王子様……だった。
そう言い切った雪子のシャドウの視線は、極寒と表現するのに相応しい色を持っている。
「……だった?」
そう声を上げたのは、里中……ではなく、雪子。
自分と同じ姿をしている者が一体何を言っているのか。
それが全く理解出来ない……あるいは理解したくないといった様子で自分のシャドウを見る。
『そうよ! 結局千枝じゃ駄目だったの! 私を……アタシをここから連れ出せない! 連れて行ってくれない! 老舗旅館? 次期女将? そんなウザい束縛は真っ平御免よ! アタシは好き好んでそんな生き方をしたい訳じゃない! たまたま、偶然アタシがここに生まれただけなのに! 生き方……そして死に方まで、アタシの全てが誰かに決められている! 最悪、最悪、最悪! 本当に最悪極まりない! 老舗の伝統? 街の誇り? そんなもんクソ食らえよ!』
そう叫ぶシャドウの言葉に雪子はショックを受けた様子を見せる。
だが……このシャドウが言ってる事は、以前俺が雪子から相談を受けたのと同じようなものだ。
母親の敷いたレールに沿って生きなければならないという閉塞感。
それが極端に発露した形なのだろう。
雪子のシャドウは、自分の中にある不満を叫んだことによってすっきりした様子すら見せて、視線を雪子に向ける。
『……それが本音。そうよね、もう1人のアタシ?』
そこまで聞いて、シャドウの考えを理解する。
堂島の時もそうだったし、聞いた話では里中の時も同じようだったと聞いている。
つまり、シャドウというのは自分の……
「ち、ちが……」
「雪子、待て! 相手の手に乗るな!」
そう叫ぶも、雪子は自分のシャドウに完全に意識を捕らわれていた。
「違う! 貴方なんか……私じゃない!」
それは決定的な一言。
その言葉を聞いた雪子のシャドウは、今まで雪子を責めるような、あるいは嘲弄するようなそんな態度が、まるで動画を一時停止させたかのように動きを止める。
そして……次の瞬間、面白くて、喜ばしくて、楽しくして我慢出来ないといった様子で笑い声を上げ始めた。
『うふふふ……ふふふふふ、ふふふふふふ。いいわぁ……力が……力が漲ってくる! そんなにしたらアタシ……あは、あははは……あはははははははははははははははははは!』
その笑い声と共に、雪子のシャドウは人型から姿を変えていく。
入り口が開いた巨大な鳥籠の中に人の顔を持った鳥……ハーピーと呼ばれるモンスターというよりは、人面鳥とでも呼ぶべき存在がいて、その鳥籠の下にはシャンデリア? いや、巨大な蝋燭をそのように表現してもいいのかどうかは分からないが、とにかくそんな妙な、鳥籠とシャンデリアが合体したような存在があった。
『出してぇぇぇっ! ここからアタシを出してぇぇぇぇっ!』
叫ぶ雪子のシャドウ。
そうして戦闘が始まる。
「美鶴、いつものように」
「分かっている。回復は私が担当しよう」
「堂島、鳴上、花村、里中……後はあのシャドウを倒すだけだ」
実際には、倒すだけでは駄目だ。
倒した上で、あのシャドウを雪子が受け入れないといけない。
正直なところ、あのシャドウを倒すのだけはそう難しくはないだろう。
あのシャドウがここのボスなのは間違いなく、5階で戦った騎士と比べても明らかに強いだろう。
だが、その騎士達は当然ながら、他のシャドウも倒してきた鳴上達が負けるとは思わない。
思わないが、問題なのはやはり雪子があのシャドウを……自分の心を受け入れられるかどうかという事だろう。
雪子の性格を考えると、素直に受け入れるのは難しいと思う。
雪子は我慢強い性格をしているものの、決して心が強いという訳ではないのだから。
あるいは俺の知らない雪子の性格があり、それによって受け入れるといった事が出来る可能性は……ない訳ではないが。
「分かっている! 行くぞ、悠!」
堂島が俺の言葉に頷き、鳴上に声を掛けてシャドウに向かう。
そんな様子を見ていると、ムラタが俺に視線を向けてくる。
言葉には出さないものの、何を言いたいのかは十分に理解出来た。
ムラタにしてみれば、堂島達がこれから戦う雪子のシャドウは、自分が戦っても相応に楽しめる相手と認識したのだろう。
とはいえ、ムラタが戦いに参加するのはそれはそれで不味い訳で。
「駄目だ」
「ぬ……」
