「疲れた……えっと、あれ? これって一体どういう?」
温泉から上がって大広間に戻ってきた里中は、目の前の光景……堂島に叱られている鳴上と花村の姿を見てそんな声を上げる。
疲れを癒やす為に温泉に行ったのに、余計に疲れた様子で戻ってきたのは……何故か上機嫌な様子の早紀を見れば、何となく分かってしまう。
あの様子を見る限りだと、里中と早紀の関係は悪くないらしい。
まぁ、元々早紀が里中を危険視したのは、堂島が自分と同じ日にペルソナ使いとなったという事から見ていたのが大きな理由だったのだが、それは別に里中をそういう目で見た訳ではない。
その為、お互いの誤解はそんなに時間が掛からずに解消されたのだろう。
ちなみに里中を危険視した早紀だったが、美鶴は特に危険視していない。
その辺は俺と付き合っているとはっきりしているからだろう。
寧ろ危険なのは、美鶴や早紀よりもシャドウワーカーに所属する女達だと思うんだが。
シャドウワーカーに所属するのは若い女が多い。
若いとはいえ、それはあくまでも世間一般に見ればの話で、20代が大多数で30代が少数。
堂島の恋愛対象となれば、里中や美鶴よりもそっちの方が明らかにお似合いだろう。
まぁ、堂島を見る限りその様子はないみたいだが。
寧ろシャドウワーカーに所属する女にしてみれば、自分の同僚の男達の方が……いや、でも職場結婚は面倒な事になるとか何とか、何かで見た記憶があるな。
ともあれ、里中が堂島の恋愛対象に入らないのは多分間違いない。
「里中千枝君だったな。君も来なさい」
「え……」
堂島に呼ばれ、里中も不承不承そちらに行く。
後ろを気にしてるのは、やはり早紀の件だろう。
もっとも早紀は温泉でのやり取りでもう里中の警戒はしていないようだったが。
ともあれ、里中としては色々と思うところはあるのだろうが、堂島にそう言われて無視を出来る訳もないので、渋々とだがそっちに向かう。
そうして3人揃って怒られている光景を見ていると、美鶴がこっちに近付いて来た。
「アクセル、少しいいか?」
「何だ?」
「あまりあの3人には聞かせたくない。こっちに来てくれ」
そう言い、美鶴は俺を大広間の隅に連れていく。
ちなみにムラタと五飛の姿はいつの間にか大広間から消えているが、それはいつもの事なので特に気にしてはいない。
恐らく山の中で修行をしてるんだろうし。
……五飛はともかく、ムラタなら自分だけでTVの中の世界に行ってる可能性はあるが。
別に俺の通信機の映像スクリーンや、ジュネスの家電売り場にある大型TVでないとTVの中の世界に入れない訳ではない。
ムラタも通信機は普通に持ってる以上、映像スクリーンからTVの中の世界に入る事は出来るのだ。
出るのも、ムラタの身体能力があれば高い場所に出入り口があっても、虚空瞬動を使ったり、場合に寄っては普通に地面を蹴って現実世界に戻る事も可能だろうし。
「それで、話というのは?」
「鳴上達がいないと、彼女……天城を助けられないというのは本当か?」
「ああ、その話か。あくまでも俺の予想だが、そう間違ってはいないと思う」
美鶴の言葉にそう答える。
恐らく美鶴も俺と同じような結論にはなっていたのだろう。
俺の言葉を聞いて、微かに眉を顰めた。
「アクセルがそう思ったのなら、やはり間違いはないのか。……だが、そうなるとこれからすぐにアクセル達が向かうという訳にはいかなくなるな」
「多分だけど、俺達だけで向かった場合……いや、里中がいなかった場合、雪子が自分のシャドウを受け入れるのは難しいと思う」
そう言い、堂島に怒られている里中に視線を向ける。
あの様子を見ればそれなりに元気なようには見えるので、TVの中の世界に連れていってもいいような気はする。
するが、実際には難しいだろうことは容易に予想出来た。
「そうなると、彼女の疲れが取れてからになるか」
「最初からジュネスの方に入ってクマに案内して貰っても、俺達だけだと駄目だった訳だな。……そうなると、これからも色々と面倒な事になりそうだな」
「やはり続くと思うか?」
「今回の件で足立を捕らえる事が出来ればいいんだが……難しいだろうな」
足立もこっちを警戒してるのは間違いない。
その上で、TVの中の世界だと足立の方がずっといるだけに、慣れているだろうし。
いわゆる、ホームだな。
俺達にしてみればアウェイか。
……ただ、足立がTVの中にいる以上は、自分のシャドウと戦っている筈なんだが。
その辺はどうなったんだろうな。
原作という存在を知ってる身としては、恐らく足立は堂島と同じく自分で自分のシャドウを何とかしたのだろう。
だが原作ではなく現実を知ってる身としては、足立が自分のシャドウをどうにか出来たとは思えない。
足立よりもベテランで荒事にも慣れている堂島が、五飛から訓練をつけて貰い、日本刀を武器として使い、美鶴のアルテミシアの回復魔法を何度も使って貰い、それでようやく倒せたのだ。
見るからに荒事に慣れているようには見えない足立が、自分だけで……しかも武器らしい武器も持たず、自分のシャドウをどうにか出来るとは思えない。
いっそ、自分のシャドウに殺されてくれていればこっちとしても楽なんだが。
そう言えば、自分のシャドウに殺されたらどうなるんだろうな?
