「あの……少しよろしいでしょうか?」
雪子を捜すのは明日、まずは鳴上や花村を抜きにして俺達だけで。
そういう事に話が決まり、明日の為にも今日はもう寝た方がいい。
美鶴がそう言って解散をしようとしたところで、大広間の襖の外側からそんな声が聞こえてくる。
もしかして盗み聞きでもしてたのか?
一瞬そう思ったものの、特に気配の類がなかった事を考えると、ちょうど美鶴の話が終わったこのタイミングでやって来たのだろう。
「何でしょうか?」
声を掛けてきた人物……襖を開けると、そこにいたのは天城屋旅館の従業員だったが、その従業員に美鶴が尋ねる。
「実はその、里中さんが鳴上さんに用事があると」
なるほど、直接ここに来たのか。
ここが東京のような都会ならともかく、稲羽市は田舎だ。
ましてや、この天城屋旅館は市街地から離れた山野近くにある。
日付が変わったこの時間に、そんな場所まで里中がやって来るのは……里中と雪子の関係を思えば、そんなに不思議でもないのだろう。
そして何をしに来たのかは、考えるまでもなく明らかだろう。
里中も俺達のようにマヨナカテレビを見て、雪子に何かあったと判断し、無事を確認しにきたといったところか。
……携帯で連絡をすればいいと思うんだが。
いや、携帯で連絡をしても通じなかったから、こうしてわざわざやって来たのか。
「鳴上、どうする?」
美鶴の問いに、鳴上は数秒迷った様子を見せたが……やがて頷く。
「会います」
そう言うと、鳴上は従業員に案内されて大広間を出ていく。
「何をしに来た……ってのは、聞くまでもないか」
「里中千枝という人物は天城雪子の親友なんだろう? そしてマヨナカテレビについても知ってる以上、ここに来た理由ははっきりとしている。だが……だからこそ心配だ。彼女も以前TVの中の世界に行ってる筈。だとすれば……」
雪子を捜しにTVの世界に行くかもしれない。
美鶴はそれを示しているのだろうが、それはかなり危険だ。
これが鳴上や花村なら、ペルソナに覚醒している事である程度の対処も可能だ。
だが、里中はペルソナに覚醒していない。
そして堂島が……元々刑事として相応に鍛えられていて、その上で日本刀を持った戦い方で五飛や俺に短期間とはいえ鍛えられたにも関わらず、恐らくTVの中の世界のシャドウでは最弱級だろうゼブラ模様のシャドウを相手にしても、苦戦してようやく倒せたのだ。
これはペルソナ使いではなく、魔力や気がなくてもシャドウを倒せるという事を証明したのは非常に大きいものの、同時にかなり鍛えたとしても一般人――魔力や気を使えず、ペルソナ使いでもないという意味で――がシャドウを倒すのは非常に難易度が高いという事を意味してもいた。
里中は見るからに運動神経がよさそうだったものの、別に特に鍛えたりしている訳ではないだろう。
いや、一般的な……高校生としてはそれなりに鍛えているのかもしれないが、プロの格闘家とかそれに匹敵するという意味では鍛えていない筈だ。
「里中がTVの中の世界に行くのは、間違いなく自殺行為だな」
美鶴の言葉にそう続けると、美鶴は厳しい表情で頷く。
鳴上と会った里中がどんな風に思うのか、それは生憎と俺にも分からない。
だが、鳴上が上手く説得してくれる事を祈るだけだ。
結局その後、眠れる者は明日に備えて休み、俺、美鶴、堂島、早紀の4人だけがシャドウワーカーの面々が寝ている大広の間の外で待っていると、やがて鳴上が戻ってくる。
「あ……」
廊下で待っている俺達を見て、声を上げる鳴上。
その様子は、どこか疲れがあるように思えた。
いや、実際に疲れているのだろう。
親友がいなくなった里中から話を聞き、少しでも落ち着かせる必要があったのだから。
「どうだった?」
「一応納得はして貰えたと思います」
へぇ、あの里中を説得したのか。
もっとも、天城屋旅館に来た里中を俺は見ていない。
俺が知ってる里中は、雪子と一緒にいる時に遭遇した里中でしかないのだから。
その時の様子を考えると、それこそ雪子を守るボディーガードか何かのように思えた。
そんな里中だけに、今回雪子に起こった事を考えると、即座にTVの中の世界に突っ込んでもおかしくはない。
もっとも、その場合はどこから中に入るのかといった事もあるが。
