無事TVの中の世界から出ると、俺達はすぐに影のゲートを使って天城屋旅館に戻った。
その際、初めて影のゲートを使う者の悲鳴が周囲に響いたが……うん。それはまぁ、しょうがない事だと思っておこう。
雪子が戻ってきたという事で、当然のように天城屋旅館では大騒ぎになったが……これ、どう説明するんだろうな。
TVの中に入っていたというのを正直にいうのか。
普通なら信じられないが、シャドウワーカーがこうしてここにいて、更にはいざとなれば美鶴のアルテミシアを見せる事や、TVの中に入る光景を見せればいい。
とはいえ、シャドウワーカーとしても、協力体制にある警視庁にしても、シャドウに関する出来事についてはなるべく知らせたくない筈だ。
だとすれば、その話はしないんじゃないかと思う。
そうなると……誰かに誘拐されていたという事にでもするのか?
それはそれで色々と問題があると思うが。
具体的には、雪子の貞操的な意味で。
天城越えという言葉が多くの学生に知られる程に、雪子はモテる。
これぞ大和撫子といった美人で、その身体は高校生の平均以上のスタイルを誇っている。
そんな雪子が数日とはいえ、誰かに誘拐されていたのだ。
普通なら雪子が乱暴されなかったかどうかを心配するだろう。
実際にはTVの中の世界の、それも雪子以外に誰もいない……敢えて他にいたとなると、シャドウくらいだろう。
……とはいえ、雪子の場合は恐らく足立の仕業だ。
そして早紀の件を考えると、足立が雪子を女として欲したという可能性は十分にあったが。
ただ、雪子は身体に違和感がないという事なので、その辺の心配はいらないみたいだが。
旅館の手伝いで忙しかった雪子は、男とそういう関係になった事がない。
つまり処女だ。
もし足立に抱かれていれば、その痛みで十分に理解出来るだろう。
そんな訳で、雪子は疲れも限界に来ていて休む事になったのだが……それでも、何とか休む前に少しだけ話を聞く時間を作る事が出来た。
出来たのだが……
「分からない?」
「ええ。誰かにTVの中の世界に入れられたんでしょうけど……ちょうどその辺りの記憶がないの。チャイムが鳴って玄関に行った……とは思うんだけど」
どうやら、足立に会ったのかどうかも覚えていないらしい。
これは足立のペルソナ能力か?
一瞬そう思ったが、ペルソナは……TVの中の世界で覚醒したペルソナ使いのペルソナは、現実世界だと召喚出来ない事が証明されている。
あるいは足立が何らかの特殊な……そう、例えば複数のペルソナを使い分けられる鳴上とはまた別の、現実世界でもペルソナを召喚出来る能力を持っていたりするとか?
可能性は……ない訳ではないが、それでもやっぱり足立がTVの中の世界から出て行動しているというのは、少し疑問だ。
夜中にジュネスや他の店で盗みを働くのならともかく、夕方という人通りの多い時間帯に堂々と表に出る事が出来るかと言われれば、微妙なところだろう。
……あ、でも天城屋旅館の裏口とかなら、人はあまりいないから、他の相手に見つかりにくかったりするのか?