俺の言葉に不承不承といった様子でムラタが唸る。
とはいえ、このままムラタをずっと戦わせないでおくというのも、少し問題があるが。
「堂島達がピンチになって、どうしようもなくなったら戦闘に参加してもいい」
「分かった」
取りあえず完全に戦闘の参加を禁止した訳ではないので、納得したらしい。
下手にムラタに暴走されるようなことになったら、ちょっと洒落にならないしな。
「五飛もそれでいいな?」
「構わん。だが、出番はないと思うがな」
五飛も自分が強くなる為に戦闘を好むのは間違いなく、一種の戦闘狂的な一面もあるのは間違いない。
とはいえ、それはムラタに比べれば薄らとしたもので、十分に自分でコントロール出来ている。
いやまぁ、コントロール出来ているという点なら、ムラタもそれは同様だったりするのだが。
そんな風に考えている間にも、戦闘は続いている。
「精神攻撃的な一面もあるんだろうな、あれ」
雪子のシャドウが里中に向かってお前じゃ駄目だった、お前では自分の王子様になれないといったような事を叫んでいた。
実際にそれで里中の行動は少し鈍っている。
とはいえ、それを他の面々が上手い具合にフォローしてるので、そこまで問題はないようだったが。
雪子のシャドウはどうやらアギを多用するらしい。
いやまぁ、シャドウの一部……鳥籠の下に蝋燭のシャンデリアっぽいのがあるのだから、そう考えればそこまでおかしな話ではないのかもしれないが。
勿論アギ以外にもボスだけあって、多種多様な攻撃手段を持っている。
それに対し、鳴上達は必死になって対抗していた。
今まで鍛えた甲斐もあり、ここのボスである雪子のシャドウを相手にしても、決して負けてはいない。
このまま戦い続ければ、それなりに苦戦はするだろうが、最終的には鳴上達が勝つだろう。
特に鳴上は複数のペルソナを使えるという、主人公らしい圧倒的な力を持っている。
それが大きい。
とはいえ、原作的にあくまでもまだ今はこの事件の序盤に近いといった事も影響してるのか、有里がタルタロスの後半に使っていたような強力なペルソナはまだ使えない。
この先、事件が進展して強力なシャドウと戦って強くなっていけば、多分鳴上もそういう強力なペルソナを使えるようになるのかもしれないが。
ただ、今は無理だ。
もっとも、雪子のシャドウと戦うのが原作的に序盤という事は、そのシャドウもまだそこまで強くないのだろうが。
戦闘を見ながらそう考えていると、やがて雪子のシャドウが自分の不利……数の差を理解したのか、一度後方に大きく下がって……
「そういうのもありなのか」
雪子のシャドウの行動に、思わずそう突っ込む。
雪子のシャドウが行ったのは、いわゆる召喚。
召喚で出て来たのは、金髪の人形っぽい感じ。
着ている服や持っているレイピア……そして何より雪子のシャドウの言動を考えれば、多分あれは白馬の王子様といったところか。
「ムラタ」
「……いいのか?」
「あれくらいなら構わない。現在、雪子のシャドウを相手に互角の戦いを行っている以上、横から妙なちょっかいは出されたくない」
本来なら問題はないのかもしれないが、この状況……雪子のシャドウがピンチになってる状態で出してきたのが、少し疑問だ。
だとすれば、召喚されたシャドウは現状を打破出来る何らかの力を持っている可能性があった。
本来ならここで援軍を出すのは不味いのかもしれない。
鳴上達が強くなるのを邪魔してるような気もするが……その辺の帳尻は、後で五飛や美鶴の訓練によってフォローして貰おう。
五飛も美鶴も訓練をするとなるとかなり厳しいので、鳴上達にとっては半ば地獄に近いかもしれないが……強くなる為にはそのくらいの試練が必要なのも事実。
「分かった。……あまり面白そうな相手だとは思えんがな」
そう言い、ムラタは瞬動を使い日本刀を手に召喚されたシャドウに向かって進む。
シャドウは自分に向かって近付いてくるムラタの存在に気が付いたのか、慌てたように手にしたレイピアで迎撃をしようとするが……
「神鳴流奥義、雷鳴剣!」
瞬動と共に放たれたその一撃は、刀身に雷を纏った一撃だった。
シャドウが手にしたレイピアをあっさりと切断し、シャドウそのものをも切断する。
まさに一刀両断といったところか。
「凄いクマ!」
