TVの中の世界で訓練をした翌日……朝食を終えた俺は、天城屋旅館前で特に何をするでもなく、暇潰しをしていた。
ペルソナを使った訓練を行うには、当然ながら鳴上や花村がいる必要がある。
そうである以上、朝……より正確には学校の授業が終わるまで、特に何かやるべき事がある訳でもない。
これでジュネスの開店時間にでもなれば、そっちの様子をちょっと見に行ってもいいんだが、今のところは特に何かやるべき事もない訳で……
「あの、アクセルさん、少しいいですか?」
軽く散歩をしていると、不意にそんな風に声を掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこには雪子の姿が。
「雪子か、どうした? ……もしかして、昨日の件で怒られたか?」
強引にインタビューをした件で俺がインタビューをしていた相手を止めに入ったところ、その件に不満を持ったのか、色々と映像が加工されたり、俺の言葉もいいように並べ替え、一部には俺が言っていない言葉まで入っていた。
番組的には雪子の件を取り上げたかったのだろうが、結果的に雪子よりも俺の件がメインになってしまった形だ。
とはいえ、それでも雪子が顔を隠したりもせず、そのままTVに映し出されたのは間違いない。
そうである以上、雪子の母親の女将がその事に不満を持っても仕方がなく、それで怒られたのかもしれない……と思っていたのだが、意外な事に雪子は首を横に振る。
「ううん、あの件については怒られませんでした。ただ……昨日の今日でちょっと申し訳ないんですけど、千枝がアクセルさんに頼んだらどうかって言うから」
里中が?
一体何だ? もしかして、マヨナカテレビとかに関係してるのか?
里中は鳴上や花村と一緒に、ジュネスの家電売り場にあるTVからTVの中の世界に行った。
そして学校では大体4人で行動しているらしい。
それを思えば、雪子だけ現在はTVの中の世界について知らないのだ。
もっとも、それを言うのなら里中もTVの中の世界については分かっているが、ペルソナについては何も知らないのだが。
「頼むって、何をだ?」
一応、尋ねる。
雪子の口から、TVの中の世界について出てくるとばかり思っていたのだが……
「その、千枝が言うにはここ何日か通学路で私をじっと見ている人がいるって話で」
「……は?」
その言葉は俺にとっても完全に予想外だった。
TVの中の世界とか、マヨナカテレビとか、そっち関係の話が出て来ると思ったのに、全く違う……思ってもいない話が出たのだから、当然だろう。
それこそペルソナやシャドウという単語が出るといった可能性すら覚悟していたのだが。
まさか、ストーカーの対処とは。
いや、ストーカーでいいんだよな?
家まで追ってきてる訳じゃないし、それだとストーカーじゃないのか?
取りあえずストーカーと認識しておくとしよう。
しかも里中に言われるまで気が付かなかったという事は、雪子にしてみればストーカーという認識はなかったんだろう。
ストーカーをしても雪子に気が付かれなかったというのは、ストーカーしている方にしてみればかなり悲惨だな。
とはいえ、雪子はこれでストーカーだと認識してしまった訳で……ある意味、里中によって怖い思いをする事になったのか?
里中も別に雪子を怖がらせようとして、言った訳じゃないだろうが。
もしここで里中が何も言わなかったら、それこそ雪子がストーカーによって何らかの被害を受けるかもしれない。
だからこそ、里中も雪子に忠告したのだろう。
「なるほど。雪子ならストーカーがいても不思議じゃないな」
「え? 何で?」
その言葉は、本気で言ってるのは間違いない。
いや、けど……何でだ?
