稲羽署にある署長室。
ここに来るまでの間にも、結構な数のシャドウと戦う事になったものの、基本的に出てくるシャドウはそこまで強くなく、堂島のレベルを上げるという意味では寧ろ好都合だった。
もっとも、俺達にしてみれば特に問題のない相手だが、堂島にしてみれば強力な敵だ。
それこそ1戦ごとに体力を消耗したし、そこまで重傷ではないが怪我もした。
美鶴のアルテミシアが回復魔法を使えるので、その辺はどうとでもなったが。
とにかくそんな訳で、堂島も戦いの中で成長……いや、より正確には柔道とか剣道とかではなく、命懸けの実戦で……それも人間を相手にしたものではなく、シャドウという多種多様な相手との戦いでどう身体を動かせばいいのかといった事が出来るようになっていた。
勿論、それはあくまでも0から1になったという事であって、10や20といった練度の高さではないのだが。
それでも0と1では大きく違う。
「さて……まぁ、ここだろうな」
署長室の扉の前で、俺はそう断言する。
何しろ扉の向こうには間違いなく誰かが……いや、何かがいる気配がするのだから。
それこそ自分がここにいるというのを隠そうとはしない、そんな相手。
「足立か?」
「どうだろうな。入ってみないと分からない。……準備はいいな?」
堂島の言葉にそう返し、他の面々に問題がないかどうかを聞く。
すると全員が準備万端の様子だった。
一番心配な堂島も、中にいるのが足立かもしれないと思うと、やる気に満ちた表情を浮かべている。
「じゃあ、行くぞ」
そう言い、署長室の扉を開ける。
すると……
「誰も……いない?」
堂島が署長室の中を見て、そう呟く。
そう、署長室の中には誰の姿もない。
だが、間違いなくこの部屋の中に何らかの気配はある。
だとすれば、考えられるのはまだ姿を現していないだけか。
『娘なんて作るもんじゃねえよな……』
と、不意にどこからともなく聞こえてくる声。
部屋の中には誰もいないのに聞こえてくるその声は……堂島?
『毎日毎日、仕事、仕事、仕事。そして家に帰れば菜々子の面倒をみないといけないんだしよ』
「おい……?」
堂島もその声が自分の声だと気が付いたのか、戸惑った様子を見せる。
映像や音声の録音等で自分の声を聞いた事がある者は分かると思うが、自分の声というのは自分の声をこういう声だと思っているものとはかなり違う。
『それに仕事をやればやったで、次々に俺に仕事を持ってきやがって。自分の仕事くらいは自分でやれよ、無能共が』
「待て。一体何を言っている……?」
『このくらいの仕事も出来ないような無能が、何で俺より上に行くんだ? 上司にペコペコしているだけのくせしやがって』
「誰だ。一体何を言っている」
『そもそも、何だってあいつは交通事故で死ぬんだよ。運動神経悪すぎだろう?』
「ふざけるなぁぁぁっ! 誰だ! 出て来い!」
聞こえてくる声に我慢が限界に達したのか、堂島が叫ぶ。
……そう言えば桐条グループの調査で、堂島の妻、菜々子の母親は交通事故……いや、ひき逃げで死んだって話だったな。
その辺の事について突かれた形だ。
まだ犯人が捕まってないらしいし。
『ははは……いいだろう、姿を見せてやるよ』
そう言いつつ姿を現したのは……
「堂島?」
そう、それは間違いなく堂島だった。
雰囲気こそ違うが、外見は堂島そっくりだ。
「な……に……?」
堂島も自分とそっくりの相手が出て来た事に驚きの声を上げている。
実際にこうして見る限りでは、同一人物のようにしか見えない。
『何だよ、お前が言うから出て来てやったんだぜ? もう少し感謝感激雨あられをしてもいいんじゃねえか?』
「誰だ……お前は」
『俺か? 俺は堂島遼太郎に決まってるだろ。それ以外の誰に見える?』
「ふざけるな!」
叫びつつ、堂島は持っていたに日本刀を大きく振るう。
だが、新たに現れた堂島はそんな様子を見て面白そうに笑う。
『何で怒る? 俺はお前が心の中で思っている事を口にしただけだぞ? なのに怒られるなんて納得出来ないな』
「俺はそんな事は全く思っていない!」
『嘘だろう? 娘の世話に無能な同僚達の尻拭い。しかもコンビを組んでいた足立は人殺しだ。他の奴らは凄腕の刑事だと褒め称えるが、それは俺に仕事を押し付ける為だ。それこそ拳銃で手当たり次第に殺してやりたいと思った事もある筈だ』
