「嘘……何これ……」
初めて影のゲートを体験した里中は、慌てたように周囲の様子を確認する。
だが、数秒前までジュネスの中にいたのに、現在視線の先に見えるのは間違いなく天城屋旅館だ。
どこをどう誤魔化しても、これを常識で説明するのは不可能だろう。
「これが魔法だ」
「え? 魔法? じゃあえっと……その、アクセルさんは魔法使いなの? ちょっとイメージと違うけど」
「だろうな」
普通、魔法使いと言われてイメージするのは、ローブを着て、杖を手にしたような者だろう。
だが、俺の外見はそんな一般的な魔法使いという認識とは全く違う。
それこそ、普通の人間のように見える。
……俺が混沌精霊としての本性を露わにしていれば、それはそれで外見から普通の人間とは思われないかもしれないが。
ただしその場合は、魔法使いではなくモンスターと認識されるだろう。
何しろ混沌精霊の外見というのは、角が生えていたり、羽根があったり、尻尾があったりするのだから。
それこそUC世界における月の大魔王の異名はある意味で間違っていなかったりする。
ペルソナ世界においては、月のというのはあまり関係ないが。
いや、ニュクスの件を考えると、俺以上にペルソナ世界の月と深い関係の奴はそういないと思うが。
「じゃあ、TVの中の世界に入れるのも、それが関係してるの?」
「大体そんな感じだ」
TVの中の世界に入れるのは、基本的に魔力や気を持つ者だ。
鳴上が何故TVの中に入れたのかは、生憎と俺にも分からなかったが。
とにかく俺が魔法使いだから……より正確には混沌精霊だからTVの中に入れたのは間違いない。
そういう意味では、里中の質問の答えもそんなに間違ってる訳ではないと思う。
「凄い……魔法使いって本当にいたんだ」
「いや、ペルソナ使いって時点で魔法使いよりもある意味で凄いと思うんだが。そして里中もペルソナ使いになったんだろう? なら、そんなに感動しなくてもいいと思うが」
「ああああ! そう言えば、悠! お前のペルソナ! 里中の件で色々とあったからすっかり忘れてたけど、一体何でお前は何種類ものペルソナを使えるんだ!?」
「……何?」
俺と里中の話を聞いていた花村がそう叫び、その言葉に俺は反応する。
普通、ペルソナは1種類しか使えない。
だがそんな中で、複数のペルソナを使える存在を俺は鳴上の他にも知っている。
ニュクスの一件で関わる事になった、有里。
他の主要な面々が自分のペルソナを1つしか使えないというのに、何故か有里だけは複数の……それこそ、10、20、あるいはそれ以上のペルソナを使い分けていた。
これは有里がニュクスの件で主人公だったからこそ持つ特徴かと思っていたんだが……どうやらそれは鳴上も同じだったらしい。
あるいはニュクスの件から続くこの世界の事件の主人公というのは、有里や鳴上のように複数のペルソナを使えるという特徴をもってるのかもしれないな。
転校してきた時期から、鳴上がこの事件の主人公だとは思っていた。
思っていたが、それでも本当の意味での確証はなかっただけに、こうして有里との関連性を推測出来る能力を持っているという事で、しっかりと……本当の意味で鳴上がこの世界の主人公であるというのが納得出来たのは大きい。
「鳴上、それは本当か?」
「え? あ、はい。その……理由は説明出来ませんけど」
何故理由が説明出来ないのか、詳しく追及したいところだが。
今は止めておこう。
有里の時もそうだったが、これは理由を説明しても納得して貰えるとは思っていない、あるいは秘密にしなければならない何かがあると考えた方がいいだろうし。
もしここで無理に理由を追及して、鳴上が主人公である証の何かを失ってしまうような事になれば、この先面倒が起きる可能性は高い。
「そうか。……ちなみに、シャドウワーカーの協力者にはお前と同じく複数のペルソナを使い分ける奴がいるぞ」
「え? 本当ですか? じゃあ、その人もベルベ……」
「ベルベ?」
「あ、いや。何でもないです。それでその人はどういう人なんでしょう?」
何かを言い掛けて止めた鳴上の様子が気になったものの、本人が言いたくないようなら、ここで追及するのは止めておいた方がいいだろう。
「以前……ちょうど俺が美鶴と知り合った事件に関わった男だ。現在は大学生で、シャドウワーカーに協力したりもしている」
「じゃあ、ここに?」
期待を込めて視線を向けてくる鳴上だったが、首を横に振ってそれを否定する。
「残念だが、ここにはいない。シャドウワーカーはシャドウに関係する事件を解決する為に美鶴が作った組織だ。つまり、ここ以外にもシャドウが出た場合はそっちにも対処する必要がある」
「じゃ、そっちに……」
「そうなるな。ただ、向こうが解決したら稲羽市にやって来ると思うから、あまり心配はするな」
そう言うと、鳴上は少しだけ安心した様子を見せる。