とはいえ、里中はそれなりに小柄だ。
俺の映像スクリーンやジュネスの家電売り場にある大型TVではなく、その辺にあるだろうTVを使っても普通にTVの中の世界に入る事が出来るだろう。
それこそ場合によっては、里中の家にあるTVで……という事にもなりかねない。
その辺の状況を考えると、鳴上が里中を上手い具合に説得出来たのは悪い話じゃないか。
「よくやったな。これで里中が暴走した場合、最悪死んでいた可能性がある」
鳴上も俺と同じように思っていたのだろう。
真剣な表情で頷く。
とはいえ、これは鳴上に……そして堂島や早紀にも言えないが、命を奪われるという意味での最悪はシャドウに殺される事だが、TVの中の世界には足立がいる。
早紀にも身体を要求して言い寄り、断られるとTVの中の世界に入れて殺そうした足立が。
もしそんな足立がTVの中の世界で里中を見つけたらどうするか。
ぶっちゃけ、命は助かっても女としては最悪の屈辱を受ける危険があった。
里中の様子からすると、本人はあまり自覚がないものの、明るい性格と気安い態度、そして顔立ち相応に整っていて、身体付きも……制服の上からしか見てないから何とも言えないけど、相応に女らしさがある。
足立にしてみれば、TVの中の世界という法律の存在しない……いや、自分が法律と言っても間違いではないような場所で里中と遭遇した場合、何を考えるのかは容易に想像出来る。
だからこそ、里中には暴走してTVの中の世界には行って欲しくない。
「では、鳴上もしっかりと役割を果たした事だし、私達も明日は同じように仕事をする為に今日は眠ろうか」
美鶴の言葉に、話を聞いていた面々はそれぞれ頷くのだった。
「やっぱり駄目だな。手掛かりも何もなしだと、雪子を見つけるのは難しい」
翌日、朝食や美鶴がTVの中の世界にいる間の指示や、堂島が稲羽署と連絡を終えると、俺達は早速TVの中の世界にやって来ていた。
相変わらずTVの中の世界は濃霧が存在するが、レモンの作った仮面があるのでその辺は問題ない。
ただし問題なのは、TVの中の世界のどこに雪子がいるかだろう。
ちなみに一応という事で、天城屋旅館の方で雪子がいなくなったというのは稲羽署に届け出ている。
TVの中の世界に入った以上、現実世界で捜しても意味はないのだが……それでも何かあった時、すぐ行動出来るようにしておくというのは大きい。
また、警察官達が自由に動き回る理由付けにもなるし。
……勿論、天城屋旅館側ではTVの中の世界については知らないのだが。
今のところ、その辺について騒いだりしてないのを考えると、少し警戒していた天城屋旅館の従業員の中に家族や友人、知り合いといった相手からマヨナカテレビについて聞いた者はいないといったところか。
まぁ、旅館の仕事は普通に日付が変わっても行われているので、それを考えればマヨナカテレビについて知っていても、それを見る事は出来ないか。
普段の雪子を知ってる者や、雪子の母親の女将がもし見えないところも勝負仕様の雪子を見たらどうなるか、ちょっと不安になるが。
その辺についてもまだ知られていないらしいので、取りあえずその辺は置いておくとする。
ともあれ、そんな事で俺達は昨日鳴上に言ったようにTVの中の世界に来た訳なんだが……雪子がどこにいるのか、生憎と見つける事は出来ていない。
「やはり何らかの手掛かりは必須か。……花村の時は、歩いていてジュネスを見つける事が出来たんだがな」
「あれは偶然だったんだろうな。だからこそ、同じような偶然が続くのを期待するのは少し難しいと思う」
「……クマだったか。あれに聞いてみるのはどうだ?」
俺と美鶴の会話に、堂島が口を挟む。
クマ……そうか、クマがいたな。
クマはこのTVの中の世界で生まれた存在である以上、俺達が知らないこの世界の何かを知ってる可能性は十分にある。
「そうなると、一旦現実世界に戻ってからジュネスに行く必要があるな」
クマが普段どこに住んでいるのは分からない。
だが鳴上や花村の話を聞く限りでは、基本的にはジュネスの家電売り場にある大型TVから繋がっているスタジオ、もしくはその周辺で生活しているらしい。
問題なのは、TVの中の世界でどうやってあのスタジオに行くのか、それが分からないという事だろう。
