『こんばんわー』
そう言い、マヨナカテレビに映ったのは……雪子。
俺が知ってる雪子というのは、天城屋旅館の手伝いをしている時の和服か、あるいは学校に向かう時の制服。
とはいえ、制服の上から赤いカーディガンと呼ぶのか? 女の服には詳しくないので何とも言えないが、取り合えず何らかの赤い服を着ている光景だった。
だが、今こうしてマヨナカテレビに映っている雪子は、和服でも制服でもなく……パーティドレスっぽいのを着ている。
しかも胸元もかなり開いており、外見からは想像出来ないくらいに豊かな双丘がそこにはある。
えっと……
そんな風に戸惑っている間にも、マヨナカテレビに映し出された雪子は言葉を続ける。
『えーと、今日は私、天城雪子がなんと、逆ナンに挑戦したいと思います!』
えっと……?
ドレス姿の雪子にも驚いたものの、まさか雪子の口から逆ナンという言葉が出るとは思わなかった。
そっち関係について、雪子は決して詳しくない。
……それどころか、もしかしたら逆ナンという言葉の意味すら理解してないのではないかと思える。
いや、さすがにそれはないか。
本人にその手の興味がなくても、このペルソナ世界で普通に生活をしていれば、TVであったり、ネットであったり、友人であったり……その辺から色々な情報を入手するのは珍しい事ではないのだから。
『題して……』
そこで一旦言葉を止めた雪子だったが、次の瞬間には空中にテロップが現れた。
『やらせナシ! 雪子姫、白馬の王子様さがし!』
というテロップが。
これはもう、どう突っ込んでいいのか分からないな。
『もぉ、超本気ィ! 見えないトコまで勝負仕様……はぁと、みたいなね!』
うん、これ……花村の時の一件を聞いてるから、何となく予想は出来る。
多分これは雪子じゃなくて、雪子のシャドウなんだろう。
勝負仕様というのがどういうのかはかなり気になるが……うん。
ドレスの空いた胸元を思い切り見せつけるその様子も、普段の雪子なら絶対にしないだろう。
『もぉ、私用のホストクラブをブッ建てるくらいの意気込みで……じゃあ、行ってきまーす!』
そう言いつつ、建物の中に走っていく雪子。
うん、多分これ……もし無事に雪子を助けたとしても、黒歴史になるのは間違いないんじゃないかと思えてしまう。
よくもまぁ、ここまではっちゃけたものだ。
花村の話を聞く限りでは、シャドウは自分の本音……それこそ自分で思ってるか、あるいは思っていなくても自分の知らない心の奥底ではそのように思っているのかはともかくとして、とにかく自分の本心がそこにはあるらしい。
花村のシャドウがいたのがジュネスだったのを考えると……つまり、雪子の中にああいう願望? があるのも間違いないのだろう。
いやまぁ、20人近い恋人がいる身としては、ホストクラブを建てるくらいの勢いで白馬の王子様を見つけるという雪子の願望を否定するのは少し難しいが。
とにかく、今の俺が出来るのは……うん。他の連中と情報交換をするか。
そう判断し、美鶴のいる場所に向かうのだった。
「うーむ、何と言うか……同じ女として、微妙な気持ちだな」
大広間に美鶴の声が響く。
現在ここには、マヨナカテレビやら足立の事件に関わっている面々が集まっている。
堂島や鳴上、早紀といった面々は勿論、ムラタや五飛もここにいた。
雪子にしてみれば、自分の黒歴史がこんなに大勢に見られた事を知ったらどう思うんだろうな。
「それはともかくとして、まず雪子がどこにいるのかを確認する必要があるんじゃないか?」
「そちらについては、様子を見に行かせている」
どうやら既に行動に移っていたらしい。
その辺の行動力はさすがと言ってもいいな。
「これで雪子がいたら、問題は少なくなるんだが……」
「どうだろうな。楽観視はしない方がいい。……鳴上、一応聞いておくが、天城雪子はあのマヨナカテレビで見たような性格をしていると思うか?」
本人が言うように、本当に一応なのだろう。
そう美鶴が鳴上に尋ねる。
だが、鳴上はそんな美鶴の言葉に即座に首を横に振る。
「俺も彼女とはそこまで親しい訳じゃないですけど、それでも俺が知ってる限りだと、あんな……」
そこまで言って『見えないトコまで勝負仕様』云々と言っていた逆ナン雪子を思い出したのか、鳴上は微妙な表情を浮かべる。