「ふざけるな! 俺はそんな事を思ってない! お前が言うのは嘘だ!」
『いやいや、何を言っている? さっきから何度も言ってるだろう? 俺はお前が心の中で話している本音を口にしてるだけなんだからな』
「違う! お前は……お前は……俺じゃない!」
そう堂島が叫んだ瞬間、間違いなく新たに現れた堂島が笑みを浮かべた。
『はは……ははははははは……はははははは!』
そうして笑い声、それこそ狂笑といった表現が相応しい笑い声を上げつつ、新たに現れた堂島の身体が魔力? 気? とにかくのその手の何かが放たれる。
そして気が付けば、その身体は水で出来たゴーレムか何かのような存在に姿を変えていた。
『我は影、真なる我……死ねぇっ!』
その叫びと共に振るわれる水の拳。
「ちっ!」
自分と同じ姿をしていた存在が、いきなり水のゴーレムに見える何かに姿を変えた事に驚いていた堂島は、自分目掛けて振るわれる水の拳を見ても反応出来なかった。
そんな堂島を強引に引っ張って回避させたのは、五飛。
強引に引っ張ったお陰で、水の拳は堂島ではなく、一瞬前まで堂島のいた場所を殴りつける。
「簡単に動揺するな。この程度の事で動揺していたら、戦いの中で生き残れんぞ!」
苛立たしげな五飛の言葉。
とはいえ、この手の相手に慣れているのならともかく、堂島のようにこの手の事には慣れていなければ、さっきのやり取りで動揺するなという方が無理だと思うんだが。
それを言ったら五飛が不機嫌になるのだろうから、言ったりはしないが。
「あ、ああ。悪い。けど……いや、そうだな。戦うとしよう」
五飛の言葉で我に返ったのか、多少は冷静な様子でそう告げる。
ただし、言葉程にその顔に冷静さは戻っていないらしく、自分に向かって踏み出してきた水のゴーレムを睨む目には怒気がある。
……それが怒気で殺気ではない辺り、さすが堂島と言うべきなのかもしれないけどな。
「アクセル、俺達は手を出さず、まずはこいつだけにやらせてみたい」
日本刀を手に水のゴーレムとの睨み合い、間合いを計っている堂島を見つつ五飛がそう言う。
「本気か?」
敵の水のゴーレムは、今までこの稲羽署の中で戦ってきたシャドウの中では間違いなく最強だ。
ゼブラ模様の最弱のシャドウを相手にしても倒せはするが、決して楽勝という訳ではない堂島が、あの水のゴーレムを相手に1人でどうにか出来るとは思えなかった。
だが、俺の言葉に五飛は頷き……まるでそのタイミングを待っていたかのように、堂島が日本刀で水のゴーレムを斬りつける。
そんな戦いを見つつ、五飛は頷く。
「強敵との戦いは戦士を成長させる。そういう意味では、あの敵は堂島にとってちょうどいい敵だ」
「……なるほど」
五飛のその言葉には納得出来るものがあった。
実際、あの水のゴーレムはこの稲羽署で出て来た敵の中では最強なのはまちがいないものの、堂島以外の者達にしてみればそう苦労せずに倒せるだろう。
つまり、俺達にとっては雑魚に等しい。
だが、五飛が言うように堂島の敵として見た場合、強力な存在なのも事実。
そうである以上、ここで堂島を成長させるという五飛の言葉には納得出来るとこもあった。
そういう意味では、この水のゴーレムは堂島にとって丁度いい相手な訳だ。
「アクセル、どうする? もし介入するのなら、すぐにでも出来るぞ」
そう聞いてきたのは、ムラタ。
ムラタにとっても水のゴーレムは決して強い相手ではない。
それでも未知の存在である以上、ここで自分が戦いたいと思ってもおかしくはなかった
おかしくはなかったが、五飛の話を聞いた以上はそれを許可する訳にもいかない。
「いや、止めておけ。まずは堂島に倒させる」
堂島がこの先いつまでも俺達と行動を共にするのかは分からない。
分からないが、それでも強くなっておくのは必須の出来事だろう。
「……ふん」
俺の言葉に不満そうな様子で鼻を鳴らすムラタ。
それでも水のゴーレムに攻撃をしないのは、俺のことばをある程度は受け入れたからだろう。
純粋に、水のゴーレムがそこまで強くないというのも、この場合は影響してると思うが。
もしこれで水のゴーレムが強く、それこそムラタでも苦戦するような相手であった場合、俺が止めてもムラタはそれを無視して水のゴーレムに攻撃を仕掛けていただろう。