「そうか。他に何か覚えてる事は?」
改めて尋ねるも、雪子は首を横に振る。
「こういうのは、少し休んで落ち着けば後で思い出せるという事もある」
美鶴の言葉に、話を聞いていた堂島も同意するように頷く。
「そうだな。今ここでこれ以上聞き出そうとしても、すぐに思い出せない事もあるだろう」
そう言う堂島だったが、その口調には悔しそうな色がある。
今回の一件が足立の仕業だというのは予想しているのだろうが、それでも明確な証拠や証言の類がないと何とも言えないのだろう。
とはいえ、別に雪子は入院したりする訳ではなく、自分の家で休むのだ。
そうである以上、明日にでも話を聞こうと思えば聞けるだろう。
もしくはどうしても体調が悪ければ、数日を置くとかすればいい。
「そうだな。話を聞くのは堂島がやった方がいいか。本職だし」
「……最近、自分が刑事だというのを忘れそうになるよ」
しみじみと言う堂島。
無理もないか。五飛との戦闘訓練であったり、TVの中の世界でシャドウと戦ったりとか、普通に考えればとてもではないが刑事がやるような仕事じゃないし。
「取りあえず、今日明日は忙しくないだろうし、ゆっくりと休め」
「いや、それはアクセル達ならだろう? 俺の場合は間違いなく忙しいぞ。彼女が行方不明になっていた間の辻褄合わせをする必要もあるからな」
「……頑張れ。稲羽署の上層部がTVの中の世界とかシャドウについて知ってるのは、多少楽なことになるだろうし」
そう言う俺の言葉に、堂島は不満そうな様子を見せるのだった。
「は? 本気か?」
雪子を休ませ、それ以外にもシャドウワーカーとして諸々の仕事が終わり、俺と美鶴は部屋の中でゆっくりとしていた。
身体をくっつけて、イチャつく感じで。
……それでも美鶴の柔らかな身体を感じつつ、夜の行為そのものは暫くお預けなので、かなり残念だが。
それでも美鶴とくっついているのは、俺にとって悪い話じゃない。
ともあれ、そんな感じで2人でゆっくりとしていたのだが……そんな中、美鶴の口から出た言葉は俺を驚かせるのに十分だった。
「うむ。アクセルが言っていたように、これから暫くの間はすぐに何かが起きるという事はないだろうし、足立も続けて動いてこっちに足取りを追われるような事はしないだろう。なら、こちらも暫くの間は暇なのだ。こう言ってはなんだが、今のこの稲羽市でTVの中の世界の一件も特に進展がないとなると、アクセルも暇だろう?」
「いやまぁ、それはそうだが」
実際、この稲羽市はTVの中の世界の一件がないと、普通の……どこにでもあるという表現はどうかと思うが、とにかくそんな感じの田舎でしかない。
全国的に有名……ただ、それでも地味なので知る人ぞ知るといった染め物屋の巽屋。
手作りで美味い豆腐を売っている丸久豆腐店。
後は老舗旅館の天城屋旅館。
有名な場所としては、このくらいか。
これはあくまでも俺が知ってる限りなので、まだ俺が知らない稲羽市の売りというのがあるのかもしれないが。
ジュネスは……まぁ、稲羽市ではかなり観光名所になるのかもしれないが、全国的に見れば珍しい場所でもないし。
温泉でゆっくりとしたり、山の中を散歩するのも悪くはないが……1日2日程度ならともかく、何日も連続だとどうしても飽きる。
そういう意味では、俺が暇になるというのは間違いない。
……もっとも、俺は影のゲートがある。
稲羽市が退屈であっても、どこか離れた場所に遊びに行くといった事は難しくない。
「ほら、UC世界の方で用事があるという話だっただろう? であれば、暇な今のうちにその用事を済ませてきた方がいいのではないか?」
「……ああ、なるほど」
美鶴の説明で納得する。
以前、UC世界において月の周辺で連邦軍のタカ派に絡まれた事があった。
その件の謝罪という意味もあって、連邦軍の最新鋭量産MSのジーラインを俺に譲渡するという事になっていたのだ。
実際には友好の証だったり、俺との関係を周囲に見せつける為という理由になっているのだろうが。
また、実際それも決して間違ってはいない。
最大の理由を表に出してはいないだけなのだが。
個人的にも、今回の件はそんなに悪くないと思う。
連邦軍の新型を貰えるのだから。
……とはいえ、これが常態化すると少し不味い事になったりもするが。
何しろ俺を間違って攻撃しても、MSを渡せばそれでチャラになるという事になりかねないのだから。
個人的には、ぶっちゃけUC世界の攻撃はただの物理攻撃で、魔力や気が関係していない以上、絶対に俺を殺すのは無理だ。
しかし、だからといって面倒なのは事実。
同じような事が繰り返されるのなら、ある程度のところで見せしめを作った方がいいかもしれないな。
もっとも、ゴップは純粋な軍人としてはともかく、軍政家としては非常に有能だ。
それこそ連邦軍を除隊したら、ルナ・ジオンに……いや、場合によってはシャドウミラーに引き抜いてもいいと思えるくらいには。