あるいは花村がペルソナ使いとして覚醒したジュネスまで行ければ、そこからスタジオに行けるかもしれないが、あのジュネスに到着するのも、TVの中の世界を色々と歩き回った結果、偶然辿り着いたのだ。
また同じ場所に辿り着けるかと言われれば、それはかなり微妙なところだろう。
結局確実にクマのいるスタジオに行くのなら、やはり一度現実世界に戻った方がいい。
そう思っていると……
「おい、ちょっと待て。あれはもしかして……」
不意に聞こえてきたその声は、堂島の声。
そんな堂島が見ている場所には、いつの間にか……本当にいつの間にかの話だが、建物があった。
一瞬ジュネスか? と思ったものの、視線の先に存在する建物は明らかにジュネスとは違う。
あれは……
「稲羽署?」
そう呟く。
俺が見た限り、間違いなくあの建物は稲羽署だ。
それは堂島も同様で、視線の先に存在する稲羽署を見て、理解出来ないといった様子の表情を浮かべていた。
「堂島」
「あ……ああ」
俺の声で我に返った堂島が、戸惑った様子を見せる。
当然か。
まさかTVの中の世界で稲羽署を見る事になるとは、思ってもいなかったのだろう。
「あれは稲羽署で間違いないか?」
「……間違いない。一体何で……」
堂島にとって、稲羽署は自分の職場だ。
それこそ、今まで何度となく通ってきた……場合によっては、家にいるよりも稲羽署にいる方が長かったりする、そんな場所。
だからこそ、あれが……視線の先に存在する稲羽署が本物そっくりだと見間違えようがないのだろう。
「考えられる可能性があるとすれば……堂島がTVの中の世界にいるからだろうな」
美鶴の言葉に、その場にいた全員の視線が集まる。
それは一体どういう事なのかと疑問の視線を向けられた美鶴は、考えながら口を開く。
「花村の時の事を想いだしてみろ。花村に関係のあるジュネスがあっただろう? なら、堂島がここにいる以上、堂島と関係の深い稲羽署があってもおかしくはない」
「……雪子の件はどうなるんだ?」
マヨナカテレビに映った雪子は、どこか……それこそ本人の言葉を信じるのなら、白馬の王子様を捜してどこかの建物に入った。
マヨナカテレビに映った者の願望……願望? とにかく何らかの理由によって、その舞台とでも呼ぶべき物が生み出されるのではないかと思ったんだが。
いやまぁ、それを言うのなら花村の件が分からないが。
「残念だが、それについてはまだ分からないというのが正直なところだ。何しろ今の状況ではまだTVの中に入れられた者の数が少ない。……いや、客観的に見れば、それは間違いなく私達にとって利益なのだが。それとは別の意味で、まだ何も分かっていない状態なのも事実。この辺は、言いたくはないがこの先に事件が進展する事で明らかになっていくだろう」
「今は無理か」
実際問題、今のところTVの中に入れられて殺されたのは山野真由美しかいないのも事実。
この事件の原作では、恐らく早紀が第2の被害者だったのだろう。
それに続いて、第3、第4……といった具合になっていたのかもしれないが。
生憎とその辺については今となってはもうどうにもならないし、俺が以前にこの世界の原作について知っていても、その知識もニュクスの一件で消えているので、どうにもならない。
……そういう意味だと、早紀を助けられたというだけで原作を悪くない方向に向けられているのかもしれないな。
その辺は実際に色々とやってみなければどうにもならない事だったりするんだが。
「なら、その件についてはそれでいいとして……で、どうする?」
そう聞いたのは、当然のように堂島。
堂島は俺の言葉に少し驚いたように視線を向けてくる。
「俺に聞いてるのか?」
「お前以外の、一体誰に聞けと?」
「それは……」
反射的に自分に聞いているのかと言った堂島だったが、すぐに何も言えなくなる。
今この状況の中で、一体誰が稲羽署と関係があるのか。
それは堂島にもしっかりと分かっていたからだろう。
堂島以外の面子は、俺、美鶴、ムラタ、五飛だ。
美鶴以外はそもそもこの世界の出身ではないし、美鶴もまたこの世界の出身ではあるが、稲羽市とは縁が薄い。
そうなると、稲羽署と関係があるのは堂島だけであり……
「分かった、行こう」
最終的に、堂島はそう告げるのだった。