「な……に……?」
唐突に目の前で崩れていった水のゴーレムを見て、堂島の口からそんな声が上がる。
明らかに水のゴーレムを倒したのだが、実際にそれをやった本人が何故そのようなことになったのか理解していないらしい。
「堂島の攻撃は、効いてないように思えたけど実際にはダメージを与えていたんだろうな」
呆然としている堂島にそう声を掛ける。
ゲーム的に表現をするのなら、堂島の攻撃によって水のゴーレムのHPは減っていたものの、身体が水で出来ている為に見て分かるような外見の変化はなかった。
そして戦い続けている間に、最終的にHPを0にして倒したといったところか。
何だかんだと1時間近くも戦っていたしな。
ちなみに魔力や気があるのならともかく、堂島は普通の人間である以上、命懸けの戦いを1時間近くもやるのは普通なら無理だ。
だが、ここには美鶴がいる。
美鶴のペルソナのアルテミシアは、氷系の魔法が得意であると同時に、回復系の魔法も得意だ。
堂島の体力が限界に近付いてきたら、回復魔法で堂島の体力を回復させるといった手段で対処した。
……回復魔法は本来なら怪我とかを回復するのであって、消費した体力とかそういうのは回復出来ないと思うんだが……まぁ、それでも全快という訳ではなくある程度だったし、何より堂島本人が極限の集中力を持っていた事を考えると、それでどうにかなってもおかしくはないか。
「そう……なのか……何?」
最後に訝しげな様子を見せたのは、水のゴーレムが消えたと思ったらそこには再び堂島が……いや、堂島のシャドウがいたからだろう。
ただし、最初に見た時とは違って身体の何ヶ所かが崩れ、モザイク状になっている。
『そんな……俺は……俺は……』
「……ふんっ、自分の姿をしてるのが情けねえな。だが、そうだな。お前の言ってる事は、俺が気が付いてねえだけで本音の部分もあるのかもしれねえ」
自分と同じ姿をした相手に向かい、堂島がそう言う。
へぇ……まさか堂島がそんな風に言うとは、ちょっと思えなかった。
あのシャドウの言う事に、多少なりとも思うところがあったのは間違いないらしい。
それでも自分の醜い部分……認めたくない部分を素直にそう口にするのは、素直に感心するが。
「お前は俺で、俺はお前だ」
そう堂島が口にする。
それは、シャドウが戦う前に口にした言葉。
だが、その時と今とでは大きく事情が違う。
まさかこのような事になるとは、堂島も思っていなかっただろう。
それでも呆然としている自分のシャドウに手を伸ばす。
シャドウはその手を握り……やがて堂島の真上で光の塊となり、カードが1枚落ちてくる。
「これは……悠が言っていた……」
そのカードは堂島の手に触れた瞬間、まるでその体内に吸収されるかのように姿を消す。
「どうやらペルソナ使いとして覚醒したようだな。これで、今までよりTVの中の世界での戦いは楽に……堂島?」
堂島に祝福の言葉を口にしたのだが、その言葉の途中で堂島が片膝を突く。
その顔には強い疲労の色が浮かんでいた。
……無理もないか。
自分のシャドウとの戦いを結局1人でどうにかしたんだし。
ましてや、その戦いの最中に何度となく美鶴のアルテミシアによって回復されたものの、それでも完全に体力が回復した訳ではない。
それでも気力で戦い続け……そして倒したのだ。
今更、本当に今更の話だが、自分で自分のシャドウを倒さないとペルソナ使いとして覚醒出来ない訳ではないんだよな。
花村のシャドウを倒したのは鳴上で、それによって花村はペルソナ使いとして覚醒出来たんだし。
その辺の状況を考えると、別に無理に堂島だけを戦わせる必要はなかった訳だ。
もっとも、鳴上や花村と堂島は違う。
堂島はペルソナ使いではなくても、生身でシャドウと戦える実力を欲し、曲がりなりにも……シャドウの中で最弱に近い相手だが、1人で倒す事が出来るようになった。
それだけに、堂島を鍛える目的もあって水のゴーレムとの戦いを1人で戦わせたんだが、その点に関しては間違いなく合格だった。
今回の戦いで堂島は間違いなく戦う前と比べて強くなっただろう。
俺が以前持っていた、他人のステータスも見れるという特殊能力がまだ残っていれば、具体的にどのくらい強くなったのかが分かるんだが。
