的だった。