ルナ・ジオンやシャドウミラーについてもゴップは十分に知っている。
しかし……それでも恐らくゴップが連邦軍や連邦政府を捨てる事はないだろう。
何だかんだと、有能な人物であるだけに残念だが。
とはいえ、無理にゴップをこっちに引っ張ってきたりしても、俺達の事を全く知らない奴が……それこそ最悪タカ派が俺達との繋がりを持つようになったら、それはそれで困るが。
「そうだな。本当にこっちが暇なら、今のうちに向こうの様子をちょっと見に行った方がいいかもしれないな」
俺の言葉に、美鶴は頷くのだった。
翌日、俺は午前中には既にホワイトスターに戻っていた。
ちなみに俺の通信機……より正確にはTVの中に入る時に使っていた映像スクリーンを出す通信機は美鶴に預けてある。
ジュネスのTVから中に入るのもいいが、俺の映像スクリーンも重要だろうし。
ペルソナの訓練をする時、あの公園はそれなりに使いやすい。
ジュネスの家電売り場のTVから繋がっているスタジオは、派手に戦闘をするのは難しいだろう。
ああいう狭い場所で戦う訓練も必要だが、それは鳴上達がもっとペルソナを自由に使いこなせるようになり、戦いにも慣れてきた頃でいい。
そんな訳で、今の俺には通信機がなかったりする。
とはいえ、通信機そのものは別にそこまで気にする必要もない。
ホワイトスターに戻った今となっては、すぐに入手出来るのだから。
「さて、これからどうするかだな。UC世界に向かうのは……明日でいいか。ゴップに連絡をしても、今日すぐに会えるという訳じゃないし、月から地球に移動するにもそれなりに時間が掛かるし」
システムXNを使えば、月からハワイまでは瞬時に移動出来る。
だが、そうすればシステムXNについて知られてしまう可能性があった。
ハワイはルナ・ジオンの領土ではあるが、それでも……いや、だからこそ連邦のスパイとかはいるだろうし。
破壊工作とかをしようとすれば、量産型Wやコバッタが止めるだろうが、そういう事をせず、ただ情報を流すだけとなると、それを止めるのは難しい。
「アクセル? こっちに戻ってきてたの?」
交流区画を適当に歩いていると、不意にそんな声が聞こえてくる。
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには明日菜と……その明日菜の手伝いをしているステラの姿があった。
「明日菜? どうしたんだ?」
「それは私の台詞だと思うんだけど。……私とステラはこれから超包子の手伝いに行くのよ」
「手伝い? この時間からか?」
今の時間はまだ午前9時前だ。
超包子は朝ラーはやっていない……いや、超包子の名物は肉まんなんだが。
ともあれ、基本的に超包子は昼から夜に掛けての営業だ。
その夜も、時間になれば基本的に全員が自分の世界に戻る事になっているので、夜になればシャドウミラーの客しか存在しないが。
ともあれ、今のこの時間に明日菜とステラが超包子に行っても、まだ店はやっていない。
なのに一体何故超包子に行くのかと疑問に思ったのだが……
「皮剥きとか、下ごしらえとか、掃除とか、そういうのを手伝うのよ」
「……掃除はともかく、皮剥きと下ごしらえ? え? 本気か?」
明日菜の口から出た言葉に、思わずそう言ってしまう。
すると明日菜はそんな俺の言葉に笑みを浮かべた。……目が笑っていない笑みだったが。
「ちょっと、アクセル? それはどういう意味かしら?」
「あー……悪い。明日菜はその手の作業が得意ってイメージがなかったしな。中学の時もそうだったろ?」
「ぐ、そ、それは……中学の時はそうだったかもしれないけど、それはもう何年前の話よ! 私だってそれなりに料理くらいは出来るわよ! まぁ、その……このかみたいに美味しい料理は作れないけど」
「へぇ、明日菜が料理をか」
「あ、その様子だと私の言葉を信じてないわね?」
ジト目を向ける明日菜。
いやまぁ、それはその通りなんだが。
下手に中学時代の明日菜の事を知ってる分、どうしてもそんな風に思えてしまうんだよな。
それに今までも超包子で仕事をしてるのは見た事があったが、それはあくまでもウェイトレスとしての仕事だったし。
……実際、明日菜がウェイトレスをして看板娘になっている影響もあってか、超包子はかなり流行ってるらしい。
勿論それは明日菜のお陰というだけではなく、四葉の料理が普通に美味いからというのもあるんだろうけど。
「明日菜、料理を作ってみたら?」
今まで俺と明日菜の会話を聞いていたステラが、そう言う。
明日菜はまさかそんな事を言われるとは思っていなかったのか、焦りながら口を開く。
「ちょっ、ステラ!? 一体何で」
「だって明日菜が料理を作るようになったの……ふが」
何故か急にステラの口を塞ぐ明日菜。
俺に料理の腕を馬鹿にされた怒りからか、顔が赤くなっている。
それを見ながら、この状況をどうするべきかと考えるのだった。