典型的な大和撫子と評してもいいような雪子だけに、今まで多くの男に告白されてる筈だ。それは全部断ってるようだが。
だからこそ、天城越えといった造語が出来ているのだ。
「雪子はモテるだろ?」
「そうでもないと思うけど」
俺の言葉に意表を突かれたのか、言葉遣いが客に対するものではなくなっている。
いやまぁ、鳴上達の友人だという事を考えれば、天城屋旅館の次期女将という事もあって、それなりに付き合いは出来そうなので、それはそれで構わないんだが。
多分、天城越えという風に言われているのも知らないんだろうな。
あるいは言われているのは分かるが、その言葉の意味は理解出来ていないといったところか。
「雪子はもう少し実感を持った方がいいと思うけどな。……ちなみに、美鶴は美人だと思うか?」
「え? うん。……あ、はい」
「ああ、別に言葉遣いはそこまで気にする必要はない。普段通りでいい」
「……いいんですか? じゃなくて、いいの?」
「ああ。俺はあまりそういうのを気にしないし」
というか、俺の場合は外見を10歳、10代半ば、20代といったように自由に変える事が出来る。
そうして外見年齢が違っていれば、それはやはり接する相手の態度や言葉遣いにも影響してくる。
だからこそ、その辺を気にしないというのもあるかもしれないな。
他には、雪子がシャドウミラーの所属であったり、俺がシャドウミラーを率いてるというのも知らないのが大きい。
そういう相手の時は、普段は別に普通の言葉遣いでも構わないが、公の場所……どこかのパーティに参加している時だったりする場合は、言葉遣いを改めて貰う必要がある。
雪子の場合はその辺の心配をしなくてもいいので楽なのは間違いない。
「そう、分かったわ。ありがとう」
「別に礼を言われるような事でもないと思うけどな。……で、話を戻すが美鶴を美人だと思うんだよな?」
「ええ。ちょっと見た事がないくらい美人だと思う」
そうして美鶴を美人だと認識するとなると、雪子のそういう感覚……審美眼というのか? とにかくそれが違ってる訳ではないか。
となると、単純に自分の美貌が周囲にどんな影響を与えているのかを理解していないのか。
告白をされているという事を考えると、自覚くらいはしてもいいと思うんだけどな。
「話は分かった。今の稲羽市は少し危ないしな」
山野真由美や早紀の件を思っても、女に言い寄ってフラれた事によって足立が逆上し、それで相手をTVの中の世界に落として殺すといった事をしている。
そうである以上、天城越えなんて風に表現されるくらいに男に言い寄られる雪子が、足立に言い寄られてもおかしくはないのだろう。
「ありがとう」
「気にするな。鳴上に……そう言えば、俺に頼むのはいいけど、なんで鳴上に頼まないんだ?」
「千枝がそう言ったから」
鳴上は天城屋旅館に泊まっており、雪子とも里中や花村経由で一緒に行動する事が多いと聞く。
なら、ストーカー対策として……それがボディーガード的な役割を期待してなのか、それとも恋人がいるように見せて相手を諦めさせようとしてるのか、その理由はとにかくとして、俺よりも鳴上の方がそれらしいと思うんだが。
いやまぁ、俺の外見年齢は20代……それも20歳になったくらいといった感じなので、年齢的には大学生のように見えなくない。
大学生と高校生が付き合ってるというのは、客観的に見てそうおかしな話ではない……と思う。
ちなみに、本当にちなみに全く関係のない話だが、高校3年と大学1年では高校生の方が大人っぽいように思えるのは……俺だけか?
それはともかくとして、雪子を口説くのを天城越えと呼ばれる以上、同年代の高校生が口説くよりも、年上の大学生が口説く方がらしいのかもしれないと里中は考えたのかもしれないな。
「分かった。今は特に何かを急いでやるようなことはないし、それなら引き受けよう。……じゃあ、行くか。そっちの準備はいいのか?」
「うん、もうすぐ出られるからいつでもいいよ」
そんな訳で、俺は雪子と共に八十神高等学校に向かう。
「結局昨日のTVの件では怒られなかったのか?」
「うん。ただ、お母さんがちょっと疲れた様子だったけど」
「だろうな」
雪子の母親、つまり天城屋旅館の女将にしてみれば、この旅館に泊まっていた山野真由美が殺人事件に巻き込まれたのだ。
その対応とかそういうのでも忙しかっただろうし、昨日の雪子ではないが、取材を申し込んでくる者も多かった筈だ。
また、客の減少についても同様だろう。
最後の件に関しては、シャドウワーカーが何だかんだと結構な客室を借りてるから、そこまで影響はないかもしれないが。
「だから、その……もし本当にストーカーがいるのなら、その件で心配を掛けたくないの」
大袈裟にしない理由はその辺りにあるのか。
昨日の今日だし、TVの件については八十神高等学校の学生でも知ってる者はいるだろうが。
あ、でも夕方とか夜のニュースではなく、あくまでもワイドショーでだったと思えば、実際にそれを見ている者は少ないのか?