うん、普通に考えれば、とてもではないがあれを雪子の本心とは思えないし、思いたくないだろう。
「えっと、あんな性格をしてないとは思います」
最終的にそう締める鳴上。
その説明に他の者達がそれぞれ自分の意見を言う。
ただ、その意見については男女関係なく微妙な思いを抱いているのは間違いない。
何しろ、雪子は次期女将として旅館の手伝いをしている以上、当然だがこの大広間にやって来た事もある。
そうして一生懸命働いている雪子を知ってるだけに、いきなり逆ナン雪子を見せられれば……うん。
不幸中の幸いなのは、マヨナカテレビについての噂は学生を中心にしたものだという事だろう。
旅館の従業員達が、あの逆ナン雪子を見てはいない筈だ。
……ただし、子供や弟、妹が学生だった場合、マヨナカテレビについて聞いた事があるかもしれないが。
ただ、旅館の仕事は日付が変わった今も忙しい。
とてもではないがマヨナカテレビを見ていられるような余裕はない……と思う。
それでも万が一にもそういう事があったら、悲惨だとしか言いようがないな。
そんな風に雪子のこれから……今ではなく、助けてからの事を考えていると、やがて大広間に1人の女が姿を現す。
「戻ったか」
美鶴のその言葉から、雪子の様子をみに行っていた人物なのだろうと予想出来た。
その人物……女は、真剣な表情で美鶴に向かって口を開く。
「女将さんや旅館の従業員にも聞いたんですけど、やっぱりどこにもいないそうです」
「……やはりか。だとすれば……」
「足立の仕業か?」
美鶴の言葉を遮るように、堂島が言う。
堂島の表情は厳しく引き締まっていた。
堂島にしてみれば、足立がまた犯罪を重ねたのかもしれないという判断なのだから、そのように思ってもおかしくはない。
「断言は出来ないが、可能性としてはそれが一番高いだろう」
美鶴のその言葉は、恐らく堂島を気遣ってのものだ。
何しろ今の状況では足立以外にTVの中に入れられる者はいないのだから。
実際には俺達がいるが、まさかこの状況でそのような事を俺達がする筈もない。
つまり、雪子を入れたのはやはり足立なのだろう。
そしてこれは恐らくの話だが、TVの中の世界に入れられた者がマヨナカテレビに出る。
……ただし、そう考えると花村の件がちょっと分からないが。
花村がマヨナカテレビに出た事はなかった。
つまり自分から入った場合はマヨナカテレビに映らないのか?
その辺はちょっと疑問だが、今はともかく将来的にはその辺の情報も明らかになるだろう。
半ば事態の先送りだが、実際にマヨナカテレビの検証例が少ないのも事実。
「くそっ!」
堂島の苛立ち混じりの言葉が周囲に響く。
早紀はそんな堂島を心配そうに眺めていた。
早紀にしてみれば、自分をTVの中に入れて殺そうとした足立がまた活動を始めたのだ。
特に雪子を狙ったというのも、俺達が天城屋旅館に泊まっているのを考えると、その辺を狙ってきたのだろうとも予想出来る。
まさか、偶然雪子を狙った……なんて事はないだろ。
それはつまり、天城屋旅館にいる早紀を再度狙うかもしれないという危険もそこにはあるという事を意味している。
そういう意味で、今回の一件はかなり厳しいものがあるのも事実だった。
「で、どうする? これからすぐにTVの中の世界に行くか?」
美鶴に尋ねる。
鳴上や花村達は以前身体が入れる大きさのTVという事で、ジュネスの家電売り場にあるTVから中に入った。
だが、俺の場合は通信機の映像スクリーンがあるので、それを使えばいつでもTVの中の世界に入れる。
つまり、雪子が現在TVの中の世界にいるのなら、今からでも助けに行く事が出来るのだ。
しかし……
「いや、今日これから行っても無駄足に終わる可能性が高い。鳴上と花村のいるジュネスに行った時の事を覚えているだろう? あの時、数時間もの間TVの中の世界を歩き、それでようやく見つけたのだ。それも狙って見つけたのではなく、偶然見つけたといった感じで」
「それは……」
美鶴の言葉に反論出来ない。
実際、TVの中の世界でジュネスを見つけたのは半ば偶然だ。
そうである以上、これからTVの中の世界に行って雪子を見つけられるかと言えば、それは否だった。