ただ、そのような能力がなくてもこうして見た形では、恐らく……本当に恐らくだが、レベルが2から3くらいは上がってるような気がする。
実際、堂島にとって水のゴーレムというのはそれだけ強かったのは間違いないのだから。
そんな戦いを繰り広げた上で、ペルソナ使いとして覚醒したのも堂島の身体に負担を掛けているのは間違いない。
だとすれば……
「今日はもう戻るか」
そう言う俺の言葉に賛成の様子を見せたのは美鶴と五飛。
美鶴は冷静に現状を考えて。
五飛は自分の弟子の堂島の様子を考えてだろう。
だが、そんな2人と違い、堂島とムラタは俺の言葉に不満そうな様子を見せる。
堂島は、自分が疲れているのは十分に理解しているだろうが、それでも雪子や足立を見つける為には多少の無理は仕方がないと思っているらしい。
ムラタは単純に、まだ戦い足りないといったところか。
「戻るぞ」
再度短くそう言うと、不満を持っていた堂島とムラタも、まだ完全に納得した様子ではなかったものの、それでも俺の言葉に頷く。
もしここで、まだ現実世界に戻らないと言い張っていた場合、こっちとしても気絶させるなりなんなりしないといけなかったのは間違いない。
ムラタの場合は、寧ろそれを希望したりしそうだけど。
ともあれ、今はとにかく現実世界に戻って堂島を回復させるのが最優先だ。
堂島の様子を見る限りだと、今日1日ゆっくりと休めばそれなりに問題はなさそうだけど。
そうして俺達は稲羽署を出る。
途中で何匹か生き残りのシャドウが出たものの、そちらはムラタによって即座に斬り殺されていた。
これ、多分ムラタの八つ当たりだよな。
まぁ、こっちに害がないのなら、それはそれで構わないが。
ここで十分にストレスを発散させておけば、後々こっちに被害が来る事もないだろう。
そんな訳でムラタ無双と呼ぶべき戦闘を終えると、俺達は稲羽署から出る事に成功した。
「そう言えば、稲羽署の中ではシャドウが出て来たが、こうして濃霧の中にいるとシャドウは出て来ないんだな」
ふと気になってそう呟く。
これが例えば、こうしてどこかの建物の中に入ったりするような事はせず、外――TVの中の世界をそう表現してもいいかどうか不明だが――を歩いている俺達をシャドウが襲ってくるといった事があれば、納得出来る。
だがこうして歩いていてもシャドウが襲ってくる様子がない。
これが偶然なのか、それともシャドウは建物の中でないと棲息していないのか、外のシャドウは気配に敏感で俺達の強さを理解しているのか、あるいは外にシャドウは存在しないのか。
その辺については、まだこのTVの中の世界の研究が進んでいないので、何とも言えないが。
クマがこのTVの中の世界で生活してるらしいし、クマに聞けばある程度は分かるかもしれないが。
「私達は仮面があるから濃霧の影響を受けないが、シャドウは仮面……そして眼鏡をしていない。だとすれば、シャドウも濃霧を嫌って行動していないのではないか?」
「美鶴の言いたい事も分かるけど、シャドウなら濃霧とか無関係に動きそうな気がする」
シャドウと一括りにして呼称しているものの、その外見は個体差が非常に大きい。
それこそ堂島がよく戦っていたゼブラ模様の空中に浮かぶ巨大な口を持つ個体もいれば、サイコロの形であったり、手が身体になっていて手首から顔が生えていたり、王様をデフォルメしたような存在もいる。
そこまで多種多様なら、それこそ敵の中には濃霧を無効化出来るような個体がいてもおかしくはないと思う。
「そのようなシャドウがいたら、俺は喜ぶのだがな」
ムラタが獰猛な笑みを浮かべ、そう言う。
ムラタにとって、強力な敵と戦うのは望むところといったところなのだろう。
「もしそのようなシャドウが出たら、俺に任せて貰うが……構わんな?」
「そうだな、その辺は好きにしろ」
俺の言葉に満足そうな様子を見せるムラタ。
先程までの不機嫌さも、その言葉で綺麗になくなったらしい。
とはいえ、ムラタもこれまでTVの中の世界で活動した経験から、そう簡単にシャドウが現れるとは思っていないだろう。
あくまでも現れたらラッキー程度の気持ちの筈だ。
……普通なら出て来ないシャドウが姿を現すという事は、そのシャドウは普通ではないという事を意味している。
それこそ刈り取る者とか。
このTVの中の世界にも刈り取る者が、あるいは刈り取る者と似たような存在がいるのかもしれないな。