俺から少し離れた場所にいたクマが、ムラタの攻撃を見て驚きの声を上げる。
ムラタにしてみれば、今の攻撃は特別な攻撃という訳ではない。
だがそれでも、クマにしてみれば驚きの攻撃だったのだろう。
「ムラタは俺達の仲間の中でも、かなりの強さを持つからな」
これがPTのような人型機動兵器を使っての戦いであれば、ムラタ並に戦える者は結構多い。
だが、生身での戦いとなると気や神鳴流を使えるムラタはかなりの強さを持つ。
シャドウミラーの実働班は、基本的に人型機動兵器に乗っての戦いをメインにしているが、生身での戦いの訓練もきちんと行っている。
何しろ生身での戦いの教官はエヴァなのだから、手を抜くような事をすれば文字通りの意味で氷漬けになってもおかしくはなかった。
だが、それでもどうしてもシャドウミラーの面々は生身での戦いよりもPTを始めとした人型機動兵器に乗って戦うのを重視する者が多い。
この辺はPTやMSを始めとして、人型機動兵器を使っている世界の出身が多いのも影響してるのだろう。
綾子はFate世界の出身だったが、普通にMSを操縦したりしているが。
ちなみに生身の戦いの世界出身という事であれば、円と美砂の2人もそうだ。
その2人は、現在円がギャンランド、美砂がワンダーランドの艦長をしている。
ギャンランドとワンダーランドというのは、シャドウミラーが開発したトライロバイト級に属する母艦で、シロガネやハガネ、クロガネというスペースノア級に対抗する為に開発された高性能な軍艦だ。
……もっとも、円と美砂が艦長になったとはいえ、それはあくまでもこの事件に関わる前のX世界での騒動の時だ。
魔法球を使ってナタルから艦長としての教育を受けたが、それはあくまでもX世界で活動する上での必要最低限のものだった。
もっとも、トライロバイト級の運用に関しては量産型Wやコバッタが行っているので、難易度的には普通の艦長よりも明らかに楽なのだが。
ともあれ、X世界の騒動が終わった今、円と美砂はナタルからもっとしっかりと艦長としての教育を受けている。
……幸いなのは、円にしろ美砂にしろ、生身での戦いが得意、つまり魔力を使った身体強化とかそういうのが普通に出来る点だろう。
何しろ高校時代とか、ネギま世界の魔法界にある闘技場で拳闘士として活躍していたらしいし。
そんな訳で、軍人に不可欠な身体能力という点では円も美砂も全く問題ない。
……そちらが全く問題ないので、ナタルによって座学を中心に行われる事になっているのは……うん、円や美砂にとっては不幸かもしれないな。
円も美砂も、俺が初めてネギま世界に行った時は、バカレンジャーでこそないものの、バカレンジャー候補となるくらいに成績が悪かったし。
それが高校生活ではきちんと勉強しており、大学に入学しようと思えば出来たらしい。
だが、円も美砂もシャドウミラーに来る事を選んだ。
とはいえ、それを言うならあやかや千鶴も同様なんだが。
雪広グループや那波重工の令嬢の2人だ。
普通に考えれば、それこそ大学に行くだろう。
だが、あやかや千鶴もシャドウミラーに来た。
「そこクマ!」
色々と考えていたら、クマの言葉で我に返る。
何があった? と視線を向ければ、雪子のシャドウを堂島のワダツミが思い切り殴りつけるところだった。
その一撃は強力で、雪子のシャドウは思いきりい吹っ飛んで壁に身体をぶつけた。
その衝撃で動けないところに……鳴上、花村、里中のペルソナが一斉に襲い掛かる。
現在行える最大級の攻撃を繰り返し……その一斉攻撃の最中、雪子のシャドウは最後の足掻きとばかりに翼に炎を纏わせながら大きく薙ぎ払う。
「うおっ!」
その一撃をまともに食らったジライヤは吹き飛ばされ、その衝撃はペルソナを召喚した花村にもフィードバックする。
ペルソナの召喚は非常に強力なスキルだが、今のようにペルソナが攻撃されると、そのダメージが召喚した者に完全ではないにしろフィードバックするのが難点だな。
……そう考えれば、多数のペルソナを召喚出来る鳴上も、何らかの手違いで弱いペルソナを召喚した結果、そのダメージがフィードバックして痛い目を見るという可能性もあるのか。
そんな風に思っている俺の視線の先で……やはり今の一撃が最後の足掻きだったのか、里中のトモエが最後の一撃を放つのだった。