いやまぁ、その気持ちは分からないでもないけどな。
花村が1つしかペルソナを使えないのに、自分は何故か複数のペルソナを使えるのだから。
俺にしてみれば、それはこの世界の主人公の証拠という風に認識しているものの、まさかそれについて言う訳にもいかないし。
だからこそ、鳴上は有里と話して……ああ、いや、そうか。
「有里に直接会うのは今は無理だが、美鶴に頼めば電話で連絡をしてくれると思うぞ」
「え? 本当ですか!?」
まさかそんな提案をされるとは思ってなかったのか、驚く鳴上。
いや、電話で話すのはそんなにおかしな話ではないと思うんだが。
もしくは、鳴上にしてみれば有里の存在はそんなに公に出来ないと思っていたのかもしれないな。
実際、ペルソナ使いというだけで普通ではないのに、有里や鳴上はそのペルソナ使いの中でも更に普通ではないのだから。
……それを抜きにしても、現実世界でもペルソナを召喚出来る有里は、言ってみれば鳴上の上位互換だしな。
しかもペルソナ使いに覚醒したばかりの鳴上と違い、ニュクスの一件を戦い抜いた有里はぶっちゃけ俺が知る限りだとペルソナ使いの中では最強だと思う。
とはいえ、この事件もまだ始まったばかりだ。
この事件が解決した時、有里と同じような力を持つ鳴上も将来的には有里と同じくらい強くなってもおかしくはなかったが。
「後で聞いてみるといい。……それより、いつまでもここにいても意味がないしさっさと中に入るぞ」
そう言い、俺は天城屋旅館の中に入っていくのだった。
「そうか、君も……」
堂島が微妙な表情で里中を見る。
同じ日にペルソナ使いになったという意味では、堂島は里中にある種の共感を覚えているのかもしれないな。
……もっとも、少し離れた場所では早紀がじっと堂島を見ているが。
堂島はそんな早紀に気が付いた様子はないものの、里中の方は早紀の様子に気が付いたのだろう。
慌てたように口を開く。
「えっと、その……温泉……そう、温泉に行ってきてもいいですか? ちょっと疲れて、汗も……」
「ん? ああ、そうだったな。気が利かなくてすまん。じゃあ、温泉に……」
「私が案内しますね」
堂島の言葉を遮るように、早紀が口を挟む。
堂島はそんな早紀の様子に疑問を抱いたようだったが、別に問題ないと思ったのか頷く。
「分かった、じゃあ頼む」
「え……」
里中にしてみれば、早紀の視線から逃げたくて温泉に入りたいと口にしたのだろうが、見事に藪蛇だった感じだ。
もっとも、俺が見た限り堂島は別に里中をそういう……恋愛的な意味で女を見るような視線を向けていた訳ではない。
普通に考えれば、早紀と里中では早紀の方が女らしい。
恋愛的な視線を向けるのなら、やはり早紀の方にそういう視線を向けられる事が多いと思うんだが。
もっとも、それはあくまでも好みによる。
世の中には早紀よりも里中の方が好みだという者もかなりいるだろう。
里中はその性格からあまりそうとは認識されていないようだが、顔立ちは整っている。
また、身体付きもかなり女らしいのだから。
……里中本人にその自覚があるかどうかは分からないが。
ともあれ、里中は早紀によって温泉に連れて……いや、連行される。
堂島はその辺りの諸々について、理解してるのかしてないのか。
ちょっと疑問ではあるが、ここで俺が迂闊に突っつくような事があると面倒になりそうなので、その辺については黙っておく。
「では、里中が温泉に入ってる間に、色々と話を聞かせて貰おうか」
「えっとその……お、怒ってます?」
花村が恐る恐るといった様子で美鶴に言う。
美鶴は笑みを浮かべつつ、そんな花村に向かって口を開く。
「何か怒られるような自覚でもあるのか? ふむ、ではやはりこれは処刑という事に……」
「すいませんでしたぁっ!」
「うわ、見事な土下座……」
美鶴の口から出た処刑という言葉に即座に反応したのか、花村はその場で即座に土下座をする。
シャドウワーカーの1人がその見事さ……流れるようなスムーズな土下座に感嘆の声を上げていた。
いやまぁ、確かに俺から見ても今の土下座は凄いと思ったが。
それだけ美鶴が口にした処刑は避けたかったのだろう。
花村は処刑というのがどういうのかは分からない筈だ。
だが、その名称から明らかに危険だというのは理解出来たのだろう。
「その、俺達はアクセルさん達に任せた方がいいんじゃないかと言ったんですけど、里中が話を聞いてくれなくて……」
「ほう? つまり自分のミスを彼女のせいにすると?」
「いやいやいやいや、そんな事はありません」
「ふむ。……花村はこう言ってるが、鳴上はどう思う?」
美鶴の言葉に鳴上は見るからに困った様子を見せる。
何と言えばいいのか分からず……
「誰が落ち武者だ」
何故か鳴上の口から出たのはそんな言葉だった。
いや、落ち武者? 一体それはどこから出て来た言葉だ?