もしかしたら山野真由美のようになるとか?
まぁ、原作的に考えると足立は小ボス、中ボスといった扱いだろうし、自分のシャドウに殺される事はまずないと思う。
「こちらでも色々と手を打ってはいるのだがな。……ただ、基本的にTVの中の世界にいる以上、こちらではどうしようもない」
「警察……警察か。ちょっと古いけど、足立の家族に説得させたらどうだ?」
ペルソナ世界で以前かなり古い刑事ドラマをやっていて、それで銀行強盗だったか? その犯人が銀行に立て籠もっている時、警察側が犯人の両親を連れて来て説得し、それで犯人が自首したというのを見た事がある。
刑事ドラマとしては古典的な内容なのかもしれないが、それでもやってみて損はないと思う。
「足立の両親は既に交通事故と病気でそれぞれ亡くなっている。他に特に兄弟の類もいない」
どうやら既に足立については相応に調べていたらしい。
別におかしな話ではない。寧ろ当然だろう。
桐条グループは警視庁と協力関係にあるのだ。
これで足立が刑事とかではなければ、もう少し調べるのに時間が必要だったかもしれないが、元々足立が稲羽署に来る前は警視庁にいた。
それだけに、家族の情報とかそういうのを入手するのは難しい話ではない。
「そうなると難しいな。……まぁ、家族がいてもTVの中の世界に入ったとか、そういう事を言っても素直に信じるとは思えないが」
「その時は直接TVの中に入る光景を見せれば、アクセルの話も信じるだろう」
実際に見せれば信じるしかないか。
手品だとか、イリュージョンだとか言われそうだが。
ともあれ、家族が無理なら次に呼ぶべきは親戚か?
とはいえ、家族と親戚ではどうしても説得力に欠けるのは事実。
「結局やっぱり俺達がどうにかするしかない訳か」
「足立が何を考えて今回のような騒動を起こしたのかは、生憎と分からない。だが、出来れば今回の件が片付いたらもうやらないで欲しいが……無理だろうな」
「俺もそう思う」
ぶっちゃけ、足立が雪子をTVの中の世界に入れたのは、早紀の件を考えると身体目当てだと思う。
……まぁ、足立はTVの中の世界にいる以上、女を抱くのも難しいしな。
俺が言うのもなんだが、まだ若いだけあって性欲は大きいみたいだし。
だが足立にとって予想外だったのは、雪子が……というか、多分だが雪子が暴走した事だろう。
あるいは、雪子が見えないトコまで勝負仕様状態だったのは、雪子だけではなく女を抱きたい足立の欲望も影響してるのかもしれない。
とにかく、雪子は早く助けないと足立の餌食になる可能性があるのは事実。
里中が回復したら、明日にでもTVの中の世界に突入したいところだ。
今日1日は、何とか雪子に頑張って欲しいとは思う。
実際にその辺がどうなるのかとか、そういうのはやってみないと分からない。
最悪、本当に最悪の場合、今日のうちに雪子が足立に犯される可能性は……ないとは言えないんだよな。
とはいえ、俺達が雪子のシャドウのいる場所に突入したのを知っていれば、足立もそう簡単に手を出したりはしないと思うが。
足立は大胆でいながら慎重な一面もある。
俺達がいた場所にすぐ侵入するとは、到底思えない。
だとすれば、やはり今日は安心だと思ってもいい。
「とにかく、明日だ。……いや、里中と堂島の体力が回復してない場合は明後日になるかもしれないが」
「あの様子を見れば、恐らく大丈夫だとは思うがな」
美鶴の言葉に、改めて堂島と叱られている3人を見る。
……うん。美鶴が言うように大丈夫そうだな。
それこそ明日どころか今日これからでも大丈夫そうに見えないでもない。
とはいえ、それでも表に出ない場所で疲れは間違いなくあるだろうし、さすがに今日これからとはいかないが。
「さて、私はそろそろ説教を止めてこよう。ここで説教を続けて、その疲れが明日に残っては困るのでな」