あるいは俺がそれを止めた場合、俺との戦いになっていた可能性も……うん。可能性は十分にあるな。
今でこそ大分大人しくなったムラタだが、それは別に牙が抜けた訳ではない。
ある程度の我慢を覚えたのは間違いないものの、それにも限度がある。
「くそっ!」
堂島の振るう日本刀は、水のゴーレムの身体を斬り裂く。
斬り裂くが、水である以上はそれを斬り裂いてもすぐに回復する。
また、水のゴーレムと一口に言ってはいるが、その身体には防具っぽいの装備されており、堂島の技量ではそういう防具を切断することは出来ない。
俗に言う、兜割とかそういうのが出来れば、ある程度は何とかなったかもしれないが。
だが、堂島は剣道とかはともかく、日本刀を使った実戦はまだまだ素人だ。
……それこそ剣道とかの下地がある分、素人よりは日本刀の扱いは上手いものの、ある意味では素人だからこそ常識では考えられない一撃を放てることもあるのと比べると、剣道経験者だけに自分から型に嵌まっていてもおかしくはない。
「うおおおおおっ!」
水のゴーレムの大振りの一撃を回避しつつ、日本刀の一撃をカウンターで放つ堂島。
だが相変わらず、水の身体を持つゴーレムには通用しない。
あるいは実はダメージを受けてはいるのかもしれないが、それでも致命傷となるような大きなダメージとはなっていないのだろう。
「これが漫画とかゲームなら、ゴーレムの核とかそういうのがあって、それが弱点なんだと思うんだが」
「核か。それらしいのは見えないがな」
美鶴が俺の呟きにそう返してくるが、実際に核があるようには思えない。
水の身体に紛れるようにして、一種の保護色的な感じで核を隠してるのか、装備している防具の陰に隠れるようにして核があるのか、そもそも核が存在しないのか。
その辺は俺にも正確には分からないが、核の類がないと堂島が勝つのは難しいように思える。
「堂島だけで勝てないのなら、もう少ししたら倒すか。……出来れば堂島に倒させてやりたいんだが」
恐らくだが、堂島がこの水のゴーレムを倒せば、一皮剥ける。
……というか、鳴上や花村から聞いた話によると、もしかしたらこの戦いで勝利すれば堂島もペルソナ使いとして覚醒するんじゃないか?
もっとも、TVの中の世界でペルソナ使いとして覚醒しても、美鶴達と違って現実世界でペルソナを使う事は出来ないようだが。
この辺はTVの中の世界で特に素質がなくてもペルソナ使いとして覚醒出来る者と、本当の意味で才能を持ってペルソナ使いとして覚醒した者の違いか。
だとすれば、美鶴のように本当に才能のある者がTVの中の世界でペルソナ使いとして覚醒した場合、どうなるんだろうな。
例えば、この事件の原作の主人公の鳴上。
主人公である以上、その能力はかなり高い可能性が高い。
だとすれば、ペルソナ使いとして覚醒したばかりの今は無理でも、将来的に現実世界でペルソナを召喚出来るようになる可能性はあるのか?
「くそっ! 一体どこを攻撃すれば……」
水のゴーレムのブフをかろうじて回避した堂島は、苛立たしげに叫ぶ。
へぇ、ブフを回避したのか。
狙ってやったのか、それとも偶然そういう形になったのか。
その辺は分からないが、それでも回避したのは事実。
ちなみに堂島は敢えて俺達が手出しをしないのには当然気が付いている。
それでも不満を言わないのは、今の状況での戦いが自分にとっても必要だというのを分かっているからだろう。
それに……これは本当にもしもの話だが、俺達があの水のゴーレムを倒した結果、堂島がペルソナ使いとして覚醒しなかったら色々と不味いし。
今は俺達に助けられてよかったとしても、ここで堂島がペルソナ使いになれない場合、将来的にTVの中の世界で活動するのは難しくなる。
もっとも、堂島がTVの中の世界にいるのは、あくまでも足立を捕らえる為だ。
もしここで堂島がペルソナ使いになれなくても、雪子の件に絡んで足立を捕らえる事が出来れば、もうTVの中の世界には……いや、どうだろうな。
鳴上がこの事件の主人公である以上、当然ながらこの事件に巻き込まれる可能性が高い。
そう考えると、甥の鳴上がいる以上は堂島もそのままという訳にはいかないだろう。
水のゴーレムと戦う堂島を見ながら、俺はそんな風に思うのだった。