もしそういう奴が現れたら……その時は、ムラタには悪いが譲って貰うかもしれない。
俺の召喚獣となった刈り取る者が、TVの中の世界の刈り取る者と戦って強化される可能性も十分にあるのだから。
そんな事を考えながらTVの中の世界を進み、見覚えのある公園に到着する。
「戻ってきたか」
そう言い、心の底から安堵した様子を見せる堂島。
堂島にしてみれば、自分のシャドウとの戦いでかなり疲労していたのだろう。
それだけに、現実世界に戻れる場所に戻って来られた事が嬉しかったらしい。
「ああ、戻ってきた。堂島は向こうの世界に戻ったら、すぐに休めよ」
「いや、だがそれは……稲羽署に連絡をしないといけないだろう」
「疲れた状態で連絡をしても、色々と問題が起きると思うけどな」
そもそも稲羽署では堂島がTVの中の世界で自分のシャドウと戦ったという話を信じて貰えるかどうか。
これが警視庁なら、シャドウワーカーと正式に協力してる分、きちんと理解出来るだろうけど。
稲羽署の刑事達は、足立がTVの中に入る光景を自分の目で見ている。
そうである以上、常識では考えられない事があるというのは理解出来るだろうから、堂島の言葉も多分信じてくれるだろう。
それでも自分のシャドウと戦うというのは、少し疑問に思うかもしれないが。
「稲羽署に報告するのはともかく、ペルソナ使いになったというのも話すつもりか?」
「そのつもりだ」
「個人的には止めた方がいいと思う。知っての通り、ペルソナ使いという存在はかなり珍しい。そうである以上、もし堂島がペルソナ使いとして覚醒したと知られたら、警視庁……いや、国の研究機関がちょっかいを出してくるかもしれない」
「それは……」
そんな事はないとは、堂島も言えないらしい。
実際、美鶴を始めとしたシャドウワーカー関係の面々は、桐条グループの力によって守られているし、最悪現実世界でもペルソナを召喚して身を守れる。
それと比べると、鳴上や花村、堂島といったペルソナ使い達はあくまでもTVの中でしかペルソナを召喚出来ない。
その上で、堂島はペルソナ使いであると同時に公務員なのだ。
国の研究機関として、こんなに都合のいい人物はいないだろう。
このまま堂島が稲羽署に正直に全てを報告した場合、それこそ明日にでも辞令が届いても俺は驚かない。
何しろ現状において、日本という国はシャドウに対抗する手段を持たないのだから。
シャドウの被害なんてのはそう滅多に起きる事ではないが、それでも何かが起きればシャドウワーカーに頼るしかない。
堂島を研究する事で、そんな状況をどうにか出来るかもしれないのだ。
それどころか、堂島達はTVの中の世界でしかペルソナを使えないものの、堂島達を研究して美鶴達のように現実世界でもペルソナを使えるようになったら、軍事的な意味でも非常に大きな意味を持つ。
もっとも、ペルソナを召喚出来ても生身の人間であるのは間違いない。
そうである以上、銃弾とかで撃たれれば死ぬ可能性も十分にある。
だとすれば普通に軍人として使うのではなく、特殊工作員とかそんな感じの部隊での使い方をするとか。
召喚器を使わないといけない場合は、それを持ち歩く必要があり、一見すると普通の銃に見えるから色々と危ない。具体的には金属探知機とか。
しかし、TVの中で覚醒したペルソナ使いは召喚器とかが必要ない。
ペルソナを召喚しようと思えば、どこからともなくカードが現れ、そのカードを破壊する事によってペルソナを召喚するのだ。
ペルソナを召喚する過程においては、美鶴達よりもTVの中で覚醒した者達の方が圧倒的に有利だったりする。
とはいえ……ペルソナ使いを生み出した桐条グループとしても、ペルソナ使い達を研究材料にさせないように手を打つだろうが。
「どうすればいい?」
色々と迷った末に、堂島がそう聞いてくる。
刑事として多くの経験を積んできた堂島であっても、まさかこのような事態になるとは思ってもいなかったのだろう。
ましてや、ゲームとか漫画とかそういうのを知ってれば多少は打開策も見つけられるのかもしれないが……堂島は真面目で、そういうのにも興味なさそうだしな。
「取りあえず美鶴に……桐条グループに頼ってみたらどうだ?」
俺の言葉に、堂島は美鶴を見るのだった。