そう言い、美鶴は堂島達の方に向かって歩き出す。
言葉通り、そろそろ説教を止めるつもりなのだろう。
明日の行動に邪魔にならないようにする為には、この辺で対処しておく必要があるらしい。
にしても……里中、今日どうするんだろうな。
美鶴の性格を考えると、このまま里中を家に帰すとは思わない。
もしここで里中を家に帰したら、場合によっては里中が夜中にまたTVの世界に行く可能性があるのだから。
あるいはペルソナ使いとして覚醒した里中を目当てに、足立が襲ってくる可能性も否定は出来ない。
つまり、家に帰すのは危険な訳だ。
そうなるとやはり里中も天城屋旅館に泊まるのが最善なのは間違いない。
美鶴、鳴上、堂島、里中……天城屋旅館にいるペルソナ使いの数がどんどん増えていくな。
月光館学園でも美鶴率いる特別課外活動部の面々は寮を拠点にしていた。
巌戸台分寮だったか。
この天城屋旅館が第2の巌戸台分寮になりそうだな。
とはいえ、里中もいつまでも天城屋旅館に泊まる訳にはいかないだろう。
花村と同じく、護衛をつけて普段通り生活するといった形になるのか、早紀の家族のように一時的にしろ稲羽市から離れるのか。
もしくは足立が来ないと楽観的に考えて特に何もせず、普通に生活を続けるのか。
その辺りは俺にも分からない。
美鶴がどう考えるかにもよるだろうし、里中の家族がどう判断するのかにもよるだろう。
早紀の場合は、一家でコニシ酒店をやっていたので避難をするのにもそこまで問題はなかった。
……そこまで問題はないとはいえ、それはあくまでも普通と比較すればの話だ。
コニシ酒店として取引をしていた相手とは今後も取引を続けられるかどうか微妙だろう。
桐条グループからの援助とかはあるだろうが、それだっていつまでも出来る訳じゃない。
だとすれば、早紀の家族にとっても今回の件は大きなマイナスとなるのは間違いなかった。
とはいえ、このまま稲羽市に残っていれば足立に殺されていた可能性がある。
そう考えれば、今の状況は命があるだけマシだとは思うが。
ただ、これはあくまでも部外者の俺が勝手に思うだけで、本人達にしてみればふざけるなと怒鳴るかもしれないな。
ともあれ、今日はもうTVの中の世界に行く事もないので、ちょっと出掛けてくるか。
近くにいるシャドウワーカーの男に伝言を頼み、俺は天城屋旅館を出るのだった。
「へぇ、こういう場所もあったのか。……ゆっくりするにはいい場所だな」
俺がやって来たのは、商店街にある辰姫神社という場所。
まさに神社といった感じで、商店街の騒がしさとは裏腹のゆっくりとした時間が流れているように思える。……もっとも、商店街も今の時間ではまだ学校も終わってないので、そこまで騒がしくもないのだが。
ともあれ、この神社はどことなく落ち着くものを感じるのも事実。
賽銭箱があるので、適当に100円を入れておく。
いや、この場合は5円の方がいいのか?
……神社にしてみれば、100円の方がいいか、
寧ろ100円よりも1000円とかの方がいいかもしれない。
とはいえ、さすがにそれだと少し問題がありそうな気がするので止めておく。
すると……
「何だ?」
100円を賽銭箱に入れたところで、何かが動く気配がした。
それも賽銭箱ではなく、近くにある茂みからだ。
とはいえ、敵意の類は感じない。いや、これは……警戒?
何となくこっちを警戒してるように思えるな。
ただ、人じゃないような気がする。
だとすれば、誰か。
この神社はそれなりに自然がある事を考えると、野生動物か何かか?
何となく……本当に何となくそんな気分になり、俺は空間倉庫の中から食パンを1枚取り出して気配のした方に投げる。
慌てて退避する何かの音を聞きながら、俺は神社を出るのだった。