「明日……明日だ。すまない、アクセル。明日まで待ってくれ。明日になれば時間も取れる。下手に寝不足で行動するよりは、万全の状態で行動した方がいい」
悔しそうな様子で言う美鶴。
美鶴も、本心では今からでもすぐにTVの中の世界に助けに行きたいとは思っているのだろう。
だが、美鶴が言ってるように夜中の今から行ってもろくに活動は出来ないし、ここで動けば明日には寝不足という万全ではない体調で行動する必要が出てくる。
その辺りの状況を考えると、今日これからTVの中の世界に行くのは不味いのも事実、か。
「分かった。明日だ。明日の早朝から行く」
そう断言すると、美鶴は頷く。
美鶴も、別に雪子を見捨てたい訳ではない。
今の状況で助けに行くのが危険だというのを、十分に理解しての行動だった。
とはいえ、俺の場合は実際にはその辺問題なかったりするんだが……ただ、俺1人でTVの中の世界に行っても、殆ど意味はないしな。
あるいはTVの中の世界でスライムを使えるのなら、雪子を見つけるという意味でかなり有利に行動出来るのは間違いない。
だがそれが出来ない以上、俺だけで行っても難しいのは事実。
素直に明日を待つ……いや、待て。
「鳴上」
「え?」
まさかここで自分の名前を呼ばれるとは思わなかったのか、そんな声を上げる。
だが、俺はそんな鳴上の様子に気が付く事なく、思い立った懸念……もしかしたら本当に懸念でしかないかもしれないが、それでも可能性としては十分にある事を聞く。
「鳴上は花村や雪子……そして里中と一緒に行動する事が多いんだよな?」
その言葉に、何人か……特に美鶴や堂島の表情が厳しいものになる。
俺が何を言いたいのか、分かったのだろう。
「はい、そうですけど」
「そして鳴上は……具体的に誰からマヨナカテレビについて聞いた?」
そう、噂としてマヨナカテレビについて流れているのは知っていたが、それでも誰かからやり方……雨の日の真夜中12時に消しているTVを見るというのを聞いている筈だ。
それが花村だったら別にいい。
いや、花村から聞いて……その方法を里中が知っていたらどうなるか。
雪子の親友の里中にしてみれば、あのマヨナカテレビの内容を見たらどうするのか、考えるまでもないだろう。
「里中から……」
そして鳴上の口から出たのは、俺にとって最悪に近い内容だった。
「里中の連絡先は知ってるか? 知ってるなら、すぐに連絡をして……」
そう俺が言ってる最中に、鳴上の携帯が着信を知らせる。
このタイミングとなると、恐らく里中……もしくは花村だろう。
俺が頷くと、鳴上はすぐに電話に出る。
「もしもし……陽介」
やはりと言うべきか、どうやら花村からの電話だったらしい。
今の状況を考えると、てっきり里中からの連絡だと思ってたんだが。
「ああ、俺も見た。……天城だったのは間違いない。それでアクセルさん達が確認したんだけど、どうやら天城がいなくなってるらしい。そうだ」
鳴上と話してる花村が、電話の向こうで慌てている声が聞こえてくる。
花村にしてみれば、自分の一件が終わってすぐに雪子がTVの中に入れられたのだから、慌てるのも当然か。
しかも花村の場合は、夜中になればジュネスを足立が歩き回っている点からも、余計に動揺してしまったのだろう。
「今日これからは無理だから、明日からTVの中の世界に行くと言ってる。……俺達も? いや、けど……」
電話をしながら、こちら……というよりも美鶴を見る鳴上。
シャドウワーカーの指揮をしてるのは美鶴で、あくまでも俺は美鶴の協力者であると認識してるのだろう。
それは実際に正しい。
視線を向けられた美鶴は、難しい表情を浮かべる。
その気持ちも分からないではない。
例えばこれが、鳴上や花村とは全く無関係の人物が事件に巻き込まれたのなら、美鶴も捜索に鳴上達を参加させただろう。
だが、今回は違う。
鳴上達の友人の雪子がTVの中に引き込まれたのだ。
そして鳴上達はまだペルソナ使いとして1歩目を歩き始めたばかり。
うん、暴走要素がそこかしこに存在してるよな。
美鶴が躊躇うのも理解出来る。
「最初は私達で彼女を捜そう。そして難しいようなら、君達にも協力して貰う」
そう告げる美鶴の言葉に、鳴上は不満そうにしながらも反論はせず、頷くのだった。