あるいは親がワイドショーを見ていて、それで録画したのを子供に見せたという可能性はあるが。
「なら、これ以上母親の心配を掛けないようにストーカーの件も出来るだけ早く解決する必要があるな」
「ありがとう」
感謝の言葉を口にする雪子。
そうして会話をしつつ歩いていると、以前と同じように次第に学生の姿が増えていく。
「お、おい……あれ……」
「噂は本当だったのか。何日か前にも天城を学校に送っていたって話だったが」
「腐ったミカン帳に書かれるんじゃないか?」
「そう言えば、私の母親が録画してくれたのを見たんだけど、昨日あの男の人が天城先輩を守る為に嫌味ったらしくインタビューをしていた人を止めたみたいよ」
「え? マジ? うわ……録画ってことは、それがTVで流されたんでしょ? うわぁ……自分を守ってくれる白馬の王子様。天城先輩がコロッと行くのも分かるわ」
何だか色々と会話が聞こえてくる。
そしてやっぱりというか、予想通りというか……どうやら家族から昨日のワイドショーを見せて貰った奴もいるらしい。
雪子にもその声は聞こえたのか、少し恥ずかしそうな様子を見せる。
それでも人から注目を浴びるのには慣れているのか、今のところはそこまで気にした様子もなく歩き続け……ん?
ふと、視線に殺意……とまではいかないが、憎悪を感じる。
ただし、それは稚拙な憎悪という表現が相応しい。
何と言うか、子供の憎悪?
その視線を送ってきた奴に視線を向けると電柱に隠れるようにして1人の男がいる。
年齢的には、恐らく高校生だろう。
雪子達と同じような年齢だと思う。
その割には私服なのは……いやまぁ、その辺について俺が考える必要はないか。
ともあれ、俺の視線で自分が見られているのに気が付いたのだろう。
やがて電柱の陰から出て、俺と雪子の前に立ち塞がる。
「ゆ、ゆ、雪子……俺と遊びに行こう」
「え?」
突然の言葉に、雪子は理解出来ないといった声を上げる。
やっぱりこの男がストーカーか。
だがこの状況……客観的に見れば、雪子と俺が一緒にいる。つまり親しいようにしか見えないにも関わらず、俺を無視して雪子だけに話し掛けるのはどうなんだ?
単純に、雪子の恋人と思しき俺の存在を認めたくないだけか?
それとも今の緊張した様子から見るに、テンパって俺を相手にするだけの余裕がないのか。ともあれ……
「常識的に考えろ。雪子は学校に向かってるんだぞ? それをいきなり遊びに行こうとか、頷けると思うか?」
俺を知ってる者にしてみれば、俺が常識を語るなと言ってもおかしくはない。
とはいえ、ここにはそういう人物がいないのでそんな突っ込みはなかったが。
「な、何だお前はぁっ!」
通学路に響き渡る怒声……奇声?
雪子を誘うのを邪魔した俺の存在が許せなかったのか、男は大きな叫びを上げる。
周囲には八十神高等学校の生徒が結構な数いたのだが、今の男の大声で何人もが足を止め、あるいは少しでも離れようとする。
危ない奴と、そう認識されたのだろう。
普通に考えれば、そういう風に認識してもおかしくはない。
だからといって、雪子に頼まれている俺が逃げる訳にいかないのも事実だが。
「俺か? 俺は……」
そこで言葉を止め、一瞬どう返すのかを考える。
ここでボディーガードだと言えば、この男は今この場では引き下がるかもしれないものの、俺がいなくなれば雪子のストーカーに戻るだろう。
あるいは俺という存在がいたという事で、今まで以上に派手な行動をするかもしれない。
そして、当然ながら恋人の振りをしているなんてのも論外だろう。
だとすれば、ストーカー相手には一種の賭けになるが……上手くいけば、この男も雪子を狙うのを諦める。
そう考え、俺は近くで未だに戸惑っている様子の雪子の腰を抱いて引き寄せる。
「きゃっ!」
突然の行動に驚きの声を上げる雪子。
思っていた以上に細い腰を抱きかかえつつ、俺は目の前の男に向かって口を開く。
「雪子の恋人だ。分かったら、とっとと諦めるんだな」
そう、告げるのだった。