そう突っ込みたくなったが、鳴上も自分で何故そんな事を口にしたのか理解出来ない様子だったので、その件で特に突っ込んだりはしない。
「もし俺達が一緒にいかなければ、間違いなく里中は自分だけでTVの中の世界に入っていたのは間違いないです。……TVの中の世界に入る方法が分からなければともかく、知ってましたし」
柊みすずのポスターとかがあった部屋に行った時……つまり最初にTVの中の世界に入った時、鳴上と花村以外に里中も一緒にいたらしいし。
そんな里中にしてみれば、TVの中の世界に雪子がいると知れば、そこに行かない理由はないといったところか。
とはいえ、今更の話だが若干の疑問がある。
それは花村もそうだが、どうやって里中がTVの中の世界に入ったのかという事だ。
鳴上は分からないでもない。
この事件の原作の主人公というのもあるし、聞いた話によれば花村や堂島、里中のように自分のシャドウを受け入れた訳でもないのに、最初からペルソナを使えたらしいし。
……とはいえ、もしそれが本当だったら鳴上はTVの中の世界で覚醒したペルソナ使いではない以上、現実世界でもペルソナを召喚出来たりしてもおかしくはないと思うんだが。
主人公だからというのなら、そういう能力があってもおかしくはないと思うし。
「ふむ、私は彼女について詳しい訳ではないが、君達が揃ってそう言うのなら、それは事実なのだろう」
美鶴のその言葉に、鳴上と花村は助かったといった表情を浮かべる。
とはいえ、それでも完全に安心出来る訳でもないのだが。
「だが、それならTVの中の世界に入る前に私達に連絡をするといった手段もあったと思うが?」
「それは……その、里中を追い掛けるので、そんなことを考えている余裕がなくて」
花村のその言葉は、一応美鶴を納得させるには十分な説得力を持っていたらしい。
花村は何気に口が回るな。
これが本来持っている花村の実力なのか、それとも美鶴を前に何とか納得させないと危険だと思ったからなのかは分からないが。
その辺の理由は微妙なところだが、とにかく花村が何とか美鶴を納得させようとしているのは間違いない。
後の問題は、このままの流れでどうにか出来るかどうかといったところか。
それでもどうにかなると思ったのか、花村の側にいた鳴上は安堵した様子を見せたが……
「悠、お前はこっちだ」
「……え?」
鳴上は声のした方に視線を向け、そこに堂島がいるのを見てどこか間の抜けた声を上げる。
その堂島は見るからに怒りを堪えているといった様子だったのだから当然だろう。
堂島にしてみれば、まさか自分の甥が今回のような事をするとは思っていなかったといったところか。
「いや、でも……その……」
美鶴と花村の方を見る鳴上。
恐らくは自分も花村と一緒にTVの中の世界に行ったので、堂島ではなく美鶴から叱られ……いや、注意されたいと思ったのだろう。
まぁ、その気持ちは分からないでもないが、それでも今の状況を思えばそういう事をしても意味はなく……
「構わん。君の場合は私ではなく身内から叱って貰った方が効果があるだろう」
美鶴は鳴上に向け、そう告げるのだった。